2019.01.07

就職氷河期世代にとって消費増税は天敵――あるべき経済政策はなにか

金子洋一 前参議院議員(神奈川県選出)

経済 #消費税

1.私がいいたいこと

わが国の政府当局の判断ミスで、失われた20年の不況は生じ、就職氷河期世代が生まれてしまいました。政策のミスで生まれたものならば、国の政策で手当ができるはずです。消費増税は傷を広げる愚策です。増税をやめ、低賃金、劣悪な労働条件などで悩む就職氷河期世代を救うこともまた政治の決断で行わなければなりません。

2.民主党政権の反省に立って

安倍政権が今年2019年10月の10%への消費税増税を決定したとの報道がなされています。大きな決定ですがそれが正しいとは思えません。とくに、過去の政策判断のミスの最大の被害者である就職氷河期世代、ロスジェネ世代のことを考えれば消費増税は止めるべきです。

2013年春、政権が自公政権に移った直後、横浜市で開かれたある会合で菅直人元総理と一緒になりました。菅さんは「君の言う通りの政策を自民党がとったね。この円安株高は続くかね?」と私にたずねました。「はい」と応えて、私は続けました。「これを菅総理の政権下で実現したかったです。そうすれば昨年の総選挙の結果も違ったでしょう。」

菅直人元総理とのこのやりとりは、ちょうど安倍政権が本格的にアベノミクスによる金融緩和をはじめたころのものです。デフレ脱却をめざして、われわれは民主党デフレ脱却議連として、前例のないほどの大規模な金融緩和を提言していました。それは現在の日銀による異次元の金融緩和の先取りでした。菅直人政権だった2010年に、民主党政権で金融緩和を実現していたならば、わが国の景気回復は3年早かったでしょう。

それだけ倒産が減り、また、失業に苦しむ人びとや就職氷河期世代・ロスジェネ世代、ワーキングプアの人びとにお金がまわったはずでした。この間に失われた国富は、年間の経済成長率が1%弱しか上がらないと控えめに仮定しても、3年間の累計で10兆円以上の莫大な損失だったでしょう。当時の与党にいた政治家の一人として、大変に申し訳ない思いでいっぱいです。

消費増税についても同じ反省が必要ではないでしょうか2009年の自公政権の下での税制改正で、数年以内に消費増税法を作ることが法定されてしまったのですが、それでもまず2012年当時の与党民主党が、マニフェストになかった消費税増税法を可決させたことを反省しなければなりません。私も党内論議で全力で反対し、景気が悪いときには増税を止めることができる「景気(弾力)条項」をなんとか入れることができました。それからもデフレ下の消費増税や復興増税にずっと反対してきたのですが力が足りませんでした。心からお詫びします。

増税派の党の幹部から「あいつを黙らせろ」と言われたり、自分の選挙にあからさまな邪魔をされたりしてきた私にすれば、いくら今は自公政権だとはいっても、党派に関係なく、「今度こそデフレ脱却に繋げてほしい、官僚の誤った判断に引きずられないでほしい」という気持ちが他の誰よりも強いのです。

3.就職氷河期世代の原因「失われた20年」を招いた政策ミス

さて、この原稿のメインテーマは就職氷河期世代です。就職氷河期はある日突然、空から降ってきたわけではありません。リーマンショックのように海外で突然生じたショックではありませんでしたし、まして東日本大震災のような自然現象でもありませんでした。先に書いたとおり、就職氷河期世代を生んでしまったのは、わが国全体の将来よりも自らの組織的利益を優先した政府当局による経済政策のミスでした。当時の政治に危機感が少なく止めることができなかったのです。

「失われた20年」とは、就職氷河期世代を生んでしまった直接の原因となった経済の不振を表しますが、この期間を含んだ1990年代前半のバブル崩壊からこれまでの30年弱の間に、バブル崩壊自体を計算に入れないとしても次の5回の判断ミスがありました。

