デンマークのフォルケ・ホイスコーレで学ぶために必要なものとは

はじめに

 

2019年9月29日、日本経済新聞のNIKKEY THE TYKLEに『The Danish Folkehøjskole – デンマーク大人の学校』と題し、デンマークのフォルケ・ホイスコーレ(英語:Folk high shool)に1週間滞在した記者の方の体験談が掲載された。その反響は大きく、日本の友人・知人から「是非体験してみたい」という声を多く聞くようになった。

 

スウェーデンの文学者ラース・フルランド(Lars Furuland)の表現を借りると、フォルケ・ホイスコーレは成人教育(adult learning)分野において、北欧諸国が最強かつもっとも独自の貢献(注1)をしている成人教育のための学校である。デンマークでは一部を除き、17.5歳以上であれば誰もが入学資格を持ち、試験や評価のない全寮制の学校である。教師役のエキスパートを含むすべての人々が平等な立場であるとされ、日常生活の生活も含めたすべてに規則がない自由な学校である。「生のための学校」と言われ、高校や大学でいう教科ではなく、民主主義、クロスカルチャー、音楽、アートなどの多種多様なテーマを自ら選択し学べる場所である。授業には座学もあるが、おもに実習や議論(discussion)、対話(dialogue)で進められる。また、日本から留学する場合、他の学習機関と比較すると留学費用が安価である。

 

個人的な話になるのだが、筆者はデンマークの大学でデンマーク式のアクティブラーニングの指導方法を学んでおり、以前からフォルケ・ホイスコーレに興味があった。デンマーク文化の特徴である民主主義的な共同生活を通じ、他者との議論や対話によるコミュニケーションをとることで、人々がどのような振り返り(reflection)[※1]をし、何を得ているのかを知りたかった。そのため、日本人経験者に、フォルケ・ホイスコーレがどのような場所で、何を学んだのかを中心に、いく度か質問をした。彼らの多くが、「学生主体の自由な学校である」「すべての活動を(学校外の社会活動も含め)合議制で決める」「自由の大変さを知る」「自分の人生について考える」「英語が上達する」と教えてくれた。なぜ、そのように思うのかを尋ねると、「回答が難しい」と言われることが多かった。

 

[※1]本稿では、reflectionを「振り返り」と訳す。ここでは学習者の意味付けのプロセスのことを言い、学習者がある一つの経験に対し、他の経験やアイディアとの関係や繋がりをより深く理解することで、その経験から次の経験へと展開することを指す(注2)。

 

筆者の出会った多くのフォルケ・ホイスコーレ経験者が、おしゃべりの延長のような非公式な個人的な質問に真摯に回答してくれたことに非常に感謝している。しかし、日本人向けの体験談や留学支援企業のウェブサイト上の情報と大差はなく、彼らの本音ではない模範解答を聞いているようだった。これは、数ヶ月から半年間という短期間であるものの、日常的に議論と対話を繰り返し、意見を述べる訓練をした人々は、自分の経験に基づく見解を求められた際はいつでも、明確な回答をできるようになるのではないか、と非常に身勝手な期待をしたためだった。

 

筆者自身は、北欧ライフを語る上で無視できないこの学校を体験したことがない。だからこそ、フォルケ・ホイスコーレへの自身の興味と、その経験者との間にある決してポジティブではないイメージについて、疑問を投げかけ、議論をすることはなかった。

 

部外者による無責任かつ勝手極まりない意見を述べることは、この唯一無二の学びと環境を、日々、丁寧に懸命に作り上げている人々を冒涜することになりはしないか。そこで学んだ人々の大切な経験、学び、そして感情を害することになりはしないか。その良さを多くの人に伝えるため、試行錯誤している人々を揶揄することになりはしないか。そう考え、議論することを躊躇していた。

 

