ポストコロナ時代の日米同盟――先鋭化する米中対立、揺らぐ米軍の抑止力

はじめに

 

新型コロナウイルスが猛威を振い、軍事力を含む国力が試されている。米軍の場合、米海軍の空母に限らず、陸軍、空軍、海兵隊、州兵へと急速に感染が広がり、米軍の機能が部分的にではあるが、正常に機能しないという異常事態に陥った。さらに、このまま、米軍の軍事力規模や抑止力が縮小するのではないかという指摘、いわゆる「コロナ軍縮」論まで聞かれる。

 

他方、この数年の国際情勢としては、米国衰退・中国台頭が加速しているという見方が強まり、米中対立を懸念する声も多い。米中の対立が激化する一方、「コロナ軍縮」現象に直面することで、今後の日米同盟はどのような影響を受けるのだろうか。

 

本論考は、今年11月の米大統領選挙、米国戦略と対中姿勢を見据えて、コロナ感染症の爆発的流行が日米同盟の抑止力に及ぼす影響、そして来るべき安全保障環境の変容のもとでの抑止力(注1)の在り方を考える。

 

 

「コロナ軍縮」現象:新型コロナウイルス感染拡大と米軍の抑止力低下

 

3月下旬、米インド太平洋艦隊「セオドア・ルーズベルト」で新型コロナウイルスの初の感染症が確認されたのにはじまり、原子力空母の「ロナルド・レーガン」、「カール・ビンソン」、「ニミッツ」でも次々に感染が確認され、米軍の海外展開が凍結されるという異常事態に発展した。解任されたセオドア・ルーズベルトの元艦長、ブレット・クロージャーの文書により、乗組員の感染が判明した。同元艦長はのちに非難の的になったのであるが、 その主な理由は、インド太平洋という広大な領域で重要な抑止力を形成する太平洋艦隊が機能不全に陥っていることを、マスコミに公表したことにあった。

 

米軍全体で新型コロナウイルスに感染している兵士は、5月1日の時点で8500名を超えている(注2)。これには在日米軍も含まれるため、日本国内での感染に関する懸念事項でもある。在日米軍の兵士の感染状況については、4月3日に河野太郎防衛相が記者会見で、米国防総省が基地別の感染者数などを非公表とする方針だと明らかにした。つまり、日米地位協定上、日本政府は在日米軍基地での感染状況を把握できないということである。

 

さらに、感染防止のため、在日米軍に課せられた公衆衛生緊急事態も、6月14日まで延期する対応をとり、米国防総省軍人の移動停止措置が6月末まで延長となった。しかしながら、この対応は、実質「三密」を避ける一方で、伝統的な安全保障のドメイン(領域)である陸海空の抑止力低下につながったといわざるをえない。

 

また、新型コロナウイルスの感染拡大は経済活動にも影響を及ぼしているため、軍の委託・協力先である民間企業の活動も制限されている。こうした民間企業のメンテナンス能力や造船能力の低下により、国防産業基盤の維持に対する懸念が高まっている。田岡俊次氏が指摘するように、三密を避けるような「高原状態」が続けば、国防費は削減され, 防衛装備の更新が遅れ、海外派兵や訓練などの活動経費も削られる可能性は高い。ポストコロナ時代に入った今、これが一時的であるか否か定かではないが、田岡氏のいう「コロナ軍縮」の現象が生じることは間違いない(注3)。

 

 

実際に米国国内でも、米国の軍事抑止力を含む、国力の低下に対する懸念の声が高まっている。ハーバード大学のスティーブン・ウォルト教授は、新型コロナウイルス・パンデミックにより、米国の能力が「死に値する」ほど弱まり、米国の強大な軍事と経済、同盟国からの支持、そしてこれらを使って物事を解決する米国の能力への、世界からの信頼を含めた資産が徐々に腐敗していき、そのため根本的な政治変化が唯一の希望の光だと主張する(注4)。

 

トロント大学のフィリップ・リプシー准教授も、チャールズ・P・キンドルバーガーのいう覇権安定論 (hegemonic stability theory)を交えて、現在の国際社会における米国の状況を、「愚かな覇権国論 (hegemonic stupid theory)」と冗談めくように、「覇権国が愚かなとき、国際システムは不安定で危機に陥りやすい (when the hegemon is stupid, the international system becomes unstable and prone to crisis)」と、トランプ政権を揶揄するようなツイートをした(注5)。

