2019.05.20

対話プロジェクト「ドイツは話す」――ドイツ社会に提示されたひとつの処方箋

穂鷹知美 異文化間コミュニケーション

国際

もしもまだ会ったことがない人で、会う前から、その人の意見が自分の意見の対極にあるとわかっていたら、みなさんはその人に会いたいでしょうか。それとも、できることなら会いたくないと思うでしょうか。会うのを避けたいと思うとすれば、それはなぜでしょう。自分の意見と反対の人と会っていても、不快感や腹立たしさ、あるいは虚しさや不安を感じるだけで、なんの益にもならないと思うからでしょうか。一方、実際に、もしも正反対の意見の人に一対一で会って話をしてみると、印象は変わるのでしょうか。

昨年ヨーロッパでは、これを「もしも」の話に終わらせず、実際に意見の違う一般の人どうしが対話するという壮大なプロジェクトが、いくつかの国で実施されました。ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)では、約42000人が参加申し込みをし、実際に17500人近くの人が、意見の違う相手との対話を行いました。

なんの目的でこのようなプロジェクトが企画されたのでしょうか。また、それに参加した人たちは、どんな理由で参加したのでしょうか。一言でまとめると、これはたんに奇抜でおもしろい体験をするために開催されたわけではなく、企画側にも参加者側にも共通の理解や一種の使命感があって成立したものでした。

今回は、このプロジェクトについてレポートしてみます。その成立経緯や背景をみながら、今のヨーロッパ(おもにドイツ)の人々の心情をさぐり、また、このようなプロジェクトの社会での役割や意義について、参加者や批判的な意見を参考に考えてみたいと思います。

プロジェクトの背景

このプロジェクトはもともと2年前の2017年、ドイツでスタートしました。EU随一の経済大国であるドイツは、近年失業率が約5%にまで低下し、マクロ経済的にみると好景気にわいています。その一方、収入や教育格差が広がっており、社会の流動性は失速してきています。このような状況下、大規模に難民が国内に流入しはじめた2015年ごろから、難民や移民をめぐるテーマなどで世論は大きく分れて対立するようになり、一部の先鋒化した動きが、衝突や暴力沙汰を各地でたびたび引き起こすようになりました。

ドイツ連邦大統領のシュタインマイアーFrank Walter Steinmeierは、このようなドイツの現状を「コミュニケーションしているのでなく、大声でわめいている」だけとし、摩擦や妥協できる準備や努力をしなければ、民主主義は機能しないと警鐘を鳴らします(Steinmeier, 2018)。

一方、異なる意見をもつ人たちへの不信感や無力感をつのらせるだけの社会の対立的な状況を打開するため、有効な手段を模索する動きもでてきます。以前『シノドス』で紹介したジャン Ali Canが設置した、難民や移民に不安や不信感を抱くドイツ人たちに耳を傾ける「悩める人たちのホットライン」もそのひとつです(穂鷹「ドイツの」2018)。

メディア界から生まれた対話プロジェクト構想

普段は報道するだけのメディア界からも、報道という枠を超え、人々に行動をうながすプロジェクトが構想されます。ドイツを代表する週刊新聞『ディ・ツァイト Die Zeit』のスタッフが企画した「ドイツは話す」という対話プロジェクトです(以下、『ディ・ツァイト』を発行するツァイト出版社と、このプロジェクトを実際に企画・実施したスタッフを細かく区別せず、『ディ・ツァイト』と一括して表記します)。これは、近隣に住む政治的意見が異なる人同士が、バーチャルではなく、現実にどこかで一対一で話し会うという面会を、ドイツ全国で決まった日時に一斉に行う、というものです。これだけ聞くといたってシンプルですが、『ディ・ツァイト』の知る限り、世界でも前代未聞の構想だといいます。

もともとこのプロジェクトの構想は、「社会全体がほかの人と話し合うことを忘れてしまった、もしもそれが本当だったら、どうやったらまた人々を会話するよう仕向けることができるだろう?」という素朴な問いから始まったといいます。そして、「自分と意見が異なる人と集中して意見を交換すること」が、ほかの人がどんな風に事物をみているかを理解する数少ない可能性のひとつであるとする最新の研究状況を鑑み、「一番いいのは、対話(話し合い)だ」というシンプルで明快な答えにたどりついたのだといいます(Bangel, et al., 2017)。

