2016.06.28

イギリスのEU離脱とスコットランド――独立への茨の道

久保山尚 スコットランド史、スコットランド政策研究

国際 #英国#EU離脱#スコットランド独立

はじめに

UKでは6月23日にEU離脱をめぐる住民投票が行われ、離脱派が52%の票を集めて勝利した。UK北部のスコットランドでは離脱派が38%、残留派が62%と、EU残留への支持が強く、離脱を支持したイングランドとウェールズとのEUへの姿勢の違いが顕著に現れた。

これを受けスコットランド首相のニコラ・スタージョンは、EU支持を表明したスコットランド人の意思を尊重し、スコットランドをEU内に留めることに全力を注ぐと公言した。またEU加盟は独立国であることが条件であるため、スタージョンはスコットランド独立を問う住民投票の開催を示唆し、それに向けた法整備等の準備を始めるよう閣僚に指示した。

UKのEU離脱という政治的衝撃により、スコットランドのUKからの独立、すなわちUK解体が現実味を帯びてきている。

しかし、EU残留を目的とするスコットランドのUKからの独立は、考えられている以上に複雑かつ政治的ハードルが高く、経済的にも相当なリスクを伴う。日本語メディアではこうした点が十分に紹介されていないので、本稿では現地での報道、調査研究等を基にして簡潔に論じようと思う。

スコットランドとヨーロッパと移民―なぜスコットランドはEU残留を支持したか

イングランドではロンドンといくつかの都市部を除いてEU離脱派が勝った一方で、スコットランドでは32の選挙区(地方自治体)すべてでEU残留票が過半数を占めた。EU残留票は首都のエジンバラでは74%にのぼり、EU支持の強さを示した。いったいなぜスコットランドは親ヨーロッパ的なのだろうか?

スコットランドとヨーロッパの文化的、歴史的結びつきは深く、中世にはイングランドと対抗するためにフランスと同盟を結び、また軍事や北海・バルト海貿易を通じて数多くのスコットランド人が現在のノルウェー、ポーランドなどに居住していた。現在では経済的関係が強固で、スコットランドの海外向け輸出の約半分がEU向け、またスコットランドに存在する2000以上の外国企業の実に40%がEUの企業である(注1)。

(注1)http://europesworld.org/2015/07/07/scotlands-unambiguously-pro-eu-stance/#.V27d2vkrJpg

さらにUKとEUの関係を難しいものにした移民に関しても、UK全体の人口に対するEUからの移民の割合が5%なのに対し、スコットランドでは2.5%と低いこともあり、スコットランドで政治的緊張を引き起こすことはない(注2)。これは必ずしもスコットランド人が移民に対してイングランド人より慣用であるとか、人種差別や人種的偏見の程度が低いというわけではない(注3)。

(注2)http://www.migrationwatchuk.org/briefing-paper/385

(注3)http://www.bsa.natcen.ac.uk/media/38108/immigration-bsa31.pdf

 

一方スコットランドにおける移民の総数は比較的少ないものの、2001年から2011年にかけての移民の増加率は93%で、イングランド(61%)やウェールズ(82%)に比べてかなり高い(注4)。にも関わらず、スコットランドでEU離脱と移民制限を党是に掲げるUKIPへの支持は非常に低い。

(注4)http://www.migrationobservatory.ox.ac.uk/press-releases/changes-migrant-population-scotland-2001-2011

この背景には、スコットランドで根強い「スコットランドは他者に寛容で、包括的な社会である」という自意識がある。スコットランドに住んでいると、「この国ではよそから来た人を歓待してもてなすのが伝統なんだ。これはハイランドの伝統でもある」という話を聞くことがある。根拠のない俗信に過ぎないが、スコットランドには自分たちをそういった寛容で暖かい国民として考えたい、という願望が根強くある。

この願望を政治的に汲み取ったのがSNPである。自らを進歩的な中道左派政党として位置づけたいSNP(注5)は、この伝統的寛容性、包括性を政策に反映させ、スコットランドに移民は不可欠で、移民による経済的、社会的、文化的貢献を歓迎する、という政策目標を掲げた。他の中道左派政党の労働党、自由民主党、緑の党も同様のより寛容な移民政策を支持している。実際スコットランドはシリアからの難民受け入れに積極的であり、UKに到着したシリア難民の実に40%を引き受けている(注6)。

(注5)この点についてはhttps://synodos.jp/international/14211を参照。

(注6)http://www.scotlandwelcomesrefugees.scot/latest-news/2016/may-2016/scotland-has-taken-in-more-than-a-third-of-all-uks-syrian-refugees/

