2016.11.03
特集:アメリカ社会を読み解く
1.前嶋和弘氏インタビュー「ヒラリー・クリントン大統領誕生でアメリカはどう変わるのか」
ついに一週間後に迫ったアメリカ大統領戦投票日。予想外の展開が相次ぎ、終始予断を許さない戦いであったが、ようやく民主党候補ヒラリー・クリントン氏の当選の兆しが見えてきた。そこで今回は、「もしクリントン候補が当選したら、その後のアメリカ社会はどうなるのか?」をテーマに、大統領戦後の動向について上智大学教授の前嶋和弘氏にお話を伺った。(聞き手・構成/大谷佳名)
◇ヒラリー・クリントンは「ワシントンのインサイダー」
――アメリカ大統領選挙の投票日が目前に迫っていますが、優勢であるはずの民主党候補ヒラリー・クリントン氏は大統領として積極的に支持されていないと聞きます。非常に優秀なキャリアの持ち主であるにもかかわらず、なぜそれほど不人気なのでしょうか?
ヒラリー・クリントン氏が人気がないのは、あまりにもワシントンのインサイダーであるからです。ファーストレディ、上院議員、国務長官、クリントン氏は25年近く政治の中心にいます。長くワシントンにいれば政策通にはなりますが、それだけインサイダーになってしまう。物事を動かせる有効な人的ネットワークは、視点を変えれば「癒着」に他ならないのです。電子メール問題やウォール街との関係などは、まさに「癒着」が生んだものです。政治不信が非常に高まる中、インサイダーは嫌われます。
もちろん「ガラスの天井」を破ったという意味で女性大統領の誕生は歴史的ですが、「女性」初という形容詞よりも「インサイダー」の形容詞の方がどうしてもクリントン氏の場合は強い。他の国では朴槿恵氏やメルケル氏など、すでに女性が有力な国家の政治のトップになるケースが目立っており、2008年の大統領選挙で民主党の指名を獲得できなかった段階で、「女性初」の形容詞はどうしてもかすんでしまっているのです。
――彼女自身のイメージに問題があるのですね。一方で、対する共和党候補ドナルド・トランプ氏に対しては、女性スキャンダルが次々に報じられるなどメディアの批判的な報道が目立っています。どういった事態が起きているのでしょうか。
本選挙の段階で共和・民主の指名を獲得した候補者がこれだけ否定的に報じられるのを、私は見たことがありません。実際、今回の大統領選挙についてのメディアの内容分析ではトランプ氏に批判的な報道の数は、予備選が始まった段階から右肩上がりに増え続け、現在に至っています。「不適任な候補だから当然」なのか、「公平ではない」のか議論が分かれるところではあります。トランプ氏からしてみればもちろん後者であり、「(民主党支持の)メディアのリベラルバイアス」「メディアの陰謀」というのが、いつもの指摘です。
――トランプ氏に対しては、共和党関係者の中でも主流派を中心に不支持を表明する動きが続いていると聞きます。トランプ氏の台頭によって、共和党内の軋轢が大きくなったと言えるのでしょうか。
トランプ氏の支持者である「ブルーカラー保守」はこれまで選挙に行かなかったような層であり、共和党支持者の割合を変えているのは確かです。ただ、「議会内共和党」としてみると、議員の中のトランプ氏の熱烈な支持者は限られており、いつもの「小さな政府+宗教保守」の連合体です。そのため、共和党内の内部の軋轢はそれほど大きくはありません。
――ここにきて、クリントン氏に対するFBIによる電子メール問題の調査再開という大きな展開がありました。この影響はどうなるでしょうか。
FBIによる電子メール問題の調査再開ですが、確かに選挙戦の最後の最後の段階の波乱要因です。ただ、この段階で国民の多くはすでに支持候補を決めているため、激戦州のいくつかの情勢は変わるかもしれませんが、影響はある程度限定的かと思います。
――クリントン氏が当選した場合、その後の民主党と共和党の対立はどうなるのでしょうか。オバマ政権は、共和党からの反発にかなり翻弄されましたよね。
現在は「共和党対民主党」という政治的分極化が歴史的に見て最も鮮烈です。おそらく、クリントン政権発足一日目から、ライアン下院議長はクリントン政権が支持する政策の立法化を徹底的に阻止するでしょう。分極化そのものは長いプロセスを経て現在の対立となったため、両党のバランスが変わるのはもう少し先になると思います。その意味で、オバマ政権時代と全く変わらない、分極化がもたらす動かない政治が続くと見ています。……つづきはα-Synodos vol.207で!
