対話プロジェクト「ドイツは話す」――ドイツ社会に提示されたひとつの処方箋

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もしもまだ会ったことがない人で、会う前から、その人の意見が自分の意見の対極にあるとわかっていたら、みなさんはその人に会いたいでしょうか。それとも、できることなら会いたくないと思うでしょうか。会うのを避けたいと思うとすれば、それはなぜでしょう。自分の意見と反対の人と会っていても、不快感や腹立たしさ、あるいは虚しさや不安を感じるだけで、なんの益にもならないと思うからでしょうか。一方、実際に、もしも正反対の意見の人に一対一で会って話をしてみると、印象は変わるのでしょうか。

 

昨年ヨーロッパでは、これを「もしも」の話に終わらせず、実際に意見の違う一般の人どうしが対話するという壮大なプロジェクトが、いくつかの国で実施されました。ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)では、約42000人が参加申し込みをし、実際に17500人近くの人が、意見の違う相手との対話を行いました。

 

なんの目的でこのようなプロジェクトが企画されたのでしょうか。また、それに参加した人たちは、どんな理由で参加したのでしょうか。一言でまとめると、これはたんに奇抜でおもしろい体験をするために開催されたわけではなく、企画側にも参加者側にも共通の理解や一種の使命感があって成立したものでした。

 

今回は、このプロジェクトについてレポートしてみます。その成立経緯や背景をみながら、今のヨーロッパ(おもにドイツ)の人々の心情をさぐり、また、このようなプロジェクトの社会での役割や意義について、参加者や批判的な意見を参考に考えてみたいと思います。

 

 

 

 

プロジェクトの背景

 

このプロジェクトはもともと2年前の2017年、ドイツでスタートしました。EU随一の経済大国であるドイツは、近年失業率が約5%にまで低下し、マクロ経済的にみると好景気にわいています。その一方、収入や教育格差が広がっており、社会の流動性は失速してきています。このような状況下、大規模に難民が国内に流入しはじめた2015年ごろから、難民や移民をめぐるテーマなどで世論は大きく分れて対立するようになり、一部の先鋒化した動きが、衝突や暴力沙汰を各地でたびたび引き起こすようになりました。

 

ドイツ連邦大統領のシュタインマイアーFrank Walter Steinmeierは、このようなドイツの現状を「コミュニケーションしているのでなく、大声でわめいている」だけとし、摩擦や妥協できる準備や努力をしなければ、民主主義は機能しないと警鐘を鳴らします(Steinmeier, 2018)。

 

一方、異なる意見をもつ人たちへの不信感や無力感をつのらせるだけの社会の対立的な状況を打開するため、有効な手段を模索する動きもでてきます。以前『シノドス』で紹介したジャン Ali Canが設置した、難民や移民に不安や不信感を抱くドイツ人たちに耳を傾ける「悩める人たちのホットライン」もそのひとつです(穂鷹「ドイツの」2018)。

 

 

メディア界から生まれた対話プロジェクト構想

 

普段は報道するだけのメディア界からも、報道という枠を超え、人々に行動をうながすプロジェクトが構想されます。ドイツを代表する週刊新聞『ディ・ツァイト Die Zeit』のスタッフが企画した「ドイツは話す」という対話プロジェクトです(以下、『ディ・ツァイト』を発行するツァイト出版社と、このプロジェクトを実際に企画・実施したスタッフを細かく区別せず、『ディ・ツァイト』と一括して表記します)。これは、近隣に住む政治的意見が異なる人同士が、バーチャルではなく、現実にどこかで一対一で話し会うという面会を、ドイツ全国で決まった日時に一斉に行う、というものです。これだけ聞くといたってシンプルですが、『ディ・ツァイト』の知る限り、世界でも前代未聞の構想だといいます。

 

もともとこのプロジェクトの構想は、「社会全体がほかの人と話し合うことを忘れてしまった、もしもそれが本当だったら、どうやったらまた人々を会話するよう仕向けることができるだろう?」という素朴な問いから始まったといいます。そして、「自分と意見が異なる人と集中して意見を交換すること」が、ほかの人がどんな風に事物をみているかを理解する数少ない可能性のひとつであるとする最新の研究状況を鑑み、「一番いいのは、対話(話し合い)だ」というシンプルで明快な答えにたどりついたのだといいます(Bangel, et al., 2017)。

 

