2020.03.16

危機対応の経済政策――消費増税と新型肺炎をどのように乗り越えるか?

中里透 マクロ経済学・財政運営

経済

昨年10月の消費増税をきっかけに、アベノミクスの開始時点(2013年の年初)の水準まで逆戻りした日本経済は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、東日本大震災の発災直後の水準に向けて下降線をたどりつつある。2月の景気ウォッチャー調査でとらえられた景気の現状と先行きは、東日本大震災の直後に匹敵する悪化を示しており、当面は回復が見込みにくい状況にある。3月上旬(1日~9日)の東海道新幹線の利用者数が前年同期比56%減という数字に、現在の厳しい状況がよく現れている。

こうした中、株価も大幅に下落した。日経平均株価の年初以降(3月13日まで)の下落幅は6,225円で、これはバブル崩壊の起点となった1990年の年初以降(3月13日まで)の下落幅(6,295円)に匹敵する(下落率は90年の16.2%に対し今年は26.3%)。しかも、この値下がりは2月後半からの4週間の間に生じたものだ(2月14日の終値から3月13日の終値まででみると、日経平均株価の下落幅は6,256円)。

日本だけでなく欧米やアジアの各国でも株価がそろって下落し、振れの大きい不安定な動きが繰り返されている。新型コロナウイルスの感染拡大に対する社会的な不安が市場の動揺をもたらし、それに伴う株価の大幅な変動がさらに社会的な不安を増幅させるという悪循環が断ち切れないと、金融システムの不安定化が生じてしまうおそれさえある。このような状況となれば、景気は東日本大震災の直後の水準からさらに下押しされて、リーマンショック後に生じたような状態に向けて下降線をたどり続けることになる。

こうしたもとで、経済対策をどのようなものとすべきかが大きな論点となりつつある。そこで、本稿ではこの点について具体的なデータと過去の経緯をもとに考えてみることとしたい。本稿のメッセージをあらかじめ要約すると、

・やってはいけないことは復興増税とマイナス金利の拡大(深掘り)

・緊急に対処すべきことは家計が急変した世帯に対する給付措置と中小事業者に対する資金繰り支援

・経済対策として求められることは定額給付金などの現金給付(所得税の定額減税と非課税世帯への給付措置)

・東日本大震災の復興予算の「流用」(ゆるキャラのPR経費など被災地以外の事業への復興財源の充当)と同様の問題が生じないように十分なモニタリングが必要

となる。以下、これらの点について順をおって説明していくこととしよう。

(各節の内容はほぼ独立なので、適宜スキップして読むことができます)。

1.やってはいけないこと(「復興増税」とマイナス金利の深堀り)

不確実性の高い環境のもとで誤りのない判断をしていくためには、何をすべきかを考える前に、やってはいけないことを適切に把握しておくことが有益であろう。誤った方向で政策対応がなされると、事態をさらに悪化させてしまうおそれがあるからだ。そこで、まずはこの点について整理しておくこととしよう。なお、以下では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のことを「新型肺炎」と表記する。

復興増税

新型肺炎への対応については、2019年度予算の予備費を活用した対応がすでになされているが、これに加えて20年度の補正予算で10兆円を上回る規模の経済対策を実施すべきとの提案がある。このような規模での経済対策の実施については財源の確保をどのようにするかということが論点となるが、東日本大震災の発災時には、震災直後(本震の発生から2日後の2011年3月13日)から復興財源の確保に向けた増税の議論が活発に行われ、「増税なくして復興なし」との見解もみられた。

だが、一時的な支出増に対しては、その時点の短期的な増税ではなく国債発行によって財源を確保し、長期にわたる低率の小幅な増税で計画的に国債の償還を行っていくことが適切となる。これは課税平準化という考え方で、オーソドックスな経済分析の枠組みに沿ったものだ。住宅の購入などで一時的に多額の支出が生じる場合には、ローンを組んで長期にわたって返済をしていくほうが、各時点の負担が均されて無理のない返済が可能になることを想起すれば、このような対応の仕方の合理性は容易に理解されるだろう。

足元、消費増税と新型肺炎の感染拡大の影響で景気が大きく下押しされ、経済の脆弱性が高まっていることにも十分な目配りが必要となる。これらの点からすると、新型肺炎の対応のための財源を現時点の増税によって確保することについては、極めて慎重でなくてはならないということになる。

マイナス金利の深掘り

3月14日の記者会見で、安倍総理から「今後も機動的に必要かつ十分な経済財政政策を間髪を入れずに講じる」との意向が表明された。このような局面における機動的な政策対応として真っ先にあげられるのは金融政策による対応であり、マイナス金利の拡大(深掘り)がその有力な候補とされることがある。

