2020.08.05
コロナ禍とスコットランド独立――UKの終わりの始まりか?
1.はじめに
2020年夏、コロナ禍中のUKでスコットランド独立が再びニュースになっている。というのも、最近の世論調査で独立支持が着実な伸びを見せ、最新の7月上旬の調査では独立賛成54%(「わからない」回答を除く、以下同)とかつてない高い数値を示したからだ。
この状況を受け、ボリス・ジョンソン首相は7月下旬に急遽スコットランドを訪問し、UKの連合を保つ重要性を訴えた。UK政府の各省もスコットランドに対する同様のメッセージの発信を強化するよう伝えられているようだ。政府はちょっとしたパニック状態にあるとする報道もある。
独立支持増加の背景には一体何があるのか。そしてスコットランド独立は本当に起こるのだろうか。
2.Brexitとスコットランド独立
実は独立支持は1年以上前から増加してきている。2019年に行われたスコットランド独立をめぐる12回の世論調査では、独立賛成の平均が49%で、2018年の平均45%から4%ほど増えていた。2020年に入って行われた世論調査の平均では賛成が51%となっており、ここ数か月の支持増加は2019年から続く傾向のなかに位置づけることができる(1)。
2019年のUK政界はEU離脱をめぐり極度の混乱のなかにあったことは記憶に新しい。スコットランドでは2016年のUKのEU離脱をめぐる住民投票でもEU残留票が6割を超えたことを考えると、EU離脱をめぐる政治的混乱が独立支持の増加に結びついたことはそれほど不思議ではない。実際に世論調査の分析では、2019年の独立支持増加は、EU残留支持でかつ独立に反対する層が独立支持に傾いた結果だったことが指摘されている。
特に保守党のEU離脱強硬派、ボリス・ジョンソンが首相になり、その後の12月の総選挙で大勝したことはこの傾向に拍車をかけた。首相就任前のジョンソンはボサボサの髪、失言も多いが政治家らしくないユーモア溢れる発言などがイングランドでは人気だったが、伝統的に保守党への支持が低いスコットランドでは多くの有権者から嫌悪に近い感情を抱かれていた。また合意なしのEU離脱を辞さないその強硬姿勢が、EU残留支持の強いスコットランドで反感を買い、2020年に入ってからの世論調査で独立支持が過半数に至ったことの主要な要因の一つだと言ってよいだろう。
3.コロナ禍と政治のリーダーシップ
こうしたスコットランド独立支持増加の傾向のなかに、コロナウイルスが発生した。UKは対応が遅れ、7月末の時点で感染者数、死者数ともに世界最悪レベルの被害を出すことになった。しかし発生当初は、ロックダウンを宣言したジョンソンの迫力ある演説や、矢継ぎ早に決定した企業や自営業者への支援と雇用保護政策などが好意的に受け止められ、4月には首相の支持率が7割に迫るなど、コロナ禍対応は順調に思われた。
しかし被害が拡大し状況が悪化していくにつれ、ジョンソンの責任を問う声が上がり始めた。さらに5月末には、ジョンソンの右腕とされる首相上級顧問のドミニク・カミングスが外出制限を破り実家を訪問していたことがわかり、カミングス罷免の声が高まったが、ジョンソンはカミングスを擁護したため支持率が急落、6月と7月の世論調査では不支持が支持を上回った。
UK政府のこれまでのコロナ禍対応を見ると、リーダーシップの欠如と、政府内での混乱が顕著であると言ってよいだろう。政府は研究者や諮問機関から3月中旬にはロックダウンをすべきとの提言を受けていたが、実際には3月下旬までずれ込み、この遅れが被害の拡大を招いたと指摘されている。また3月末にはジョンソンがウイルスに感染し、一時は集中治療室に入るなど症状が悪化したが、この間UK政府は首相抜きでのコロナ対策を強いられることになった。
ジョンソンは快復し4月末に現場復帰したものの、政権内ではロックダウンで打撃を受けた経済の立て直しを図り外出制限等の早期解除を求める閣僚と、それに反対する閣僚の対立が表面化した。ロックダウン制限の漸次的解除についても、政府のメッセージは明確とは言い難く、混乱を生む一方で、制限を無視する国民が続出した。ロックダウン下で政府は6月下旬まで毎日記者会見を行っていたが、ウイルス感染から復帰したジョンソンの会見は体調不良もあってか歯切れが良いとは言えず、また92回行われた会見のなかでジョンソンの登場は16回に限られるなど(2)、国難を乗り切るリーダーというイメージを醸成するには至らなかった。