しかし今回、本トピックに関して執筆したいと考えたのには理由がある。デンマーク全土のフォルケ・ホイスコーレを取りまとめる全国組織FFD(Folkehøjskolernes Forening i Danmark)の国際コンサルタントであるサラ・スコフボーグ・モーテンセン(Sara Skovborg Mortensen)氏にインタビューする機会を得たためである。彼女との対話を通して、日本の友人たちの無邪気な感想と、自分のデンマーク式教育に対する期待との間に、「対話型民主主義教育の環境を有効に生かすために、学習者がすべきこと」への理解のギャップがあるのではないかという考えに至った。

 

フォルケ・ホイスコーレは、国や学校により位置づけが異なる(注3)。本稿では、執筆のきっかけとなったデンマークのフォルケ・ホイスコーレに焦点を当て、フォルケ・ホイスコーレがどのような学校であり、どのように運営されているのかについてまとめる。そして、FFDのモーテンセン氏による学校情報を共有すると共に、対話型民主主義教育において日本人学習者がすべきことを考察する。

 

 

フォルケ・ホイスコーレ(デンマーク)とは

 

デンマークのフォルケ・ホイスコーレは、17.5歳以上の成人[※2]が自由裁量で共同生活をしながら学ぶ、私立もしくは自営の非公式成人教育(non-formal adult education)教育機関である(注4)。その特徴は、フォルケ・ホイスコーレの礎を作ったとされているデンマークの牧師、教育者かつ政治家であったニコライ・フレデリク・セヴェリン・グルントヴィ(Nikolaj Frederik Severin Grundtvig:1783-1872)[※3]の理想に由来する(注5)。

 

[※2]デンマークでは成人年齢は18歳である(https://www.unicef-irc.org/portfolios/documents/375_denmark.htm参照)。

 

[※3]Danmarks Nationalleksikon. (2009). N.F.S. Grundtvig In Den Store Danske (Onlineleksikonet).

(http://denstoredanske.dk/Sprog,_religion_og_filosofi/Religion_og_mystik/Danske_folkekirke/Nikolai_Frederik_Severin_Grundtvig)

 

彼の生きた時代は、デンマークが家長制度と階級制度による絶対君主制から、立憲君主制へと移り、民主主義を実現しようとしている変化の時代であった(注6,7)。そして、この変化の最中、ドイツ・オーストリアとの領土争いにより国民は貧しくなり、自己のアイデンティティを失いかけた時代でもあった(注5,6)。

 

当時の暗記・詰め込み教育と権威主義的な教師に嫌気が差していたグルントヴィは、学生時代の学校を「死の学校」と呼び、知識は「生への触れ合い」であり、書物からだけではなく、他者との相互作用においても得られるものであると考えた。そして社会や経済的階層や年齢層の異なる学生たちが教師と共に皆で協力し、「相互教育(mutual education)」と「生きた交流(living interaction)」を通じて学ぶ「生のための学校(the school for life)」を理想とした(注8)。

 

「生のための学校」では、教師と学生が共に生活し、働き、学校を運営する。共通する人間性を重視し、「生きた言葉(living word)」として、教師と学生が個人的な日々のコミュニケーションを行う。そして、職業訓練や一般的な授業ではなく、学生が自分自身の存在の意味を受け入れることで啓蒙を行う教育スタイルをとる(注8)。

 

残念ながら、グルントヴィは「生のための学校」を自らの手で創立できなかった。しかし、彼の考えに感銘を受けた政治家クリスチャン・フロー(Christian Flor:1792-1875)[※4]の主導により、1844年、世界初のフォルケ・ホイスコーレがロディング(Rødding)に創立された(注9)。1851年、グルントヴィの考えを踏襲しながらも、よりキリスト教的人格形成に重点をおいた学校が、教師のクリステン・コル(Christen Kold:1816-1870)[※5]によりリスリンゲ(Ryslinge)に創立された(注9)。この「生のための学校」という思想は今も引き継がれ、フォルケ・ホイスコーレの特徴となっている(注5)。

 

[※4]Danmarks Nationalleksikon. (2009). Christian Flor In Den Store Danske (Onlineleksikonet).

(http://denstoredanske.dk/Danmarks_geografi_og_historie/Danmarks_historie/Danmark_1536-1849/Christian_Flor)

 

[※5]Danmarks Nationalleksikon. (2009). Christen Kold In Den Store Danske (Onlineleksikonet).