だが、各金融機関が日本銀行に積んでいる資金(日銀当座預金)にマイナスの付利を行うことは、金融緩和措置ではなく金融機関に対する実質的な課税であるということに留意が必要だ(各金融機関の日銀当座預金を課税ベースとする外形標準課税を導入することで、マイナスの付利と同様の効果を得ることができることを想起)。

すなわち、マイナス金利の深掘りは「銀行税」の増税を意味するものであり、これは金融機関の収益(預貸金利ざや)の縮小を通じて融資の実行にマイナスの影響をもたらす可能性がある。足元、飲食店や旅館・ホテルをはじめ需要が大幅に落ち込んでいる業種があり、その資金繰り支援が求められる中にあって、金融機関の貸出能力を低下させかねない措置をとることについては十分に慎重な判断が求められる。

マイナス金利の深掘りについては、円高の抑止という観点からその効果に期待する向きもある。だが、2016年1月にマイナス金利の導入が公表されて以降(マイナスの付利は2月の積み期間から実施)の為替(ドル円)の動きを見ると、為替はむしろ円高の方向に振れている。これは内外の長期金利差などさまざまな要因を受けて為替が変動することを示すものであり、人やモノの移動が大きな制約を受けて輸出の伸長が期待しにくい現状を併せて考えると、円高の抑止という観点からマイナス金利の深堀りを行うことは、費用対効果が高い措置とはいえないだろう。

2.緊急に対応すべきこと(資金繰り支援と家計急変への対応)

急速に冷え込む景況感

3月9日に公表された景気ウォッチャー調査(2月調査・内閣府)をみると特徴的なことがある(図表1)。ひとつはこれまで製造業に比べると相対的に堅調を保ってきた非製造業の景況感が急速に悪化して、これまでの「製造業不況」が全般的な不況に転化しつつあることだ。各地域、各業種の景気ウォッチャーから寄せられたコメント集(景気判断理由集)には悲痛な声が溢れている。

図表1 景況感(現状判断DI・方向性)の推移

(資料出所)景気ウォッチャー調査(内閣府)より作成

・消費税増税後で景気の持ち直しがみられないなか、来客数は更に減少傾向で、今回の新型コロナウイルスの感染拡大の影響が出ている。こうしたなか、商店街の春のイベントが中止になり、更に来客数も減少し、悪化の一途をたどっている(北関東・商店街(代表者))

・元々2月は悪いが、ここへ来て、新型コロナウイルスの影響で、自粛となり、人通りが更に減って、利用客が減少している。電車から降りてくる人も少なく、深夜もひっそりとしている。売上は10万円以上落ちている。この状態が続いたら大変である(北関東・タクシー運転手)

・悪いことが続き過ぎて、本当にまずい状況になっている。消費税増税、令和元年東日本台風の被害でどん底だったところに、新型コロナウイルスでキャンセルが続出している。この先の予約は全く入らない。コロナウイルスで死ななくても、不景気で死人が出るのではないか。何とかしてほしい、本当に困っている(甲信越・スナック(経営者))

・取引先からのレスポンスが早すぎるほど早いので理由を尋ねると、見積依頼や提案機会がないので手を持て余しているそうだ。新型コロナウイルスという目に見えない恐怖の、経済への影響は計り知れない(東海・通信業(法人営業担当))

・新型コロナウイルスの影響が大きく、宿泊、宴会共にキャンセルが相次いでいる。延期しようにも終息時期が予想できず、記念日関連や卒業式といったイベントは全て中止となっている(近畿・都市型ホテル(スタッフ))

もうひとつの特徴は、2017年秋にピークアウトして低下が続いていた「雇用関連」の指数が、ここにきてさらに悪化したことだ。景気ウォッチャー調査の「雇用関連」の指数では、人手不足なのに求人をかけても人が集まらないといった雇用の不足感を訴えるコメントもマイナスの要因に含めて算出されるから、その点は留意してデータをながめる必要があるが、雇用・所得環境の悪化が生じていることは、求人数や賃金など他の指標からも共通して確認できる(この点については中里透「新型肺炎と日本経済」https://synodos.jp/economy/23346を参照)

中小の事業者などに対する資金繰り支援

リーマンショックの際には「需要の蒸発」ということが言われたが、足元、ホテル・旅館や飲食業などを中心に急速に利用者や来店客が減少し、売り上げの大幅な落ち込みが生じている。こうしたもとで期末(年度末)を迎えることから、手元資金の不足する事業者の資金繰り支援が急がれる。