 

プリンストン大学のG・ジョン・アイケンベリー教授とジョージタウン大学のチャールズ・A・クプチャン教授も、新型コロナウイルス危機を乗り越えるには、11月の大統領選でトランプが再選されないことだと主張している(注6)。トランプ政権下の米国の国力そのものを疑問視する研究者は多くいるようである。

 

ただ、新型コロナウイルス・パンデミック以前から、米国の抑止力に対しては疑問視する声は上がっていた。たとえば東南アジア諸国では、トランプ政権による「アメリカ・ファースト」政策と中国の台頭に対する懸念が高まっていた(注7)。南シナ海における紛争研究を専門にするイアン・ ストーリーは、米国のプレゼンス(存在)のあり方を疑問視している。プレゼンスは(前方)展開(同盟国の領土内における米軍の駐留)、寄港、訓練や監視などの行為を指すが、軍事的な存在感を示すことで抑止になるという考えである。

 

ストーリー氏いわく、米軍は南シナ海を含むホットスポット(紛争地帯)に一時的に現れるだけで、つまり中国が何かすると姿を現すだけで、平常時は放置している。これは南シナ海で進んできた軍事拠点化など、中国が既成事実を積み上げることにつながっており、抑止力として機能していないとする指摘だ(注8)。

 

それに対し、中国は東アジアにおける軍事的なプレゼンスを拡大すると同時に、コロナ禍が広がってからは「マスク外交」を実施するなど、硬軟様々な手法を組み合わせながら、国際社会における存在感を示そうとしている。南シナ海では艦船展開のみならず、新しい行政区を設置するという表明をする一方、マスクなど医療商品や機器の提供を、一帯一路政策に参画する国々へ支援し、ソフトパワーを発揮しているという見方がある。

 

中国側は、米海軍の展開能力が弱まっているとみなし、台湾や南シナ海の周辺で軍事的緊張をさらに高める可能性がある(注9)。米国国務省は、中国は新型コロナウイルス・パンデミックを利用し、マレーシアなどの東南アジア諸国に軍事的脅威を与えていると主張する(注10)。米軍も南シナ海で、「航行の自由作戦」を行って中国軍を牽制しているが、中国側は強硬な態度をとり、電磁波によって米軍艦の兵器や制御システムを一時的に使用不能にする新たなアプローチもありえるという見解が、軍事専門家からは示されている(注11)。

 

また、4月に南シナ海のファイアリー・クロス礁(人工島)に、Y8-Qという哨戒機を2機配備し、米海軍の原子力潜水艦を発見・探知・追尾、そして命令の下では、攻撃もできるものである。宇宙・サイバー分野においても、中国は追い上げているといえる(注12)。

 

さらに、中国側からは、2021 年もトランプに当選してほしいという見方が示されている。例えば、2020年米大統領選の民主党有力候補者であったピート・ブティジェッジは、清華大学のヤン・シュエトン教授の論考を参照しながら、以下のように述べている。それによれば、トランプ政権下で米国主導の同盟システムは弱体化してきた。この中で中国の国際環境は、日本を含めた米国の同盟国との関係を含めて概して改善しているというものだ。ヤン氏は、「実際、中国が冷戦終結以来、最高の戦略的機会を見出している」と説明する(注13)。

 

 

「Gゼロ」における米中覇権争い

 

この状況は、A.F.Kオーガンスキーのいう権力移行 (power transition)と映るかもしれない。権力移行とは、既存の国際秩序に挑戦する国家が権力を掌握するというものであり、それまで優位を誇った国家が相対的に衰退していくことである。しかし、私たちが現在みているように、スムーズに権力移行が進むわけでなく、覇権争いが続く状況であろう。争いには直接的な軍事力のみならず、経済、AI などの技術競争もあり、知的財産が米中貿易紛争のカギとなってきた。この中で、交差的に安全保障における優位性が争われることになる。

 

こうして、軍事面のみならず、多岐にわたる分野での米中対立が続きそうな様相となっている。これは、権力移行理論や覇権安定論(注14)では説明がつかない。冷戦後、国際社会について、超大国であった米国による一極体制、あるいは超大国以外の国々が主導性を発揮するような多極システムだと言われた時期もあった。現在においても、中国以外、インドや東南アジア諸国のプレゼンスも高まっているため、多極化の時代という見方もあるが、米政治コンサルティング会社ユーラシア・グループのイアン・ブレマーが過去に指摘していた「Gゼロ(無極)」という特質が、より顕著になっていきているのかもしれない。

