欧州議会議員選挙とユーチューバー――中高年が仕切る政治にノーをつきつけた若者たち

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選挙前夜の突然の出来事

 

5月の末、ドイツをはじめEU諸国では、5年に1度の欧州議会議員選挙がありました。ヨーロッパや世界全体では、EU懐疑派や極右政党の動向に強い関心が向けられた選挙であったように思いますが、ドイツ国内では、それと同じか、あるいはそれ以上に国内の話題をさらったある出来事(事件?)がありました。

 

選挙日(国によって若干違いますがドイツでは26日)の約一週間前(5月18日)に、リゾRezoという26歳のユーチューバーが、キリスト教民主同盟(メルケル首相が所属する保守政党。以下では「保守与党」と表記)と連立政党である社会民主党に対する厳しい批判をした55分のビデオをユーチューブで公開し、それが選挙前に800万回以上視聴されたためです(6月5日現在の視聴回数は約1400万回)。

 

選挙直前にはこのビデオの主旨を簡潔に繰り返す3分のダイジェスト・ビデオも、リゾと約90名のユーチューバーによって作成され、配信されました(ビデオのリンク等は、参考文献に掲載してあります)。

 

選挙では、緑の党が第二党に躍進し(5年前の得票率は10.7%であったのに対し今回は20.5%)、これまで不動の二大政党の地位にあった保守与党も社会民主党(中道左派)も、大きく得票率を減らしました(保守与党は前回の35.3%から28.9%、社会民主党は27.3%から15.8%)。

 

ユーチューバーのビデオ・コンテンツの二大政党への批判が、ドイツの政治事情を大きく揺るがす直接的なインパクトを選挙を通して与えたのだとすれば、これはドイツでこれまで誰も予想していなかった、新たな境地です。

 

前代未聞のこの状況に、一体なにが起きたのかと誰もが思い、これが何を意味するのかと背景をさぐり、これからなにが起こりうるのか、と考えずにはいられなかったのでしょう。このビデオがでてから2週間、ビデオやそれと選挙との関係について、メディアはこぞって報道していました。

 

この一連の動きで、わたしにとってとりわけ興味深く感じられたこと、そして読み取れたように思えたことは、以下のようなことでした。

 

――政治とはまったく無縁なところにいると思われていたユーチューバーが、ユーチューブのビデオを使って国の政治を痛烈に批判したこと。

 

――それがたった1本のビデオ(正確には3分のダイジェスト・ビデオも加えると2本)であり、選挙前のたった一週間に公開されたものであるにも関わらず、ドイツ中に大きな反響をもたらしたようであること。

 

――環境危機への対策が、最重要の政治的課題と認識している若者が多いこと。

 

――与党政治家たちは、若者のそのような行動や意見を想定していなかっただけでなく、対応にも失敗し、さらに窮地に追い込まれたこと。

 

――若者たちは選挙行動で、中高年の意向にノーをつきつけ、同時に、自分たちの行動が社会でもちうる可能性を自覚しつつあること。

 

これは、ドイツ国内という限定された空間で起こった出来事でしたが、ここで重要なテーマとなったこと――デジタルコミュニケーションの時代の政治のあり方や、世代間の意見の違い、その間のコミュニケーションの仕方、地球温暖化の問題など――は、どこの国でも今後、重要になってくる(温暖化問題は「もっとなるべき」といったほうがいいかもしれませんが)ことでしょう。

 

そして、それらの課題にどう取り組み、また国内の議論の場を新たにつくりあげていくかということが、国民の合意を形成し政治をすすめていく上で大きく問われることになるのも、ドイツと同じでしょう。

 

こう考えると、今回の話をドイツ一国の出来事としてすませしてしまうのはあまりに残念と思われるため、今回は、この出来事の概要とその周辺の状況を至急まとめてご紹介してみます。ドイツの状況に自分たちを重ねてみながら、そこからなにが学びとれるのか、しばし考えをめぐらしていただければと思います。

 

 

 

 

ビデオの内容

 

まず、ビデオの内容について簡単にご紹介します。1時間近いビデオは、「キリスト教民主同盟(CDU)の破壊」というタイトルで、保守与党がいかに問題であるかについて、いくつかのテーマから議論しています。タイトルに「破壊」とありますが、リゾは、自分が保守与党を破壊しようというのではなく、ビデオで明らかにするようなファクト(事実)によって、保守与党は内部から破壊されていくのだ、とします。つまり、そのくらい保守与党には問題があるということをあげていく内容です。