・1997年:消費税5%へ増税

・2000年:ゼロ金利解除

・2006年:量的緩和解除

・2008年:リーマンショックでも金融緩和せず

・2014年:消費税8%へ増税

 

実に約5年に一回もの割合で、わが国経済は政府の判断ミスによる押し下げ圧力を経験してきたのです。

この判断ミスという不名誉なリストに、

・2019年:消費税10%へ増税

が今まさに加わろうとしています。

とくに最初の政策ミスが起きた1997年は、結果的にわが国経済の繁栄から停滞への分水嶺となりました。消費増税や社会保障カットで9兆円の国民負担増となった、いわゆる橋本増税があり、山一證券の廃業、北海道拓殖銀行の破綻などの金融危機も生じました。同時に公共事業も当初予算で同年度の9.8兆円がピークで、その後もこの年の予算以下となっています。

この年から日本経済が本格的に金融引締めと財政緊縮=歳出カットで成長路線から外れてしまったのでした。各国が、ITをはじめとする新分野での成長にアクセルを踏んでいる中で、わが国政府だけがブレーキを踏み続けている。これではいくら企業や個人が工夫を凝らしてもまともに経済が成長するわけがありません。

次のグラフは日米独英韓各国の「一人当たりのGDP(単位$)の移り変わり」を示したものです。赤がわが国ですが、1995年以降、上がり下がりは経験しながらも横ばいになっていることがお分かりになると思います。

世界で20年間以上も経済成長ができていない国はわが国だけ、といっても過言ではありません。これまで長い間一人当たりのGDPで上回っていたドイツ、イギリスに2000年代半ばに追い抜かれました。衝撃的なことに1997年当時には4分の1だった韓国にも、今にも追いつかれそうになっています。このゼロ成長が、いくら働いてもまたいつまで経っても低賃金、非正規労働から抜け出せない就職氷河期世代・ロスジェネ世代という犠牲者を生みました。まずは日本全体が成長することが、われわれの幸せの必要条件なのです。

 

この低成長は決して人口減少だけに責任をなすりつけられるものではありません。韓国は合計特殊出生率でわが国をはるかに下回る人口減少国です。わが国よりも少子化の進む国にはほかに台湾、シンガポールがありますが、これらの国もアジアという同じ地理条件にありながら、わが国よりはるかに高い経済成長を遂げています。

4.新たな「就職氷河期世代」を生んではならない

今年2019年10月には、消費税10%へ増税が予定されています。一部では「前回2014年の消費増税と比べて引き上げ幅が小さく、また、引き上げ率の約半分が教育などに使われることから、財政緊縮分が前回が3%×4/5で約2.4%分(年間約6.5兆円の財政緊縮=歳出カット)である一方、今回は2%×1/2で約1%分(年間約2.7兆円の財政緊縮)となり、前回の増税よりも悪影響は小さい」という議論があります。

その一方で、前回と比較して、2014年4月当時は一年間に60~70兆円もの長期国債の買い増しによる「異次元の金融緩和」をしていた日銀でしたが、最近はそのペースが数十兆円単位で落ち、なんとしてもデフレを脱却するのだという決意が感じられません。また米中の対立や米国内の株価、金利の動きにみられるように、世界経済の先行きも不透明であり、客観的情勢についても楽観視はできません。

しかしなにより大きな違いは、前回の消費増税によって、すでにわれわれの家計は痛めつけられてしまっていることなのです。

消費税を引き上げても大丈夫だとする論者の根拠となっているのは、企業が絶好調だという事実です。しかし、その企業の中で働く一人ひとりの家計は厳しい環境にあります。われわれ家計による消費支出は、GDPの半分強を占める最重要項目です。

総務省「家計調査」の数字を見てみましょう。われわれの家計がどのくらい消費をしているのかを調査対象の家庭に家計簿をつけてもらい、それを毎月回収して統計としています。その中で、家計の支出額を物価上昇分で調整(差し引いた)した上で、2015年を基準として100とした「実質消費支出」のグラフです。