 

「Gゼロ」とは、先進国が国内問題を重視するにつれ、グローバルなリーダーシップが欠落していく世界を指す。2018年6月の朝日新聞のインタビューでも、トランプ政権により、「Gゼロ」に向かう世界の潮流が加速され、想像以上に混乱を招いたと指摘している(注15)。

 

ポストコロナ時代では、一国による覇権では世界秩序は保たれない事態になる可能性があり、さらには、中国と米国が台湾海峡と南シナ海における影響力と反抗を主張しつづけ、費用のかかるミスステップや誤算が生まれやすいリスクもあると考えられる(注16)。実質的に一極時代の終わりが見えつつ、米国は頑なに覇権国というポジションを手放さず、覇権争いが延々と続くだろう。「Gゼロ」におけるインド太平洋諸国、そして最前線にある日本の立ち位置はどうなるのだろうか。

 

 

米国の自由国際秩序と同盟関係

 

アジアにおいて米国が率いる同盟関係は、「同盟ネットワーク」や「アライメント(alignment)」という概念で、柔軟性のある関係として説明されてきた(注17)。また、冷戦後、イデオロギーの側面から同盟強化の傾向が出てきており、日米同盟を含む米国の同盟関係は、自由な国際秩序そのものを維持するためのものになってきた(注18)。価値観外交やクアッド(Quad, 日米豪印)の関係構築も、特にトランプ政権後、太平洋軍(Pacific Command, PACOM)をインド太平洋軍 (Indo-Pacific Command, INDO-PACOM)と名称を改め、より一層中国包囲論に沿った戦略となっている。

 

2020年4月には、マック・ソーンベリー米国下院軍事委員会委員が、ミサイル防衛や同盟国の能力を強化するために、約60億ドルの予算となるインド太平洋抑止イニシアティブ(Indo-Pacific Deterrence Initiative)法案を提出した(注19)。また、インド太平洋軍のフィル・デービッドソン司令官は、日本や台湾を中心とする西太平洋地域での中国の軍事的脅威の増大に備えて、2021年から2026年に追加の支出として 201 億米ドルを要求している(注20)。

 

コロナ禍による対面での交流が難しくなった今年の春おいても、Quad Plusの名の下、日米豪印と、それ以外の米国に近い同盟関係をもつ国々のあいだで、バーチャル会議が開催された(注21)。中国の高まる影響力への対応として、自由で開かれたインド太平洋戦略に基づき、米国や日本を含む同盟国の緊密な連携が重要であると考えられるようになっているといえよう(注22)。

 

 

対中脅威認識の高まりと強硬姿勢の定着

 

中国に対する脅威認識は、トランプ政権内だけでなく、議会でも超党派のあいだで強まっている。上院では、マルコ・ルビオ議員(共和党)とジーン・シャヒーン議員(民主党)による、中国への連邦退職貯蓄の移転を停止する動きがある。また、新型コロナをめぐって、「李文亮法案」「ストップ・COVID法案」などの法案が提出され、さらに中国政府に損害賠償を求める決議案も出されるなど、対中強硬姿勢が強まっている(注23)。

 

また、2020年11月の米大統領選挙に向けて、トランプ・バイデンはともに、対中強硬政策を打ち出している。バイデンは、今年の外交指針を示すかたちで、米外交雑誌Foreign Affairsに、「なぜ米国はもう一度リードしなければならないのか (Why America Must Lead Again)」という題目の論考を寄せた。中国の台頭を意識し、米国が率いる自由国際秩序と同盟関係の維持を提唱するという内容だ(注24)。

 

民主党内では、バイデンのライバル候補者だったバーニー・サンダースを含むプログレッシブ系リベラルとの協力で、トランプ政権を打倒しようという動きが出てきている。この影響で、バイデン候補の外交指針には変更があるかもしれないが、対中強硬の基本方針は不変とみられる。実際、新型コロナウイルスによる米国の被害と、それによる米国民の対中感情の悪化を考慮すると、トランプ・バイデンのどちらかが大統領になっても、米国の対中強硬姿勢は維持される公算が大きい。

 

 