 

後半部分では若干、著作権や戦争や武器をめぐる人道的な問題などにも扱っていますが、最初の部分で、またもっとも時間をさいて(30分弱)扱っているのは、地球温暖化の危機と、ドイツ政治の取り組みについてです(ここでも環境のテーマだけを取扱います)。

 

まず、環境温暖化の危機がいかに深刻で目を背けてはいけない問題なのかを、学術文献を紹介・引用しながら、しかし中高生でもわかるようなわかりやすい解説で説明します(13ページの文献リストは、ビデオとは別に文書ファイルとしてネット上に掲載されています)。ちなみにその内容に関しては、ビデオが出されてまもなく複数の専門家たちによってファクト・チェックされ、間違いがないとお墨付きをもらっています。言い方を変えれば、ビデオがもとづいているファクトや見解は、現在の圧倒的多数の研究者や専門家たちが合意している見解を反映したものといえます。

 

環境温暖化の危機が非常に深刻で一刻を争う問題であることをおさえた上で、二酸化炭素(CO2)を大量に排出する石炭火力発電所廃止は2038年まで延期するなど、リゾには到底、考えられない環境温暖化を妨げる政策を続けている与党を、無能として痛烈に批判します。そして「未来を破壊し、環境を破壊し、それによって命を軽んじる」としか思われない政策をつづける保守与党や社会民主党に投票しないように強く呼びかけます。

 

ちなみにリゾは、通常、音楽を中心にしたユーチューブビデオを制作し、ドイツ語圏でももっとも人気のあるユーチューバーの一人ですが、このような政治に関するビデオを制作したことも、公的に意見を述べるのもはじめです。自分自身も政治のような話をするのが一部の人の反感を買うことはわかっているが、それでもビデオを作らずにはいられなかったのは、数十年後に地球環境が破壊されたとしても、自分は「論理的に、学問的な結論にもとづき、キリスト教的・人道的な価値観にもとづいて正しく行動したといいたい」からだといいます。そして「君もそう主張できるようであってほしい」といってビデオを終えています。

 

ユーチューバーが突然このようなビデオを流したことで、背後に組織や政党があるのかと勘ぐる声もありましたが、リゾは自分の意思でしたことで、政党やなんらかの活動から依頼を受けたわけではないと断言します。

 

 

環境危機こそ最優先の政治課題とする見解

 

このビデオは、6月5日現在、118万の高評価がつき、5万3000の低評価マークがついています。わたしの個人的な感想を述べさせていただくと、大変よくできていると思いました。

 

上記のように内容が学術的な調査をもとにした堅実なものであるだけでなく、55分にわたって政治を語る一方的なビデオ独演会でありながら、若い世代にもあきさせない軽さとテンポを保ち、それでいて分別ある態度で自分の主張をしっかり伝えています。批判も、感情にまかせたり罵倒するような話し方でないところも、とても好感がもてます。そして、とくと彼の話を聞いた後、今の若者やその子供や孫たちの将来のことを、自分が十分に考えていたかと自問しました。

 

近年のヨーロッパは失業率こそ全般に減る傾向にありますが、難民や移民に関する社会的な対立や、格差問題、医療スタッフの深刻な不足など、懸念材料には事欠かず、気候変動や環境問題を重要と把握し位置づけている反面、ほかの問題を差し置いてもラディカルな措置を必要とする課題だという意識は、社会全体をみると決して強くありませんでした。

 

しかし、リゾのビデオは、このままでは環境危機の負のスパイラルに陥り、元にもどることは不可能。残された時間は9年しかなく、どんな言い訳もできない。環境危機こそが最優先の政治課題であり、そのためには与党に委ねておいてはいけない、と訴えます。

 

このビデオをみて、数日後の欧州議会の投票で、与党に投票しないドイツ人がかなり実際に多かったとしても、うなずけるきがします。

 

 

 

 

中高年が仕切る政治にノーをつきつけた若者たち

 