『ディ・ツァイト』は、自分たち自身のなかにある「自分たちが確信していることに反する事実(ファクト)を、間違いだと片付けたり、勝手に無視する」傾向は、すでにフィルターバブルであり、つまり「フィルターバブルは、まさにわたしたちの頭の中にある」と言います(Bangel, et al., 2017)。

このようなフィルターバブルを自分のなかにもつと(つまり自分に近い意見しか耳をかさなければ)、自分を失望や危険にさらすことはなく、つねに心地よい自己満足が得られますが、社会の対立など、意見の異なる人が折り合いをつけていかなくてはならない問題を解消することは決してできません。

このため、自分たちのフィルターバブルを脱ぎ捨てて、意見の異なる人たちが「お互いにについて話す代わりに、お互いと話そうMiteinander statt übereinander reden」と、このプロジェクトを立ち上げ、人々に参加を呼びかけました。

プロジェクト「ドイツは話す」が成立するまで

このような構想をどのように実現させたのかを、一回目のドイツの対話プロジェクトの経過に沿って、具体的にみてみましょう。

『ディ・ツァイト』はプロジェクト参加希望者たちに、まず自分の最低限の個人情報(携帯電話番号や郵便番号など)の入力と質問の回答をしてもらいました。質問には、国民が関心をもちそうな政治的、社会的に重要なテーマで、かつ国民の意見が大きく分かれることが想定されるテーマとして、以下のような五つを選びました。

・西側諸国はロシアと公平にやっているか?

・ドイツはマルク(統一ユーロの前のドイツの通貨)にもどるべきか?

・難民を受け入れすぎたか?

・同性の結婚は認められるべきか?

・脱原発は正しかったか?

この質問を、回答者に5段階(まったくその通りだと思うから、半分半分、全然そう思わないまで)で評価してもらうようにしました。

しかし、すぐに問題があらわれます。参加希望者の意見は非常に似通ったものだったのです。どのメディアも読者の判断に日々、影響を与えており、また読者自身も自分が読みたいものを選択することを通して、最終的に読者が類似した意見をもつであろうことは、ある程度想定されていました。しかし、このプロジェクトを実現するためには、意見が異なる人が一定程度以上参加することが不可欠です。このため『ディ・ツァイト』は、ほかの組織、消防隊連盟や赤十字など多数の組織や団体にも、このプロジェクトについて通知をし、より広く人々に参加をよびかけ、最終的に12000人が参加申し込みを行いました。

そのなかからボット(ロボット)でなく本物の人間でドイツ在住の人だけを選別するため、携帯番号がドイツのものでない人や、それで実際に連絡することができなかった人(1700人)、また携帯電話のショートメッセージに応答がなかった人(4500人)を除き、5500人が残りました。その人たちを対象に、質問の回答と郵便番号をもとに、意見ができるだけ異なり、住所が比較的近い人(20キロ以内に住む人)を二人ずつの組みにしていきました。

マッチングの結果は参加希望者それぞれに届けられた後、双方が実際に会ってみたいと回答した場合のみ、それぞれのメールアドレスを通知します。これを使って、個人的にお互いに連絡をとって、具体的に会う場所を決めてもらいました。こうして2017年に、600組1200人の対話が実現しました。

ちなみに、5500人のうち2、3の質問事項に意見の違いがある人同士の組みは1100組にすぎず、残りの多数の人たちは5つの質問のうち4つが同じ回答(ロシアについての質問だけ意見が異なる)の、かなり似通った見解をもつ人たちの組みでした。75人は20キロ内に討論したいというパートナーがまったくいないか、あるいはみつけることができず、対話プロジェクトに参加することができませんでした。

プロジェクトの広がり

翌年の2018年9月には、二回目の「ドイツは話す」が、さらに以下の3点で拡充され、開催されました。

・複数のメディア企業が参加

2017年は『ディ・ツァイト』だけでしたが、2018年は11のドイツのメディア企業(新聞社、公共放送、オンラインメディア)が共同で開催しました。参加するそれぞれのメディア企業が、読者にプロジェクトへの参加を呼びかけ、申し込み窓口ともなったことで、より多くの人、また多様な意見の人に呼びかけることができました。

・参加者の数が前年より増加

2018年は前年の2倍以上の2万8千人が参加申し込みをしました。そのうちマッチングで10014組ができ、最終的に8470人が9月23日日曜の午後3時から、ドイツ中のどこかのカフェや居酒屋で一斉に対話をしました。