『ディ・ツァイト』は、自分たち自身のなかにある「自分たちが確信していることに反する事実(ファクト)を、間違いだと片付けたり、勝手に無視する」傾向は、すでにフィルターバブルであり、つまり「フィルターバブルは、まさにわたしたちの頭の中にある」と言います(Bangel, et al., 2017)。

 

このようなフィルターバブルを自分のなかにもつと(つまり自分に近い意見しか耳をかさなければ)、自分を失望や危険にさらすことはなく、つねに心地よい自己満足が得られますが、社会の対立など、意見の異なる人が折り合いをつけていかなくてはならない問題を解消することは決してできません。

 

このため、自分たちのフィルターバブルを脱ぎ捨てて、意見の異なる人たちが「お互いにについて話す代わりに、お互いと話そうMiteinander statt übereinander reden」と、このプロジェクトを立ち上げ、人々に参加を呼びかけました。

 

 

プロジェクト「ドイツは話す」が成立するまで

 

このような構想をどのように実現させたのかを、一回目のドイツの対話プロジェクトの経過に沿って、具体的にみてみましょう。

 

『ディ・ツァイト』はプロジェクト参加希望者たちに、まず自分の最低限の個人情報(携帯電話番号や郵便番号など)の入力と質問の回答をしてもらいました。質問には、国民が関心をもちそうな政治的、社会的に重要なテーマで、かつ国民の意見が大きく分かれることが想定されるテーマとして、以下のような五つを選びました。

 

・西側諸国はロシアと公平にやっているか?

・ドイツはマルク(統一ユーロの前のドイツの通貨)にもどるべきか?

・難民を受け入れすぎたか?

・同性の結婚は認められるべきか?

・脱原発は正しかったか?

 

この質問を、回答者に5段階(まったくその通りだと思うから、半分半分、全然そう思わないまで)で評価してもらうようにしました。

 

しかし、すぐに問題があらわれます。参加希望者の意見は非常に似通ったものだったのです。どのメディアも読者の判断に日々、影響を与えており、また読者自身も自分が読みたいものを選択することを通して、最終的に読者が類似した意見をもつであろうことは、ある程度想定されていました。しかし、このプロジェクトを実現するためには、意見が異なる人が一定程度以上参加することが不可欠です。このため『ディ・ツァイト』は、ほかの組織、消防隊連盟や赤十字など多数の組織や団体にも、このプロジェクトについて通知をし、より広く人々に参加をよびかけ、最終的に12000人が参加申し込みを行いました。

 

そのなかからボット(ロボット)でなく本物の人間でドイツ在住の人だけを選別するため、携帯番号がドイツのものでない人や、それで実際に連絡することができなかった人(1700人)、また携帯電話のショートメッセージに応答がなかった人(4500人)を除き、5500人が残りました。その人たちを対象に、質問の回答と郵便番号をもとに、意見ができるだけ異なり、住所が比較的近い人(20キロ以内に住む人)を二人ずつの組みにしていきました。

 

マッチングの結果は参加希望者それぞれに届けられた後、双方が実際に会ってみたいと回答した場合のみ、それぞれのメールアドレスを通知します。これを使って、個人的にお互いに連絡をとって、具体的に会う場所を決めてもらいました。こうして2017年に、600組1200人の対話が実現しました。

 

ちなみに、5500人のうち2、3の質問事項に意見の違いがある人同士の組みは1100組にすぎず、残りの多数の人たちは5つの質問のうち4つが同じ回答(ロシアについての質問だけ意見が異なる)の、かなり似通った見解をもつ人たちの組みでした。75人は20キロ内に討論したいというパートナーがまったくいないか、あるいはみつけることができず、対話プロジェクトに参加することができませんでした。

 

 

プロジェクトの広がり

 

翌年の2018年9月には、二回目の「ドイツは話す」が、さらに以下の3点で拡充され、開催されました。

 

・複数のメディア企業が参加

 

2017年は『ディ・ツァイト』だけでしたが、2018年は11のドイツのメディア企業(新聞社、公共放送、オンラインメディア)が共同で開催しました。参加するそれぞれのメディア企業が、読者にプロジェクトへの参加を呼びかけ、申し込み窓口ともなったことで、より多くの人、また多様な意見の人に呼びかけることができました。

 

・参加者の数が前年より増加

 

2018年は前年の2倍以上の2万8千人が参加申し込みをしました。そのうちマッチングで10014組ができ、最終的に8470人が9月23日日曜の午後3時から、ドイツ中のどこかのカフェや居酒屋で一斉に対話をしました。

