ドイツの「悩める人たちのためのホットライン」――憎しみや人種差別に抗して

シノドス国際社会動向研究所(シノドス・ラボ)がお届けするシリーズ「世界の市民活動」では、NPOやNGOなど、世界各地の特徴ある市民活動団体をご紹介していきます。各国社会が抱える課題に、それぞれがどうアプローチしているのか。今後の日本の市民活動に活かせるヒントを読み取っていただけますと幸いです。今回はドイツの「悩める人たちのためのホットライン」を取り上げます。

 

 

はじめに

 

ドイツには「悩める人たちのためのホットライン」という電話サービスがあります。難民や移民、イスラム教徒について、あるいはこれらの人々がもたらす社会への影響などについて、怒りでも不安でも、個人的体験でも、あるいは単なる質問でも、誰かに話をしたい人、聞いてほしい人は、誰でも匿名で通話料も無料でこのホットラインに電話をすることができます。

 

2016年9月にこのユニークなホットラインを一人で立ち上げ、昨年はそこで繰り広げられた様々な対話を本としてまとめて出版した、アリ・ジャン Ali Can 氏に3月初頭インタビューをしました。

 

 

ジャン氏のこれまでの歩みについて

 

まず今回のインタビューの背景として、ホットラインを設置するに至った過程について、著作や本人自身の説明をもとに、簡単にご紹介します。

 

2015年以降、難民申請者がドイツで急増しますが、これに伴いドイツ社会は、人道的な支援に向かう人々と、難民受け入れに強い嫌悪感や猜疑心を示す人々の二手に分裂し、互いに罵り合い、鋭く対立する構図が強まっていきます。

 

難民への強い嫌悪感や怒りを抱くドイツの一部の人々を報道で見、ショックを受けたジャン氏は、どうやったらドイツ社会でこれらの人たちとやっていけるのか、ほかになにか道はあるのか、そして自分には一体なにができるのかを自問するようになります。ジャン氏自身もかつて(1995年)2歳半で、トルコから難民としてドイツにわたってきた一人です。

 

しかし自問したり、周囲の人に訊ねても答えがでなかったため、まずは直接自分自身が怒りや嫌悪感をもつ人々に会ってみようと、排外的な傾向がとくに強いとされる旧東ドイツの地域を一人で旅することにします。

 

道中、街頭で人々に話しかけたり、イスラムの脅威を訴える団体「西洋のイスラム化に反対する愛国的な欧州人(略称ペギーダ)」の集会に参加し、そこで参加者と対話をこころみていくうちに、ジャン氏は、いくつかのことに気づきます。

 

まず、イスラム教徒や難民への危惧が強い人たちのなかに、実際に個人的にそれらの人と接触したことがない人が意外に多いこと。またこれらの人は必ずしもイスラムや難民に反対しているのではなく、心配事をいろいろ抱えていて、しかしそれを聞いてくれる人が身近にいないこと。そして、それらの人たちとは、ペギーダの集会にきている人たちであっても、敬意をもって心を開けば、対話をすることが可能だということ。同時に、自分自身が、旧東ドイツに住む人をステレオタイプ的にしか理解していなかったこともわかりました。

 

心配ごとがあっても、その心配について、まわりに公平に、また真摯に聞いてくれる人がいなければ、心配が高じて、閉鎖的、あるいは攻撃的な態度に転じることもある。しかし、気軽に自分の心配や問題を話すことができ、それをしっかり聞いて不要な心配を取り払ってくれる人がいれば、状況は多少とも変わるのではないか。こうした発想にジャン氏はいたり、イスラム教徒や移民にまつわるテーマで心配や不安を抱えてしている人のためのホットラインを設置しました。

 

一人で試行錯誤ではじめた「悩める人たちのためのホットライン」は、現在、グーグルの検索で「心配する人のためのホットライン」とドイツ語で検索すると上位にでてくるほど、知名度の高いホットラインに発展しています。昨年は、これまでの数百人との対話の体験をもとにテーマごとにまとめた『心配する市民のためのホットライン。あなたに信頼される難民申請者からの回答』という本も刊行され、ジャン氏の対話の具体的なやりとりやその手法について、ドイツ社会でさらに広く知られるようになりました。

 

さらに、昨年10月にはベルリンで「憎しみや人種差別に反対するデモ」を呼びかけ、1万2千人が集結したことで、世界の主要なメディアでも注目される存在となり、現在もヨーロッパを中心に、世界中から400件以上の問い合わせがきているそうです。

 

 

穂鷹01

 

 

ホットラインについて

 

――著作では、様々な背景で電話をかけてくれる人とのやりとりがいきいきと描かれています。相手への思いやりとユーモアのバランスがとれた対話の手法も素晴らしいですが、現在のドイツで心配や不安を抱えている人の赤裸々な思いやその思考の仕方がよくわかり、多くの人に読んでもらいたい本だと思いました。

 