(http://denstoredanske.dk/Dansk_Biografisk_Leksikon/Uddannelse_og_undervisning/H%C3%B8jskoleforstander/Christen_Kold)

 

現在、すべてのフォルケ・ホイスコーレは、デンマーク文化庁の監督のもと、「フォルケ・ホイスコーレ法(The Act On Folk High Schools)」(以下、ホイスコーレ法)に従うことを義務付けられている(注4)。

 

ホイスコーレ法では、フォルケ・ホイスコーレのおもな目的を、以下の3点としている(注4)。

 

生きた啓蒙(Life enlightenment)

 

生きた啓蒙とは、全人類にとって普遍的に共通する課題の一つを意味する。この啓蒙は、私設の独立した学校の長期伝統に根ざしたものであり、人生における課題をテーマとする。各学校が独自に選択した基本価値に基づき、フォルケ・ホイスコーレの本質的な存在目的を表す。

 

人々の啓蒙(Public enlightenment[※6]

 

「非公式成人教育」と言い換えられる。大小のコミュニティと、それが個人に与える影響に関する啓蒙を意味する。この啓蒙では、個人とコミュニティは表裏一体であり、双方欠かせない関係にある。

 

[※6]基となるデンマーク語は「Folkelig oplysning」であり、FFDモーテンセン氏は「education for the people, by the people, to the people」と英訳すべきだとしている。

 

民主主義教育(Democratic education and training)

 

フォルケ・ホイスコーレが果たすべき役割は、「学生がその情熱と能力によって、民主主義社会に積極的に関与する国民となるよう教育すること」としており、教授されるテーマとコースの構成は、これに則してなければならない。

 

また、フォルケ・ホイスコーレで教授されることは、包括的に、多くの人の本質に関わることでなければならない。各校はこれらの目的を独自の方法で実現し、その価値を生み出している。ホイスコーレ法に則している限り、学校運営や管理の内容や方法も含め、すべてが各校の自由裁量となっている(ただし、定款は文化大臣の承認が必要である)(注4)。

 

次の章では、このホイスコーレ法に従い、どのような学校運営がなされているのか確認する。

 

 

現在のフォルケ・ホイスコーレ

 

フォルケ・ホイスコーレは、ホイスコーレ法に従う限り、各校の自由裁量により運営・管理される。民主主義的に選挙で選ばれた理事会が、学校の運営主体として方針全般に責任を持ち、学校の基本的価値(特徴など)とおもな財務方針を決定する。学校長は、コース編成や学校・日常生活全般を含む、教育および経済面の管理責任を持つ。学校の開設・閉鎖については、いかなる公権力も強制することはできず、学校や理事会の判断によってのみ可能となる。ただし、経済状況の悪化により運営困難となった場合、学校を閉鎖せざるを得ない(注5)。

 

どの学校も経済的成長のための自助努力が必須となっているものの、ホイスコーレ法により、デンマーク政府から補助金を得ることが可能である(注4)。各校の補助金額は、平均的なフォルケ・ホイスコーレの予算の半額程度である。この支給額で、授業、理事会、寄宿舎を運営する。残りの予算は、補助金以上の額を、学生の学費や学校の施設・整備の貸し出しにより得た収入で賄わなければならない[※7]。また、政府は、学位などを伴う公式教育以外を受けている若者や、フォルケ・ホイスコーレで学ぶ知的障害、失読症、聴覚障害などで特別なニーズ[※8]を持つ若者に対し、特別奨励金を交付している。上記補助金は、外国人、移民、難民学生にも適用され、デンマーク人と同額が支給されている(注5)。

 

[※7]フォルケ・ホイスコーレは創立時に、設立時に該当する地方自治体から、助成金を得ることができる。

 

[※8]特別なニーズ:https://eng.uvm.dk/primary-and-lower-secondary-education/the-folkeskole/additional-information

 