2018年にされた質問は以下の7つで、イエスかノーで回答するものでした。

・現在のアメリカの大統領がアメリカにとっていいと思うか(結果は、いいと思うが10.4%)

・10年前と比べドイツは悪くなっているか(そう思うが19.3%)

・ドイツは、国境をもっと厳しく管理すべきか(すべきが28.6%)

・都市の中心部では車の通行を禁止すべきか(すべきが63.4%)

・肉の消費を減らすためにより強い措置を講じるべきか(講じるべきが67.2%)

・#MeTooムーブメントは、性的ないやがらせになんらかのポジティブな影響を与えたか(そう思うが72.4%)

・イスラム教徒と非イスラム教徒は、ドイツで共存できるか(できるが85.1%)

・他国への広がり

『ディ・ツァイト』はこの対話のマッチング作業のため、グーグルの資金提供を受け、(相性が合う人をみつけるデートポータルで使われるアルゴリズムの逆のパターンの)アルゴリズムを開発しましたが、同じアルゴリズムを使ってほかの国でも同じようなプロジェクトを容易に開催できるように、プラットフォーム「My Country talks」を開設しました。

このかいあって、海外から高い関心がよせられ、2018年にすでに14の国や地域(ヨーロッパが多いが、アラスカなどヨーロッパ以外の地域も含む)が、同じようなプロジェクトを計画あるいは実際に実施しました。

ちなみに、対話プロジェクトでは社会で対立が目立つ問題について対話をしてもらうため、テーマ(参加希望者に質問項目となるもの)は事前に企画側のジャーナリストが検討、選択します。そのテーマをみると、移民の受け入れや、移民の移動を管理するために国境をもっと厳しく管理すべきかといった、難民や移民に由来するものが、対話を開催したヨーロッパ各地で選ばれていました。

このテーマが選ばれたからといって、これらの問題がほかの国内問題よりも実際に国内で深刻な問題となっているかはまた別問題ですが、少なくとも人々が注目するテーマであり、政治的な対立の火種になっているということはたしかのようです。

スイスの対話プロジェクトの参加希望者への通知メール

対話プロジェクトにのぞんだ人たちの反応

初回開催からたった1年で、このようにプロジェクトに共感し参加するメディア企業や人々、国がヨーロッパを中心に増えたこと。これは、現在、ドイツに限らず国内で対話が減り対立がむしろ増えていると認識し、同時にそのような事態を少しでも緩和できるようになにかすべきだ、と思っている人々が、少なくなかったことを示しているでしょう。

実際に対話を体験した人たちは、対話後どんな印象をもったのでしょうか。参加した人たちの様子や個々の意見については、『ディ・ツァイト』のオンラインのサイトで詳しく紹介されていますが、プロジェクトに参加した人たちからの感想でもっとも多かったのは(一回目の対話のあと)、意見の違う人とはまったく話せないだろうと思っていたのに、実際に会ってみたら共通することが結構あり、自分とそれほど違わなかったというポイジティブな驚きでした(Faigle, 2018)。二回目の対話プロジェクトの後では、90%以上の参加者が、話し合いがなにかもたらしたか、という問いにイエスと答えています(Schöpfer,2018)。

たった一度の1時間の対話でどのようにしてこれほど圧倒的に肯定的なフィードバックがもたらされたのは興味深いですが、それがどうしてなのか、参加者の心情にどのような変化があったのか、などについては、ここからはよくわかりません。このため、一般的な理解の範囲内で、その理由をまず推測してみます。

ちなみに、ボン大学では、このプロジェクトが実際に人々にどのような効果を与えるのか(ステレオタイプの理解が減ったり、ほかの意見の人への理解が高まるのかなど)を調べる研究をはじめたといいます(Schöpfer,2018)。

対面型の対話のボーナス効果

対面型の対話とそうでない対話の場合を比較して、理由を考えてみます。ソーシャルメディアなどバーチャルな空間で意見を交わす場合は、相手がどんな人なのか具体的にみえてきませんし、自分が誰かも相手にはよくわからないため、お互いに発言に抑制がききにくくなり、暴言や誤解をうむ発言がでやすくなります。