ありがとうございます。ここに登場する4人の人物は架空ですが、実際にあったホットラインの対話にもとづいてまとめました。数百件の電話の内容を、難民支援のボランティアをしている人自身が戸惑っている問題、難民や移民のインテグレーションの問題など、四つのテーマに分け、それぞれ一人との対話のようにまとめました。

 

 

――ホットラインの対話を通じていろいろなことを考えさせられた、とご高著の最後に書かれていますが、具体的にはどのようなことでしょうか。

 

ホットラインをしてみてまず驚いたのが、難民を支援する活動をしている人たち自身が、いろいろな問題や不安を抱えていたことでした。善意から難民支援の手伝いをしている人たちが、不安を抱えたり困惑しているのは残念です。

 

このような人たちに、たとえば難民の背景や習慣の違いなど、困惑や不安の原因となっている問題について様々な角度から、たとえば研修というかたちで支援することが重要だと感じました。もちろん、それらの人がしていることを、もっと社会が広く認知していくことも重要です。

 

また、ドイツ全体の社会システムについて改めて考えさせられました。自分たちのところのホームレスに出すお金はないとさんざん言われていたのに、難民が来たら突然そこにはお金が出る。これは、なにかおかしいのではないか、という人がいますが、その人たちの気持ちはよくわかります。

 

社会のいたるところに支援が必要な人がいること、またその人たちを支援する働きをしているソーシャルワーカーたちの賃金は全般に低く、その貢献が社会的に広く認知されているとは言い難い状況であること。これらのことについて改めて気づかされ、考えさせられました。これらの人々のことをもっと尊重し評価しなくてはいけないと思います。そうでなければ、社会で嫉妬や不安、自分たちだけが社会に置き去りにされているのではないかという苛立ちが募ります。

 

それともう一つ、それらの事実と別の次元で重要なことがあります。ある現象をどう認識するか、それは気持ちのレベルとも言えますが、どう実際に思うか、捉えるか、という問題です。

 

右翼の人たちは、国の財政というお金の壺が一つしかなく、メルケルがその壺のお金をどこでなにに使うかをきめている、というような簡単な理解をしているようにみえます。しかし、国の予算の決定過程や実際のお金の使われ方は非常に多岐にわたる話で、そんな簡単なものではありません。それを単純に捉えようとすれば無理がでて、まちがった認識や判断になります。

 

人々の捉え方次第で、認識、見てくるものがいかに変わってくるのかということにも、もっと人々が意識するようになるべきだと感じました。

 

 

難民問題についてのメディアの報道について

 

――今おっしゃった認識の問題にも関連してきそうですが、ドイツの難民や移民についてのこれまでのメディアの報道については、具体的にどうお感じになりましたか。

 

メディアには、目にみえない問題を可視化する役割があります。それは確かに正しいのですが、ここ3年間のドイツのマスメディアの報道はあまりに偏った内容でした。環境や教育、高齢者の貧困など、社会にあるほかの問題に比べ、メディでは、極端に多くの時間と量が、難民問題の報道に費やされました。

 

しかも、難民の犯罪やイスラム教徒とのトラブルなどの「問題」や、「うまくいっていない」という部分ばかりを捉えるネガティブな報道がほとんどでした。昨年の選挙前の党首たちのディベートもひどいものでした。ほかにも、話し合わなければならないテーマが多くあるはずなのに、議論のほとんどが難民問題に費やされていました。

 

もちろんそれらを報道するのも大切ですが、全体の報道のなかでの極端に高い比率とネガティブに偏った報道のおかげで、心配する人が増え、ほかの問題よりもとりわけ深刻でただちに解決しなくてはいけない問題だと、人々は感じるようになりました。しかし、強い感情は物事をみえにくくします。

 

 

――強い感情が物事をみえにくくする、という言い方を聞いて思い出す一文があります。昨年、カナダの心理学者のポール・ブルーム氏が『共感に対抗して。合理的思いやりの事例Against Empathy: The Case for Rational Compassion』という本を出版し、スイスで重要な賞を受賞したのですが(穂鷹「共感」2018)、彼は「共感はわれわれの目をくらます」(Gielas, 2015)と言っています。

 

すばらしい指摘ですね。まったくそのとおりです。その本もぜひ読んでみたいです。

 

 

――ドイツには公共放送でも民間でも良質のメディアが多くありますが、すべてのメディアでそのような偏った傾向がみられたのですか。

 

多かれ少なかれ、その傾向がみられました。まちがった報道であったわけではないが、公共のメディアとしてはふさわしくなったと思います。

 

 

――一般視聴者や読者からの批判はなかったのですか。

 

そんなニュースばかりを聞いていると、それが普通だと思ってしまいます。ただし、最近は少し変わってきました。問題を報道するだけでなく解決に向けた取り組みについても言及するものがでてきました。

 

 

――デンマーク発祥の「建設的ジャーナリズム」でしょうか(穂鷹、2016)。

 

そうです。『ディー・ツァイトDie Zeit』でもはじまりましたが、とくに『パースペティブ・ダイアリー Perspektiv dairy』は建設的ジャーナリズムのとてもいい記事がみられます。【次ページにつづく】

 

 

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無題

 

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