中欧における「法の支配の危機」――EU内部に深まる亀裂

▶シノドスの電子メールマガジン「αシノドス」

https://synodos.jp/a-synodos

▶真の教養を身に着ける「シノドス・サークル」

https://synodos.jp/article/20937

優等生から問題児へ?

 

中欧諸国は冷戦後、競い合うようにしてEUへの加盟を果たしてきた。とりわけ2004年にEU加盟を達成したポーランドとハンガリーは、中欧の「優等生」とみなされ、旧共産主義諸国の体制転換のサクセスストーリーを体現する存在であった。EU加盟実現後は、EU内部での地域間格差を解消するための「構造基金」をはじめとした多くの支援を受け、着実な経済成長を遂げてきた。

 

とくにポーランドに関しては2009年に、「EU大統領」とも称される欧州理事会常任議長のポストに、元首相のドナルド・トゥスクを就任させるに至っている。中欧出身の政治家がEUのトップに就いたことは、冷戦後のヨーロッパにおけるポーランドの地位の上昇を強く意識させる事例となっていた。

 

しかし2010年以降、ポーランドとハンガリーは、EUの基本的な価値観とは相いれないさまざまな改革を推し進め、今ではヨーロッパ統合を揺るがせかねない「問題国家」とみなされるようになった。法の支配に対するあからさまな挑戦を加盟国がつきつけることは、これまでのヨーロッパ統合の歴史では見られなかった現象である。以下ではこの両国に焦点を当て、両国がヨーロッパ統合に突きつける諸問題とはなにか、またEUはこの問題にどのように対処しようとしてきたのかを概観する。

 

 

ハンガリー:憲法改正と「ストップ・ソロス」

 

まずはハンガリーの状況から考察してみたい。2010年4月、「フィデス・ハンガリー市民連盟(以下「フィデス」)」が8年ぶりに政権の座に就き、オルバン・ヴィクトル党首が同国首相に就任した。オルバンは1998年から2002年にも同国の首相を務めており、当時のハンガリーをEUおよびNATO加盟準備に向けて牽引した実績を持つ。当時のフィデスは中道右派であったが、2002年の下野後ほどなくして急速に極右的な性質を強めるようになっていった。

 

そして、政権に返り咲いた直後から8年にわたり、EUの基本政策とは相いれない改革を実施していく。2014年7月には悪名高い「非リベラル民主主義(illiberal democracy)」演説をぶち上げ、「非リベラル」という用語の知名度を一気に高めた。しかし国内での支持は高く、2018年4月の選挙では圧勝し、三選を果たしている。

 

オルバン政権は政権復帰後すぐに、「共産主義時代の負の遺産を払しょくするため」と称して急進的な憲法改正に着手した。しかしその内容は、憲法裁判所の権限の大幅な縮小、裁判官の定年年齢の引き下げ、国営メディアによる選挙キャンペーンの独占など、法の支配や報道の自由を侵害する内容を含んでいた。EUや米国による強い批判も空しく、同憲法は2012年1月に発効した。

 

さらに近年では、表現や学問、結社の自由を制限する方向で進む国内法の修正・制定が深刻化している。オルバン政権の一連の政策の主なるターゲットは、ハンガリー系米国人の投資家であるジョージ・ソロスである。オルバン政権は、ソロスがハンガリー国内に設立した大学やNGOは、ハンガリーをグローバリズムの波に巻き込み、国家のアイデンティティを危機にさらすと主張して、敵対的な措置を次々と打ち出してきた。

 

なかでも物議をかもしたのが、ソロスが設立した中欧大学(CEU)の閉校問題である。CEUは、米ニューヨーク州で認可を得た大学院大学として、1991年にブダペストに設立された。ハンガリーと米国の双方の学位が取得可能であることが売りのひとつであり、授業はすべて英語で実施されてきた。中欧のトップクラスの大学のひとつとしての評価を確立していた。

 

しかしオルバン政権は2017年4月に、いわゆる「高等教育法」を改正し、外国が設立した大学に対する諸規則を大幅に厳格した。これに基づき、CEUは2019年1月1日以降、新規の学生を受け入れることができない見通しとなった。CEUは、同校はすでにハンガリーの法律はすべて順守していること、こうした措置はCEUをターゲットとした恣意的な措置であることなどを挙げて反発しつつ、オルバン政権と数年にわたる法廷闘争を重ねてきた。しかしCEU側は2018年12月3日、同大学の研究・教育拠点の多くをウィーンに移転することを正式に発表した。

