「みんながマイノリティ」の時代に民主主義は可能か

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アメリカにおけるトランプ政権誕生とイギリスのEU離脱を支持し、その原動力となったといわれる「白人労働者階級」の人々。ポピュリズムと片付けられがちな彼らの政治行動はしかし、これからの民主主義のゆくえを占うものであることには誰もが薄々気づいている。

 

喪失感に苛まれる英米の白人労働者たちの生の声から彼らの政治行動を分析したジャスティン・ゲスト著『新たなマイノリティの誕生:声を奪われた白人労働者たち』の訳者陣(吉田徹・西山隆行・石神圭子・河村真実)に、同書が問いかける様々な先進国共通の課題について思う存分、語ってもらった。(聞き手・構成 / 弘文堂編集部・登健太郎)

 

 

 

 

はじめに:「白人労働者」への注目

 

吉田 ゲスト『新たなマイノリティの誕生』は、アメリカのオハイオ州とイギリスのイーストロンドンの白人男性労働者層のエスノグラフィであり、彼らの政治意識を調査した本です。帯に書かれたコピーにもあるように、彼らこそがトランプ大統領とブレグジットを現実のものとしたわけですが、著者は、こうした事象が生じる前から長期にわたって現地での調査を行ってきました。

 

なぜ、こうした層が一見すると極端な主張に惹かれ、投票に至ったのか――。本書は、マスメディアの報道からはなかなか見えず、アメリカで「ホワイト・トラッシュ」、イギリスでは「チャヴ」などと蔑まれてきた人たちの生の声を拾い、そこから浮かび上がった意識を計量的に把握した労作でもあります。

 

白人男性労働者層が、なぜ剥奪感を抱くに至ったのか、なぜレイシズム的な意識を持つようになったのか、既存の政治制度がそれにどのような影響を与えているのか、政治的なラディカリズムがどのように生まれていったのか。本では実際には様々な論点が網羅されていますが、まずは訳者各々が注目する点をあげていきたいと思います。

 

 

(吉田徹氏)

 

 

西山 私は、この「新たなマイノリティ(The New Minority)」というタイトルが面白いと思ったんです。というのも、アメリカのマイノリティ研究といえば黒人、ネイティブ・アメリカン、移民などを中心に語るのが主で、「白人=マジョリティ」というのが当然の前提とされてきたからです。「サイレント・マジョリティ」と言われることはあっても、彼らを「マイノリティ」と呼ぶ視点はありませんでした。

 

実態としても、2040年代のいずれかの時点で白人が人口の点でマイノリティになるというのはわかっているわけですし、新生児の数ではすでに白人の方が少なくなっています(2010年の人口統計調査)。なのに、オバマ政権が誕生した時に黒人や民族文化的マイノリティといった人たちに注目が集まったようには、白人の話が出てくることはなかった。

 

そういう中で、白人と黒人との間で一種の非対称性、不平等といったことが見出されるわけです。たとえばオバマが「アメリカン・ドリーム」を語り「アメリカは偉大な国だ」と言えば、それは素晴らしいことだと高く評価されるのに、白人の政治家がそういうことを言えば「あいつはレイシストだ」と批判される。こうした中で、白人の人たちはさぞ居心地が悪かろうと思っていました。

 

石神 たしかに、「マイノリティとしての白人」というのは新鮮でした。一昔前に「白人性=whiteness」をめぐる議論がありましたが、それらは白人の「特権性」やバリエーションを扱っていても、この本に出てくるようないわば「剥奪感」や「不平等感」を抱く白人という視角はない。本書でのヤングスタウンの白人の意識をみていくと、その根底にあるのはむしろ、アメリカとは最も縁遠いはずの非常に露骨な「差別」です。

 

彼らにとって「エリート」や「金持ち」は自分たちのリアリティとはあまりにかけ離れすぎている。超エリートで子供にジャンクフードなんか食べさせないオバマやオバマ夫人なんかは、嫌悪の対象でしかないんですね。

 

河村 白人を「マイノリティ」として扱うことは、多文化主義の理論においても新鮮だと思います。これまで多文化主義の主な理論的関心は、先住民や移民など民族文化的マイノリティの権利にありました。民族文化的マイノリティに特権を与えることによって、白人というマジョリティと民族文化的マイノリティの間の不平等をどのように是正するかということが、最大の争点だったんです。

 

こうした議論では、主流派社会の中で民族文化的マイノリティはつねに脆弱であり、そうした文化的な脆弱性が経済的格差と深く関わっていると考えられています。だから、白人は裕福で、民族文化的マイノリティは貧困だという前提が成り立っていました。つまり、これまでは文化的分断線と経済的分断線が重なっていたんです。