参考までに、少し古い情報ではあるが、2015年にフォルケ・ホイスコーレに支給された補助金額は、総額5.5億デンマーククローネ(2020年4月5日現在、約86.3億円)であり、1コースあたりの補助金支給額は、長期コース(12週間以上)では1週間2,600デンマーククローネ(2020年4月5日現在、約40,800円)、短期コース(12週未満)では1週間980デンマーククローネ(2020年4月5日現在、約15,400円)であった(注5)。

 

学校の運営・管理面は各学校で異なる。ただし、ホイスコーレ法により規定されている共通事項があり、その概要は以下となる(例外となる一部の学校を除く)(注4,5)。

 

各フォルケ・ホイスコーレは、

 

・全寮制で、1年間を8月1日から7月31日までとし、授業期間を40週と考える。

 

・毎年認可されたコースを最低32週間提供しなければならない。少なくとも1コースあたり12週間もしくはそれ以上の期間とし、1回の継続期間は最低4週間とする。12週間以上を長期コース(long-course)、12週間未満を短期コース(short-course)とする。

 

・フルタイム(1年間)学生を24名、当該年度の前の暦年に終わる学年度中、もしくは当該年度と過去2年間において確保しなければならない。

 

・学生に対し、ガイダンスとカウンセリングを提供する義務がある。

 

・授業内容は、必ずしも特定の専門分野でなくて良い。また、試験は必須ではない。

 

・学生は一部の例外を除き、コース開始時17.5歳以上とする。

 

・各コースは、広く門徒を開くべきであるが、学生の少なくとも50%をデンマーク人であるものとする。

 

・学校の基本的価値やコースに関するガイダンスを、自校のホームページ上で公表しなければならない。

 

これらの条件を満たしたフォルケ・ホイスコーレは、デンマークに全70校(注10)あり、大きく7種類に分類される(表1および図1)(注5)。

 

 

表1:フォルケ・ホイスコーレの種類(注5)

上記の他に、例外として認められている2校がある。

・International People’s College[※9]:学生の半数以上をデンマーク人とする義務を免除されている。

・その他1校:寄宿施設の提供を免除されている。

[※9]International People’s College:https://ipc.dk

 

 

図1:フォルケ・ホイスコーレの種類(The Association of Folk High Schools in Denmark (FFD). (2019) THE DANISH FOLK HIGH SCHOOL, p.26(注5))

 

 

ここで、フォルケ・ホイスコーレで学んでいる学生について、デンマーク統計局によるコース参加者のデータ(2017/2018年)(注11)により確認する。通常、学生は自分の学習するコースを自ら選択する。短期コースは12週間未満、長期コースは12週間以上のカリキュラムを指す。

 

図2「コース参加者の年齢分布とコースの状態」は、学生の入学時の年齢と選択するコースの割合を表す。図の青色は短期コースを、緑色は長期コースの参加者を表している。短期コースは年齢が高く、長期コースは年齢が低い傾向にある。これには、シニア向け学校があることも関係していると考えられる。

 

 

図2:2018年度のフォルケ・ホイスコーレのコース参加者:年齢とコースの長さ(注11)

[図内訳] 縦軸:Pct.(パーセント)、横軸:Under 25år(25歳以下)、25-39år(25-39歳)、40-59år(40-59歳)、Over 60 år(60歳以上)

[凡例訳] 青色:Korte kurser(短期コース)、緑色:Lange kurser(長期コース)

 

 

図3「教育背景とコースの長さ」は、学生の入学時の教育背景(学歴)の割合を表す。凡例の上から順に、初等学校(Grundskoler)、高等学校(Gymnasier)、職業訓練校(Erhvervsfaglig Uddannelse)、中長期的な高等教育(Mellemlange videregående uddannelser)、長期的な高等教育(Lange videregående uddannelser)、その他(Øvrige)であり、左側グラフが短期コース、右側が長期コースの学生の卒業校の種類を示す。両コース参加者の年齢分布は同一である。

 

