異なる文化を学び、自分の社会を知る――人類学とはどのような学問なのか

遠く離れた地を知ることで、自分たちの社会が見えてくる――。人類学の魅力はそこに尽きる。フィールドワークを通じ、現地の人々にまざり、解釈を共有することで学ぶ人類学。その歴史、葛藤、そして最先端の調査手法について、ロサンゼルスのイラン人移住者を研究されてきた、龍谷大学の椿原敦子氏に伺った。(聞き手・構成/増田穂)

 

 

遠くの地から知見を得る

 

―先生のご専門は人類学と伺っておりますが、人類学とはどのような学問なのでしょうか?

 

かつて社会学と人類学が未分化だった時代、社会学は国内問題を扱うもの、人類学は国外、とくに植民地統治下の国々を学ぶもの、という大まかな棲み分けがありました。いずれも自分たちの社会が抱える問題を解決するために行う研究で、そのヒントを海外に求めたものが人類学だったと言えるでしょう。

 

初期の人類学は植民地統治と深く結びついていました。なぜなら、植民地の行政官や、布教に渡った宣教師たちの残した記録を、主な資料としていたからです。「安楽椅子の人類学者」と言われますが、欧米にいる白人の研究者たちが間接的に収集した報告書や手紙、資料を通じて、自分と遠く離れた未開社会を知り、人類とは何か、人間の本質とは何か、といった問いの答えを探していたのです。

 

19世紀末のヨーロッパでは、西洋が進んでおり、それ以外が遅れているという考えがありました。つまり、植民地にある未開社会とは、進化論的に人類のもっとも古い地層だと考えられていたのです。その根本の資料を集めることで、人類に関する知見を得ようとした。それが人類学の成り立ちです。

 

 

――異国の地の文化を学ぶことで、自分たちが抱える問題の解決につなげようとした。

 

はい。たとえばマルセル・モースという20世紀前半の人類学者は、メラネシアや北米先住民社会を研究対象にしていました。彼は自国フランス社会の変革を目指す活動家でもありました。モースの代表作『贈与論』の狙いは、現代人の生活においてすら、お金で測られるような損得を超えた贈り物とお返しが、生活の大部分を占めていることを思い起こさせることにありました。

 

社会学が国内で起こっている課題を直接的に扱い、解決策を探るものだとしたら、人類学は遠く離れた地のことを学ぶことで、自分たちの社会を再考する機会を与えてきたのです。

 

 

――問題解決型のアプローチが多かったのですね。

 

そういえると思います。たとえば、人類学者マーガレット・ミードの初期の著書で、1928年に出版された『サモアの思春期』では、サモアの若者の間には、アメリカの若者が抱えるような思春期の葛藤がない、なぜならサモアは性的に非常に開放されているからだ、ということが語られています。

 

このように、彼女はつねにアメリカ社会を意識した研究を行いました。事実、彼女は女性解放運動にも積極的でした。性に関するアメリカ社会が抱える問題は、研究をする上でつねに念頭にあったと思います。今でも自分の抱えている問題と結び付けたフィールドを研究される方は多いですよ。

 

 

「安楽椅子の人類学者」からフィールドワークへ

 

――人類学というとフィールドワーク、という感じがしますが。

 

もちろん今の主流はフィールドワークです。ただ、最初期の人類学は文献に頼る研究が多かったんです。フィールドワークは、20世紀初頭から行われています。このころ活躍した人類学者のブロニスワフ・マリノフスキは、パプアニューギニアなどに実際に赴き研究しました。彼はフィールドワークを行ってエスノグラフィー(民族誌)を書くという方法を確立し、「近代人類学の父」と言われています。

 

マリノフスキはフィールドワークを大変重視していました。行政官や宣教師による報告には、誇張や偏見が含まれているし、文脈を欠いた断片的な情報だと考えたからです。彼は現地社会を理解するためには、実際に出向き、自分で見聞きしなければならないと考えていました。これは今でも見習うべきフィールドワークの姿勢として参照されています。

 

 

――よりバイアスのないかたちで、「未開の地」の文化を学ぼうとしたのですね。

 

はい。とはいっても、先ほど申し上げたように、初期の人類学では植民地が多く研究対象とされました。これは、当時足を運びやすい異国として、植民地先が選ばれがちだったことが関係します。しかし、結果として、当時社会に浸透していた宗主国と植民地の力関係が、研究にも内包されてしまう側面がありました。

 

 

――どういうことでしょうか?

