雨傘運動後の香港――無力感が覆うまで

厳しい弾圧

 

しかし、香港独立の主張は北京にとって完全なタブーであった。ここから政府は、前代未聞の手法を用いて新興勢力を弾圧していく。

 

旺角の騒乱で逮捕された香港大学生・本土民主前線の梁天琦は、むしろ事件で名を売って、若者の間でヒーローとなり、直後の2016年2月の立法会補欠選挙に出馬して大善戦した。その勢いのまま、梁天琦は9月の立法会議員選挙に出馬を目指し、当選が有望視されていた。しかし政府は、これまで彼らがFacebookなどで香港独立を主張していたことは、香港は中国の一部と規定した香港基本法に反しているとの理由で、梁天琦を含む数名の候補者について、出馬資格無効と裁定して門前払いをした。政治的立場を理由に候補者を失格させるのは、香港の選挙として史上例のないことであった。

 

それでも立法会議員選挙は、史上最高の投票率を記録して大いに盛り上がった。雨傘運動で政治に目覚めた若者の投票率が大きく上昇したことがその要因とされる。一部の投票所では、22時半の投票所閉門時刻にも投票者の列が途切れず、深夜2時過ぎまで投票が続いたほどであった。梁天琦は出馬できなかったが、「代役」に指名した別の若者の候補者を支援した。新興勢力の登場により、若者は自らの代表を得たのである。結局、70議席の立法会で、自決派・本土派から6名が当選した。

 

しかし、新勢力の快進撃は呆気なく終わった。当選後の初登院の日に求められる就任宣誓において、多くの新勢力の議員が、「中華人民共和国香港特別行政区」に忠誠を誓うことを嫌い、文言を変えたり、故意におかしな発音をしたりして抵抗した。これを受けて、政府は議員の宣誓は無効として裁判に訴えた。

 

行政長官自らが原告となり、立法会議員を司法に訴えるという手法もまた前代未聞であり、民主主義の観点から見て当然大いに疑問であるが、「独立派」を排除するという大義名分に北京の中央政府も賛同し、宣誓は荘厳に行わねばならず、正しく宣誓しない者は失職するとの基本法解釈を採択して政府を支援した。結局、6人の議員に資格無効の判決が下り、彼らは議会から追放されてしまった。

 

資格無効とされた者の中には、雨傘運動の際に学生団体の代表として政府との交渉に臨んだ香港衆志の羅冠聡(ネイサン・ロー)が含まれた。立候補資格年齢に達していなかった黄之鋒らに代わって出馬した羅冠聡も現役の学生であり、香港史上最年少議員となっていた。羅冠聡の議員資格が剥奪されたことで、その補欠選挙が2018年3月に行われた。

 

香港衆志は自党の議席を奪還すべく、雨傘運動でスポークスパーソンを務め、民主運動の「女神」とも評された周庭(アグネス・チョウ)を擁立した。しかし、香港衆志のうたう「自決」が、住民投票の結果次第では独立を排除しないとしているとの理由で、政府によって独立派と断定されて、周庭は出馬資格無効とされた。

 

2016年2月の補選には出馬できた梁天琦は、9月の立法会議員選挙からは排除された。2016年の立法会議員選挙には候補者を送れた香港衆志は、2018年の補選からは排除された。出馬の可否の基準は一定でなく、どんどん厳しくなっているように見えるが、明確な基準はなく、立候補を届け出てみないと分からないというのが実情である。

 

今年3月には中国憲法が改正され、「中国共産党による指導は中国の特色ある社会主義の最も本質的な特徴である」との文言が第1条に明記されたことを受け、今後「一党独裁を終わらせろ」を叫ぶ者は憲法違反となり、立法会議員選挙で出馬資格を無効とされる可能性があると、親中派の大物が発言した。仮に、1989年の天安門事件以来、民主派が30年近く叫び続けたスローガンすら禁じられるとなれば、立法会に20議席以上を持つ民主派さえも排除されてしまうかもしれない。結果的に、一部の民主派は、独立派と見なされる発言はもちろん、「一党独裁を終わらせろ」のスローガンを叫ぶことにも慎重になってきており、明らかに萎縮が進んでいる。