これに対し、人に面と向かって、しかも対話することを主旨にして集まる今回のような状況では、目の前にいる相手に一定の節度が保たれやすくなり、またこのプロジェクトの主眼である、自分と意見が違う相手の話を聞こうとする意志や態度は、相手側に自分に対するレスペクト(尊重)や誠実さとしてうつるのではないかと思われます。

対話の席でお互いが、誠実に相手に向かいあおうという態度をみせた時、その先はどうなるでしょう。当然、双方ともに好印象を抱きやすくなるでしょうし、そうなると基本的に気持ちに余裕ができて、意見が対立していても、かたくなに自分の意見を主張する強硬な態度にはでにくく、相手の話も耳に入りやすくなるではないかと思います。

つまり今回のプロジェクトにおいて、直接対面して話すよう人々を差し向けたことで、すでにコミュニケーションの好循環ができやすい環境ができた、といえるのではないかと思います。平たく言えば、今回の対話プロジェクトは、一対一の対面型の対話にするという設定にした時点で、話し合いの内容とは関係なく、バーチャルな空間の対話にはない(好感のもてる対話環境という)ボーナスポイントがついたということでしょう。もちろんそうであったからといって、このようなプロジェクトを考案しそれを実施したことの功績は、少しも貶められるわけではありませんが。

そのほかにも、まだ暖かい9月の日曜の午後、週日の喧騒のない静かなカフェや公園などで(プライベートな空間でなく公共スペースを対話の場所に使うことが推奨されました)、お茶やビールを飲みながら話し合う、といった現実世界だからこそ味わえるほかのアメニティー要素も、なごやかに話し合うための雰囲気づくりに貢献したことでしょう。

ちなみに、対面型にすぐれた点があるとはいえ、ネット上のコミュニケーションにも優れた特性があり、対面型の対話に対し、ネットを通じたバーチャルな対話が一概に劣っているといっているというのではもちろんないでしょう。ただし、例えば、文字や絵文字のみでのコミュニケーションでは、対面型の時のような声のトーンや顔の表情などが相手にわからないため、微妙なニュアンスがうまく伝わりにくく、誤解や不信感をうみやすくなるのも事実です。ネット上での対話を円滑に行うためには、対面型とは異なる配慮や気遣いが必要ということになるでしょう。

どれだけ広く人々を動員したのか

参加者からは好意的なフィードバックが圧倒的であったとはいえ、このプロジェクトについて、疑問の声やクリティカルな評価もあります。ここからは、これらの指摘を取り上げながら、このプロジェクトの傾向、限界について考えてみます。

まず、もともとほかの意見にオープンで進歩的な考えの人たちが、この対話プロジェクトに参加し議論しているのにすぎないのでは、という批判的な指摘があります(Schöpfer, 2018)。そうであるとすれば、いくら繰り返しこのようなプロジェクトをしても、本来の目的である、本当に対立する人たちとの間の対話を促進するものにならないのでは、という疑問です。

たしかに、初回の対話では意見がおおむね一致する人たちが多く、多くの対立意見をもつ人どうしの対話はむしろ少数派でした。しかし、2回目はほかの複数のメディア企業が参加したことで、一回目よりも多様な意見をもつ人たちが参加しました。『ディ・ツァイト』のファイグレPhilip Faigleは、二回目の対話プロジェクトでの一つの質問、ドイツでイスラム教徒と非イスラム教徒はうまく共存できるか、という問いに、15%はできない、と回答した人がいたことに言及し、対立する意見の人たちもまた参加していると主張しています(Schöpfer, 2018)。

ちなみに、2018年のプロジェクトで、参加希望者として登録した全2万8000人の内訳をみると、男性が圧倒的に多く68.3%、女性は29.9%、平均年齢は41.6歳でした(これは、ドイツ人の平均年齢とほぼ同じです)。年齢は18から97歳と非常に幅広く、地域的にはドイツ全国を網羅しています。ただし、西側に比べると東ドイツからの申し込みはやや少なめです。人口でみると東ドイツの州は全体の22%を占めていますが、今回東ドイツから参加した人たちは全体の16%でした。