長期コース参加者の内訳は、高等学校の修了者がもっとも多く、長期コース参加者全体の62%である。次が初等教育の修了者の21%で、中長期的な高等教育の修了者と職業訓練校の修了者は1~4%である。統計局はこの理由を、若者が高等学校卒業後のギャップイヤー取得時に、フォルケ・ホイスコーレを選択するためとしている(注11)。短期コースへの参加者の内訳は、中長期的な高等教育の修了者が短期コース参加者全体の30%、職業訓練校の修了者が22%であり、高等学校の修了者はもっとも少ない7%である(注11)。

 

 

図3:2018年度のフォルケ・ホイスコーレのコース参加者:教育背景とコースの長さ(注11)

[図内訳] 左グラフ:Korte kurser(短期コース)、右グラフ:Lange kurser(長期コース)

[凡例訳](上から順に)Grundskoler(初等学校)、Gymnasier(高等学校)、Erhvervsfaglig Uddannelse(職業訓練校)、Mellemlange videregående uddannelser(中長期的な高等教育)、Lange videregående uddannelser(長期的な高等教育)、Øvrige(その他)

 

 

これらの図と統計局の説明から、選択するコースで学生の年齢と入学時の学歴に偏りがあることが分かる。

 

デンマークのフォルケ・ホイスコーレには、多くの外国人学生が在籍する。彼らに関する公式の統計データは少なく、全国組織FFDにおいても集計されていないため、学生の国籍、人種、宗教、キャリアなどの全国情報を入手することはできない。

 

次の章では、FFDにより収集された外国人学生に関する全国的な学校の情報と課題について紹介する。

 

 

FFD国際コンサルタントが伝える国際コースにおける課題

 

FFDは、デンマークの全フォルケ・ホイスコーレをとりまとめる機関である。各校の知識やノウハウを全校と共有し、必要に応じて各校の課題解決のための支援やコンサルティングを行う。また、年1回、各校がホイスコーレ法を遵守した管理・運営を実施していることを確認する調査を実施し、必要に応じて指導を行う。ただし、FFDは各校の管理・運営内容の詳細について介入することはできない。そのため、各校の詳細な情報を得る場合は、個別に学校に問合せる必要がある。その他、毎年、全校の全スタッフ(教師含む)を招集し、国際的な課題とその解決・改善策について会議を行っている。

 

この組織で、外国人学生や全世界のフォルケ・ホイスコーレの専門家である、国際コンサルタントのモーテンセン氏に話を伺う機会を得た。彼女の話から、フォルケ・ホイスコーレの学生や教師について、また国際面での課題を教示していただいた。以下は、モーテンセン氏による解説と見解である。

 

学生について

 

デンマークのフォルケ・ホイスコーレは、10ヶ月の長期コースで若者が学ぶことを想定している。デンマークでは、若者が両親、学校や社会からのプレッシャーを感じて疲れ切っており、彼らに対する浄化を行う場が必要だと考えている。実際、多くの学生が「何が自分にとって楽しいことなのか」を見失っており、解放された環境の中で、自分にとって新しいことに挑戦するために入学している。

 

ただし、すべての学生が同じ理由で入学しているのではなく、大学進学のために入学するものもいる。デンマークでは高校までの成績により、希望大学の学部への入学が決定する。フォルケ・ホイスコーレは非公式教育機関であるため、単位や卒業資格を取得できず、大学進学の際に必要となる成績に影響はない。しかし、希望学部の基準に成績が足りない学生は、入学希望理理由記すモチベーションレターを提出し、その差を埋める機会がある。その際、興味あることに対し、実際にどのような努力をしてきたのか、経験を用いて証明できれば、よりモチベーションの高さを強調することができる。その証明のためにフォルケ・ホイスコーレを選択する学生もいる。

 

シニア学生は、多くがシニア向け学校で短期コースを受講している。本人が希望すれば、他の種類の学校で最長5か月の長期コースを受講できるが、過去に希望者はいなかった。おそらく、彼らにとって、若者と数ヶ月の共同生活をする意味を見いだせていないのだと思われる。

 