この点については、信用保証制度の拡充や日本政策金融公庫におけるセーフティネット貸付の要件緩和、実質無利子・無担保融資、商工中金・日本政策投資銀行を通じた危機対応融資などの措置がすでに講じられているが、短期的な資金繰りの問題で事業の継続が困難になることがないよう、日本銀行による資金供給も含め引き続き十分な対策を講じていくことが求められる。

家計急変への対応

政府の公式見解では、雇用・所得環境は引き続き改善を続けているとされているが、このところ、新聞などで「雇止め」や「内定の取り消し」といった言葉をみかけることが多くなった。このことに象徴されるように雇用環境は急速に悪化しており、非正規を中心に就業時間の削減などの動きが広がっている。また、小中学校などの臨時休校が広がる中で、子供の面倒をみるために仕事を休む親や家族が増えている。こうしたもとで、収入が減少し家計の急変が生じる世帯の増加が懸念される。

この点については、小中学校が休校となったために休職を余儀なくされた保護者に対しては助成金の新設が、また外出やイベントの自粛要請で仕事がなくなった人のうち被用者(雇用者)については雇用調整助成金の適用拡大が、一部のフリーランスについては小口の緊急融資による対応がなされているが、これらはあくまで当面の応急措置だ。

新型肺炎の感染拡大が早期に収束する見通しが立てば、休校などの措置が速やかに解除され、大きな混乱を伴うことなく元の状態が回復されることになる。だが、事態の収束が長引く場合には本格的な雇用調整が始まって、上記とは質の違った雇用対策が求められるようになる可能性もある。その場合にはさらに踏み込んだ措置が必要となるだろう。

3.経済対策として求められること(定額給付金などの現金給付)

新型肺炎の感染拡大が早期に収束すれば、その後は3か月ないし6か月程度で景気は元の状態に復帰するものと見込まれる(この点については上記の拙稿を参照)。もっとも、戻る先は消費増税後の停滞した経済状態であり、消費税率が8%に引き上げられた時(2014年4月以降)の経過を踏まえると、2年ないし3年程度にわたって停滞が続くことが想定される。新型肺炎の感染拡大が長引くこととなれば、本格的な雇用調整が始まって、「失われた10年(あるいは20年)」、「デフレ不況」と呼ばれた状態に逆戻りしてしまう可能性もある。

こうしたもとで、大型の補正予算の編成や消費減税の実施などの提案が各方面からなされている。さきほどみたように、ホテル・旅館や飲食店など個人(消費者)を顧客とする業種において新型肺炎の感染拡大に伴う影響が強くみられ、雇用や所得環境の面で弱い動きが広がっていることを踏まえると、経済対策は家計に対する支援策を中心に組み立てていくことが適切ということになる。

この場合に想定される主な政策対応として、ポイント還元の拡充、消費減税、定額給付金などの現金給付のそれぞれについて、得失を検討してみることとしよう。

ポイント還元の拡充

これらのうちキャッシュレス決済時のポイント還元の拡充は、現行の政策の延長線上で考えられる最も採用しやすい措置である。だが、対象事業者の範囲の見直しが行われないまま還元率の引き上げがなされると、ポイント還元の対象となる事業者(コンビニエンスストア、一部の外食チェーン、個人商店など)と対象となりにくい事業者(ドラッグストア、総合スーパーなど)の間の競争条件にさらに影響が生じ、流通のチャネルに歪みがもたらされてしてしまうことが懸念される。昨年の春から夏にかけて、ポイント還元の対象事業者になるために資本金の減資を行う事例が続出したが、このような動きが生じることは望ましいこととはいえないだろう。

この点については、制度を大幅に拡充してキャッシュレス決済だけでなく現金払いの場合もポイント還元の対象とし、企業規模を問わずすべての事業者・全商品を対象にポイント還元を実施することにすれば問題は解決するが、これは消費税率を引き下げるのと同じことであり、消費税率自体を引き下げることでより簡単に所期の目的を達成することができるようになる。

消費減税

このところ、消費税率の引き下げ(消費減税)についての提案が数多くなされるようになった。たとえば、内閣官房参与の浜田宏一氏(エール大名誉教授)は産経新聞のインタビューで「2年程度、消費税増税を撤回してよい」との提案を行っている(3月14日付産経新聞)。また、自民党の石破茂衆議院議員(元自民党幹事長)はロイター通信のインタビューで、期間を限って消費税率の引き下げを行うことも検討に値するとの見解を示している(3月12日付け配信記事)。自民党の有志議員(41人)からも、消費税の適用を事実上停止する減税措置などを柱とする提言書が、3月11日に西村康稔経済再生担当相に提出された。