 

2018年にされた質問は以下の7つで、イエスかノーで回答するものでした。

 

・現在のアメリカの大統領がアメリカにとっていいと思うか(結果は、いいと思うが10.4%)

・10年前と比べドイツは悪くなっているか(そう思うが19.3%)

・ドイツは、国境をもっと厳しく管理すべきか(すべきが28.6%)

・都市の中心部では車の通行を禁止すべきか(すべきが63.4%)

・肉の消費を減らすためにより強い措置を講じるべきか(講じるべきが67.2%)

・#MeTooムーブメントは、性的ないやがらせになんらかのポジティブな影響を与えたか(そう思うが72.4%)

・イスラム教徒と非イスラム教徒は、ドイツで共存できるか(できるが85.1%)

 

・他国への広がり

 

『ディ・ツァイト』はこの対話のマッチング作業のため、グーグルの資金提供を受け、(相性が合う人をみつけるデートポータルで使われるアルゴリズムの逆のパターンの)アルゴリズムを開発しましたが、同じアルゴリズムを使ってほかの国でも同じようなプロジェクトを容易に開催できるように、プラットフォーム「My Country talks」を開設しました。

 

このかいあって、海外から高い関心がよせられ、2018年にすでに14の国や地域(ヨーロッパが多いが、アラスカなどヨーロッパ以外の地域も含む)が、同じようなプロジェクトを計画あるいは実際に実施しました。

 

ちなみに、対話プロジェクトでは社会で対立が目立つ問題について対話をしてもらうため、テーマ(参加希望者に質問項目となるもの)は事前に企画側のジャーナリストが検討、選択します。そのテーマをみると、移民の受け入れや、移民の移動を管理するために国境をもっと厳しく管理すべきかといった、難民や移民に由来するものが、対話を開催したヨーロッパ各地で選ばれていました。

 

このテーマが選ばれたからといって、これらの問題がほかの国内問題よりも実際に国内で深刻な問題となっているかはまた別問題ですが、少なくとも人々が注目するテーマであり、政治的な対立の火種になっているということはたしかのようです。

 

 

スイスの対話プロジェクトの参加希望者への通知メール

 

 

対話プロジェクトにのぞんだ人たちの反応

 

初回開催からたった1年で、このようにプロジェクトに共感し参加するメディア企業や人々、国がヨーロッパを中心に増えたこと。これは、現在、ドイツに限らず国内で対話が減り対立がむしろ増えていると認識し、同時にそのような事態を少しでも緩和できるようになにかすべきだ、と思っている人々が、少なくなかったことを示しているでしょう。

 

実際に対話を体験した人たちは、対話後どんな印象をもったのでしょうか。参加した人たちの様子や個々の意見については、『ディ・ツァイト』のオンラインのサイトで詳しく紹介されていますが、プロジェクトに参加した人たちからの感想でもっとも多かったのは(一回目の対話のあと)、意見の違う人とはまったく話せないだろうと思っていたのに、実際に会ってみたら共通することが結構あり、自分とそれほど違わなかったというポイジティブな驚きでした(Faigle, 2018)。二回目の対話プロジェクトの後では、90%以上の参加者が、話し合いがなにかもたらしたか、という問いにイエスと答えています(Schöpfer,2018)。

 

たった一度の1時間の対話でどのようにしてこれほど圧倒的に肯定的なフィードバックがもたらされたのは興味深いですが、それがどうしてなのか、参加者の心情にどのような変化があったのか、などについては、ここからはよくわかりません。このため、一般的な理解の範囲内で、その理由をまず推測してみます。

 

ちなみに、ボン大学では、このプロジェクトが実際に人々にどのような効果を与えるのか(ステレオタイプの理解が減ったり、ほかの意見の人への理解が高まるのかなど)を調べる研究をはじめたといいます(Schöpfer,2018)。

 

 

対面型の対話のボーナス効果

 

対面型の対話とそうでない対話の場合を比較して、理由を考えてみます。ソーシャルメディアなどバーチャルな空間で意見を交わす場合は、相手がどんな人なのか具体的にみえてきませんし、自分が誰かも相手にはよくわからないため、お互いに発言に抑制がききにくくなり、暴言や誤解をうむ発言がでやすくなります。

 