実際に、リゾのビデオが選挙にどのくらいの影響を与えたのでしょう。実験して検証できるわけではないため、推測するしかありませんが、現状では投票行動にリゾの影響がかなり大きかったというのが、一般的な見方です。ドイツの公共放送ZDFは、その影響に「リゾ効果」と早々に命名すらしています。ただし、リゾ自身は、自分のビデオがそれほど大きな役割を果たしたとは思えないという見解を示しています。

 

リゾはユーチューブで150万人以上のチャンネル登録者をもつ、ドイツ語園で著名なユーチューバーであり、このビデオをいち早く、そしてもっとも多く視聴したのは、圧倒的に若い世代でした。わたし自身も、このビデオの存在を最初に知ったのは、ティーンエイジャーの息子にすすめられたからでした。

 

リゾも、環境問題が、これからの若い世代やその先の世代の未来に決定的な影響を与えるものであり、だからこそ若い世代に、自分の未来を壊さないような決断を選挙でするよう促します。

 

ビデオの感想欄で、「ビデオを最後までみた。これからすることが三つある。ビデオを親にみせる。ビデオを学校のクラスにみせる。選挙にいく」(Quiet Dudeのコメント)というものがあり、これには2万8千回(6月5日現在)の「いいね」がついています。このビデオをみてこのような感想をもつというのが、このビデオをみた標準的な若者たち(ドイツの選挙は18歳から)の反応であり、だからこそ視聴数がわずかの期間に急増したのでしょう。

 

選挙結果は、18歳から29歳の若者で緑の党を選んだのが31%、保守党が14%、社会民主党が9%でした。今回はじめて選挙資格を得て投票した人たちだけをみると、36%という圧倒的多数が緑の党を選び、保守党(11%)と社会民主党(9%)を合わせてもまだ、緑の党の5割強にしかならない結果となりました。これらの結果を、上述のドイツ全体の投票結果と比べると、若者たちが30歳以上の中高年の世代とかなり異なる投票行動にでていたことがよくわかります。

 

今年4月22日からの1ヶ月間行われたアンケート調査(Diekmann, 2019)では、18才から29才の若者で、ドイツの政府(政治)は問題解決能力がないと回答した人が81%にものぼり(65歳以上では72%)、温暖化対策がもっとも重要な課題とする人の割は約30%いました(65歳以上では16%)。4 月16日から29日まで行われたヨーロッパ8カ国の若者(18〜24才)を対象にした別の調査では、ドイツの回答者の51%が、環境と気候変動対策がヨーロッパの未来のテーマで最重要と回答し、8カ国で最大となっています(Drüten, 2019)

 

これらの調査はビデオ以前のもの、あるいは以前から始まっており、リゾの指摘するとおり、確かにビデオ以前からでてきた様々な要因がからんで、今回の選挙結果になったと考えるのが適切でしょう。

 

スウェーデンの16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリGreta Thunberg の呼びかけに触発されて、今年初めから活発になり現在も毎週金曜に続いている環境政策のラディカルな促進を訴えた「フライデーズ・フォー・フューチャー」などの若者のデモ活動の影響や、2万6800人のドイツ、オーストリア、スイスの科学者たちが共同で声明を出すなど、地球温暖化防止のための活発な活動がドイツで全国的に展開されてきたことは、とくに大きかったでしょう。

 

いってみれば、短い期間に大量に視聴されたリゾのビデオは、選挙において、それまで床に少しずつ並べられてきたドミノを一押しするような効果をもたらすタイムリーなものであったといえるかもしれません。

 

環境危機を重視する政治意識や今の与党に不満をもつといった直接的なことだけでなく、この選挙結果には、若者の間に強くなったもろもろの意識もまた映し出されているように感じられます。それを言葉に表すと、若者たちが、自分たちは半人前でもないし、まして同じような考えでもない。自分たち自身の意見をもっているし、それを選挙行動などを通じて社会に示すこともできる。社会を構成する重要な一部であり、とくに先の未来の社会について何が重要かを判断し、決める権利があるはずだ、といったことではないかと思います。

 

これは、多数のメディアが、今回の選挙結果の背景として指摘するような、これまで政治は中高年に仕切られ、若者の意見も、また若者の生きるこれからの時代についても、あまりに軽視されていると感じているという、若者の現在の思いと表裏一体でもあるともいるかもしれません。【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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