全体として、フォルケ・ホイスコーレの学生数は増加傾向にある。ただし、デンマーク人学生数は減少しており、外国人学生数の増加によるものである。外国人学生の多くが、日本、韓国、中国から参加している。国別人数は不明であるが、ビザ取得状況から日本人学生数は年間200名弱と考えられる。外国人学生の多くが英語による国際コースを選択している。デンマーク人学生の中にも国際コースを選択する者はいるが、言語や文化を学ぶ場合に限られ、通常は母国語によるコースを選択している。

 

フォルケ・ホイスコーレは「深く、真の人間を知ることが目的の学校」である。デンマーク人学生と外国人学生の両者にとって、共同生活を通して学びを得ることは、国際性、多様性を学ぶ上でも重要である。

 

教師について

 

フォルケ・ホイスコーレの教師の多くは、教育学関連の学位を取得していない。専門性があれば特別な資格は不要である。教師の採用についても、各校に一任されており、各校が自校に最適な人材であるのかを個別に面談し、個人的な資質を鑑みた上で決定している。多くの場合、学生と仲間・協力関係を築けるか、学生間の問題が発生した場合に支援ができるか、学生と共同生活をしながら彼らを支援できるかといった点が重視されている。教師の資格は不要であるが、「Folk High School Pedagogical Personal Course(5週間~1年間)」といった講座を受講し、事前準備をする者もいる。

 

おもな課題について

 

ここでは、外国人学生が在籍する国際コースに焦点をあて、3つの課題について述べる。

 

1.入学前の外国人学生とのコミュニケーション

 

外国人学生の中には準備不足により、単位や卒業資格を取得ができないことを認識せずに入学する者がいる。このような学生は、デンマークで現実とのギャップに戸惑い、満足せず帰国することが多い。入学希望者に対し、フォルケ・ホイスコーレの実体と彼らの理想との齟齬をなくすため、どのように入学前のコミュニケーションをとっていくかが、国際コースにおける課題となっている。

 

2.言語の問題と学生間の仲間づくりに対する支援

 

フォルケ・ホイスコーレで学ぶ学生には、その学校の全学生や全教師とコミュニケーションをとり、仲間を作って欲しいと考えている。そのために、英語もしくはデンマーク語の言語スキルは必須である。しかし、近年、語学力に関連する問題が増加傾向にある。英語の識字能力が高くても、会話ができない学生がアジア圏を中心に多い。フォルケ・ホイスコーレは、授業が議論や対話で行われるため、会話ができない場合、学生自身が辛い時間を過ごすことになる。場合によっては、他の学生のモチベーションを下げることもある。

 

政治や社会問題に関する議論に力を入れていたある学校では、外国人学生とデンマーク人学生の議論が上手く行かず、双方の不満が高まった結果、両者の対立が深まり、国際コースを閉鎖することになった。

 

対策として、入学前の語学力確認が考えられるが、モチベーションレターによる筆記能力の確認では、その作成を友人や業者に頼んでいるケースも見られ、真の語学力を確認することができない。そこで、一部の学校は、Skypeミーティングによる会話力の確認を行っているが、学生を選別すること自体、フォルケ・ホイスコーレの真の目的から逸脱している。現在、語学クラスの設置を含め、検討中である。

 

3.フォルケ・ホイスコーレにおける多様性の実現

 

フォルケ・ホイスコーレは、多くの学生にとって、多様な人々と共に情熱を持ち、生きた学びを実践する「多様性が実現された自由な学びの場」であるべきだと考えているが、実現は困難である。多くの学生が国別のグループを作り、国毎に生活している状況にある。その学校にいるすべての学生と教師が、国籍・文化・年齢・性別・宗教などを問わず、互いに学び合う環境を、どのように構築するかが大きな課題となっている。

 

フォルケ・ホイスコーレの今後について

 

フォルケ・ホイスコーレは、多様な人々が互いに向き合い、相互作用を起こすことで、多くを学べる場であると考えている。「フォルケ・ホイスコーレ」文化は世界中に広がっており、より多くの国に広めていく方針である。

 

