ロシア空港テロ事件 ―― その背後にあるもの

2011年1月24日午後4時半(日本時間同10時半)過ぎ、ロシアの首都モスクワ近郊のロシア最大規模の国際空港(日本航空を含む外国の航空会社36社、ロシアの29社、ロシアを除く独立国家共同体(CIS)の12社の計77社が乗り入れている)であるドモジェドボ空港で爆発が起き、35人が死亡(うち、少なくとも7人が外国人とされる)、約180人が負傷した。

 

爆発は、空港の出口付近の出迎え客も多く集まる場所で発生し、爆発物には金属片が多数組み込まれ、殺傷能力が強化されていた。状況から、爆発はすぐに自爆テロと断定された。

 

 

空港管理体制の甘さ

 

テロが起きたドモジェドボ空港は、筆者にとっては強い印象をもつ空港だ。数年前の出張の際に同空港で搭乗しようとした際に、警報が激しく鳴り、拘束された経験があるからだ。搭乗するはずだったフライトには乗れなくなり、預けていたトランクも回収され、文字通り厳しい身体検査と尋問を受けたが、警報の原因は、その2週間ほど前に受けていたアイソトープの検査だったことが判明した。つまり、体内に残っていた微量の放射線物質が反応していたのである。

 

その出張で、筆者は、数ヶ国の飛行場を利用したが、他の空港ではまったく問題がなかったため、ドモジェドボ空港のセキュリティチェックは非常に厳しいという印象をもっていたのである(詳細は、拙著『強権と不安の超大国・ロシア 旧ソ連諸国から見た「光と影」 (光文社新書)』を参照されたい)。

 

しかし、基本のシステムがしっかりしていても、ドモジェドボ空港の管理体制はきわめてずさんであった。

 

じつは、ドモジェドボ空港は2004年にもテロの原因をつくっていた。そのテロでは、シベリア航空が自爆テロにより、爆発・墜落して、乗員乗客90人が犠牲となったが、その際、墜落したシベリア航空の地上職員が、賄賂を受け取って、自爆犯の搭乗便を変更し、手荷物検査などを受けずに墜落機に乗り込めるように手を貸していたのである。

 

さらに、昨年末に、同空港は氷雨により停電し、航空便の発着が滞って、大混乱に陥ったが、その際にも空港当局が乗客への情報提供などで適切に対応しなかったことが知られている。

 

今回のテロは、出迎え客が待つ国際線の到着ロビー付近で起きたが、その辺りには、チェックなしで誰でも出入りできる。犯人は出迎え客を装っていたとみられ、空港の管理の甘さを突かれたかたちだ。

 

メドヴェージェフ大統領も同空港のチェック体制を「無秩序」の状態だったと強く非難しており、警察の仕事ぶりについても消極的だと批判した。そして、空港のテロ対策を強化するよう治安機関幹部を叱咤し、犯人逮捕に全力を尽くし、抵抗する者は殺害するよう治安当局に命じた。

 

また、大統領は、内務省幹部を解任し、ヌルガリエフ内相に対し警察の運輸担当部署を「たたき起こせ」と命じる一方、内相も、同空港の警備を統括する幹部3人を更迭したと報告した。プーチン首相も26日、「世界で尊敬される国であればテロリストとは交渉しない」と強調し、テロ組織の掃討作戦強化など厳しい姿勢で臨むことを明らかにした。

 

 

ロシア当局の打撃

 

今回のテロでロシア当局が受けた打撃はきわめて大きい。

 

2012年に極東ウラジオストクで開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議、14年にソチ冬季五輪、18年にはサッカーのワールドカップ(W杯)など、大きな国際イベント開催が数多く予定されており、多くの観光客も見込んでいるロシアにとって、「安定」イメージはきわめて重要である。

 

だが、ロシアの最大規模の国際空港でのテロの発生により、ロシア当局の「国家の玄関すら守れない」無力さが露呈されただけでなく、ロシアは危険なところだという印象を国際的に植えつけてしまった。

 

さらに、メドヴェージェフ大統領は、スイスのダボスで26日に開幕する「世界経済フォーラム」第41回年次総会(ダボス会議)で、本来は25~27日までダボスに滞在することを予定していたが、26日の開幕日だけの訪問に切り替え、同日に基調演説を行うように予定を変更した。国際舞台での面子も潰されたかたちだ。

 

経済的なダメージも大きい。空港テロの後、ロシアの資本がかなり逃避したし、テロが発生したのは、メドヴェージェフ大統領がダボス会議で世界にロシアを売り込もうとしていた直前だったからである。政権は、外国投資をより多く呼び込み、ロシアを世界の金融センターにすることに躍起になってきたが、そのようなモスクワの計画をつぶすことも、イスラーム武装勢力の新たな戦術のひとつになったという見方もある。

 

このように、当局が受けた打撃は大きいが、2012年の大統領選挙を見据えて「ロシアの安定を守るリーダー」という立場を強化したいメドヴェージェフは、「北コーカサスの封じ込めすらできない」というイメージをもたれるようになり、とくに大きなダメージを受けたといえよう。

 

 

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