一方、スコットランド国民党(SNP)のスコットランド首相二コラ・スタージョンのコロナ禍対応への国民の評価は非常に高く、5月の世論調査では支持が8割を超えた。
スコットランド政府のコロナ禍対応は一貫して公衆衛生の保護を重視しており、ロックダウン制限の解除にも慎重である。そのため外出制限等の緩和はイングランドよりも遅く、またマスク着用などのウイルス拡散防止策はイングランドよりも早く導入された。閣僚も公衆衛生優先の点で一致しており、政権がまとまっている印象を与える。経済面への影響を憂慮する企業界からの若干の反発はあるものの、公衆衛生重視の姿勢は広範な支持を集め、7月に入り死者数がゼロの日が多くなるなど実際の効果も出てきている。
興味深いのは、6月まではスコットランドでも感染者数、死者数ともに非常に多く、人口単位では世界でも最悪水準にあったのだが、それでもスタージョンのコロナ禍対応は7-8割の支持を集めていた点である。
コロナ禍開始以来、UK政府同様にスコットランド政府も連日記者会見を行ってきたが、スタージョンはほぼ毎日この会見に登場し、国民に公衆衛生重視の明確なメッセージを送り続けてきた。日々の感染者数や死者数などの数値を公表するだけではなく、死者の家族への憐憫の言葉を口にし、ロックダウン下の生活の難しさに理解を示す一方で国民の協力を呼びかける。時には外に遊びに行ったり友達に会えない子供に対するメッセージも加えるなど、人としての思いやり、暖かさが会見からは透けて見える。
ロックダウン下の会見は多くの国民に視聴されており、スタージョンの明確かつ人間味のあるメッセージは多くの国民に好意的に受け取られてきている。スタージョンの弁舌の鋭さ、コミュニケーション能力の高さはかねてから知られていたが、コロナ禍によってそれがスコットランドの国民に広く知れ渡るようになったのである。
UKは、国全体を統治するロンドンの政府のほかに、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドそれぞれに議会と政府のある独特な国制を持っている。権限移譲の結果生じたこの複雑な国制は、日常の一般市民の生活ではとくに意識されるものではないが、コロナ禍によって顕在化し、人々の生活にはっきりとした影響を与えることになった。
連日の2つの政府による会見、そしてその2つの政府の異なるコロナ禍対応によって、スコットランドに住む人々は、自分たちの国がロンドンにあるのとは異なる政府、異なるリーダーによって統治されていることを肌で実感するようになったのである。彼らはどこにいるのかわからない、やりたいことのよくわからないジョンソンと、連日国民に語りかけ、国難を乗り切ろうとするリーダーとしてのスタージョンの差を目の当たりにしている。
その結果、「スコットランドは国としてうまくやっているのではないか」、「スコットランドがもし独立しても、十分やっていけるのではないか」と考える有権者が増えてきても不思議ではない。実際に、世論調査によると、スタージョンとスコットランド政府のコロナ禍対応を見て、有権者の約6割が、スコットランドがもし独立しても、統治はうまくいくだろうと考えるようになったとされている(3)。
皮肉なことに、コロナ禍前は状況は全く異なり、ジョンソンは首相就任後の総選挙で歴史的な大勝を挙げ、悲願のEU離脱に向け飛ぶ鳥を落とす勢いであった。方やスタージョンはスコットランドでの医療や教育の状況が思わしくなく、2014年の首相就任直後には7割を超えた支持率も2019年には50%を割り、時には不支持率が支持率を上回ることもあった。EU離脱とスコットランド独立をめぐる膠着状態を打ち破ることができず、独立支持派内からも批判が出始めていた。
しかしコロナ禍への対応でスタージョンは本来のリーダーシップとコミュニケーション能力を存分に発揮し、ロックダウン下で不安を抱える国民の支持を集めた。一方ジョンソンは、ウイルス感染の後遺症である体調不良もあるかもしれないが、会見にはあまり登場せず、登場しても発言がしろどもどろのことも多く、よい印象を残したとは言えない。コロナ禍対応も明確な方針が見えず、閣僚もまとめきれず、一方で外出制限を破った上級顧問を擁護するなど世論と逆行する言動もあり、支持を一気に失っていった。コロナ禍が両者のリーダーとしての資質を浮き彫りにした結果になった。
4.独立はあるか?