職業をみると、経営者は1464人、研究者1308人、教師1307人、看護師293人、聖職者49人、タクシー運転手14人、消防士9人、大学生は3409人です。

全般に、意見の差異は地域よりも、世代や性別によって差異の方が大きく、もっとも多かった組み合わせは、年配の男性と若い女性でした。

対話は誰とでもできるのか

対話プロジェクトの構想に異存はないが、対話をするには人も事象も対象を限定すべきだという意見もあります。

二回目の対話プロジェクトが開催されるにあたって、後援者である連邦大統領を迎え、ベルリンで式典(イベント)「Plattform «My country Talks»」がとり行われたのですが、そこで執筆家でデジタル分野に精通するサーシャ・ロボSascha Loboが提示した意見です。

ロボは、これまでソーシャルメディアや現実空間で多くの極右勢力支持者たちと会い、対話を重ねてきました。その中には、ドイツの国防軍が(ヨーロッパを目指し海をわたる、筆者註)難民の船を砲撃し、何千人か死亡者がでれば、もう誰も来なくなるだろう、と書いてきた人もいたと言います。ロボはその時点で、その人との対話を断ち切ることはなかったが、その人とはその後建設的な議論にはならなかったとし、このような「ナチ」(この人や、ほかの同様な意見の人たちに対してロボが使う呼称)は、ほかの人たちと普通に話し合うということはできない人たちであり、話すに値しない人だといいます(Zeit Online)。

つまり対話は、なんでもだれとでも話すという無条件のものであるべきではなく、絶対に越してはいけない一線(レッドライン)があるべきで、それが自由民主主義的な対話にあって必要不可欠とします(Zeit Online)。

昨年末に発行されたドイツの極右政党とメディアに関する研究によると、ドイツの極右政党「ドイツのためのオルタナティブ(略名AfD)」は、メディアを中立的な情報を提供するものとはみておらず、自分たちの意向にあう報道か、それとも(自分たちにとって)「嘘」の報道か、つまりメディアを友か敵かという見方でしか捉えていないとされます(Gäbler, 2018)。このように自分に合う話か合わない話かだけで、情報や人が話す内容をより分ける姿勢の人とは、たしかに対話が実際に可能なのか疑問がわきます。

相手の意見を聞こうという態度がなければ、基本的にそれは対話ではありません。ほかの人の話をまったく聞かず自分の主張だけを繰り返し、ほかの人の意見を罵倒するだけの対話はたしかに無為なものかもしれません。

他方、どんな相手とどんな風に話し合うかは、その状況や相手の関係によって、微妙に変化します。換言すれば、同じ人でも、誰とどう対話するかによって、対話できる余地が大きい場合もあれば、非常に小さい場合もある、ということなのではないかと思います。そう考えると、ある人との対話が可能か不可能かの線引きは非常に難しく、どんな人とでも状況によっては対話できる余地、可能性があるようにも思えます。

意見の背後にある人をみる

ロボのあとにスピーチを行うことになっていたジャーナリストで執筆家のマーテンシュタインHarald Martensteinは、あらかじめ用意していた原稿をわきに置き、ロボの主張への反論を展開しました(意見の異なる人たちの対話を祝う式典の場に、ちょうどふさわしいハプニングだったかもしれません)。マーテンシュタインはそこで、「意見の背後にある人をいつもみなくてはいならない。どんな対話にも耳を傾け、いくつかのものを排除するようなことがあってはならない」と強調しました(Zeit Online)。

マーテンシュタインの「意見の背後にある人をみる」ことは、対話から一見ずれた話にみえますが、どんな人にもつねに独自の個性があり、生い立ちなどのその人がもつ独自の背景があり、そこをベースにして今の自身の意見が形成されてきているのだと考えると、その人の個性、人格、背景は、対話の上で配慮に値する、場合によっては対話の内容の一部をもなしている事項であるといえるでしょう。

例えば、たとえ自分の意見に凝り固まってまったく対話の余地がないようにみえる人で、その人の意見に共感できなくても、その人の人格的な部分や個性的な部分(例えば趣味や生まれ育った環境)が理解できたり、そこに共感できるところがあればどうでしょう。意見はかみ合わなくても、信頼やレスペクトの基盤を築くことは可能かもしれません。

また、その人を全人格的にとらえ、その人がそのような意見に至った経緯が少し推察できると、その人への対話のアプローチ自体を、相手に届きやすいものに変えることができるかもしれません。例えば、東ドイツで現在30・40代の男性たちが過去四半世紀に経験してきたことは、ほかのドイツの地域の同世代の人とは大きく異なるものでした(穂鷹「出生率」2018)。この地域出身の人と対話する際、これらのことを知っている場合と知らない場合では、自分のなかの対話のアプローチが変わることもあるかもしれません。