2019年、フォルケ・ホイスコーレ設立175周年を記念して、国際フォルケ・ホイスコーレ・サミット[※10]が開催され、今後のフォルケ・ホイスコーレについて議論がなされた。世界中のフォルケ・ホイスコーレ同士が意見交換を行い、その知識や経験を共有し、より協力し合うための会議であり、情報共有を十分に行うことができた。しかし、見方によっては、各校の活動内容を発表する場に留まったともいえる。今後は、更なる協力体制を構築するため、情報共有に留まるのではなく、協力体制の発展的議論の場にする必要があると考える。

 

[※10] International Folk High School Summit:https://www.ffd.dk/22378.aspx

 

以上、フォルケ・ホイスコーレでは、その多くが議論と対話により形成される。しかし、外国人学生にとって、言葉の壁は厚い。次章では、われわれ日本人が外国人学生として入学する際に必要なことを検討する。

 

 

日本からの参加者のより良いフォルケ・ホイスコーレ経験につなげるために

 

FFDの専門家との対話を通して、筆者の日本の友人たちの無邪気な感想から覚えた違和感の理由が明確になった。自分が当然のように考えていた「対話型民主主義教育の環境を有効に生かすために、学習者がすべきこと」が日本人には認知されていないということである。フォルケ・ホイスコーレは、多様な人々が誰でも平等に議論と対話を繰り返し、民主主義的に生活や学びを行う場である。しかし、その理想を実現するのは容易ではない。とくに、デンマークとは文化の異なる社会で育った日本人にとって、フォルケ・ホイスコーレにおける学びと時間を有意義なものにするための事前準備は不可欠である。

 

長期コースで学んだ20代後半の卒業生による複数の体験談は、一部の学生の準備不足による語学と文化の壁により、人間関係が険悪になり、多様性の実現ができていなかったというモーテンセン氏の課題と一致した。また、フォルケ・ホイスコーレの民主主義の思想に基づく自由な環境は、日本の正解や正しさが重視される世界と価値観が異なる。人間関係においても、デンマークでは、議論時の不穏な関係がそれ以外では良好な関係に変化する。この体験談を語ってくれた人たちの中には、これらの価値観や人間関係を受け入れるまで時間を要したと教えてくれた人もいた。彼らの誰もが、この学校生活には、最低限の知識と議論や対話のスキルと語学力を身に着けていることが不可欠と話していた。

 

つまり、この対話型民主主義教育の環境を有効に生かすために、学習者がすべきことは、語学力を含む事前準備、他者との関係性の構築、そしてつねに学び続けるモチベーションであると言える。数ヶ月から半年間の共同生活中で、幼い頃から家庭生活も含め対話型民主主義教育により育ってきたデンマーク人たちと共に学んでいくことは、当然ながら膨大なエネルギーを要するだろう。しかし、それは事前準備と日々の挑戦を諦める理由にはならないのではないだろうか。

 

「生のための学校」は、そのコミュニティの中のすべての人が平等に、「生きた言葉」を使った生きた交流による相互教育を実践する。そして民主主義の合議制により活動内容が決められていく。つまり、その場にいる一人一人がコミュニティの一部であり、自己の意見の表明とそれに関わる活動を行う義務を持つことで、この学校における活動の自由が担保されると考えられる。

 

だからこそ、そのツールとなる言語や知識は不可欠であるといえる。そして、それは、人から与えられるものではなく、自分で獲得するしかない。哲学者ジョン・デューイ(John Dewey)は、「我々は経験から学ぶのではない。経験に基づく振り返りから学ぶのだ」という趣旨を述べている(注12)[12]。つまり主体的に学びに対峙することが不可欠であり、他者から「何かをしてもらえる」という受動的態度では、学びの可能性を狭めるだけでなく、民主主義社会を形成する直接的実験の機会を失うことになると考えられる。

 

この学校は、「生きた言葉」による学校である。入学前の語学と文化を理解する準備は欠かせないが、その準備ができている日本人学生は、はたしてどれくらいいるのだろうか。

 

 

おわりに

 

成人教育の場として、フォルケ・ホイスコーレは全世界に広がっている。1913年以降、日本にも異なる種類のフォルケ・ホイスコーレが創立された。その中には、皇国精神を教育するためのものもあったという。現在も、長い歴史を持つ学校と共に、北欧で学んだ創設者による新たな学校が創立されている。