消費税率が10%に引き上げられた昨年10月に、さまざまな経済指標が急落して景気が2013年の年初の水準まで逆戻りしてしまったことを踏まえると(この点については中里透「天候不順と消費増税」https://synodos.jp/economy/23313を参照)、消費減税を求める提言が相次いでなされることの趣旨や背景は理解できる。期間を区切って時限的に消費税率を引き下げることには、バーゲンセールと同様に消費を刺激する効果があるから、景気対策としての一定の効果も期待できるだろう。

だが、税率の引き下げ前にはむしろ買い控えが起きてしまう可能性があり、実施のタイミングが適切でないと、駆け込み需要と反動減自体が経済に対する攪乱要因になってしまう可能性がある。このことも十分考慮に入れたうえで、消費減税の実施について誤りのない判断をしていくことが望まれる。

定額給付金などの現金給付

定額給付金については2009年に麻生内閣のもとですでに実施された経緯がある。このときは、給付対象者1人について原則12,000円の給付金の支給が、各市町村の窓口を通じて実施された。この措置は休業や失業などによって家計の急変が生じている世帯に直接的に支援の手をさしのべることができるという点では優れた措置であるが、給付にあたって自治体や受給者に特別な事務コスト(支給対象者への郵便などによる通知、問い合わせへの対応、支給手続きのための窓口の開設、受給者の申請書類作成、口座振込のための手数料など)が生じることに難点がある。

もっとも、この点については、給付措置を所得税の定額減税に置き換えることで事務コストを大幅に低減させることが可能である。所得税の年末調整や確定申告の際に、徴収する税額の調整をしさえすれば、定額給付金を支給したのと同じ効果を得ることができるからだ(ただし、所得税・住民税の非課税世帯については、税の還付措置を通じた対応ができないため、別途、給付措置による対応が必要となる)。

所得税の定額減税については1998年に橋本内閣のもとで実施された例があり、通常の減税措置と何ら変わることなく円滑な実施が確保できる。教科書的な説明では、財政政策の発案から政策の実施までには相当の時間を要し、その間に政策のラグが生じてしまうことが問題とされるが、橋本総理の特別減税実施の表明(1997年12月17日)から特別減税関連3法案の可決成立(98年1月30日)までは1か月半で一連の作業が完了しており、今回も与野党間の合意が得られれば速やかな実施が可能であろう。

補正予算による各種事業の実施

2020年度予算成立後、速やかに決定される予定の経済対策では、減税や給付措置と並んで企業に対する補助金の交付など各種の事業が盛り込まれることが予想される。これらの対策の中にはテレワークの促進などに資する措置も含まれると見込まれることから一定の意義はあるが、留意が必要なのは、対策の規模が先に決まり、それに合わせて事業を積み上げるという形で補正予算の編成が行われると、必要性や有効性に疑問のある筋の悪い施策が経済対策の中に紛れ込んでしまうおそれがあるということだ。このことは東日本大震災の後の経過をながめればすぐに理解される。

東日本大震災への対応の過程では、単なる復旧にとどまらない「創造的復興」が必要と謳われ、「活力ある日本の再生」に向けて被災地だけでなく全国において復興に向けた取り組みを進めていくことが重要とされた。これを踏まえ多額の復興予算が全国各地の事業に充てられたが、その中には山口県のゆるキャラ「ちょるる」のPR、東京スカイツリーの開業前イベント、鹿児島の水田におけるタニシの駆除、日本原子力研究開発機構の核融合エネルギー研究費、反捕鯨団体シーシェパードの妨害活動対策費など、被災地の復旧・復興とは関係のない事業が1兆円超にわたって予算計上され、適正な支出として執行された。

3月15日には西村経済再生相から、新型コロナウイルスの感染拡大による経済への影響が「リーマン・ショック並みか、それ以上の可能性がある」との見通しが示された。政府・与党部内では10兆円を大幅に上回る規模の思いきった対策が必要との意見が複数の関係者から表明されているが、こうしたもとで東日本大震災の復興予算において生じたのと同様の問題が起きることのないよう、今後の経過を注視していくことが求められる。

補助金の交付などの予算措置については、申請から実施までに相当の時間を要することが多いことを併せて考えると、経済対策は家計への直接的な支援に重点を置き、所得税の減税と非課税世帯に対する給付措置をその中心とすることが適切と考えられる。

ここまで、経済対策のあり方について、過去の経緯などを踏まえて論点整理を行ってきた。新型肺炎の感染拡大と株価などの不安定な動きが今後どのように推移していくのか、現時点では見通しにくい状況にあるが、落ち着いた環境のもとで、誤りのない政策対応がなされていくことが望まれる。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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