スコットランド独立の支持率は増加傾向にあり、コロナ禍のUK・スコットランド両首相、両政府の対応の差がさらにその流れに拍車をかけた。それでは独立は現実的にありうるのだろうか?
まず制度的な問題として、法的に有効なスコットランド独立をめぐる住民投票開催にはUK政府の許可が必要であるが、現状では許可が下りる可能性はゼロに近い。ジョンソンはすでにいかなる状況下でも許可は与えないと公言している。次のUK総選挙で政権が労働党に代わっても状況が大きく変わるとは考え難い。
労働党が将来政権を獲得するためにSNPの助力を必要とするならば、SNPは条件として住民投票開催を要求するだろうが、労働党がそれに応じるかどうかは未知数である。したがって法的に有効な住民投票開催は、現状では非常に難しい。そもそも住民投票の迅速な開催を優先事項とする有権者は多くない。
一方で、2014年の独立住民投票の際に独立支持派の弱点であったEU加盟、独立後の通貨、経済といった諸問題も解決されておらず、むしろEU離脱や石油価格の低下によって状況は悪化している(4)。
さらに、独立支持の増加はEU離脱や権限移譲の国制といった構造的要因もさることながら、ジョンソンとスタージョンの属人的な要素も無視できない。もしジョンソンが早期に退陣し、人気の高い首相が就任したら独立支持は下がるだろうか? スタージョンも永遠にスコットランド首相でいられるわけではなく、後継者は同様の高い支持を保つことができるだろうか?
スコットランド独立を取り巻く事情は依然として先行き不透明であり、数年で達成される可能性は低いと思われる。しかしながら、今回のコロナ禍でより多くの有権者が、「スコットランドのことはやはりスコットランド政府が決めたほうが良い」、と考えるようになったとしたら、長期的に見てそれは独立支持派に有利に働くだろう。
またスタージョンのリーダーシップとスコットランド政府の対応が有権者にスコットランド独立後の姿を想像させたとするなら、「独立してもやっていけそうだ」と有権者に考えさせたとしたら、独立支持増加の傾向は今後も続く可能性は高い。
コロナ禍はスコットランド独立の、そして連合王国UK解体の長い過程の始まりなのか。今後も注視する必要がありそうだ。
(2)https://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-53155905
(4)この点については拙稿「イギリスのEU離脱とスコットランド」を参照。https://synodos.jp/international/17389
プロフィール
久保山尚
英国最大規模のビジネス利益団体で政策研究、ロビー活動等に従事。早稲田大学文学部卒業、早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了、同博士課程単位取得退学、エディンバラ大学人文社会科学部歴史学専攻博士課程修了(PhD, Scottish History)。早稲田大学、エディンバラ大学非常勤講師、シンクタンクでの政策研究インターン、英国中小企業連盟政策研究部を経、現職。https://twitter.com/HisashiKuboyama