2015年9月にグラスゴーで行われた難民を歓迎する集会
2015年9月にグラスゴーで行われた難民を歓迎する集会

このようにスコットランドは政治的には親ヨーロッパ、親移民が支配的であり、EUに否定的で移民を制限することが最大の目標であるEU離脱派が支持を広げることはなかった。社会の寛容さと包括性を重視する多くのスコットランド人にとって、人種差別すれすれの発言を繰り返すUKIPのファラージ党首をリーダーの一人とする離脱派を支持することは考えられなかったのである。

SNP党首スタージョンの慎重姿勢

あまり日本では報道されなかったようだが、EU住民投票前の今年5月にスコットランド議会の選挙が行われた。SNPは2011年から維持していた単独過半数を達成できなかったものの、129議席中63議席を勝ち取り第一党となり、現在は少数政権を組んでいる。選挙の際にSNPは、「EU住民投票で、スコットランドが意に反してEU離脱を余儀なくされる等の重大な変化」が起こった場合、独立を目指す住民投票が開催されるべきである、と公約した。その状況がまさに生じたわけである。

興味深いのは、なぜSNPが独立の住民投票開催を条件なしで公約しなかったか、である。その背後にはスタージョン党首の慎重な政治姿勢がある。

2014年9月の住民投票後に党首に就任したスタージョンは、前任者のアレックス・サモンドと異なり、イデオロギー的にはより進歩主義的で、政策の進め方はよりコンセンサスと協調性を重視する。発言も派手なレトリックや新聞の見出しを飾りやすいフレーズではなく、常識に富んだ理性的な言葉遣いを好む。柔和な人柄も手伝ってか、サモンドよりも万人受けするタイプの政治家で、就任以来高い人気を誇っている。

そのスタージョンにとって、二度目の独立住民投票は最大の政治課題であり続けた。一度目の住民投票以降、敗北した独立賛成派は2015年のUK議会選挙、2016年のスコットランド議会選挙でSNPを支持し、SNPは両選挙で最大の議席数を獲得した。SNPの躍進が続く中、党是であるスコットランド独立をどうするのか、次の住民投票はいつ開催するのか、という問いが常についてまわった。

一方で、一度目の住民投票を「人生で一度きりのチャンス」と公言して戦ったスタージョンは、やすやすと二度目を約束するわけにはいかなかった。しかも二度目を開催して敗れた場合、スコットランド独立が今後数十年間不可能になるという危険もあった。

そのため、二度目の住民投票は絶対に勝てる状況下でのみ開催する必要があった。したがって開催には、有権者の大多数(6割以上)が支持するという確固たる証拠、あるいは2014年の住民投票の結果が出た状況を覆すような重大な変化、という条件が付け加えられたのである。

一度目の住民投票で過半数を超える有権者が独立に反対した理由のひとつに、独立スコットランドのEU加盟の不確定さという要因があった。スコットランド独立はEU残留を保証するものではなく、むしろEU離脱という大きなリスクをはらんだもの、と考えられたのである。多くの有権者がEU残留を望んで独立に反対したことを考えると、今回のEU離脱が二度目の住民投票を正当化する「重大な変化」とされたのは当然なことであった。

EU離脱のインパクト

6月24日未明にUKのEU離脱が明らかになって以来、インターネット上で独立反対派がこぞって賛成を表明する、という件が多く報告されている。SNPの党員数も24日のうちに1500人増加したとされ、また最新の世論調査では独立賛成が過半数を超え、中には6割に上るなど、スコットランド独立の気運が俄かに高まりつつある。

独立支持の増加を報じる6月26日付のSunday Post
独立支持の増加を報じる6月26日付のSunday Post

一方スタージョン首相は、スコットランドのEU残留票を尊重し、スコットランドがEUに残留するために全力を尽くすこと、そして「重大な変化」を受け、スコットランドのUKからの独立を問う二度目の住民投票の開催を示唆し、それに向けた準備を行うように政府と閣僚に通達した。

それでは今後、何が起こり、どのような影響がありうるのだろうか。以下では、UKのEU離脱、スコットランド独立の住民投票と独立、そしてスコットランドのEU加盟の複雑さをそれぞれ概観する。

UKのEU離脱

一般的に予期されているのが、キャメロン首相が2016年10月に辞任し、新しく就任する首相がEUリスボン条約第50条を発動させ、UKのEU離脱を遂行するというものである。離脱過程の終了には2年かかるとされ、上記のようにことが進むと、離脱は2018年末までに完了する。しかしEU首脳の中には第50条の発動を10月まで待つ必要はなく、UKの離脱を速やかに終わらせるべきという主張もある。