2.山岸敬和「オバマケアが意味するもの――医療制度改革とアメリカ建国の理念」
私たち日本人としては、なぜアメリカでは皆保険の導入が遅れたのか不思議に_思うかもしれません。そこにはアメリカの自由の理念を巡る激しい政治的争いがありました。その過程から日本人が学ぶべきこととは何なのでしょうか。
バラク・オバマ大統領は「アメリカ史上初の黒人大統領」としてよりも、「医療保険改革を成し遂げた大統領」として歴史に名を刻むことを望んでいるだろう。
2010年3月にオバマ大統領がリーダーシップを発揮して成立させた患者保護および医療費負担適正化法(Patient Protection and Affordable Care Act:通称オバマケア)は「100年の一度の改革」と言われる。
20世紀初頭から皆保険をアメリカに導入しようとする動きが始まり、フランクリン・ローズヴェルト、ハリー・トルーマン、ジョン・F・ケネディ、リンドン・ジョンソン、ビル・クリントンなどが改革に挑戦した。しかし、このような大統領の努力にもかかわらず、アメリカは皆保険の実現を見ず、「先進国の中で唯一皆保険がない国」と言われながら21世紀を迎えた。
それがオバマケアの成立によって、アメリカは皆保険に大きく近づくための大きな一歩を踏み出したといえる。まさにオバマケアを生み出すために約100年間にも及ぶ戦いが背景にあったのである。だからこそオバマ大統領はこの改革を政権の「レガシー」として位置付けたいと思っているのである。
しかし多くの日本人にとって、なぜ皆保険の導入がここまで揉めてきて、そしてなぜオバマケア成立後7年近くも経過した今でもオバマケアをめぐる政治的争いが続いているのかを理解するのは困難であろう。本稿では、このような疑問に少しでもお答えしたい。
◇医療保険改革の背景にあるもの
下の写真は、オバマケアに対して違憲訴訟が起こされた際に、最高裁判所の前で賛成・反対両陣営がデモを行った時の一幕である(写真は筆者撮影)。多くの人でごった返しているなかで、聖職者と見られる三人が地に伏せて祈っている。
彼らはオバマケア賛成派なのか反対派なのか?何のために祈っているのか?この文脈が理解できなければオバマケアをめぐる政治的争いの本質が理解できない。
この三人はオバマケア反対派である。オバマケアの全体像については次項で述べるが、オバマケアは保険プランの給付内容について新たに規制を設けた。その中で避妊に関係するようなサービスが含まれるようになったのである。彼らはそれに対して反対していたのである。
アメリカの医療保険改革をめぐる政治過程を理解するためのキーワードが二つある。「アメリカ例外主義(American exceptionalism)」と「社会主義的医療(socialized medicine)」である。
アメリカ例外主義というのは、アメリカはヨーロッパ諸国と異なった理念や原則で作られた特別な国であるという考え方である。その起源を遡ると、宗教の自由を求めて現在のマサチューセッツ州のプリマスに上陸しようとした際にジョン・ウィンスロップが使った「丘の上の町」を作ろうという言葉が基になっている。絶対君主制によって支配された暗い旧世界(ヨーロッパ)に上から光を照らす存在になろうという考え方である。
アメリカが建国され、その精神は合衆国憲法に書き込まれた。人民の自由をできるだけ保証するためになされたのは、徹底した権力の分散である。連邦政府は憲法に明記したことのみ行うことができ、その他の統治権限は州政府に属するという形をとった。さらに連邦政府の中でも一部分に権力が集中しないように、大統領は連邦議員と兼任できないなどの仕組みが取り入れられた。……つづきはα-Synodos vol.207で!
