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さまざまな研究者にそれぞれの専門分野をわかりやすく解説していただく人気コーナー「高校生のための教養入門」。今回は、労働経済学者の近藤絢子氏にインタビューをしてきました。労働経済学が対象にする「労働市場」とは? 経営学や他の経済学との違いとは? 経済学の応用分野ひとつだからこその面白さと、経済学そのものの魅力についてお話いただきました。(聞き手・構成/金子昂)

 

 

「労働市場」を分析する学問

 

―― 最初に先生のご専門である労働経済学がどのような学問なのかお教えください。

 

労働経済学は経済学の応用分野のひとつなので、まずは経済学の話をしないといけないと思います。

 

経済学は、人は自分にとって都合の良い結果が起こるような行動を選択するという仮定に基づいて、さまざまな物事を考える分野です。そして労働経済学はそうした考え方に基づいて、労働に関する領域を分析します。つまり労働経済学は、他の経済学と同じ手法を使って、労働を対象にしている経済学のいち分野なんですね。

 

 

―― 働くことを対象にする分野だと経営学も同じなのかな? と思いました。

 

経営学の中には労使関係論といった分野があって、労働経済学とかなり近いので、はっきりと境界を引くのは難しいんですよね。それに経済学者でも経営学っぽい研究をしている人はたくさんいますし、反対に商学部でも経営学部でも経済学っぽい研究をしている人はいます。だからその疑問を抱くのは当然だと思います。

 

違いをあげるとしたら、労働経済学というより経済学と経営学の違いになりますが、経営学は特定の企業が業績をあげる方法を考える分野で、そのために必要なオペレーションだとか、部署の構成だとかを細かく見る。一方で経済学は、ひとつの企業の視点ではなく、社会全体の最適化を考えるという違いがあると思います。

 

 

―― 労働経済学は、社会全体における労働について考えるということでしょうか?

 

そうですね、もう少し正確にいうと、労働経済学は、働く側の人間と雇う側の企業で構成されている「労働市場」について分析をします。具体的には、人びとのお給料はどのようにして決まっているのか、なぜ失業者が発生してしまうのか、などです。

 

経済学にはミクロ経済学という分野があります。ミクロ経済学では、最初に「完全競争市場」というものを勉強しますが、完全競争市場では失業が発生しないことになっているんですね。というのも、働きたいと思っている人の数と、企業が雇いたいと思っている人数がぴったり釣り合うところまで賃金が上がったり下がったりすると考えられているからなんです。

 

例えば、雇う側が必要としている人数に比べて、働きたいと思っている人が多い場合は、お給料を低くしてもみんな働いてくれますから、企業はお給料を下げる。すると「そんなお給料じゃ働かないよ!」という人がでてきたり、逆に企業はお給料が安くなった分雇う人数を増やしたりして、最終的には失業している人がいなくなる……はずなのに、現実はそうなりません。それはどうしてなんだろう? ということを労働経済学は細かく分析するんです。

 

 

数学が苦手だからやめておこうはもったいないかも?

 

―― 先生が経済学に興味をもったきっかけはなんですか?

 

中学生のときだったと思います。中学校って、英語、数学、国語、社会、理科の5教科にわかれますよね。その中では国語や数学よりも、社会と理科が好きだったんです。だから文系に行くなら文学部じゃなくて経済学部かなって漠然と思っていたんです。まあ子どもなので、文学部と経済学部と法学部しか知らなかったというのもありますが(笑)。

 

中学3年生のときにバブルが崩壊したと言われ始めました。すると私が通っていた塾でアルバイトの先生をしている大学生が就活がつらいって嘆き始めたんですね。そこで「世の中なんでこうなったんだろう?」って疑問を感じはじめました。しかも高校生になると日本の景気はどんどん悪くなっていく。さらに気になるようになっていたような気がします。

 

理科も好きだったので工学系にも興味はあったのですが、高校の先輩たちをみていて理系の学部がとても大変そうだったので、楽しい大学生活を送りたいと思って(笑)、文系の、経済学部を選びました。

 

 

―― 実際に経済学部で勉強をし始めて、「こんなはずじゃなかった!」と思うことはありましたか?

 

なかったかなあ。むしろ「こんなことまでやれるんだ!」と思いました。わたしは勉強してみたらどんどん面白いと思うようになったくちです。

 

よく「経済学は数学を使うから苦手」って話がありますよね。実はわたしは、経済学が数学を使うことを知らずに選んじゃったんです(笑)。しかも数学は苦手で。でも、大学で勉強をはじめたら、世の中の仕組みを数学で記述する面白さがわかるようになってきた。すごく基本的な数学を使って、人の行動や商品の価格が決まる理由がわかる。現実が、数字になって目の前に現れるようになるのが楽しくて。

 

 

―― 数学って苦手な人はとことん苦手ですよね。

 

もちろん大学院まで進んだり、研究者になるためには、難しい数学をちゃんと勉強しないといけません。でも、経済学者の書いたものを読むだけなら、高校生までにならう数学がちゃんとできていれば十分なことが多いんです。

 

だから経済学に興味はあるけど、数学が苦手だからやめておこうかなと思うのはちょっともったいないかもしれません。それは本屋にいって経済学者の本をぱらぱらとめくってみればわかると思います。多くは、数学がわからなくても理解できますから。

 

 

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魅力はイメージがしやすいところ

 

―― 数ある分野の中でも労働経済学に興味を持たれたのには、労働経済学ならではの魅力があったのだと思いますがいかがでしょうか?

 

労働経済学の魅力は、他の分野に比べて、現実にイメージがしやすいところだと思います。例えばマクロ経済学という分野では、GDPや金利などの動きを分析するのですが、これって目に見えないのでイメージがしにくいんですよね。国際経済学も、国同士のことを考えなくちゃいけないので身近な話題とは言えません。

 

でも労働経済学の場合、すごく噛み砕いて考えると、「近所のおじさんが定年退職して再雇用されているけど、昔の人って定年退職したらそのままだったよなあ。なんで変わってきたんだろう?」とか、「今自分がやっているアルバイトの時給がこのくらいなのはなぜだろう?」とか、身近なところまで落として考えることができる。その分、とっつきやすいんです。

 

 

―― 労働経済学は応用分野とのことですが、専門的になればなるほど、その面白さは伝わりにくいように思います。

 

学部で勉強するような経済学の基本も、専門的な話もどちらもそれぞれに面白さがあります。ただ、いま思うと生意気なんですけど、学部生のころは抽象的なことばかり勉強させられるので「こんなの机上の空論でしょ」って思っていたんですね。だから専門的になればなるほど現実社会との繋がりが見えてきて面白いと思うようになりました。

 

最初にお話しましたが、学部のレベルだと、労働を供給する側(働きたい人たち)と労働を需要する側(雇いたい人たち)が一致するように賃金が決まる完全競争市場という勉強をします。でも、なんらかの理由で失業が発生してしまう。この「何らかの理由」に学部のレベルだと深くは踏み込まないんですね。

 

でも専門的な勉強を少しずつ進めていくと、その理由に踏み込んでいけるようになります。失業が発生してしまうのは、職探しをしている人は、世の中にあるすべての求人をみることはできないし、企業もその人がどれだけ働ける人間かわからない。その探り合いに時間がかかるから、とか。いままで工場で働いていた人が、いきなり不動産の営業をできるようになるわけじゃないから、とか。いろいろな理由が具体的にでてきて「そうだったのか!」と思えるんです。【次ページにつづく】

 

 

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vol.266 

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