日本向け衣料品生産を支えるバングラデシュ人女性工員たち

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熟練女性工員の生い立ち

 

彼女が指定する場所に到着し彼女の携帯に電話すると、すぐに歩いて出迎えにきた。外国人が本当に自分の家に来るとは思っていなかったのか、驚いた様子であった。が、同時に嬉しそうでもあった。彼女の家は、ダッカ市内のなかでも、一般家庭が居住する地域にある。路地裏の狭い5階建てほどの古いアパートの一室だ。台所、風呂場、トイレは共有で、部屋にはベッドが一つ置かれている他には、大きな家具などはない。

 

バングラデシュでは、未婚の若年女性が実家家族や、親戚などから切り離されて住むことは困難である。だが、彼女は近くに妹が住んでいるにも関わらず、同じ年齢の女友達二人とともに暮らしている。周辺は縫製工場で囲まれており、友人たちも工場は異なるが彼女と同じく女性工員だ。

 

彼女の出身地はチャンドプール県といい、ダッカの南東に位置する港町として知られる。彼女には、5人の妹と2人の弟がいる。父親は農民で、母親は家におり、家庭は非常に貧しかった。彼女は小学校二年生までしか学校教育を受けていない。10歳の時にダッカに住む叔母の家に預けられた。叔母の夫はダッカで運転手をしていたので、彼女の実家よりは金銭的に余裕があった。

 

10歳の彼女には働く場所はなく、3~4年は叔母の家で家事手伝いをした。15歳になった時、縫製工場で働き始めた。工場で仕事をするまでミシンに触れたことは一度もなく、最初の1年間は縫製工員の補助役として糸きり作業を担った。その後は、縫製工員として働いている。現在の工場も含めて、これまでに5つの工場で働いた経験をもつ。今は少し遠いが、月収の高さを理由になんとか辞めずにいる。

 

彼女の生い立ちは、決して例外的な事例ではない。他の女性工員と共通する点が多い。しかし、なぜか彼女は、同じ工場の若い女性工員と異なり、実家への帰省頻度は少ない。1年に一度帰省できればよいという。さらに彼女は送金をする余裕もないといい、月々の実家への送金もしていない。現在、実家には両親と妹が三人、弟が二人いるという。

 

彼女が一体どこから来て、どのような家庭で育ってきたのか。「あなたの実家にいってみたいのだけれど…どう?」と尋ねると、「母が喜ぶからぜひ来て」といい、彼女は喜んだ。ダッカから車で片道4時間、日帰りでも行けないことはない。翌週の日曜日、彼女と一緒に彼女の故郷を訪ねることになった。

 

 

熟練女性工員の故郷を訪ねて

 

片道4時間の長旅であるため、一日運転手つきの車を借りることにした。彼女を乗せた車がわたしの滞在先に到着したのは、朝7時であった。ふと、助手席に座っていた彼女を見ると、緑と白の綺麗な現地衣装を身にまとい、しっかりと髪を結い、化粧をして、新しい鞄を持っていた。いつも工場で見ている彼女とはまるで別人のようであった。市内を過ぎたころから、彼女は父親や親戚、男友だちと携帯電話で長電話をするのだった。

 

車を走らせて4時間ほどで、彼女が言うようにチャンドプール県に入った。しかし、ここからが悲惨だった。彼女の実家は、さらに車で1時間ほどの奥地だった。運転手も不慣れな場所であるために、余計に時間がかかる。こちらから言い出したとはいえ、あまりに時間がかかるため、無言になった。彼女も後ろを振り返ることもなく、無言だった。正午は過ぎていたが、とにかく車を走らせた。今日中にダッカに戻ってこなければならない。明日は彼女もわたしも工場に行くことになっているからだ。

 

