2021.05.06

政策介入と自律的調整――新型コロナの政策対応について考える

中里透 マクロ経済学・財政運営

経済

4月25日に発出された3回目の緊急事態宣言については、その効果を疑問視する見方がある。「コロナ慣れ」や「自粛疲れ」のために人出が思うように減らないということが、その根拠とされる。昨年春(1回目)の緊急事態宣言は外出禁止令のように受けとめられたから(宣言の発令期間の前日に買い溜めの動きが生じ、スーパーの陳列棚が空になったことを想起)、それに比べると宣言の効果が弱まっているということは確かだろう。

もっとも、宣言後に人出が減っていないと言われた今年の冬(2回目)の緊急事態宣言についても、爆発的な感染拡大が生じることはなく、3月初にかけて感染者数(新規陽性者数)は漸減傾向をたどった。この点を踏まえると、今後の経過を見通すうえでは、このような過去の経緯を踏まえての冷静な判断が求められるということになるだろう。

ここで留意すべきポイントは、緊急事態宣言の直接的な効果(休業や時短が人出に与える効果)と、新型コロナの感染拡大そのものが人出に与える効果をひとまず分けて考えることが必要ということだ。以下ではこの点を踏まえ、具体的なデータをもとに新型コロナの感染拡大に対する政策対応のあり方について考えてみることとしたい。

1.認知ラグと実行ラグ:緊急事態宣言は機能しているか?

「金融政策はバックミラーをながめながら自動車の運転をするようなものだ」と言われることがあるが、このことは新型コロナの感染対策についても当てはまる。感染、発症、検査を経て感染者(検査陽性者)の状況が公表されるまでには10日ないし2週間程度の時間がかかるから、日々公表される感染者数(新規陽性者数)はおおむね2週間前の感染の状況を表しているということになる。発症から重症化までの期間は症例によってまちまちであるが、総じてみると、重症者数の増減は感染者数の増減からさらに2週間ないし3週間程度の遅れをもって推移している。

したがって、バックミラー(各時点で公表される感染者数)を見ながら車の運転(感染抑制のための政策対応)をすると、場合によっては対応が後手に回ってしまうことになる(「認知ラグ」の存在)。今年の冬(2回目)の緊急事態宣言の発出前に見られたように、Go Toトラベルなどの経済対策に対する政策担当者の思い入れが強い場合には政策転換に時間がかかり、感染拡大への対応はさらに後ずれすることになる(「実行ラグ」の存在)。

このようなラグの存在は、大阪府の感染者数(新規陽性者数)がたどった経過に端的に表れている(図表1)。大阪府で2回目の緊急事態宣言が解除されたのは3月1日のことであるが、これは感染者数が底を打ち増加に転じた時期に当たる。3回目の宣言が発出されたのは4月25日のことであるが、その時点では感染者の増加のペースが鈍化し、最近時点ではほぼ横ばいとなっている(宣言発出後の1週間当たりの新規陽性者数は、前の週の新規陽性者数とほぼ同数で推移している)。

図表1 大阪府における新規陽性者数の推移(7日移動平均・2021年2月~5月)

(資料出所)厚生労働省・日本放送協会のデータより作成

この経過をそのまま捉えると、緊急事態宣言の「解除」は、感染者数が底打ちして再拡大し始めたことのアナウンスメント、宣言の「発出」は感染拡大のペースが鈍化し始めたことのアナウンスメントということになるが、このような理解の仕方は、緊急事態宣言という制度の趣旨にはそぐわないものということになるだろう。同様のことは東京都の状況についても言える。2回目の緊急事態宣言が発出されたのは1月7日のことであるが、東京都の感染者数(新規陽性者数)はこの日に過去最多の2,520人となり、それ以降、減少に転じている。

緊急事態宣言を病床のひっ迫を未然に回避するための措置と捉えれば、宣言の解除あるいは発出を感染者数の推移と直接的に結び付ける必要はないと考えることもできるが、この場合には宣言発出後の大阪において病床使用率が警戒水準をはるかに上回り、国や他の自治体に医療スタッフの支援などを求めないといけない状況となっていることとの整合性が問われることとなるだろう。

このように政策対応の大幅な後ずれが生じていることを踏まえると、緊急事態宣言は所期の目的に即した運用とはなっていないということになる。

2.政策介入と自律的調整:人出は減っていないか?

興味深いのは、このように政策が後手に回る中にあっても爆発的な感染拡大が生じることはなく、むしろ宣言の発出に先行する形で感染者数(新規陽性者数)の増加ペースの鈍化が生じているということだ。このような局面変化をもたらした要因については更なるデータの蓄積を待って詳細な分析を行うことが必要となるが、人の移動と交流を起点に感染拡大が生じることを踏まえると、人出(人流)の状況を確認することが要因分析の手掛かりとなるだろう。

そこで1例として大阪・なんばの人出の状況をみると(この区域の北側の部分に道頓堀が含まれる)、緊急事態宣言の発出に先立つ4月上旬から人出が減少に転じている(図表2)。梅田や心斎橋など大阪の主な繁華街についても同様の変化を見てとることができる。

図表2 大阪・なんばの人出の状況(2020年1月~21年5月・日次)