 

関連の裁判は、新興勢力の者から出馬資格や議員資格を奪っただけではなく、別の巨大な重荷を負わせている。基本法の解釈権を北京が握っている以上、裁判自体が政府にきわめて有利であるだけでなく、敗訴した者は政府側の弁護士費用も含めて裁判費用を負担せねばならない。三審まで闘って敗訴が確定した「梁天琦の代役」の梁頌恒には、合計で1200万香港ドル(日本円で1億5千万円以上)の支払い義務が生じた。20代の若者には当然支払いは不能で、彼は破産することになるという。

 

違法行為である雨傘運動の関係者たちに対する刑事裁判の判決も出始めている。雨傘運動の発端となった政府前広場への突入で違法集会罪などに問われた黄之鋒には、2016年の一審では社会奉仕80時間という軽い判決が下ったが、2017年の二審で裁判長は「犯罪の抑止」の必要性を主張し、6ヶ月の懲役刑を科した。三審で減刑されたものの、黄之鋒には別件での裁判が今後も続くし、セントラル占拠運動の首謀者たちの裁判はまだこれからである。一方、2016年の旺角騒乱に関する暴動罪の裁判では、より厳しい判決が下っている。香港大学の女子学生は2017年に3年の刑を受け、教師になる夢を事実上絶たれた。そして梁天琦には、2018年6月、6年の刑が下された。

 

このほか、雨傘運動を支持した大学教員が人事で冷遇されたり、雨傘運動に関する研究書が大手書店の店頭から消えたりと、市民社会における言論空間も縮小している。2016年には、習近平政権に批判的な書籍を扱う書店の関係者が次々と失踪する「銅鑼湾書店事件」も起きた。

 

 

ソフト路線

 

こうして、香港の若者による政治運動は、大きな打撃を受けている。とくに2016年以降、政府は誰も予想しなかった手段を用いて運動を弾圧し始めた。同時に、内部対立を起こしたり、宣誓を不真面目に行ったり(中国に対する差別語を用いた者もいた)したことで、若者が少なからぬ者から反感を買うという失敗もあった。

 

中年以上の香港市民は、共産党に反感を持っても中国は愛するという「香港式愛国」の感情を持つ者が多数であり、彼らにとって香港は当然中国の一部である。大人世代は雨傘運動とその後の独立運動に反発して、むしろ保守化したとも言われている。しかし、あるいはそういった要素以上に「効いた」可能性があるのが、政府のソフト路線への転換であった。

 

雨傘運動前後の社会運動は、当時の梁振英(C.Y.リョン)行政長官の強硬路線に対する反感によって高揚したという側面がある。隠れ共産党員とも噂された梁振英は、民主派に対する高圧的な発言を繰り返し、雨傘運動ではデモ隊に催涙弾を打ち込んだことで、市民の猛反発を受けた。運動の鎮静化後も、梁振英は施政方針演説で若者を強く批判するなどして挑発した。こうした反政府感情が街頭政治活動の燃料となってきた。

 

習近平国家主席は2017年の返還20周年式典で香港を訪問した際、梁振英が「香港独立勢力に有効な打撃を与えた」と称賛したが、実際は、皮肉を込めて、反政府運動を煽って「育てた」梁振英を「香港独立の父」と呼ぶ者もいたほどである。

 

しかし、梁振英は2016年12月、突如会見して、2017年に予定されている行政長官選挙への不出馬を表明した。雨傘運動後、北京が提案した「ニセ普通選挙」の導入案は、民主派の反対多数によって否決された。このため、行政長官選挙は従来通り、北京と親しい財界人が多数を占めるわずか1,200人の委員による選挙となり、事実上北京が支持する候補者が必ず当選する仕組みであった。

 

しかし、政治的混乱を引き起こした梁振英は、民主派はもちろん、親政府派の財界人からも反感を買っていた。財界が梁振英派と反梁振英派に分裂したため、情勢次第では梁振英の落選の可能性も論じられていた。現職の落選という、北京としては受け入れがたい惨状を避けるため、北京が梁振英に引導を渡して、事態の収拾を図ったと見られる。

 

