<悪魔の代弁人>を立てるかどうか、クライアントこそ問われている

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<法ならぬ法>「国民情緒法」と慰安婦問題

 

―― 本書の第4章では、慰安婦問題についてお書きになっています。とくに、韓国では憲法の上位に、国民の感情を考慮する「国民情緒法」が<法ならぬ法>として存在するという話はとても興味深かったです。

 

2011年に京都でおこなわれた野田前総理と李明博前大統領の日韓首脳会談で、李前大統領は「慰安婦問題は法以前に、国民の情緒、感情の問題である」とのべています。日本は「完全かつ最終的に解決されたこととなる」という日韓請求権協定で慰安婦問題は「法的には解決済み」という立場をとっていますが、韓国は、「その後に明らかになった問題なので、未解決のままだ」という立場で、両国間で協定という名の法をめぐる解釈が食い違っています。「完全かつ最終的に解決されたこととなる」というのもある種の擬制で、それを受けいれるかどうかです。

 

李前大統領の発言を善意で解釈すれば、「国民情緒」を強調することで、慰安婦問題の解決は法ではなく政治でやろうとせまっていたといえます。つまり日本が請求権協定で解決済みという法的立場を崩せないことはわかっているからこそ、政治的にアプローチしようというシグナルとしても読み解くことができます。

 

 

―― 本書を読んでいると、李前大統領のあの行動は「早くなんとかしようよ」という焦りがあったのではないかと思いました。

 

むしろそういうことですよ。

 

李前大統領は、「韓国政府が慰安婦問題についてなにもしないのは違憲である」という自国の憲法裁判所の判決によってあのような行動にでたわけですが、この判決は、いまの朴槿恵大統領も当然拘束します。つまり彼女もなにか行動しなくてはいけないのです。

 

朴大統領の行動準則は「約束と信頼」です。政治や外交において、相手が本当はなにを考えているかなんて永遠にわからないじゃないですか。とくに北朝鮮や日本にたいする不信感が根強く存在しています。そのなかで「信頼外交」をしていくわけですから、まずは約束にもとづいて相手が行動するかどうか、その結果を一つひとつ確かめながら、信頼を積み重ねていくしかないと考えています。要するに、「信頼せよ、だが検証せよ(trust, but verify)」なんですね。

 

朴大統領は、世論に引っ張られてルールが変わるという「国民情緒法」をなんとかしないとまずいと思っています。ルールがはっきりと定まっているのに、盗んだ仏像を返さないなんてことはしていてはいけないんです。韓国は貿易で食っている国ですから、韓国企業と契約している外国企業が「いつ契約を破棄されるかわかったもんじゃない」と思うようになってしまったらたいへんなことになります。

 

この件については、問題の所在も、アプローチの方法もそれこそ正しく認識していますから、期待をもちながら注意深く見守っていきたいですね。

 

 

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「したたかな韓国」をなめてはいけない

 

―― 最後に、既に本書を読んでいる読者に本書をどのように活かしていただきたいか、またまだ本書を読んでいない方になにを意識して読んでいただきたいかお話いただけますか?

 

1章では、韓国の政治制度が政治家や有権者に与える影響に注目しながら、大統領になるための朴槿恵の戦略を描きました。じつは同じことが、2017年12月19日の大統領選に向けてもうすでに始まっている戦いについてもいえます。ですので、誰がどういう戦略で、先読みと逆算をしながら動いているかをみてほしいですね。注目は、なんといっても、安哲秀です。

 

安は昨年の大統領選で、朴と争った野党の文在寅と手を組んだにも関わらず、文が負けた場合に責任を取らずにすむよう投票日に渡米しました。その後帰国して、安は4月の補欠選挙に無所属で出馬をして国会議員になりました。いずれ新党を結成するだろうといわれていますが、今後どういう動きにでるか、一時も目が離せません。

 

2章では韓国社会の課題について話をしていますが、日本と同じく少子高齢化の進む韓国が、今後どのようにして持続可能な社会を作っていくのかに注目してほしいです。これから中国やマレーシアなども日韓を追いかけるように同じような社会構成に変わっていくでしょう。そのなかで、日本と韓国のどちらが優れたモデルになりうるのか、これからはこういう部分で政策を競いあってほしいですね。

 

今回とくにお話をした竹島領有権紛争や慰安婦問題についてはそれぞれ3章と4章で詳述していますので、それぞれの問題の「大きな絵」を理解するうえで参照していただければ嬉しいです。古地図の発掘とか、「狭義の強制性」の有無とか、あるひとびとにとっては強いこだわりがあるかもしれませんが、じつは、外交ゲーム全体のなかではガラパゴスな議論になっているかもしれません。まずは、ゲームの構図がどうなっているか、そのルールはなにで、ジャッジは誰なのか、といった「大きな絵」を理解することが大切ですね。

 

本書の副題は「朴槿恵時代の戦略を探る」ですが、もちろん、朴槿恵の戦略をそのまま受けいれるという意味ではけっしてなくて、相手やゲームの性格におうじた日本の戦略を探り、外交にのぞむためです。読者の方々には、ぜひとも優秀なクライアントになって、自分に不利なものも含めてそれぞれのシナリオごとに筋道を考え結論を導く<悪魔の代弁人>を立てて、さまざまな問題にアプローチしていってほしいと思っています。

 

むかしと違って、日本と韓国の関係は対等になっています。部分的には韓国の方が優れているところもあるくらいです。いままで対等な相手とみなさずに上から目線だった日本と、日本に追いついて横に並んだ韓国では、「対等」のニュアンスがおのずと異なります。相手が自分と同じくらい賢いという見方ができないと、ぎゃくに足元をすくわれかねません。「したたかな韓国」をなめてはいけないんです。

 

<悪魔の代弁人>は悪魔そのものではないですし、そもそも日本にとって韓国は悪魔ではありません。互いに競いあっていいところを学びあうパートナーになれればと願っています。

 

(2013年6月1日 東京にて)

 

 

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