 

さらに、オルバンが2018年4月に地滑り的勝利で三選を果たすと、同国議会は同年6月に、いわゆる「ストップ・ソロス法」を採択した。これにより、難民申請希望者を支援する弁護士やNGO等に対し、刑事罰を科すことが可能となった。この措置は、ソロスがイスラム教徒のハンガリー移住を支援しているとの政府の主張に基づくものである。

 

また2018年8月には、ソロス氏が設立し、主に中・東欧諸国における民主化や市民社会の育成等をめぐる諸問題に取り組んできた助成団体で、やはりニューヨークに拠点を有する「オープン・ソサエティ財団」も、ハンガリーにおける事業継続が困難になり、ドイツのベルリンに活動拠点を移していた。同財団はヨーロッパ各国に拠点を有していることもあり、財団全体の活動が大きく損なわれたわけではない。しかし、CEUとオープン・ソサエティ財団という、中欧の知を代表する2つの組織が1年を経ずしてブダペストから撤退することになったことは、ハンガリーの国際的評価を大きく損なうものである。また、ソロスに対する攻撃は、ハンガリー国内における反ユダヤ主義の傾向を増長しているとの指摘もあり、深く懸念されている。

 

 

ポーランド:度重なる司法介入

 

一方ポーランドでは2015年10月、保守系の「法と正義(以下PiS)」が8年ぶりに政権を奪取し、ベアタ・シドゥウォとマテウシュ・モラヴィエツキという2名の首相を経験した。PiSは政権について間もなく、新法の制定や人事を通じて、強力に司法への介入を進めてきた。この一連の措置は、共産主義時代の手法を一掃するためであり、いわば同国司法制度の近代化のための方策であるというのが政権側の主張であるが、その手法はEUからの強い懸念を呼び起こすものとなっている。

 

同政権は2017年中には、最高裁判所の判事任命に関する改正案を次々と成立させた。判事の定年を70歳から65歳に修正し、大統領の特別な許可がなければ判事としての任務を継続することができなくなった。このため、約3割にわたる最高裁判事が退職を余儀なくされることとなった。これに加え、新たな判事の任命には政権の意向が強く反映されていると指摘されていた。EUからの批判に対し、PiS政権は「どの国もそれぞれの伝統に合わせて司法制度を形成する権利がある(モラヴィエツキ首相)」と主張してきた。

 

これ以外にもPiS政権は、公共放送のトップ人事を掌握するための改正や、妊娠中絶禁止の厳格化など、メディアや表現・言論の自由に逆行するようなさまざまな政策を打ち出してきた。さらに、「ポーランドの対外イメージを守るため」との理由から、同国が第二次世界大戦中にホロコーストに加担したと公に主張することを禁止する法案も2018年2月に成立させ、米国やイスラエル、ウクライナなどの諸国から強い反発を受けた。

 

こうした動きに対しては国内的な反発も根強く、2017年以降は野党や市民グループの呼びかけでデモも頻発した。その一方で、2018年11月の同国建国記念日にはPiS政権主導で大規模な記念集会が実施され、一部報道によれば25万人が参加したともいわれているが、このときの集会には極右政党も組織的に参加していたともされ、政権と極右勢力との接近も露呈する結果となっている。

 

 

決め手を欠くEUの対応

 

EUの基本条約であるリスボン条約第2条には、EUが「人間の尊重、自由、民主主義、平等および法の支配の尊重、ならびに少数者に属する人々の権利を含む人権の尊重という価値を基礎にする」とある。すなわち、EU加盟国である以上、高いレベルでの民主主義を維持させていく義務があるというのが当然の前提となってきた。

 

しかし、2010年代に入って急速に非リベラル化を進めるハンガリーやポーランドに対し、EUは決定的な対抗手段を欠いていたというのが実情である。そもそも、体制転換以降の中欧諸国は、上記のリスボン条約第2条の諸原則や規範を十分に理解したうえでEU加盟を実現したものと理解されており、それとあからさまに逆行するような改革を進める加盟国が登場するなど、EUにとっては完全に想定外だったのである。

 