ご覧のように、2013年には消費増税直前の駆け込み需要をのぞいても、少なくとも105はあった「実質消費支出」が、増税直後の2014年4~6月期には99.2と大幅に縮み、現在も、その増税直後にすら及ばない90台後半に留まっています(消費増税による物価上昇分は除いています)。

しかもグラフのかたちを見れば、増税直後よりもむしろ最近の方が悪くなっています。増税直後に政府が「この落ち込みは反動減」、「気候不順による一時的なもの」と強弁していたことを覚えておられると思いますが、増税から4年も経ったにもかかわらず、元の水準にもどる様子もないことから、消費増税によって家計の消費が構造変化しておカネを使わなくなってしまったと考える以外ありません。ここにさらにもう一度増税のショックを与えたらどうなるでしょうか。

視点を変えて、われわれの収入はどうなっているでしょうか。次のグラフは、「日本国内で支払われた給料の総額」(総雇用者所得)と「消費者物価」の動きを1997年を基準として100としたものです。「総雇用者所得」は、「一人当たり名目賃金」(労働者の平均賃金)に「非農林業雇用者数」(働いている人の人数)をかけたものです。太線(総雇用者所得)が点線(物価水準)より下にありますが、その差が大きければ大きいほど、お給料が物価上昇分に追いつかず目減りしているということになります。赤い縦の矢印が一番差が大きいところにありますが、そこは当時の民主党政権が衆議院を解散した2012年11月を示したものです。

これをみればデフレで下がりまくった「国内で支払われた給料の総額」が、2013年からの金融緩和政策によって反転し、20年ぶりにやっと物価に追いついてきたことが分かります。しかしこれは本格的にデフレに突入する直前の1997年と同レベルに戻ってきただけで、給料生活者にとっては不十分です。なぜなら先のグラフでお分かりのように、世界的に見れば各国とも20年ではるかに豊かになっているからです。

「これだけ真面目に働いているのだからもっと豊かになって当然だ」とわれわれ国民は思っています。この状況でさらに増税をしてしまえば、国民は政府によって捨てられたと落胆し、将来への見通しが一段と悪くなり、消費者は今より一層おカネを使わなくなりかねません。

このように家計の消費支出とお給料を見れば、ともに今、消費増税をすべき局面ではないということが分かりました。

ここで増税をしてしまえば、家計の消費もさらに縮みかねません。消費が縮めば国内の需要も縮み、雇用の悪化を招きます。となれば雇用の調整弁扱いされている、低賃金の非正規労働で頑張っている人が多い就職氷河期世代が一番打撃を受けることになるでしょう。このように消費増税はとくに就職氷河期世代に大きな打撃を与えるのです。

5.所得再分配が必要なのに逆進性が強い消費増税はあり得ない

消費税という間接税を社会保障の財源として位置づける例は世界にもほとんど例を見ません。なぜなら消費税は、低所得者にとって負担の比率が大きいという逆進性を持つからです。法人税、所得税なら別ですが、逆進性のある税を弱者のため、所得再分配の機能を担う社会保障の財源とすることがナンセンスだからです。消費増税はわが国の低所得層、とくに今後正規労働者になれるみこみの低い就職氷河期世代を直撃します。

また出入国管理法の改正で外国人労働者が5年間で最大34万人増えるとされていますが、これ以外にも従来からのスキームでの外国人労働力の増加は続きます。単純労働力や技能実習生の増加は企業にとってはいいことでしょうが、非正規労働者の賃金を引き下げる方向に働きます。非正規労働者の比率が他の世代と比較して多い世代が就職氷河期世代であり、当然もっとも大きなダメージを受けることでしょう。これでいいわけがありません。またここでは詳しくは論じませんが、食料品などに対する軽減税率は政府のふれこみとは逆に高所得者にメリットが大きいのです。

さらに私が強調したいのは、消費増税を止めるだけでは政策として不十分だということです。新たに就職氷河期世代が生まれなくなるだけに過ぎません。これまでの就職氷河期世代をどうするのかというはるかに大きな問題が未解決のままです。