米国戦略と日米同盟:日米一体化の現状と今後

 

90年代以降、ハイテク軍事技術の導入や基地再編など、大規模な米軍改革が推し進められた。これとともに、日米軍事オペレーションの一体化は進み、共同訓練や合同演習の定例化も進んできた。しかし、「コロナ軍縮」のもと、日米共同訓練や、20数か国が参加する環太平洋合同演習 (RIMPAC 2020)が中止あるいは延期となり、規模や期間も短縮され、日米同盟の弱体化を懸念する声もある。

 

だが、コロナ危機に対応するための新しい試みも行われている。たとえば、海上自衛隊と米海軍は、東南アジア海域で、互いの艦艇への往来を取りやめる一方、無線で意思疎通を図るというこれまでになかった形式の共同訓練を導入した。また、日米抑止力強化と対処能力維持のため、日米同盟の深化が目指されている。例えば、グアムのアンダーセン空軍基地に配備されていたB52戦略爆撃機5機は、中国の中距離弾道ミサイルの射程圏内にあり、脆弱性が指摘されていたため、グアムを離れて米中西部ノースダコタ州のマイノット空軍基地に移動するという米戦略爆撃機の運用切り替えがなされた。

 

また、日米共同新型迎撃ミサイルの協力において、艦艇間の通信能力が向上し、リアルタイムで敵の位置情報を高精度で共有できる「共同交戦能力(CEC)システム」によって、より一体化が加速している。先月、海上自衛隊の最新型イージス艦「まや」に初めてCECが搭載され、ミサイル迎撃能力が強化されている。その他にも、自衛隊の「宇宙作戦隊」が5月18日に新設された。ここには日米協力も当然、視野に入っている。米国の抑止力低下が指摘されるなか、米軍と自衛隊は連携を進め、日米同盟の強化が進められているのだ。

 

一方で、2018年に策定された米国の国防戦略は、「動的戦力運用(Dynamic Force Employment, DFE)」と即応能力を重視するとした。これは、前線に貼り付けている戦力の削減を意味しており、前方展開の削減につながる可能性がある。米軍の前方展開は、アジアにおいて、侵略を抑止する重要な役割を果たすとみなされが、これは、米国が世界から撤退していくシグナルとなりかねない。実際に、今後の抑止力低下につながるという懸念がある(注25)。

 

さらに、マイク・エスパー米国防長官が進める国防省主導の海軍の見直しにより、全体の戦力や兵器について、小型化・軽量化することで機動性重視へのシフトが示された。米海軍は、従来の中東およびアジア太平洋における空母常駐体制から、有事柔軟対応への転換に取り組み始めようとしている(注26)、いかにも米国らしい経済効率性を念頭に置いている戦略だといえよう。ただ、新型コロナウイルスで艦隊が機能不全に陥った状況からすると、同じ効率化でも、無人化を進めることで抑止力の維持もできるのではないかという見方が示されている。

 

2018 年の日本の防衛大綱では、伝統的な安全保障戦略の中心であった陸海空という3つの領域に加え、宇宙・サイバー・電磁スペクトラムの利用も追加された。米国の大西洋評議会 (Atlantic Council) の報告書では、拡大する中国の脅威への対抗策として、無人航空機、ドローン、AIを活用した合成訓練環境や無人機迎撃システムの分野での日米協力が可能であると指摘された(注27)。これらの新技術を踏まえた作戦の展開を考慮すると、自衛隊と米軍の一体運用のさらなる深化につながると考えられる。

 

 

ポストコロナ時代の安全保障環境

 

軍事力それ自体に着目する伝統的な安全保障理解においては、現在進む米軍の前方展開削減は、米国の抑止力の低下の象徴に見える。だが、その裏では、軍事力の展開を超えた広い範囲で、安全保障措置が進んでいる。日米両国間でもまた、宇宙や新技術など、これまでの軍間協力を超えた領域で協力が着々と進められている。今後は最先端技術 (エマージング・テクノロジー)により、科学技術の促進とともに、無人の安全保障へとシフトされるだろう(注28)。

 

こうした方向で日米同盟の深化が目指されてきたことに加え、新型コロナにより従来型の軍の機能が制約される中、新たな取り組みが進んでいる。ポストコロナ時代には、安全保障の領域を陸海空とする伝統的なとらえ方から脱却し、サイバー空間や宇宙空間、また、感染症対策なとも含む幅広い安全保障協力が不可欠になっていくだろう。