EUは2014年3月に「法の支配を強化するための新たなEU枠組み」(法の支配枠組み)を新設し、この枠内でハンガリーやポーランドとの対話を模索していたものの、EUとこの両国との関係は冷却化の一方を辿っていた。2015年にはユンカー欧州委員長が会合開始前にオルバンを出迎えた際、「やあ独裁者さん、こんにちは」と皮肉たっぷりに挨拶をしたと報じられている(注1)。いかに冗談めかしていたとはいえ、EUの行政府のトップが、加盟国の指導者を面と向かって「独裁者」呼ばわりすることは異常事態であり、EU内部の亀裂の深刻さを露呈したのである。

 

(注1)“Juncker greets Orbán with ‘Hello dictator!,” Euractiv, 23 May 2015. https://www.euractiv.com/section/justice-home-affairs/news/juncker-greets-orban-with-hello-dictator/

 

こうした状況に対し、EUは主に3つの手段で対処しようとしてきた。

 

一つ目は、リスボン条約第7条の発動である。

 

同規定では、ある加盟国がリスボン条約第2条の価値に対して「重大な違反が生じる明確な危険」があると認定したり(第1項)、「重大かつ継続的な違反の存在」が認められると決定したりすることができる(第2項)。こうした決定がなされた場合、加盟国の全会一致が得られれば、議決権の停止を含む権利の停止を決定することができる(第3項)。

 

EUは両国に対して複数にわたる是正勧告を行ってきたが、両国の状況はほとんど改善せず、両国における法の支配への「体系的脅威」は増幅されているとの認識を強めていた。この結果、ポーランドに対しては欧州委員会が主導して2017年12月に、ハンガリーに対しては欧州議会が主導して2018年9月に、それぞれ第7条に基づく制裁手続きを開始した。いずれも、ヨーロッパ統合史上初めてのこととなる。

 

ただし、この措置が実行に移されるためには加盟国の全会一致が必要である。もとよりハンガリーは、ポーランドに対する第7条の発動には拒否権を行使すると明言しており、同様にポーランドも、ハンガリーに対して同様の発言を行っていた。このため、この制裁手続きが実際にハンガリー及びポーランドの議決権停止に至る可能性はきわめて低いとされる。

 

二つ目は、現状では構想レベルにとどまっているものの、法の支配に違反した国々に対するEU補助金の削減である。2018年5月2日に発表されたEU多年度財政策組(MFF:2021-27年のEU中期予算)は、法の支配などのEU基本原則の順守と加盟国への補助金の分配を連動させる制度を導入することを試みている。これが実現すれば、ポーランドとハンガリー向けの補助金は大幅に削減されることになる。しかし、こうした予算措置に対しては、「自分たちの政府が犯している過ちの犠牲者である両国の国民をさらに疎外してしまうだけだ(ヒー・フェルホフスタット欧州議員)」という慎重論も根強く、実現するか否かは不透明である。

 

三つ目は、EU司法裁判所(ECJ)への提訴である。つまり、欧州委員会などのEU機関が、法の支配に反する加盟国に対して法的手段をとることを意味しており、第2条違反を根拠とした提訴はヨーロッパ統合史上前代未聞である。欧州委員会は2018年9月下旬、ポーランド政府の最高裁判所人事への介入について、司法独立の原則を犯しているか否かの裁定をECJに依頼した。

 

以下で論じるように、この措置はポーランド政府の司法介入を、限定的にではあるが抑制する効果を持つことになる。上述の通り、第7条に基づく制裁手続きは実際には政治プロセスであり、実際に議決権の停止に至る可能性は限りなく低い。全会一致はほぼ確実に、ポーランドかハンガリーのどちらかがブロックするとみられるからである。しかし、ECJによる法的手段は、他の加盟国がブロックできるような性質のものではない。【次ページにつづく】

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.268 

・植原亮「エンハンスメント論争の行きつくところ――BMIから徳へ?それとも?」

・出井康博「留学生という名の単純労働者」

・堀内進之介「学び直しの5冊〈現代社会〉」
・有馬斉「患者が望まない延命治療を行うことは正当化できないパターナリズムか――『死ぬ権利はあるか』出版に寄せて」
・穂鷹知美「移動の自由がもたらす不自由――東ヨーロッパを揺り動かす移住・移民問題」
・多賀太「男性の「ケア」参加はジェンダー平等実現の決め手となるか」
・吉永明弘「ローカルな視点からの環境論」