(資料出所)株式会社Agoop

3月末から4月初にかけて、大阪府の感染者数(1週間当たりの新規陽性者数)は前の週の2倍を超えるペースで増加し、感染拡大と病床ひっ迫への懸念の声が数多く聞かれるようになっていたが、このようなリスクの顕現化が外出の手控えにつながり、人出の増加を抑える要因として作用したことがうかがわれる。すなわち、宣言そのものというよりは、宣言を発出しないといけなくなるほどになった状況の悪化に反応して、人出が自律的に調整されているということになる。

感染、発症、検査を経て感染者の状況が報告されるまでに2週間程度の時間がかかることを踏まえると、4月上旬から人出の減少が生じるようになったことと、4月下旬に感染者の増加ペースの鈍化が生じるようになったことの間には一定の関係があるとみることができるだろう。

緊急事態宣言の発出に先立って人出が減少に転じることは、今年の冬(2回目)の緊急事態宣言のときにも生じた。大阪・なんばの人出の状況を見ても(前掲図表2)、今年の年初には去年の年末に比べて人出が大きく減っており、2月初までその状態が維持された。このような状況は、東京の主な繁華街についてより顕著にみられる(この点の詳細については「「不況下の株高」と巣ごもり消費」の後半部分をご参照ください)。

 最近時点の状況についてみると、大阪の主な繁華街の多くにおいて、昨年春(1回目)の緊急事態宣言の解除後で最も低い水準まで人出が減っていることが確認できる。このような状況が継続していけば、大阪府の感染者数(新規陽性者数)は5月下旬にかけて漸減していくこととなるだろう。これに比べると、東京都の主な繁華街の人出の減り方はやや鈍く、今後の感染拡大を引き続き注視すべき状況にある。

3.感染防止と経済活動のバランス

感染防止のための取り組みは休業や時短の要請などの措置を伴うが、このような対応は過剰反応であり、「経済を回す」ためにはむしろ各種の制限を緩和すべきという見解がこのところ多く見られるようになった。経済活動の制限は大きなコストを伴うから、費用対効果を考えて感染防止と経済活動のバランスに配慮した対応が必要なことは確かだ。

もっとも、ここで留意が必要なのは、感染拡大そのものが外出や飲食などを手控える動きにつながり、景気を冷やす要因になる可能性があるということだ。さきほど見たように、感染が拡大して病床のひっ迫が懸念される状況になると、緊急事態宣言の発出に先立って人出の減少が生じることは、このようなことが現に生じていることを示唆するものだ(もちろん、宣言の発出より前に国や自治体の関係者から外出自粛のお願いなどがなされるから、外出などを手控える動きにはこのような緩やかな政策介入の影響もあるものとみられる)。景気ウォッチャー調査(内閣府)で地域別の現状判断DIをみると、宣言が発出された地域だけでなく、それ以外の地域についても、感染が拡大した時期に景況感の悪化がみられる。

この点を踏まえると、感染拡大の防止と経済活動の促進をことさら対置して、休業や時短の要請を一律に好ましくないものととらえるよりは、今回の緊急事態宣言のもとで行われているような広範な制限がはたして必要なのか、経済活動の休止に見合うだけの十分な合理性があるのかを、それぞれの制限に即して具体的に検討していくほうがよいということになる。今回の緊急事態宣言においては、繁華街などの人出(人流)そのものを抑えるという観点から、直接的な感染リスクの大小にかかわらず、大型の商業施設全般について休業要請がなされているが、このような対応の合理性・妥当性については改めて点検が必要ということになるだろう。

たとえば百貨店については、食料品・化粧品とレストランは営業、それ以外は休業といった対応がなされているが、高級ブランドを扱うショップのある衣料品のフロアと、食料品のフロアを比べた場合、買い物客の密度は食料品のフロアのほうが高いというのが一般的な状況であろう。衣料品のフロアを休業、レストランのフロアを営業とするという取り扱いも、感染防止という観点から見た場合に合理的な措置とはいえないかもしれない(なお、休業要請において除外対象とされている「生活必需品の売り場」の定義は曖昧なため、婦人服売場を営業としている百貨店もある)。

特定の地域において経済活動に広範な規制をかけることは、規制を回避する活動を誘発し、かえって県境を跨ぐ人の移動を促してしまうおそれもある。たとえば、都内の商業施設が休業をすると、買い物客が横浜に流れ、東京都から神奈川県への人の移動が増えてしまうといったことが起こり得るからだ。このような形で隣接県の商業施設で混雑が発生すると、今度はそれらの施設でも入場制限を行うといった必要性が生じてしまうことになる。このことを踏まえると、人出(人流)そのものの抑制を目指して一定規模以上の商業施設を一律に休業とするよりも、感染リスクが高いとみられる活動に範囲を絞っての対応が望ましいということになる。

このように制限の対象となる業種や業態を絞ったうえで、休業要請や時短要請の対象となる事業者に対しては営業の休止に見合う十分な補償を行うことが、感染防止と経済活動のバランスをとるうえで重要ということになるだろう。

ここまで、さまざまなデータをもとに新型コロナへの政策対応のあり方について点検を行ってきた。ともすると、「変異株」、「コロナ慣れ」、「自粛疲れ」といった言葉にひっぱられて、移動や飲食を伴う活動の水準が感染者数の多寡に影響を与えるという基本的な関係が見落とされがちになるが、「人出が増えれば(減れば)、感染者数が増える(減る)」という関係は、一定のラグを伴いつつも引き続き維持されている。感染拡大が続く中、先行きは見通しにくいが、今後も注意深く推移をながめていくこととしたい。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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