これに対し、人に面と向かって、しかも対話することを主旨にして集まる今回のような状況では、目の前にいる相手に一定の節度が保たれやすくなり、またこのプロジェクトの主眼である、自分と意見が違う相手の話を聞こうとする意志や態度は、相手側に自分に対するレスペクト(尊重)や誠実さとしてうつるのではないかと思われます。

 

対話の席でお互いが、誠実に相手に向かいあおうという態度をみせた時、その先はどうなるでしょう。当然、双方ともに好印象を抱きやすくなるでしょうし、そうなると基本的に気持ちに余裕ができて、意見が対立していても、かたくなに自分の意見を主張する強硬な態度にはでにくく、相手の話も耳に入りやすくなるではないかと思います。

 

つまり今回のプロジェクトにおいて、直接対面して話すよう人々を差し向けたことで、すでにコミュニケーションの好循環ができやすい環境ができた、といえるのではないかと思います。平たく言えば、今回の対話プロジェクトは、一対一の対面型の対話にするという設定にした時点で、話し合いの内容とは関係なく、バーチャルな空間の対話にはない(好感のもてる対話環境という)ボーナスポイントがついたということでしょう。もちろんそうであったからといって、このようなプロジェクトを考案しそれを実施したことの功績は、少しも貶められるわけではありませんが。

 

そのほかにも、まだ暖かい9月の日曜の午後、週日の喧騒のない静かなカフェや公園などで(プライベートな空間でなく公共スペースを対話の場所に使うことが推奨されました)、お茶やビールを飲みながら話し合う、といった現実世界だからこそ味わえるほかのアメニティー要素も、なごやかに話し合うための雰囲気づくりに貢献したことでしょう。

 

ちなみに、対面型にすぐれた点があるとはいえ、ネット上のコミュニケーションにも優れた特性があり、対面型の対話に対し、ネットを通じたバーチャルな対話が一概に劣っているといっているというのではもちろんないでしょう。ただし、例えば、文字や絵文字のみでのコミュニケーションでは、対面型の時のような声のトーンや顔の表情などが相手にわからないため、微妙なニュアンスがうまく伝わりにくく、誤解や不信感をうみやすくなるのも事実です。ネット上での対話を円滑に行うためには、対面型とは異なる配慮や気遣いが必要ということになるでしょう。

 

 

どれだけ広く人々を動員したのか

 

参加者からは好意的なフィードバックが圧倒的であったとはいえ、このプロジェクトについて、疑問の声やクリティカルな評価もあります。ここからは、これらの指摘を取り上げながら、このプロジェクトの傾向、限界について考えてみます。

 

まず、もともとほかの意見にオープンで進歩的な考えの人たちが、この対話プロジェクトに参加し議論しているのにすぎないのでは、という批判的な指摘があります(Schöpfer, 2018)。そうであるとすれば、いくら繰り返しこのようなプロジェクトをしても、本来の目的である、本当に対立する人たちとの間の対話を促進するものにならないのでは、という疑問です。

 

たしかに、初回の対話では意見がおおむね一致する人たちが多く、多くの対立意見をもつ人どうしの対話はむしろ少数派でした。しかし、2回目はほかの複数のメディア企業が参加したことで、一回目よりも多様な意見をもつ人たちが参加しました。『ディ・ツァイト』のファイグレPhilip Faigleは、二回目の対話プロジェクトでの一つの質問、ドイツでイスラム教徒と非イスラム教徒はうまく共存できるか、という問いに、15%はできない、と回答した人がいたことに言及し、対立する意見の人たちもまた参加していると主張しています(Schöpfer, 2018)。

 

ちなみに、2018年のプロジェクトで、参加希望者として登録した全2万8000人の内訳をみると、男性が圧倒的に多く68.3%、女性は29.9%、平均年齢は41.6歳でした(これは、ドイツ人の平均年齢とほぼ同じです)。年齢は18から97歳と非常に幅広く、地域的にはドイツ全国を網羅しています。ただし、西側に比べると東ドイツからの申し込みはやや少なめです。人口でみると東ドイツの州は全体の22%を占めていますが、今回東ドイツから参加した人たちは全体の16%でした。

 

職業をみると、経営者は1464人、研究者1308人、教師1307人、看護師293人、聖職者49人、タクシー運転手14人、消防士9人、大学生は3409人です。

 

全般に、意見の差異は地域よりも、世代や性別によって差異の方が大きく、もっとも多かった組み合わせは、年配の男性と若い女性でした。【次ページにつづく】

 

 

 

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vol.266 

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