 

しかし、本書にもある通り、実際には文化的分断線と経済的分断線は必ずしも重なっているわけではなくて、つねに白人が優位に立っているという前提は崩れ始めています。その点に着目する本書は、これまでの前提を覆しうるという意味でも斬新だと思います。

 

 

白人労働者たちを突き動かす「剥奪感」

 

西山 本書では、ポピュリズムを読み解く鍵として「剥奪感」に注目しています。膨大なインタビューやアンケート調査によって、人々の「剥奪感」の様々なバリエーションを示しているわけですが、本書のこうした道具立ては、巷にはびこる単純な見方を戒めてくれるところがある。

 

たとえば、本書の原著が出た2016年のアメリカ大統領選挙の際、「トランプ現象」と「サンダース旋風」が両方とも「ポピュリズム」だということで、「サンダースの支持者の人たちは(同じ民主党の大統領候補である)ヒラリー・クリントンではなく、トランプに投票するはずだ」といったことが日本の報道でも言われていました。でも、実際はそんな単純な話ではなかった。

 

なぜこういう「誤解」が起こるかといえば――いずれも本書で論じられていることですが――剥奪感、福祉に対する考え方、黒人に対する思い、といったことについて、じつは有権者の中にも様々なバリエーションがあるからで、そのことをおそらく見落としていたから。本書は、そのバリエーションに注目しているというわけです。

 

 

(西山隆行氏)

 

 

石神 一口に「剥奪感」と言っても、なかなか一筋縄ではいかないと思わされました。「獲得」があるからこそ「剥奪」があるわけですが、「獲得」する黒人や民族文化的マイノリティとその陰で「剥奪」感を抱いてきた白人という、二つの並行した線がある。本書が言っているのは、たんなる剥奪感ではなくて、いわば相対的な剥奪感ですよね。

 

吉田 剥奪感というのは、いつの時代も相対的なものです。だから、単純に頭数や人口比だけではなくて、人々の意識に着目をしないといけない。日本で言えば、在特会の活動なんかもさることながら、社会保険料を納めていない中国人が社会保険制度を使って治療を受けるといったことが、数としては本当に微々たるものであるにもかかわらず、週刊誌で批判的に取り上げられたりします。こうした相対的な剥奪感をインタビューとサーヴェイデータで明らかにしているのが本書『新たなマイノリティの誕生』が持っている強みで、そのアプローチ自体がすごく勉強になります。

 

いま先進国を取り巻くいろいろな難題を、たんに「不平等」や「格差」で片付けてしまうのは正しくない。じつはみんなが、何となく相対的な剥奪感を抱いている。本でも言及されていますが、ゲストの前著で扱われた白人労働者たちの「敵」として描かれている移民もやはり剥奪感を抱いている。いまや「誰もがマイノリティである」という、社会の内面意識にまで踏み込んで議論しているところに、本書の面白さがあります。

 

 

誰もが「マイノリティ」である

 

吉田 踏み込んで言うと、「マジョリティ中のマジョリティ」だった白人男性の、しかも雇用が安定していた製造業の労働者層すらも「マイノリティ」になっている。本書が問うのは、誰もマジョリティであり得なくなってしまった「マジョリティなき社会」の展望と言ってもよいかもしれません。

 

西山 一昔前に流行った「エレファント・カーブ」(世界各国の家計所得の変化を示した曲線)によれば、途上国のミドルクラス(中間層)や先進国の富裕層の所得はすごく上がっている一方で、先進国の労働者階級あるいはミドルクラス(中間層)のそれは、横ばいなんです。じつは落ちているわけではなくて横ばいなわけですが、他が上がっているがゆえに、「自分たちは落ちている」と思い込んでしまっているというわけです。

 

彼らは、こうしたことを社会の変化とかグローバル化のせいだとした上で、「自分たちを守ってほしい」「昔は良かった」というような思いを抱く。それで、アメリカで言うとこれまでリベラルな民主党に投票してきた彼ら労働者階級が、「Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国にしよう)」という懐古的なメッセージを出すトランプなんかに惹かれる。国境の壁なんかも、自分たちを守ってくれるものと思ってしまうわけです。そういう心情が、本書第4章のヤングスタウンでのインタビューでは象徴的に表れています。

 

吉田 剥奪感の話とも関係しますが、「マジョリティ」というのは、量的のみならず質的な定義にも関わってきます。何らかの「文化的な規範」、あるいは「社会の価値観」を占有しているのが、マジョリティとされることもある。本書には勤労や勤勉といった、労働文化や教育の価値観の話も出てきます。