ようやく彼女が見覚えのある地域にたどり着いたとき、午後1時を回っていた。当然、この近くに彼女の実家はあるのだろうと思っていた。が、それも甘かった。突然、彼女が「ここから30分ほど歩く。」と言い出すのだ。もう耐えきれず、思わず「車があるから、車で行けばいいじゃない。」というと、彼女は「道が狭すぎて、車が通らないから無理。」と言い返す。「それなら、人力車を使えばいいじゃない。」というと、彼女は「とにかく歩かないとダメなの。」と言い張る。

 

お互い疲れ切っている上に、時間だけがかかる現実を前に、苛立ってくる。とにかく、彼女の言うままに二人で彼女の実家に向かった。このときは、まさか歩くのに、これだけ大変かとは思いもしなかった。

 

車から降りて、狭い歩道を5分ほど歩くと、目の前に広がったのは、家も店も人も何もない、草原だった。しかも5月下旬は雨季に入った時期で、途中から足首までつかるほどに浸水していた。靴を脱ぎ、ズボンの裾を膝までまくりあげ、素足でずぶずぶと浸かる水の中を歩く。悲鳴を上げながら、途中で「どこまで行くのよ。もう帰る。」というわたしの声になど耳を傾けることもなく、彼女はずんずん進んでいく。

 

彼女の家は一体どこにあるのか、まったく見当がつかない。彼女は出迎えに来るといった父親に携帯電話で自分の居場所を伝えるのに、必死だった。なんとか外国人の友人を自分の家に招きたかった。

 

歩くこと40分。二人とも服は濡れ、ズボンの裾は汚れていた。すると、こちらへ向かって走ってくる少女がいた。彼女の妹だった。その後ろには彼女の父親がいた。姉の帰りを待ちわびたように、妹は彼女の周りを飛び跳ねながら、話しかける。彼女の実家に到着したときは、午後2時を回っていた。小さな集落の中の藁とトタンでできた小さな家が彼女の実家だ。母親とまだ幼児の弟たちが彼女の帰りを待っていた。

 

昼食を食べていないことを知った母親は、ご飯と卵のカレーを盛ってくれた。質素な食事に驚いた。だが、よく考えれば周りには店は何もなく、家族にとって米と卵は貴重な食材だった。出迎えてきた10歳ほどの妹は、綺麗なバッグをもつ姉をあこがれるようにみる。両親に彼女がダッカの工場で勤めていることをどう思うか尋ねた。娘を前にして恥ずかしそうにしながらも、どこか娘を誇りに思っているようにも感じられた。1時間ほどして、彼女はさほど名残惜しそうな様子を見せることもなく、家を後にした。

 

 

バングラデシュの女性工員たちの未来

 

翌朝、工場に行くと、見慣れた服を着た彼女の姿があった。昨日の出来事についてお互い話はしなかった。彼女は黙々と日本に向けて出荷されるパンツを縫製していた。

 

マジェダを含む多くの貧しい農村家庭出身の若い女性たちにとって、縫製工場での就労は、月々の収入を得ることができるという点で大きな意味を持つ。それは都市に娘を働きに出す家族にとっても、娘たちが工場で働き、収入の一部を送金してくれることは貴重な収入源だ。実際に多くの未婚の若い女性は、毎月実家への送金を欠かさない。既婚女性となれば、実家への送金は夫実家への送金として転向する。彼女たちは、工場で働いて得た収入を、自分自身のために使うことはほとんどない。

 

しかし、マジェダは違う。彼女の収入は他の女性工員に比べて高いにも関わらず、実家への送金はしていない。近くに住む妹ではなく、同じく縫製工員である友人と三人で生活する。自分の携帯電話を所有し、誰にも文句を言われることなく、好きな長電話を楽しむ。彼女にとって縫製工場で働くことは、他の誰のためでもなく、彼女自身がよりよく生きていくための重要な意味を持っている。マジェダはすでにバングラデシュの伝統的な規範に抵触するはざまで、生きているのである。そして、今後も彼女はきっとそうしながら生き続けるのだろう。

 

(本記事は「女たちの21世紀」No.63 http://ajwrc.org/jp/modules/myalbum/photo.php?lid=168&cid=1 からの転載です)

 

 

 

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