 

ただ、日米間の軍事技術の共同研究や共同開発に対する認識相違や、最先端技術においては、未来工学研究所研究員の山本智史氏が説明するように、倫理的、法的、社会的諸問題(Ethical, Legal and Social Issues, ELSI)を無視して、研究や兵器開発を行うことはできないため、すぐに対処できるものではない(注29)。さらに、現実的に米国の予算面においても厳しく、米州担当副次官補のヘイノ・クリンク氏いわく、「特に新型コロナウイルス下の環境では、さらに財源がきつくなるため、足取りは重く (slog) なる」とのことである(注30)。限られた財源のなか、どのように安全保障を確保していくのかが課題となっていくだろう。

 

 

「Gゼロ」における米中対立、日米同盟と日本の戦略:柔軟に安全保障思考の転換が求められる時

 

新型コロナウイルスにより、米中対立が先鋭化し、アジアにおける米軍の抑止力そのものを疑問視するとともに、再考する機会でもある。米国衰退・中国台頭という見方がされる傾向が強いが、米国の戦略と対中政策、そして日米同盟をみると、権力移行ではなく、「Gゼロ」時代における覇権争いになりそうである。

 

これからの安全保障は、目に見えないウイルスとの戦いやサイバー空間での安全確保にも及ぶことは必然であり、伝統的な安全保障の分野である3つの領域(陸海空)の抑止だけでは十分でなくなっていくだろう。この点を念頭に置いた上で、対中抑止を再考し、日米同盟も多角的に強化していく必要がある。

 

しかし、日米地位協定や在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)などのさまざまな問題が残されている。前述したストーリー氏の指摘のように、米軍のプレゼンスが絶対的な抑止力という考えをもつのではなく、実際の抑止力の効力を再考し、いまこそ柔軟性のある安全保障への思考が必要ではないだろうか。

 

海洋安全保障専門家のコリン・コー氏は、米軍で埋められない空白を自衛隊で埋めなければいけないシナリオを想定すると同時に、長期的に自立防衛も考える必要もあると指摘している(注31)。毎年、防衛省防衛研究所が発行している「東アジア戦略概観」の今年度版でも、日本は、「自由で開かれたインド太平洋」構想のために、多角的で多層的な安全協力戦略を打ち出す必要性が指摘されている(注32)。

 

米国ではハイテク分野の中国人留学生のビザ禁止など、より強硬な対中政策がとられているが、「Gゼロ」における安全保障環境の下、日本としては、米国との同盟関係を維持するだけでなく、その多角化も急ぐ一方、「Gゼロ」における米中対立の今後を注視しながら、変遷する安全保障環境に柔軟に対応していくことが必要になるだろう。

 

 

 

(注1)抑止とは、「武力攻撃などの望ましくない行動をとることを思いとどまらせる、または抑制すること(the practice of discouraging or restraining someone…from taking unwanted actions, such as an armed attack)」である (Mazarr 2018, p. 2)。1960年代以降、核戦力を念頭に置いていた抑止概念が変化し、通常戦力や非軍事的な力に対しても適用されるようになった。抑止力には、直接抑止 (direct deterrence)と拡大抑止 (extended deterrence)と分けられるが、米国の東アジアにおける安全保障と日米同盟は後者にあたる。Michael J. Mazarr. (2018). “Understanding Deterrence” RAND https://www.rand.org/content/dam/rand/pubs/perspectives/PE200/PE295/RAND_PE295.pdf

(注2)主に陸軍 (1032名) と海軍 (2062名) が最も打撃を受けていると言われる。Meghann Myers, “COVID-19 hospitalization rate 50 times higher in the military than in overall US,” Military Times (May 5, 2020) https://www.militarytimes.com/news/your-military/2020/05/05/covid-19-hospitalization-rate-50-times-higher-in-the-military-than-in-overall-us/

(注3)田岡俊次「米空母“コロナ艦内感染”で露呈、日本の水際対策を阻む『聖域』」, DIAMOND online (2020年4月9日) https://diamond.jp/articles/-/234134?page=1 

(注4)Stephen Walt, “The Death of American Competence,” Foreign Policy (March 23, 2020) https://foreignpolicy.com/2020/03/23/death-american-competence-reputation-coronavirus/