代わって登場したのが、梁振英の下で政府ナンバー2の政務長官を務めていた林鄭月娥(キャリー・ラム)である。公務員出身の林鄭月娥は梁振英のような強烈な個性がなく、優秀な行政官と目されて市民の間でもまずまずの人気があった。梁振英が去ったことで、財界内部の分裂は解消した。中央政府も早い段階から林鄭月娥への支持を明確にし、2017年3月の選挙で無事当選させた。

 

林鄭月娥の戦略は、梁振英とは逆の脱政治化路線である。民主化問題や「国家安全条例」問題など、論争性の高い問題は先送りにして、経済や市民生活に関連する政策を優先した。地味で控えめな言動に終始し、穏健民主派とは関係を改善して議会運営を円滑化させた。「独立派」とされる者への圧力は相変わらず強いが、ソフト路線で政府が高支持率を維持する中、香港紙上の政治関連の報道は最近めっきり減った。若者の政治活動に対する社会の関心が薄れ、彼らの孤立が深まっている。

 

 

無力感はいつまで

 

以上が、雨傘運動とその後の政治運動が盛り上がってから、失速するまでの経緯である。ほぼ政治の経験がなく、金も力もなかった若者たちは、ネットを活用して急速に勢力を拡大した。しかし、民主化運動の「独立運動」への展開は、政府の弾圧に口実を与える格好となった。政界からの排除と刑罰という制裁に加え、経済的な重荷も負わされた彼らは、それに対抗する手段を持ち得ない。

 

同情を集めるにも、市民の反政府感情は行政長官交替によって弱まっており、デモや集会に人を集められない。硬軟織り交ぜた政府の手法を前に、現在の香港でキーワードになっているのが、「無力感」という言葉である。政府、とくに北京との力の隔絶を前に、どんな不満や怒りを抱いても、状況を変えることはきわめて難しい。

 

無力感が蔓延することは、多くの権力者にとって思うつぼである。国民が強く支持をしてくれなくとも、抵抗の意思を失ってくれれば、政権は安泰だからである。民主主義国家では民意の支持によって政権を安定させるのが王道であるが、権威主義諸国では民心を得るために自由化を行えば、批判を噴出させて政権に危機が生じかねない。そこで、反対者が反対の意思を失うような弾圧が加えられる。

 

そうした弾圧はむしろ不合理なほうが良い。話の通じる相手だと思われれば、反対者は譲歩を求めて理詰めで批判してくる。それが「通じない」相手だと「認定」されれば、権力者はどんなわがままも「許される」立場に立つことができる。中国とロシアを筆頭に、現在はそんな権威主義国家が世界で勢いを得ている。そして、今や民主主義国家ですら、不合理で扇情的な言葉を叫び散らし、批判に耳を傾けない態度をとる指導者が世界中で現れている。彼らはあたかも、権威主義国家の指導者から学んだかのようである。

 

香港でも、雨傘運動によって、大規模デモには政府がそれなりに応答するという「常識」は崩され、反対運動には一方的に政府が「独立派」のレッテルを貼って選挙から排除した。対話の意思のない相手に対して、炎暑の中のデモ行進で不満を表明しても、壁に向かって叫ぶのと同じである。

 

この無力感は、いつまで続くのか。

 

鍵は、権威主義的な統治が、多くの場合、目の前の生活を重視する大衆の支持に支えられていると言うことである。香港人もかつては「金儲けにしか興味がない」と言われた。政治を嫌悪し、経済を優先する層は今も分厚く存在する。しかし、言い換えれば、彼らの支持を得るには、好況を続けることが必要になる。香港では現在、不動産の暴騰は社会問題化しているが、その分景気は良く失業率も低い。しかし、好況を恒久的に続けることに成功した政府は、世界の歴史上に存在しない。

 

力による支配は、恐らく問題の先送りに過ぎないのである。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

香港 中国と向き合う自由都市 (岩波新書)

香港 中国と向き合う自由都市 (岩波新書)書籍

作者倉田 徹, 張 彧暋(チョウ イクマン)

発行岩波書店

発売日2015年12月19日

カテゴリー新書

ページ数256

ISBN4004315786

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