3.大森一輝「アメリカに人種差別はなくなったのか?――カラー・ブラインド論によって見なく/見えなくなっているもの」
アメリカでの黒人に対する警官の暴力事件は、日本でも頻繁に報道されています。しかし、今回の大統領選ではそうした問題は争点になっていません。なぜなのでしょうか?人種差別を語ることがタブーになりつつある中で、この問題にどう向き合っていくべきなのか考えます。
◇変わらない警察暴力と語られない人種差別
まもなく任期が切れる「黒人」大統領バラク・フセイン・オバマがアメリカを率いた8年間は、黒人に対する警察暴力が顕在化した時期でもあった。ただし、警官による不当な「捜査」・過剰な暴力行為自体は、多くの黒人が都市部に出てきた20世紀初頭から絶え間なく続いてきたものである(公民権運動期の警察が、デモ等の抗議行動に参加した黒人市民を力ずくで押さえ込んだことを思い出してもらいたい。もっと陰湿な嫌がらせや「いじめ」は数限りなく、組織ぐるみの暴行・殺人さえあった)。
そういう意味では、「黒人」大統領が何かを誘発したわけでは必ずしもない。変わらないのは警察の予断(レイシャル・プロファイリング=人種ごとの犯罪傾向をあらかじめ決めつけて「捜査」すること)、変わったのは人々の規範意識(あからさまな人種差別は許されないという感覚)とテクノロジー(誰もがいつでも・どこでも写真・ビデオを撮り他人に送れるようになったこと)だろうか。
しかし、変わらない偏見の力のほうが圧倒的に強く、変わったはずの差別に対する意識は、個々の事例を例外的に酷い現象だとして批判するのみで、人種主義(人種の違いに過剰な意味を持たせ、それに基づく判断とその結果を正当化する考え方)と一体になった差別構造に迫ることができずにいる。
象徴的な出来事は、2009年1月1日未明に起こった、オスカー・グラント「殺人」事件である。オバマの大統領当選(2008年11月4日)とホワイトハウス入り(2009年1月20日)の間、(人によっては希望であったり、衝撃であったり、嫌悪であったかもしれないが、いずれにしても)アメリカ中が「変化」を感じつつ新しい年を祝っている最中、喧嘩という通報を受けサンフランシスコの高架鉄道の駅に駆けつけた警官たちは、無実を主張する丸腰の22歳の黒人青年を、ホームで押し倒し、うつぶせにして押さえ込み手錠をかけ抵抗できない状態にしたまま、背中から撃った。
翌日グラントは亡くなり、地元TV局が携帯電話で撮影された「処刑」シーンのビデオを放送するも、テーザー銃(矢を発射して電気ショックで相手の動きを止める武器)と拳銃を間違えたという、遺族を愚弄するかのような(あるいは、左右の腰に別々に装備していた2倍も重さに違いのある2種類の武器の判別もつかず警察官失格であると自ら告白するような)言い訳が認められ、実行犯である警官は、過失致死罪で11か月間服役しただけで、4歳の娘から愛する父親を永遠に奪った罪を「償った」とされた(グラントが過ごした最後の24時間を、多少の脚色を施しながらも、忠実に再現しようとした映画「フルートベール駅で」[2013年公開]を参照されたい)。
オバマが2期目を目指す選挙戦を順調に進めていた2012年2月には、フロリダ州で17歳の男子高校生トレイボン・マーティンが、若い黒人がフードを上げて顔を隠しながら高級住宅街を歩くとは不審だと言いがかりをつけてきた自警団員と口論になり、射殺される。犯人は、何の武器も持っていなかったマーティンに対して正当防衛を主張、警察もそれを認め、当初は逮捕すらしなかった。抗議の声の高まりを受けて起訴されるも、結局、この男は、立法(フロリダのみならず米国の過半数の州には、身の危険を感じた際、逃げるのではなく即座に発砲することを許容する法がある)・警察(事情聴取だけで捜査をしなかった)・司法制度に守られ、無罪放免となる。……つづきはα-Synodos vol.207で!