争いを肯定し、争う力を鍛えよ

ジャーナリストのシュルツEva Schulzは、「意見がひとつでなく複数あることは民主主義のエンジン」だとし、意見が対立することをもっと肯定すべきだとします。同時に、この対話プロジェクトを、争うことを避けたり、できなくなっているドイツ人たちのための、「争うための筋肉を鍛えるための療養、リハビリ」であるべきと位置づけます(Zeit Online)。

スポーツをするのには筋肉が必要ですが、筋肉トレーニングをしないと筋肉は衰え、スポーツができなくなります。これと同様に、対話で争うことを恐れて、意見が合わない人を避けてばかりいれば、討論で争う時に必要な「筋肉」も使われず、衰えてしまう。そうなると、いざ意見が違う人と会った時に、どう対処すればいいのかがわからなくなる。だからこそ、日頃から筋肉を鍛え(争いを訓練し)、自分が違う意見にどう持ちこたえ、どう相手に向かうのかを身につけておくこと(「筋肉」をつけておくこと)が必要なのだ、という論理です。

ところで、争うための筋肉トレーニングのすばらしいところは、トレーニングが自分だけで完結するものでないことでしょう。相手とのやりとりがつねにあるため、それが同時に視座を広げるトレーニングにもなり、自分の思考全体の血行をよくすることにもつながりそうです。

もちろん、争うなかで傷つけられるなど、ネガティブな影響が生じることもあるでしょう。しかし、日頃トレーニングを重ねてよいコンディションであれば、心が受ける傷も重症なものになりにくい、というのも、スポーツの場合と似通っているかもしれません。

参加者の多様性を確保するには

この対話プロジェクトは、第一回目開催後、グリム・オンライン賞という、2001年から出版やそれに関連するイノベイティブで秀逸の構想や実践に授与される賞を受賞しました。二回目の開催にあたっては、ドイツ連邦大統領自らが対話プロジェクト「ドイツが話す」の後援を引き受け、「最初はただのアイデアにすぎなかったが、ひとつのミッションになった」(Tausende, 2018)と評すメディアもでてきました。

これらをみると、まぶしいほどのサクセスストーリーに聞こえますが、その一方で、いまだ手付かずの重要な問題もあるようにも思われます。それは、先ほども少しでてきましたが、多様な社会背景の人々をいかに動員できるかという問題です。本来のプロジェクトの目的であった、偏見や憎悪など「人々の間にできた壁をとり除く」(Steinmeier, 2018)ためには、多様な人々を対話の場に連れ出せるかが肝心な問題であり、それは今後いくら動員される人数全体が増えたとしても、自然に解消されるとは限らない問題です。

参加するメディア企業や、さまざまな組織に参加を呼びかけることは、もちろんある程度、有効に働くでしょうが、そのような呼びかけの網に、どのくらい多様な背景の人々が実際にひっかかっているのでしょう。

例えば、これまでの対話プロジェクトで、極右勢力支持者たちはどのくらい対話プロジェクトに興味をもったり、参加したのでしょうか。これを示唆する直接的資料はありませんが、極右勢力はドイツに限らず、オーストリア、フランスでも同じように、既存のメディア(公共放送から民間報道まで)全般に多かれ少なかれ不信感を強くもっていることで知られます。そうであるとすると、対話プロジェクト自体は政治的に中立的な立場ですが、メディア企業が企画しそれぞれの読者を中心に呼びかけた対話プロジェクトに、実際にどのくらい参加の意志をもつのか、疑問が残ります。

また、以下のような、プロジェクトでの対話の内容についての報道をみると、さらに実際に極右勢力支持者を呼び込むことの難しさを感じました。

対話プロジェクトに参加した人で、対話前には政治全般に失望し、極右政党に投票することも考慮しているという人がでてきますが、社会党支持者との対話のあと、「主張したことはもしかしたらすべて正しかったわけでないかもしれない」とし、「もっと事実関係をよくおさえないといけない」と言っていた(Weydt, 2018)、という報道です。

この記事の文面は中立的ですが、極右勢力支持者がこの記事を読むと、どう受け取るでしょう。対話プロジェクトをきっかけに、極右勢力支持の意見に疑問を抱く、という安っぽい(プロパガンダ的な)ストーリーに聞こえるかもしれません。

