ずるずると小さい世界に留まらないために――最相葉月の仕事論

人脈なしからのスタート

 

―― 25歳で上京されて、この世界に入ったとのことですが、編集の仕事がしたくて意を決して上京されたのでしょうか。

 

そういうわけではなかったです。結婚のタイミングで上京しまして、はじめの仕事も就職情報誌で調べて見つけました。

 

 

―― その前は何をされていたんですか。

 

広告会社の大阪支社でラジオ・テレビ担当の営業をしていました。テレビ局やラジオ局とコマーシャル枠の交渉をする仕事です。

 

 

―― 文章を書く仕事とは直接関係なかったんですね。

 

全く関係ないですね。本当はコピーライターのような制作の仕事をやりたかったんですが、残念ながら配属されませんでした。

 

編集の世界には学生時代から興味はありました。当時はニューアカデミズム・ブームで、UPUという京都大学出身のメンバーが設立した就職情報関連の会社が発行していた、『W-NOtation(ダブル・ノーテーション)』という雑誌があり、ニューアカデミズムの書き手たちにどんどん書かせていたんです。その世界にすごく憧れて、編集を目指すようになりました。結局、UPUは最終面接で落ちてしまうんですが、上京するなら編集の仕事をしたいとは思っていたんです。

 

ですが、理想は現実とは違いました。男女雇用機会均等法が施行されて間もない頃で、大手出版社では女性をほとんど採用していませんでした。中途採用はなおさらありません。上京後最初に勤めた学術系の出版社では、正社員になれず待遇に差別がありました。結婚していたことも原因のようでした。

 

 

―― 「片手間でやってる」と思われたりとか

 

そうですね。子どもができたら辞めると思われていたのかもしれません。編集アシスタント的なことはやりましたが、新聞をとじたり、灰皿を洗ったり、お茶くみをするのは女子社員の仕事でした。

 

 

―― 今だと考えられないですね。

 

時代は変わったなぁと思います。こんなところ嫌だと、8か月で辞めましたけど(笑)。それで、朝日新聞の求人欄に載っていた、中原編集室に入りました。企業PR誌の編集事務所だったのですが、そこでの経験はすごく勉強になりましたね。

 

 

―― 新聞の求人欄ですか。

 

当時は、コネもありませんでしたから。でも、社長の中原洋さんが「明日からおいで」と面接で言ってくれました。

 

 

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―― 全くつながりがない状態から編集の仕事を始めたんですね。編集者時代に印象に残っている仕事はありますか。

 

中原編集室時代には妹島和世さんをはじめ気鋭の建築家の方々にお目にかかれましたし、ベネッセ教育研究所の『季刊 子ども学』という雑誌にフリーの編集者として関わっていた時は、社会学者の宮台真司さんのように論壇で注目される直前の若い世代の学者さんたちと仕事ができてすごく面白かったです。

 

仕事のやり方は人によって違いますし、それぞれの方法を蓄積していけばいいと思います。しかし、一つ言えるのは、すでに世に出ている人に仕事を頼むことは簡単だということです。社会的な評価も定まっているし、著書や論文もいくらでもある。だから自分が仕事をしても安心なんです。勉強にもなります。ですが、編集者の醍醐味は先物買いというのでしょうか、これから芽が出そうな人たちに目をつけることだと思うんです。

 

たとえば、学者さんを発掘するのであれば、研究会に顔を出すのでもいいですし。ライターであれば、業界紙で書いているような人に注意を向けてみる。今ならブログでもいいでしょう。それぞれの分野で面白い仕事をしている人達に目を向けて、一緒に付き合いながら大きなテーマに挑戦してもらう。それが編集者としての楽しみだと思うんです。私もそもそも競輪の専門誌で書いていて、それを読んでいた新聞記者や編集者に声をかけられて仕事の幅が広がりました。

 

やはり、自分が見つけたとか、自分が信頼されたとか、編集者にとっては物凄い喜びじゃないですか。この本の中でも書きましたが、自分がつくった本が売れれば、編集者自身が自信を持てます。そうすると、どんどん新しい企画にチャレンジできますよね。

 

どんな分野でもそうですが、自分自身に成功体験が無いと小さい世界に留まってしまいます。ライターであれ、編集者であれ、ギリギリのところに自分を追い込んで、ゼロになってもいいからという覚悟で、挑戦せざるをえない時があるんじゃないかと思います。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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