 

白人労働者というマジョリティの労働文化は、「頑張れば報われる」というものでした。そうした社会が約束されていたはずなのに、その前提がグローバル化の中で、あるいは製造業の衰退の中で崩れていっていく。こうして白人労働者の文化的ヘゲモニーが揺らいでいるために、さらに危機意識や剥奪感が強まる。これは、本書のようなエスノグラフィ的手法ならではの気づきです。

 

西山 そういう主観的な問題は重要で、アメリカでは「真面目に働けば成功を収められる」、つまりアメリカン・ドリーム的なことがよく言われるわけです。能力主義によってアメリカ社会は機能し、なおかつ発展していくんだ、そこで頑張れば豊かになれるし、仮に自分が豊かになれなくても子どもは豊かになれるんだ、という幻想があったわけです。しかしじつはやはり幻想にすぎなくて、昔から実態としてそうであったわけでもないんですよね。

 

ジェニファー・ホックシールドが明らかにしたところによると、じつは白人は最近、アメリカン・ドリームというものをあまり信じておらず、白人よりもむしろ黒人の方がアメリカン・ドリームを信じている。民族文化的マイノリティが上昇への期待を持っている一方、白人はそういう意識を持っていないというわけです。こうしたポイントをかなり具体的に記しているところが、本書の面白いところだと思います。

 

 

ポピュリズムを動かすのは経済か、文化か

 

吉田 日本の報道でも「誰が」トランプを支持し、「誰が」ブレグジットに投票したのかについて、盛んに言及されるようになりました。アメリカでも当初は、トランプに投票したのは貧しい人たち、つまり社会の「下流」の人たちだったという論評が出されました。つまり、経済的な問題からトランプは勝利したのだと。

 

ところが、よくよく調査をしてみたら必ずしもそうではなくて、ヒラリー・クリントンに投票する富裕層もいれば、トランプに投票する富裕層もいた。そして一番コアな層というのはじつは「中の下」くらいの人たちだ、ということがわかってきました。そうすると、今度は経済的な理由ではなくて、文化的な理由、すなわち、レイシズムやナショナリズムに駆られた層からの支持がトランプ勝利の要因だったとされるようになった。

 

トランプやEU離脱への投票は、はたして経済的な動機だったのか、文化的な動機だったのかという議論が学界では続いていますが、ややミスリードな問題設定であるように思います。まず、文化というと、移民への差別・排斥意識やゼノフォビアとして解釈されますが、本書に出てくる白人労働者は、自分たちがレイシストだとは絶対に認めない。かつての黒人差別とかカリブ海出身移民への差別とは違って、肌の色に基づくレイシズムではありません。

 

むしろ本書が示唆するのは、それまでの戦後の工業化社会が労働を通じて作り上げてきた文化的な規範を共有しない人たちが来ることに対する、ある種の恐怖感です。エーリッヒ・フロムの、16世紀の中産階級の特徴として、貴族層に加えて教会の権威という、経済と文化の両方に敵対的だったとの指摘とも通じ合います。

 

だから経済か文化で分けること自体がナンセンスで、両者が強固に結びついていたことが戦後の本質でもあった。それが瓦解すれば、剥奪感が生まれるのは当然です。本の中ですごく印象的だった言い方を借りれば、白人労働者というのは「移民に職を奪われる」と言えばレイシスト呼ばわりされて、「競争が激しい」と言えば怠け者と言われる。行き場がないわけです。

 

西山 行き場のなさ、やるせなさは、ヤングスタウンやイーストロンドンのような地方政治で顕現します。不満の原因となっている雇用や経済的不平等の問題は、主として国家単位で対応すべき問題です。そして、経済政策を担当している中央政府、とくに議会に対する不満はあって、アメリカの場合連邦議会に対する支持率は2016年の段階でたったの15%です。

 

でも、連邦議会選挙をすると、再選を目指している議員の9割以上が再選してしまって、議会の構成は変わらない。そこで彼らはトランプのような連邦政界のアウトサイダーに期待して投票した、ということだと思います。もっとも、実際の問題への対応は地方政府が行わなければならないのですが、地方政府にはそのようなことをする人的資源も財源もありません。

 

石神 地方政府には人の移動を制限する権限はないのですから、本来ならばオハイオ州で人生が挫折しても他の州で人生をやり直すという選択肢は個人がもっているはずです。移動の自由と人生の再出発というのは、アメリカン・ドリームの重要な要素です。

 

