〈昼の世界〉と〈夜の世界〉の断絶を超えて

〈夜の世界〉の想像力が〈昼の世界〉を呑み込む日

 

―― 副題の「ぼくたちは〈夜の世界〉を生きている」という言葉をはじめとして、『PLANETS vol.8』では「〈昼の世界〉と〈夜の世界〉の断絶」をいかに乗り越えるかということが強く意識されていますね?

 

「昼の世界と夜の世界」というのは、ぼくと濱野智史との共著『希望論』のあとがきで彼が用いた言葉です。

 

「昼の世界」とは、要は戦後社会のことですね。冷戦下、55年体制下の「市民社会」と、ものづくりと日本的経営に支えられた「企業社会」を中心にした世界のことです。対して「夜の世界」というのは、ポスト戦後的な社会です。ここでは“失われた20年”に逆に伸びていったインターネットやエンターテインメントの世界に才能が集まっている。「昼の世界」は団塊世代を中心とした旧い戦後的な価値観が相対的に強く、「夜の世界」は団塊ジュニア以下を中心とした新しいポスト戦後的な社会の価値観の基礎をつくり上げている。

 

現在、いまだに戦後的な政治性や問題意識で動いている日本の〈昼の世界〉は、あきらかに綻び始めている。ぼくは、その現状を打開する手掛かりが〈夜の世界〉にあると考えています。ここ20年のあいだ、〈夜の世界〉が世のなかのメインストリームになることはありませんでしたが、サブカルチャーやインターネット文化は、そこそこクリエイティブでイノベイティブに発展してきました。そんな〈夜の世界〉の想像力を行使して社会を見ることで、既存の視点とは異なった〈昼の世界〉がみえてきます。その視点が、〈昼の世界〉を変える原動力になる。

 

ただ、ぼくは現在の〈昼の世界〉を叩き潰そうと考えているわけではありません。ぼくたち〈夜の世界〉の住人が〈昼の世界〉と正面から戦っても、いまは勝ち目がない。〈昼の世界〉の住人たちはサブカルチャーやインターネット文化に馴染んでいない層ですから、必然的に年齢層が高くなります。年功序列型の日本社会を考えれば、彼らの方が権力もお金もある。

 

でも、彼らのなかにも既存のメディアや討論がつまらないと思っている人たちが確実に存在する。そういう〈昼の世界〉の住人たちに、「こうやったら楽しいんだよ」とできるかぎりのビジョンを示していくことで、すこしでも多くの人がぼくらのやっていることに興味を抱いて、味方になってくれることを期待しています。

 

〈昼の世界〉の住人たちが〈夜の世界〉の想像力にすこしずつ感化されていくことで、いつのまにか〈夜の世界〉のロジックが〈昼の世界〉を支配して、日本が変わっていく。そういったシナリオにしたいですね。

 

 

成功例をコツコツと積み重ねていく

 

―― 具体的にはどうやっていけばいいのでしょうか?

 

以前、『ニッポンのジレンマ』のなかで、荻上さんと「動機づけとロールモデルの提示の両輪が大切だ」という話をしたことがあります。いつまでも「意識の底上げを!」みたいな話をしていてもなにも変わりません。良くも悪くも東日本大震災をきっかけとして、世界を変えたいという気持ちを持っている多くの人たちが、それぞれの立場からすでに動き出している。

 

今の日本に不足しているのはロールモデルの提示の方ですね。これから先に重要なのは、「こういうメソッドで世界を変えられる」という成功例をコツコツと積み上げていくことだと思います。

 

 

―― 『PLANETS vol.8 』では新しいロールモデルになりうるような論者を集めたのでしょうか? 宇野さんと同世代の若い論者の方が多い印象を受けました。

 

論者の年齢層は意図したものではなくて、ぼく自身も途中で気づいたんです(笑)。40代が2~3人で、あとは30代以下になってしまった。でも、これは必然的な結果ともいえると思います。

 

なぜかというと、アラサー以下の若い世代はいい意味で素朴なコミットメントを信じているからです。一世代上の論客には、「とにかくコミットすることが大事で、影響力を持つためならば心情なんてこだわらない」という人か、「そんな盲目的なコミットはだめだから、むしろコミットしない勇気が大事だ」という人のどちらかしかいない。

 

一方で、ぼくたちアラサー世代はそのどちらでもなく、「コツコツと自分たちで足場をつくって、すこしずつ目に見えるかたちで世のなかを変えていこう」と考えている人が多いように思う。「政治の季節」が終わってから何周か回って、もう一度素朴なコミットメントをふたたび信じられる状況が生まれつつあると思います。

 

だからといって、上の世代を排除するつもりはまったくありません。ぼくたちのやっていることは、上の世代にも意義深いことだと思っています。だから、ぼくは『リトル・ピープルの時代』で村上春樹を題材にした。村上春樹の小説のベースとなっている原体験は60年代のものなので、彼は「政治の季節」以降の40年間を丸ごと扱える題材だといえます。

 

『リトル・ピープルの時代』では、現代社会を「文化」や「文学」の言葉で批評することは、上の世代が長らく考えてきた「政治と文学」の問題にもつながっているということを示したかった。今回の『PLANETS vol.8』では、論者自体の年齢層が若いからこそ、「最近の2~30代はこんなことを考えているんだぞ」という上の世代へのメッセージにもなっていると思います。

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.4.15 

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