今の政権は2014年4月の前回の増税から、本来2015年10月に予定されていた10%への増税を2019年10月まで延期し、5年間半という猶予を手に入れました。政府が本気で「社会保障の財源として消費税を引き上げるのだ」と考えていたのならば、その間に所得の再分配など、われわれの生活を後押しする政策を打ち出さなければならなかったはずでした。しかし現実は誰もが知っているとおり企業サイドに立った政策ばかりでした。

今の就職氷河期世代の最年長グループは50歳目前に迫っていますが、彼らも5年前ならまだ40代前半で、転職や子育てで少なくとも今よりもずっとリカバーがしやすかったはずです。私の妻は42歳で次女を授かりました。40代前半は人によっては出産も可能な年齢です。ましてやそれ以下の年齢の人々にとっては早ければ早いほどいいのです。政府が緊張感なく無為に過ごしてしまった5年は大きいのです。

なぜ政治は5年間無為無策だったのでしょうか? 就職氷河期世代こそはバブル崩壊後に政府当局が経済政策の舵取りを間違えたことが生んだ犠牲者なのですから、政治の責任で必ず救済しければならないはずです。所得再分配が必要です。

最近の報道によれば、40歳以上のいわゆる「ひきこもり」に公的な支援が行われないとのことです。就労につなげづらいと判断したためのようですが、この発想は誤っています。仮に働くところまでいかなくてもいいじゃないですか、たんなる社会復帰でも大きな一歩です。非正規労働の就職氷河期世代をこのまま放っておくと、結婚もできず家庭も持てないままでこれから単身高齢者はどんどん増えていきます。彼らの多くは老後、無年金で生活保護に陥ることでしょう。となれば生活保護など社会的扶助のために膨大な予算が必要になります。

手の打ちようがなくなる前に公的な支えを入れなければならないはずです。企業からの声に応えて人手不足だからといって、後先も考えず外国人労働者を増やすというのなら、その前に国が就職氷河期世代に就業・教育支援して働いてもらうことが当然ではないでしょうか。長い目でみれば国の予算も助かります。

就職氷河期世代・ロスジェネ世代のリカバーを可能にするためには、最低限の生活を可能にする所得再分配や子どもたちの世代に対する教育・子育て支援が必須です。親から子への貧困の連鎖は、政府の手で断ち切らなければならないからです。

先に韓国の例を挙げましたが、日本よりもはるかに速い速度で成長しているあの国でさえ政情不安が起きています。11月2日の米中間選挙では、上院でトランプ大統領の共和党が勝ちました。欧州では極右勢力がすでに台頭しています。こうした結果の背景には移民や外国人労働者に対する有権者の反感があります。わが国でも外国人労働者を本格導入して就職氷河期世代を見捨てれば、棄民政策が摩擦と反発を生み、欧米と同じく排外勢力の台頭が起きかねません

霞が関官僚は財政緊縮・歳出カットばかり考えていますが、今ここでわずかな目先の予算を惜しんで就職氷河期世代に対して自立の手助けをしなければ、大勢の生活保護予備軍が生まれてしまい、霞が関の意図とは逆に将来、国庫に大きな負担をかけることになります。わが国が、霞が関官僚が推し進めている消費増税をはじめとする財政緊縮・歳出カット路線を離れなければ、就職氷河期世代の将来も暗いものとなり、また霞が関が望む財政再建も実現不可能となるでしょう。

プロフィール

金子洋一前参議院議員(神奈川県選出)

前・参議院議員(当選2回)。在任中に国土交通委員長、憲法審査会会長代理、財政金融委員会理事、消費者問題特別委員会理事。
経済企画庁(現・内閣府、消費者庁)課長補佐、OECDエコノミスト、中央大学大学院客員教授などを経る。著書に、『日本経済復活のシナリオ』、『デフレ脱却戦記』、『デフレ脱却戦記2』。
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