 

こちらにそのような意図がないにせよ、研究という行為を通じて、現地を搾取する行為、相手の不利益になるような行為をしている可能性があるということです。

 

1980年代以降は、人類学でもこうしたポストコロニアル的な思想が広がり、調査の上での立場の違いや現地への影響などを再考する動きが生まれました。それ以降は、調査方法自体をより精緻化させ、よりよいフィールドワークを実現するための試行錯誤が繰り返されています。

 

もっとも、フィールドワークは人類学の専売特許というわけではなく、社会学などの隣接分野でも実践されています。アメリカの都市社会学にシカゴ学派というものがあり、その流れに位置づけられるウィリアム・ホワイトはマリノフスキの影響を受け、フィールドワークを取り入れたそうです。

 

 

――人類学の実践が共有されていっているのですね。

 

はい。ホワイト以前にも都市の社会構造を現地調査によって解明する社会学的研究はありましたが、彼は参与観察とよばれる手法を取り入れ、現地の人々の感覚を体得し、それを記すという方法を取りました。質的調査に人類学の知見が活かされたのです。

 

 

移住者はなぜそこに集まる?

 

――椿原先生はどのようなご研究をされているのですか。

 

イラン出身のロサンゼルス移住者の研究をしています。

 

 

――いわゆる、「移民」の研究ですか?

 

「移民」という言葉は意図的に使っていません。対象としている人々のなかには、移民や難民、亡命者など、多様な肩書の人々がいるからです。定住する人もいますし、中継地として一時的に滞在している人もいます。ですから「移住した人たち」という言い方をしているんです。

 

 

――流動的な人の動きを見てこられたのですね。

 

はい。私の研究は流動性もあって、対象人口や地域が固定されていないので、前提条件を聞かれたときにはとても困りました。昔ながらのフィールドワークでは、対象地域内の全戸を調査して、全世帯把握しますからね。基本が成り立たない研究でした。

 

もちろん統計上は数字があって、ロサンゼルス、南カリフォルニアに住んでいるイラン人は、2世3世を含めて30万人程度と言われています。普通はもっと規模やテーマの絞込みを行うはずですが、あえてそのままで。ですからいちおう、フィールドとしてはそのくらいの人をそのへんの地域でやっています、とお伝えするのですが……。なかなか納得はしてもらえないですね(苦笑)。

 

 

――ご研究のテーマとしては、どのようなものを扱ってらっしゃったのですか。

 

南カリフォルニアって大きいですよね。これだけ広い地域で、イラン移住者たちはどのようなネットワークをつくっているのか、という研究をしていました。

 

具体的には、商業活動や、宗教儀礼などでの人々の関わり方、そしてそうした「場」の立ち上がり方を分析していたんです。さまざまな種類のつながりが多層的に組み合わさることで、多くの人がネットワークを築いています。これだけ大きな地域のなかで、なぜその「場」が人々のつながる場所として成立したのかを調べる、というのがテーマですね。

 

 

――実際にロサンゼルスに行かれてフィールドワークをされた。

 

そうです。ロサンゼルスのなかにイラン系の移住者がよく利用するウエストウッドという一角があります。そこはエスニックタウンでも、生活がそこで完結するような「飛び地」のような地区でもありません。そこで、通算16か月くらいの実地調査を行いました。1~3ケ月くらいのフィールドワークを繰り返した感じですね。

 

面白いんですよ。ロサンゼルスのイラン系移住者、流動的でモビリティが高いという話をしましたよね。そうすると、何か月かして再度調査に行くと、前回お世話になった人がいなかったりして困ったりして(笑)。

 

 

――それは困りますね(笑)。

 

でも、それが興味深いんです。つまり、人は変わるけれど、その場所に集まるんです。ロサンゼルスはイランの国外でもっともイラン系住民の多い土地です。さらに、そのなかの特定の場所に、彼らが集まる場所があります。そこに興味をもったんです。

 

集まる場所といってもイラン系の商店だとかならまだしも、大通りを隔てて二軒あるコーヒーショップのこちら側はいつもイラン人でいっぱい、あちら側にはほとんど行かないという例もあります。どうしてそうなっているのか、その文脈を探っていきました。【次ページにつづく】

 

 

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