一方、今回の住民投票は法的拘束力がないため、そもそもEU離脱を実現させるのではなく、結果を交渉材料として使い、UKがEUに留まったまま移民を制限するなどの有利な権利を確保するべき、などの意見もある。さらには法的には、スコットランド議会がUKのEU離脱を妨げることも可能であることが指摘されている。いずれにしても、UK政府からはいまだに今後の計画等は示されておらず、事態は非常に流動的である。

独立とEU加盟-「外」からか、「内」からか

UKのEU離脱手続きが開始すると、スコットランド政府はEU残留確保のため、独立に向けた住民投票開催を目指すことになる。しかし問題は、住民投票を法的に有効なものにするためにはUK政府の同意が必要な点である。

UK・スコットランド両政府間で交渉は公には始まっていないため現時点では未知数だが、UK政府が住民投票開催を認めない可能性がないわけではない。またUK政府が住民投票の結果を法的に有効にするにあたり、一定の投票率以上、一定の得票以上、といった条件をつける可能性もある。

仮にUK政府が第二の住民投票の開催を認め法的に有効と同意し、住民投票が開催され、独立支持派が勝ち、スコットランドのEU加盟交渉が始まるとしよう。基本的にEUは独立国家でないと加盟できないため、UKからの独立が前提となるが、独立の際に自動的にEUからも離脱することになり、新生国家としてEUの「外」から加盟申請をすることになる。現在EUに加盟申請をしている国は5カ国あるが、それらを尻目にスコットランドが特別な待遇を受けて、速やかにEU加盟が実現するだろうか? 少なくともEUからしてもスコットランドを特別扱いする理由は特にない(注7)。

(注7)しかし政治状況の変化により、EUは現在スコットランドの加盟を支援する可能性が高いという意見もある。http://eulawanalysis.blogspot.co.uk/ またEUはスコットランドを歓迎し、加盟を迅速に済ませるべきだという発言もEU首脳周辺から出始めた。http://www.reuters.com/article/us-britain-eu-scotland-germany-idUSKCN0ZC0QT

この「外」から加盟するシナリオが現実になった場合、その間スコットランドはUKとEUの外側に存在することになり、政治的不安定さに起因する、海外からの投資の停滞や国内の経済活動の落ち込みなどにより、国民経済が大打撃を受けるだろう。

さらにスコットランド独立からEU加盟の間にどういった通貨を使うのか、という問題も未解決である。UKがポンドを公式に共有する理由はなく、またEU新加盟国家は現在では条件が整い次第ユーロの導入を義務付けられているため、独立スコットランドの通貨はユーロになる可能性が高いが、それまでの移行の過程は単純ではない。

一方、スコットランド政府はEUと交渉し、UKから独立する際にEU残留を法的に保証するような条約あるいは合意の達成が可能かどうか探っている(注8)。こうして加盟国としてEU「内」で独立を達成するシナリオが実現すれば、政治的不安定期間を短縮でき、したがって経済的打撃も抑えられる可能性はある。しかしこうした前例は今までないため、可能か不可能かを含めすべてが未知数である(注9)。

(注8)EU側からスタージョンへの打診もあったようだ。元ベルギー首相、現在ヨーロッパ自由民主同盟代表ヒー・フェルホフスタットのツイートを参照。

https://twitter.com/GuyVerhofstadt/status/746302049927708672

こうした打診を公の場で行うことの意味は大きい。

(注9)1985年にグリーンランドがEU加盟国デンマーク領でありながらもEUから離脱した際には、デンマーク内のどの地域がEU内となるのかを条約により変更させた。このようにEUは個別の状況に応じて柔軟な対応をとることも可能である。

https://www.pressandjournal.co.uk/fp/news/politics/holyrood/831457/exclusive-scotland-could-remain-in-the-eu-even-if-the-rest-of-the-uk-were-to-vote-to-leave/

またスコットランドのEU「内」での独立を可能とするFriends of Europeの研究報告も参照。

http://www.friendsofeurope.org/media/uploads/2016/01/FoE-FE-discussion-paper-Scotland-and-Brexit-3.pdf

また、より大きな問題として、残された時間の少なさがある。UKのEU離脱に2年かかるとして、その間にUKからの独立、EU残留、通貨、通商貿易、出入国管理等すべてを交渉し法的に整理するのは、内務省や外務省などの関連省庁を持たないスコットランドにとって至難の業といってよい。

