多宗教世界インドの怪談――暴力と姦通と名誉殺人

怪談2 切り落とされた腕を探す妻

 

ハンターという英国人財務官僚がマドラス管区にある町に異動になった(*9)。彼は家を探す間寝泊まりしていたクラブで幽霊屋敷の話を聞く。幽霊はヨーロッパ人の女性で、「私についてくるように」と語りかけるのだが、いままでついて行った者はだれもいない。以前住んでいた人は恐怖から死んでしまったという。しかし、その屋敷の夜警によると、幽霊が現れるのは9月21日だけなので、その日だけ家をあけておけばなにも問題ないのだという。

 

ハンターは年金を配分する仕事をしていたので、この土地に長く住んでいる英国人を訪問したとき幽霊屋敷にまつわる話を聞くことができた。

 

50年ほど前(大反乱の直後、1860年頃)、この家には英国人夫婦が住んでいた。妻は同じ町に住む大尉を好きになり、夫の目を盗んでときどき会っていたという。ある年の9月21日のこと、夫が予定より早く出張から帰宅すると、妻は大尉の腕に抱かれていた。逆上した夫は二人を肉切り包丁で殺そうとした。大尉はうまくかわしたが、妻は部屋の片隅にまで追いつめられ、夫がふりまわす包丁で腕が切断されて出血多量で死んでしまう。その後、夫は逮捕されるが、気がふれていると診断されて精神病院に送られる。妻の遺体は近くの墓地に埋められるが、夫が切り落とした腕は結局見つけられないままだったという。

 

ハンターが決意を固めこの屋敷に泊まったところ、やはり9月21日の夜に白人女性が現れた。

 

 

午前1時食堂の方から彼のいる寝室に足音が近づいてくるのが聞こえた。……ついに彼女がやってきた。ふわっとした白い寝間着姿の英国人女性だ。ハンター氏は息苦しくなるが座ったまま動くこともできなかった。彼女は彼の方を1分ほど見つめてから、ついてくるようにと手招きをした。そのときはじめて彼女の片手がないことに気づいた(*10)。

 

 

彼女はハンターを外に導き、途中で鍬をもつようにと指示した。庭の中をかなり歩いたところで、幽霊が足で地面を数回たたいて合図をしたので、ハンターはそこを鍬で掘り始めた。50センチも掘り、固いものに鍬の先があたったとたん幽霊は消えてしまった。さらに掘り進めると、腕の骨が見つかった。彼は骨を集めると、墓地にもっていって夜警を起こし、殺害された女性の墓に埋めてやったのである。

 

翌年の9月21日、ハンターは夜中まで起きていたが、もう幽霊は現れなかった。

 

この怪談の縁起は、浮気現場を見つけられた妻が夫に殺されてしまうというできごとである。幽霊が出てくるのは、そのとき切断された片腕を探してのことであった。彼女は片腕を見つけてほしいのだが、だれも怖くて彼女の願いに気づいてやれない。しかし、ハンターが勇気をもって幽霊の後についていって、片腕を見つけ、墓地に埋めることで怪談は完結する。彼女の腕は、第一番目の怪談における赤ん坊に対応する。しかし、第一の怪談と異なり、幽霊をこの世に執着させているものは幽霊出現譚で見つけ出され、物語はすっきりした形で終わる。

 

最後にインドらしい怪談を紹介したい。

 

(*9)Indian Ghost Stories, pp.15-17.

 

(*10)Indian Ghost Stories, p.16.

 

 

怪談3 赤ん坊にキスしてください。

 

あるインド人男性が、幽霊の正体をつかもうとして、幽霊屋敷に泊まることにした(*11)。午前1時半を過ぎた頃、隣の部屋から苦痛でうめくような声が聞こえてきた。ピストルをもって隣の部屋に行ってみたがなにも見当たらない。すると、いま出てきたばかりの部屋で同じような声が聞こえる。戻ってみて自分の目を疑った。いつのまにか若い女性が椅子に座っていたからだ。彼女は美しいが、苦痛の表情を浮かべていた。

 

 

「あなたは、どうして私がここにいるのかと不思議でしょう。私は父親に殺されたのです。私は寡婦で、父の所有するこの屋敷に住んでいましたが、あるとき妊娠してしまいました。これを知った父は、名誉を守るために、あと1週間で生まれてくる子どもと一緒に私を毒殺したのです。こんな美しい子どもを殺したのですよ。あなたはこの子にキスしてくれませんか?」なんとも恐ろしいことに、彼女は子宮から胎児を取り出し、その子を抱きかかえて私の方に近づいてきた。私は叫ぼうとしたかどうかさえ分からない。気絶してしまったからだ(*12)。

 

 

それまでにもこの若い女性の幽霊に出会った男性は多かったが、みな彼女が話をする前に気絶してしまっていた。このため、その縁起は不明だったのである。この怪談では、解決は示されていない。幽霊屋敷はそのまま荒れ放題になって、そのうちだれも気にしなくなったと説明がついている。

 

ヒンドゥー社会では高位カーストの女性は再婚を禁じられていたため、年齢に関係なく寡婦が男性と関係をもつことは許されなかった。それが妊娠という形で人々の知られることになると、娘のセクシュアリティの責任者である父親は顔に泥を塗られることになる。名誉回復を願って父親は娘を殺してしまったのである。

 

娘が家族にたいしてもたらす不名誉を取り除くために、父や兄弟が彼女を殺害する「名誉殺人」(honor killing)はいまでも北インドで、年間500件ほど生じていて社会問題になっている(*13)。わたしたちの感覚では、そのような殺され方をした女性はさぞ無念で、幽霊になって出てきても不思議ではないと思われるのだが、北インドではこうした殺人を(司法や警察も含めて)「よし」とする風潮が強い。親のいうことを聞かないような悪い娘は、殺されても仕方がないというわけで、娘の恨みが広く共感されているとは言いがたい。

 

この名誉殺人を幽霊譚にしているのは、赤ん坊(胎児)の存在である。インドでもっとも恐れられているのは、妊娠中あるいは出産時に死んだ女性の亡霊(チュレル)である。赤ん坊を無事に生むことのできなかった無念さは、人々に強い同情と共感を引き起こす。この怪談の幽霊は、若くして父に殺されたという以上に、もうすぐ子どもが生まれてくる状況で殺された――これが出産時の死をも喚起させるゆえに、人々に恐怖をもたらすのだ。このモチーフとなっている名誉殺人や妊娠・出産時の母の死は、インド人にはきわめて現実的な問題であり、はるかに生々しい恐怖を引き起こす物語と思われる。

 

(*11)Indian Ghost Stories, pp.41-42.

 

(*12)Indian Ghost Stories, p.41

 

(*13)名誉殺人について詳しくは田中雅一「名誉殺人――現代インドにおける女性への暴力」『現代インド研究』2号、59-77ページ、2012年を参照。

 

サムネイル「DSC02795 – Babas Sitting in Circle Around CampFire – Kumbh Mela (India)」Loupiote

http://www.flickr.com/photos/loupiote/11462250025/

 

 

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