(注5) https://twitter.com/PhillipLipscy/status/1246423317495644160

(注6)G. John Ikenberry & Charles A. Kupchan, “Nations aren’t cooperating during the pandemic,” Washington Post (May 21, 2020) https://www.washingtonpost.com/outlook/2020/05/21/pandemic-international-cooperation-alliances/?arc404=true

(注7)Richard Javad Heydarian, ”At a strategic crossroads: ASEAN centrality amid Sino-American rivalry in the Indo-Pacific,” (April 2020) https://www.brookings.edu/research/at-a-strategic-crossroads-asean-centrality-amid-sino-american-rivalry-in-the-indo-pacific/

(注8)Hannah Beech, “US warships enter South China Sea hot spot, escalating tension with China,” New York Times (April 21, 2020) https://www.nytimes.com/2020/04/21/world/asia/coronavirus-south-china-sea-warships.html

(注9)Jiji, “Japan defense chief in talks with Western counterparts on virus,” Japan Times (April 30, 2020) https://www.japantimes.co.jp/news/2020/04/30/national/taro-kono-coronavirus/#.XuWkLUUzbIV

(注10)Reuters, “2 U.S. warships in S. China Sea amid China-Malaysia standoff,” Asahi Shimbun (April 21, 2020) http://www.asahi.com/ajw/articles/13315433

(注11)「中国軍、台湾・南シナ海で挑発 コロナ感染で『米海軍力低下』」、時事ドットコムニュース(2020年4月12日)https://www.jiji.com/jc/article?k=2020041100267&g=int

(注12)布施哲, 「コロナ禍で激化する米中対立(前編)」、Wedge (2020年5月19日) https://wedge.ismedia.jp/articles/-/19618

(注13)Pete Buttigieg, “Pete Buttigieg: China wants four more years of Trump,” Washington Post (May 2, 2020),  https://www.washingtonpost.com/outlook/2020/05/01/trump-china-biden-election/

(注14)ロバート・ギルピン(1981)の覇権安定論によれば、覇権国が国際公共財を提供し、国際経済秩序を安定化するものであるが、覇権国に両船する国が台頭し、覇権の争いで勝利した国家が新たな覇権国が、国際経済秩序に貢献するという考えである。Robert Gilpin. (1981). War and Change in World Politics. Cambridge: Cambridge University Press.

(注15)青山直篤、「『Gゼロの混乱、想像よりひどい』米政治学者ブレマー氏」、朝日新聞 (2018年6月27日) https://digital.asahi.com/articles/ASL6V2RFJL6VUHBI009.html

(注16)Minnie Chan, “Looking beyond the coronavirus, military powers jostle for dominance in Indo-Pacific region,” South China Morning Post (April 28, 2020) https://www.scmp.com/news/china/military/article/3081932/looking-beyond-pandemic-military-powers-jostle-dominance-indo

(注17)ただし、欧州や北米のフォーマルな同盟(例、NATO)にあてはまらない。William T. Tow & Amitav Acharya, “Obstinate or obsolete? The US alliance structure in the Asia–Pacific,” Working Paper 2007/4 (December 2007); Thomas S. Wilkins (2019), Security in Asia Pacific: The Dynamics of Alignment. Boulder: Lynne Rienner Publishers; Misato Matsuoka (Forthcoming). SECURITY IN ASIA PACIFIC: The Dynamics of Alignment By Thomas S. Wilkins (Book Review) https://pacificaffairs.ubc.ca/book-reviews/security-in-asia-pacific-the-dynamics-of-alignment-by-thomas-s-wilkins/

(注18)Mike M. Mochizuki and Michael O’Hanlon (1998). “A Liberal Vision for the US-Japan Alliance,” Survival 40(2), 127-134; Thomas U. Berger, Mike Mochizuki, Jitsuo Tsuchiyama (2007). Japan in international politics: the foreign policies of an adaptive state. Boulder: Lynne Rienner Publishers; 藤重博美 (2008).「冷戦後における自衛隊の役割とその変容:規範の相克と止揚、そして『積極主義』への転回」国際政治 154, 95-114; G. John Ikenberry (2011). Liberal Leviathan: The Origins, Crisis, and Transformation of the American World Order. Princeton, NJ: Princeton University Press. Misato Matsuoka (2018). Hegemony and the US-Japan Alliance. London: Routledge.