しかし、現実的にはそうした選択ができるのは市場に対応したスキルと学歴を持ち、一定程度の競争力がある人たちに限られている。そういう人たちは、もうすでにヤングスタウンから脱出しています。要するに、衰退する製造業にしがみつくしかない白人労働者層には、実質的にやり直しの機会が開かれていない。彼らには、移動や再出発に必要な最低限のカネやコネすらないのですから。

 

 

(石神氏)

 

 

河村 そういう行き場のない白人労働者たちは、自分たちが労働によって作り上げてきた社会では自分たちに自律的な決定権があるはずなのに、その自分たちの社会が移民によって壊されているように感じているのかもしれません。そうした白人労働者たちの感情が、移民の入国に制限をかけるべきだという議論に表れているように思われます。

 

ただ、白人たちの不満の原因は移民の存在そのものではなくて、移民流入による雇用不足や移民のマナーに関するものであるわけです。なので、彼らとどのように共存するのかということについて議論する余地は、なお残されているように思います。

 

 

労働組合はいま

 

西山 労働者階級の白人とポピュリズムの関係を理解する上では、労働組合の位置づけについて考える必要があります。イギリスの場合は階級社会が前提になっていることもあって、労働組合もまだ一定の存在感を示していると言えますが、アメリカの場合、労働組合の評判はじつはかなり悪いですよね。かつては2004年のジョン・エドワーズのように民主党の副大統領候補に労働組合の代弁者が選ばれることがあったわけですけれども、今はそんなことはあり得ないわけです。

 

私の印象では、アメリカだと労働組合というのは既得権益者であり、白人のための組織なんだというイメージがある。人種差別が残っていた時代に現在の労働組合の基礎が作られたためで、だから黒人なんかとは切り離されているのです。

 

先ほどブレグジットやトランプを支持したのは「下」ではなくて「中の下」くらいの人たちだと吉田さんはおっしゃいましたよね。アメリカの場合は、経済社会的地位が「下」の人たちというのは黒人であったり、伝統的な民族文化的マイノリティであったりする。そして、それよりは「上」の、かつて労働組合で活動していたような人たちというのが、ある種のキーなんだと思います。

 

石神 アメリカだと労働組合というのはもう、ほとんど機能していません。民主党の支持基盤とはもはや言えないと思いますね。そういう意味では今や求心力も組織力もありません。

 

西山 ヤングスタウンの白人労働者階級の人たちは、労働組合からも見捨てられたといった意識を持っているのでしょうか。最近、アメリカの労働組合が移民を取り込もうとしはじめましたよね。

 

石神 そっち(移民の取り込み)に行っているというのが今の労働組合の実像ですよね。つまり不法移民の保護とか、場合によっては彼らも組合に入れてしまおう、という。ヒスパニックも全然入れていい、というようなラディカルな流れの方が、今は求心力があるかもしれません。最賃運動――最低賃金を15ドルに上げる運動――が州レベルで実現してきているわけですが、それを引っ張っているのがつまり、従来の労働組合つまり白人労働者を基盤としたものではなくて、移民ベースのそれだということです。

 

吉田 裏から見ると、この本はリベラル層と労働組合に包摂されていた労働者層との離別のプロセスを描くものです。ポスト冷戦時代になって、社民政党がグローバル化と多文化主義に舵を切って、経済的リベラリズムと社会的ダイバーシティの方向へと価値観をシフトさせます。本書の中でも描かれていましたが、そういった流れの中で、アメリカの民主党やイギリスの労働党が手を焼き、戦略に乗ってくれない労働者層が取り残されていった。

 

それでも、労働者層は歴史的な社民の支持者層であった、方向転換しても彼らは付いてきてくれるだろうというふうにナメていた。しかし、白人労働者層の剥奪感が高まっていったために墓穴を掘ってしまったというストーリーでもあります。社民政党がリベラルになりすぎたために、伝統的な支持基盤だった白人労働者層に、そっぽを向かれるようになってしまった。

 

競合政党(共和党や保守党)に政権を獲られるくらいだったら労働党ないし民主党に投票する、最悪でも棄権するという投票行動だったのが、そこに楔を打ち込むポピュリスト勢力――トランプやUKIP(英独立党)――が参入するようになると、この白人労働者層は大きな波乱要因になる。だから、いわゆる極右ポピュリスト政党の伸びしろがあるのは、どこの国でも労働者層なんですね。保守政党も左派政党も、誰もそれをグリップしていなかったためです。そして、そのニッチ市場を開拓していったのがトランプでありUKIPでした。【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

・外山文子「タイは民主化するのか?」
・中西啓喜「データサイエンスは教育を「良い方向」に導くのか?――学級規模の縮小を例として」
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