もしそうだとしたら、対話プロジェクトにこぞって関わりたいと思うでしょうか。極右勢力支持者がドイツで比較的多い東ドイツでは、西ドイツよりもこのプロジェクトの参加者が若干少なかったという事実は、極右勢力支持者が対話プロジェクトに一定の距離感・不信感を感じていることを、うっすらと反映しているようにも思われます。

結論として、極右勢力支持者の本心はわかりかねますが(そしてそうであってほしくもありませんが)、現状をみると、極右勢力支持者がこの対話プロジェクトに今後も積極的に参加しなかったとしても、不思議はないように思われます。

しかし、対話プロジェクトが参加者の自己満足で終わるのでなく、社会の壁を切り崩していくために実際に効力をもちたいのであるのならば、極右勢力支持者等、社会で往往にして問題視されたり、レッテルをはられている人、異端扱いされている人たちも動員することが不可欠でしょう。そのためには、このプロジェクトが彼らから信頼を勝ちとることが不可欠と考えられますが、そのためにはどんな工夫やアピールや姿勢が有効に働くのでしょう。このことは、次回以降の対話プロジェクトにとっての大きな宿題となりそうです。

おわりに

社会で厳しく対立しているようにみえる意見の相違も、対立の座標を人一人対一人の意見の対立までズームインしてみると、これまで(マクロの視点では)みえなかったものがみえてきて、対立や衝突のかたちや見え方も異なってくる。そのことを、難しい抽象的な理論を一切ぬきにして、行動を通して人々がみずから実感する機会を提供したこと。これが、この対話プロジェクトの独自のそして最大の功績でしょう。

ただし、この対話プロジェクトの成果は、対話プロジェクトに参加した人たちの対話直後の感想や、これまで享受した名声からではなく、もっと広い社会的文脈で、また長期的なスパンにおいて評価されるべきものでしょう。対話プロジェクトの機会を利用し、対立する意見の人への新たな理解を得たり、知見を広げることができた参加者たちが、実際に社会のなかでどう動き、なにかを変えていけるのか。それこそが、社会においてもっとも大切な点であるためです。

今後、意見の違う者たちの同じ目の高さでの一対一での話し合いというコミュニケーションのあり方は、社会の多様な場面でどのように定着するでしょう。互いの異なる意見や立場を理解したり、折り合いをつけるために、どのように働いていくのでしょう。こちらも、長いスパンで、また様々な文脈から、対話プロジェクトがまいた芽の先行きを観察していきたいと思います。

参考文献・サイト

・Bangel, Christian et al., Streiten Sie schön!, Zeit Online, 18. Juni 2017, 15:02 Uhr

https://www.zeit.de/gesellschaft/2017-06/deutschland-spricht-teilnehmer-methode-ergebnisse

・”Deutschland spricht” in der Datenanalyse Kuck mal, wer da spricht! In: Spiegel Online, Sonntag, 23.09.2018   08:17 Uhr

http://www.spiegel.de/kultur/gesellschaft/deutschland-spricht-kuck-mal-wer-da-spricht-eine-datenanalyse-a-1228590.html

・Daum, Matthias, Die Schweiz spricht”: Sie wollen reden. In: Zeit Online, 22. Oktober 2018, 18:21 Uhr

https://www.zeit.de/gesellschaft/2018-10/schweiz-spricht-debattenkultur-polarisierung-gespraeche

・Deutschland spricht Wandel durch Annäherung. In: Süddeutsche Zeitung, 23. September 2018, 21:08 Uhr

https://www.sueddeutsche.de/politik/deutschland-spricht-wandel-durch-annaeherung-1.4142305

・Erdmann, Elena et al., “Deutschland spricht”: Das gibt so richtig Streit! In: Zeit Online, 18. September 2018, 13:45 Uhr

https://www.zeit.de/gesellschaft/2018-09/deutschland-spricht-gespraech-meinungen-analyse

・Exner, Maria et al., Machen Sie mit bei „My Country Talks“! My Country Talks. In: Zeit Online, 4. Juni 2018 um 11:51 Uhr

https://blog.zeit.de/fragen/2018/06/04/my-country-talks/

・Faigle, Philip, “My Country Talks” – oder: Wie eine internationale Debattenplattform für politisch Andersdenkende entsteht, dpa, 21.7.2018.