4.渡辺靖さん「奉仕大国アメリカ――世界に拡散するソフト・パワー」
奉仕・寄付大国として知られるアメリカですが、現在、その動きは新興国を中心に世界中に広がっているそうです。アメリカの底力とも言えるこうした助け合いの文化はどうやって生まれ、培われてきたのか。その現状について見ていきます。
※本稿は、渡辺靖著『沈まぬアメリカ 拡散するソフト・パワーとその真価』(新潮社)第七章「ロータリークラブ 奉仕という名のソフト・パワー」を抄録したものです。
◇奉仕のクラブ
イリノイ州エバンストン。シカゴ郊外に位置するこの町の名を初めて目にしたのは大学四年の頃。当時、国際ロータリーの奨学生に選ばれ、事務的な手続きのため、何度も手紙やらファックスを送った先がエバンストンにあるロータリークラブの本部だった。それまでアメリカを訪れたことがなく、インターネットも無かった時代の話である。一体どのような町なのか想像しては、留学生活への期待を膨らませていた。
もっとも、ロータリークラブそのものは日本全国にあり、地元の名士が名を連ねていることは学生の私でも知っていた。ただ、クラブの入会には会員(ロータリアン)の推薦と会員全員の賛同が必要なこと、週に一度、食卓を囲んでの定例会(一時間程度)に出席する義務があること、欠席した場合は国内外の他クラブに出向き埋め合わせをしなくてはならないこと、一業種につき会員は一人を原則とすることなど、細かな決まりがあることは奨学生になって初めて知った。
公園の清掃や車椅子の寄付といった地域での社会奉仕活動からポリオ撲滅などへ向けた国際奉仕活動、海外からの奨学生への支援に至るまで、時間的にも経済的にも相応のコミットメントが必要のようで、実に奇特な集まりだと感心した。
その点は留学先のアメリカでも全く同じだった。ロータリーでの私のホストはボストン郊外で小さな会社を経営する、当時五十歳くらいの白人男性だった。幾度か例会にも招かれたが、会員は地元に根をおろした医師や弁護士、会社社長など「プロフェッショナル」(専門職業人)が中心だった。会場に大きく掲げられたロータリーのエンブレム(シンボルマーク)、ロータリー・ソングの斉唱など、例会の光景は日本でも見覚えのあるものだった。
「クラブ」といっても、ロータリーは、ライオンズやキワニス同様、「奉仕クラブ(service club)」であり、「社交クラブ(social club)」とは異なる。自前のダイニングやホール、ましてや宿泊ルームを有しているわけではない。とはいえ、社会的に成功を収めたミドルクラスが集っている点で、社交クラブ的な側面もあることは否めない。
私の場合、奨学生としての期間が終わると、次第にロータリーとの関係も薄れてしまったが、日本やアメリカのみならず、オーストラリアからブラジル、ウガンダ、インド、マレーシア、フランス、トルコと、これまでに訪れた多くの国々でロータリーのエンブレムを見かけては、そのグローバルな広がりを実感するようになった。とりわけ、ロータリーがアメリカ発の、そしてミドルクラス主体の奉仕活動であることを考えると、大国としてのレガシーを象徴しているかのように思えた。……つづきはα-Synodos vol.207で!