(注19)ヨーロッパ抑止イニシアティブ (European Deterrence Initiative)を見本にしたものである。”Thornberry unveils Indo-Pacific Deterrence Initiative,” House Armed Services Committee (April 20, 2020) https://republicans-armedservices.house.gov/news/press-releases/thornberry-unveils-indo-pacific-deterrence-initiative

(注20)Michael R. Gordon. 「米海兵隊の組織刷新 『中国の脅威』対応に軸足」, ウォール・ストリート・ジャーナル(日本語版)(2020年3月25日)https://jp.wsj.com/articles/SB12207539348925794709904586281881200088082

(注21) Derek Grossman, “Don’t Get Too Excited, ‘Quad Plus’ Meetings Won’t Cover China,” The RAND Blog (April 9, 2020) https://www.rand.org/blog/2020/04/dont-get-too-excited-quad-plus-meetings-wont-cover.html 

(注22)Rieko Mie, “Asia’s web of defense ties falls prey to coronavirus,” Nikkei Asian Review (March 24, 2020) https://asia.nikkei.com/Politics/International-relations/Asia-s-web-of-defense-ties-falls-prey-to-coronavirus2

(注23)“Shaheen, Rubio Applaud Move to Halt Transfer of Federal Retirement Savings to China,” (May 12, 2020) https://www.shaheen.senate.gov/news/press/shaheen-rubio-applaud-move-to-halt-transfer-of-federal-retirement-savings-to-china; “Cotton, Hawley, Curtis, Gallagher Introduce Li Wenliang Global Public Health Accountability Act,” (April 3, 2020) https://www.cotton.senate.gov/?p=press_release&id=1348; “Gooden Introduces the Stop COVID Act to Hold China Accountable for Coronavirus Pandemic,” (April 3, 2020) https://gooden.house.gov/media/press-releases/gooden-introduces-stop-covid-act-hold-china-accountable-coronavirus-pandemic

(注24)Joe R. Biden, Jr. “Why America Must Lead Again: Rescuing U.S. Foreign Policy After Trump,” Foreign Affairs (March/April 2020) https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2020-01-23/why-america-must-lead-again

(注25)小谷哲男「変容する米軍の運用体制とパンデミック:日米同盟への影響」、国問研戦略コメント(2020-8) (2020年4月30日)https://www.jiia.or.jp/strategic_comment/2020-8.html 

(注26)David B. Larter, “Defense Department study calls for cutting 2 of the US Navy’s aircraft carriers,” DefenseNews (April 20, 2020) https://www.defensenews.com/naval/2020/04/20/defense-department-study-calls-for-cutting-2-of-the-us-navys-aircraft-carriers/

(注27)Tate Nurkin and Ryo Hinata-Yamaguchi, “Emerging technologies and the future of US-Japan defense collaboration,” Atlantic Council (April 17, 2020) https://www.atlanticcouncil.org/in-depth-research-reports/report/emerging-defense-technologies-and-the-future-of-us-japan-defense-collaboration/

(注28)「新興技術」ともいわれる。

(注29)公益財団法人 未来工学研究所「技術革新がもたらす安全保障環境の変容と我が国の対応」(2020年3月) http://www.ifeng.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2020/04/20200423.pdf

(注30)Paul Mcleary, “Support Swells For New Indo-Pacom Funding; Will Money Follow” Breaking Defense (May 29, 2020) https://breakingdefense.com/2020/05/support-swells-for-new-indo-pacom-funding-will-money-follow/

(注31)Jesse Johnson, “U.S. military faces down two challenges in western Pacific: COVID-19 and China,” Japan Times (May 20, 2020) https://www.japantimes.co.jp/news/2020/05/20/asia-pacific/us-military-western-pacific-coronavirus-china/#.Xsiiz2gzbIU

(注32)防衛省防衛研究所「東アジア戦略概観 2020」http://www.nids.mod.go.jp/publication/east-asian/j2020.html

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

・橋本努「新型コロナウイルスとナッジ政策」
・三谷はるよ「市民活動をめぐる“3つの事実”――「ボランティア」とは誰なのか?」
・五十嵐泰正「『上野新論』――「都市の時代」が危機を迎えたなかで」
・倉橋耕平「メディア論の問いを磨く――言論を読み解く視座として」
・山田剛士「搾取される研究者たち」
・平井和也「コロナ情勢下における香港と台湾に対する中国の圧力」