 

今回、フォルケ・ホイスコーレを、筆者は「今後の自分について、個と社会との関係を試す場である」と解釈した。すべての人が平等と自由を保障された民主主義のコミュニティの中で、多くの自己の葛藤と他者との衝突を経験し、学びを得たという経験者の話は、フォルケ・ホイスコーレが、過去の価値観を浄化し、新たな価値観を得る場所であることを教えてくれた。

 

ただ単純に楽しそうだから、英語の勉強ができそうだからという気持ちだけで挑む場所ではない。筆者自身が、フォルケ・ホイスコーレに参加する機会があれば、自分がその学校の一部となる覚悟も忘れず、新たな人生の挑戦として体験したいと考えている。

 

 

【注意】体験者より、一部の学校のホームページが、適宜更新されていないという話を伺っています。また、今回のCOVID-19のような不測の事態がある場合には、帰国を含む諸手続きの対応が後手に回ることもあるようです。実際にフォルケ・ホイスコーレで学ばれる際には、事前調査(直接学校に詳細を問い合せる、体験者の話を聞く、体験者コミュニティーに問い合わせる等)を十分に行い、疑問を解消した上で参加されることをお勧めします。

 

 

 

 

References

(注1)Lövgren, J. & Nordvall, H. (2017). A short introduction to research on the Nordic folk high schools. Nordic Studies in Education, 37(2), 61–68.

(注2)Rodgers, C. (2002). Defining Reflection: Another Look at John Dewey and Reflective Thinking. Teachers College Record, 104(4), 842–866.

(注3)Lövgren, J. & Nordvall, H. (2017). A short introduction to research on the Nordic folk high schools. Nordic Studies in Education, 37(2), 61–68.

(注4)The Ministry of Culture. (2013). The Act on Folk High Schools. Act no. 1605 of 26 December 2013.

(注5)The Association of Folk High Schools in Denmark (FFD). (2019) THE DANISH FOLK HIGH SCHOOL. https://www.danishfolkhighschools.com/media/23511/19-danishfolkhighschool-haefte-web.pdf visited 04.04.2020.

(注6)成清 美治. (2019). 「グルントヴィの思想とデンマークの教育改革」神戸親和女子大学大学院研究紀要 第15巻 p. 49-60

(注7)藤村 好美. (1997). 「マイルズ・ホートンの成人教育理念の形成過程: ハイランダー・フォークスクールの設立とグルントヴィのフォルケホイスコーレ構想」生涯学習・社会教育学研究 第21巻 p.35-45.

(注8)Lawson, M. (1993). N. F. S. GRUNDTVIG. Prospects: the quarterly review of comparative education, 23(3-4), Paris: UNESCO: International Bureau of Education, 613–623.

(注9)Bron, A. (1992). Residential Adult Education: history, concept and evaluation. In J., Field & G., Normie (Eds.) Residential Adult Education Trends and Prospects: Discussion Paper in Continuing Education, No.3. United Kingdom: University of Warwick, 3-20.

(注10)The Association of Folk High Schools in Denmark (FFD) https://www.danishfolkhighschools.com/ 04.04.2020.

(注11)Danmarks Statistik. (2019). Flere længere kursusforløb på højskoler.

https://www.dst.dk/da/Statistik/nyt/NytHtml?cid=31553 visited 04.04.2020

(注12)Dewey, J. (1910). HOW WE THINK. D.C.Heath & co., Publishers.

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.279 

・川口俊明「全国学力テストの失敗は日本社会の縮図である――専門性軽視が生み出した学力調査の問題点」
・神代健彦「道徳、この教育し難きもの」
・大賀祐樹「懐疑的で楽観的な哲学――プラグマティズム」
・平井和也「世界の知性は新型コロナウイルスをどう見ているのか」
・川名晋史「誰が、なぜ、どこに基地を隠したか」
・石川義正「「空洞」の消滅──現代日本「動物」文学案内(4)」