https://innovation.dpa.com/2018/06/21/my-country-talks/

・Gäbler, Bernd, AfD und Medien II, Erfahrungen und Lehren für die Praxis, OBS Arbeitsheft 95, 19.11.2018, Informationsseite

https://www.otto-brenner-stiftung.de/wissenschaftsportal/publikationen/titel/afd-und-medien-ii/aktion/show/

・Grimme Online Award 2018, Deutschland spricht

https://www.grimme-online-award.de/archiv/2018/preistraeger/p/d/deutschland-spricht-1/

・穂鷹知美「ドイツの「悩める人たちのためのホットライン」――憎しみや人種差別に抗して。アリ・ジャン氏インタビュー」『シノドス』2018年4月20日

https://synodos.jp/international/21246

・穂鷹知美「出生率0.8 〜東西統一後の四半世紀の間に東ドイツが体験してきたこと、そしてそれが示唆するもの」一般社団法人日本ネット輸出入協会、2018年12月16日

https://jneia.org/181216-2/

・Itten, Anatol et al., Debattenkultur: Fremd, andersdenkend, unangenehm. In: Zeit Online, 12. Juli 2018, 18:14 Uhr

https://www.zeit.de/gesellschaft/2018-07/debattenkultur-dialog-fremde-andersdenkende-deutschland-spricht-2018

・Kiel, Viola, Deutschland spricht”: Festival der Meinungsverschiedenheit. In: Zeit Online,  23. September 2018, 20:07 Uh

https://www.zeit.de/gesellschaft/zeitgeschehen/2018-09/deutschland-spricht-frank-walter-steinmeier-sascha-lobo-harald-martenstein-mely-kiyak

・Riss, Karin, Strolz trifft Madjdi: “Ich hab gerüttelt an ihm”, Der Standard, Österreich spricht, 13.10.2018.

https://derstandard.at/2000089175302/Strolz-trifft-Madjdi-Ich-habgeruettelt-an-ihm

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https://www.tagesschau.de/inland/deutschland-spricht-berlin-101.html

・My country talks

https://www.mycountrytalks.org/

・Philip Faigle über “Deutschland spricht”: Was Teilnehmer dabei lernen, Medium Magazin, 15.9.2018.(2019年1月20日閲覧)

https://www.youtube.com/watch?v=D3dOA36H2sE

・Schöpfer, Linus, Und dann duzen sie sich. In: Tages-Anzeiger, 22.10.2018, S.2.

・Steinmeier, Frank-Walter, Eröffnung der Dialogveranstaltung “Deutschland spricht”, Der Bundespresident, Berlin, 23. September 2018

http://www.bundespraesident.de/SharedDocs/Reden/DE/Frank-Walter-Steinmeier/Reden/2018/09/180923-Deutschland-spricht.html

・Tausende reden miteinander statt übereinander. Aktion «Deutschland spricht», nhr, t-online.de, 23.09.2018, 19:24 Uhr

https://www.t-online.de/nachrichten/deutschland/gesellschaft/id_84500816/aktion-deutschland-spricht-tausende-reden-miteinander-statt-uebereinander.html

・Weydt, Elisabeth, Suche nach der anderen Meinung, “Deutschland spricht”, tagesschau.de, Stand: 23.09.2018 22:32 Uhr

https://www.tagesschau.de/inland/deutschland-spricht-hamburg-101~_origin-8804d919-ed4e-406a-88fa-c5ec0cbdb4d3.html

・Zeit Online, Deutschland spricht – Der Auftakt mit Bundespräsident Frank-Walter Steinmeier im Livestream (2019年1月25日閲覧)

https://www.facebook.com/zeitonline/videos/555838708184650/

プロフィール

穂鷹知美異文化間コミュニケーション

ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。地域ボランティアとメディア分析をしながら、ヨーロッパ(特にドイツ語圏)をスイスで定点観測中。日本ネット輸出入協会海外コラムニスト。主著『都市と緑:近代ドイツの緑化文化』(2004年、山川出版社)、「ヨーロッパにおけるシェアリングエコノミーのこれまでの展開と今後の展望」『季刊 個人金融』2020年夏号、「「密」回避を目的とするヨーロッパ都市での暫定的なシェアード・ストリートの設定」(ソトノバ sotonoba.place、2020年8月)
メールアドレス: hotaka (at) alpstein.at

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