さらにいずれかのシナリオで国家として独立し、EUに加盟したとしても、スコットランド最大の通商相手であるイングランドはEU外になるため、越境しての経済活動が影響を受けるだけではなく、税制・規制の違い、出入国管理等、困難な問題が山積みになることが予想される。

経済リスクと政治リスク

つまり、UKがEUから離脱し、スコットランドが独立すると仮定すると、EU加盟がいかにすばやく円滑に達成されるか、が重要となる。それが早ければ早いほど政治的混乱に起因する経済の停滞も軽減できるが、長引くとダメージは大きく、恐慌を引き起こしかねない。スタージョン首相としては、可能であれば独立スコットランドのEU加盟の確約を得たあと、住民投票を開催したいだろう。

とはいえ、さらにEU加盟が円滑に行われたとしても、EUによる財政コントロール、新通貨ユーロの導入による混乱、そして最大の市場イングランドとの経済活動の停滞により、少なくとも短期的には独立スコットランド経済の先行きは困難に満ちたものになると予想される。一方、仮にスコットランドがUKに留まれば、最低でもこうした経済的リスクを回避することができるため、国民生活への影響は軽減されるはずである。

スコットランドの将来は、有権者がこういった経済リスクと、EU離脱派が勝利し右派が政治を支配しつつあるUKに留まる政治リスクとのどちらをとるかにかかっている。EU住民投票後の世論調査では独立支持が増加しており、有権者は前者のリスクをとることに傾いているようだ。

EU離脱の心理的ショックと独立支持

すでに述べたように、統計的に見てスコットランド人の移民に対する態度はイングランドとさほど変わりないが、政治的には親ヨーロッパ、親移民というナラティブが支配的で、この国は移民を必要とし、移民を受け入れ、移民を歓迎する、という政治的コンセンサスが存在する(注10)。こうした移民への寛容な姿勢は、進歩主義的社会民主主義、そして市民主義的・包括主義的ナショナリズムを掲げるSNPの台頭にともない形作られてきた、スコットランド人の自意識の重要な一部となっている。

(注10)スコットランドにもScottish Defence Leagueなど、反移民の人種差別主義ファシスト集団は存在する。また極右団体Britain Firstの創始者Jim Dowsonはグラスゴー近郊の出身である。スコットランド西部-南西部にはこうした土壌があり、その支持基盤はサッカーのレンジャーズのファンの一部などが中心である。

2014年の独立住民投票、2015年のUK総選挙、そして2016年のスコットランド議会選挙を通じ、スコットランドの有権者は国のあり方について議論し、想像力を膨らませてきた。その中で生み出されてきたのが進歩主義的で、寛容で、包括的なスコットランドというイメージであり、現実には違うとしても、社会としてそのようにありたい、という願望であった。

それだけに、イングランドの有権者が移民制限を掲げ、右翼政党UKIPの率いるEU離脱派を支持したことは、スコットランドで非常に大きな心理的ショックを持って受け止められた。進歩主義的で寛容で包括的なスコットランドという自意識を持つ大多数の有権者にとって、EU離脱派はあまりに異質で、単純に受け入れることが不可能なのだ。予想される経済的リスクに関わらず独立支持が増えていることを理解する鍵は、こうした有権者の心理状態にあると思われる。

UKのEU離脱という予期せぬ事態は、スコットランドの有権者に大きなショックを与え、彼らはいまEU残留を前提とした独立賛成になびいている。その選択は経済的なギャンブルではなく、イングランドで台頭する不寛容で反動的な政治に対する直感的な拒否感に基づいていると言ってよいだろう。

スタージョン首相はUKのEU離脱、スコットランド独立とEU加盟と言う複雑かつ不確定要素に満ちた出来事の連鎖に対処し、EU残留という国民の希望をかなえることができるだろうか。あるいはUKとEUという巨大な政体の力学に翻弄され、国民の希望を政治的混沌の中に霧散させてしまうだろうか。全世界がその手腕に注目している。

プロフィール

久保山尚スコットランド史、スコットランド政策研究

英国最大規模のビジネス利益団体で政策研究、ロビー活動等に従事。早稲田大学文学部卒業、早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了、同博士課程単位取得退学、エディンバラ大学人文社会科学部歴史学専攻博士課程修了(PhD, Scottish History)。早稲田大学、エディンバラ大学非常勤講師、シンクタンクでの政策研究インターン、英国中小企業連盟政策研究部を経、現職。https://twitter.com/HisashiKuboyama

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