5.西山隆行「アメリカにおけるエスニック・ロビイング」
アメリカのユダヤ系を中心とした勢力的なロビー活動は広く知られています。「ロビイングは正当な政治参加の方法」とされるこの国で、こうした活動はどのような影響をもたらしているのか。トルコ系、メキシコ系、アジア系、キューバ系、それぞれのエスニック集団によるロビー活動の特徴を解説していただきました。
2007年、アメリカを代表する国際政治学者のジョン・ミアシャイマーとスティーヴン・ウォルトが『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』と題する著作を発表し、世界に衝撃を与えた。世界の中で最も裕福な国の一つであるイスラエルに対し、アメリカは高水準の物質的援助と外交的支援を与えている。
アメリカ国民の多くはそのような政策に批判的であり、かつ、その対イスラエル政策はアメリカの国益に反する結果を伴っている。にもかかわらず、アメリカの有力政治家がイスラエルに対する全面支援を公言し続ける背景には、ユダヤ系を中心とする活発なロビー活動があるというのである。
活発なロビー活動は、アメリカ政治の特徴の一つだとしばしば指摘される。エスニック集団が行うロビー活動がアメリカ政治に大きな影響を及ぼしているという指摘も頻繁になされている。中でもユダヤ系のロビー活動については、先のミアシャイマーらの著作で詳細に紹介されている。そこで本稿では、アメリカ政治におけるロビー活動の意義について紹介したうえで、ユダヤ系以外のエスニック・ロビー活動について簡単に紹介することにしたい。
◇ロビイングの意味
ロビイングとは、様々な利益集団が政治家や役人に対して行う働きかけのことである。ロビイングという名称は、このような活動がしばしばホテルのロビーで行われてきたことに由来している。なお、論者の中には、政治家に対する働きかけをロビイングと呼び、役人に対する働きかけを「廊下」を意味するコリドーをもじってコリドリングと呼んで区別する人もいる。しかし本稿では、特段そのような区別は行わず、政治的目的の達成を目指して利益集団によって行われる働きかけをロビイングと呼ぶことにしたい。
日本の読者の中には、このような活動は政治腐敗の温床になるので禁止するべきだと思う人もいるかもしれない。しかし、アメリカではロビイングは正当な政治参加の方法だと考えられていて、ロビイングを行うことを生業とするロビイストは連邦ロビイング統制法に基づき登録しなければならないことになっている。
国民の政治参加と言えば、選挙を思い浮かべる人が多いだろう。投票が重要な政治参加であることは間違いない。だが、投票が政治家に対して伝える情報は実は不明瞭である。ある候補に投票した場合、その投票が候補のどの政策に対する支持の結果なのかは、選挙結果を見ただけではわからない。ひょっとすると、その投票は、他の候補に対する批判票に過ぎないのかもしれない。投票が政治家にもたらす情報は限定的かつ曖昧であり、当選した政治家は自らに都合のよいように選挙の意味を解釈する可能性がある。選挙はさほど頻繁に実施されるわけではないことを考えても、公職者に対して人々がその意思を日常的に伝えることには大きな意義がある。
自発的結社の伝統が強いアメリカでは、何らかの利益関心を持つ人々が利益集団を形成するのは自然なことだと考えられている。様々な利益集団が大統領や連邦議会議員、役人に働きかけることは一般的だし、訴訟を提起したり法廷意見書を提出するなどして裁判所に働きかけることもある。連邦政府のみならず、州政府や地方政府に働きかけることも多い。アメリカにおいてロビイングは、日本で考えられているよりも頻繁に行われているし、積極的な意味が与えられているのである。多民族、多人種の国家であるアメリカで、エスニック集団がロビイングを行っても全く不思議ではないのである。……つづきはα-Synodos vol.207で!
6.片岡剛士「経済ニュースの基礎知識TOP5」
日々大量に配信される経済ニュースから厳選して毎月5つのニュースを取り上げ、そのニュースをどう見ればいいかを紹介するコーナーです。今回は9月日銀短観、米7~9月期GDP速報値、ブラジル中銀4年ぶり金利下げ、黒田総裁「追加緩和必要なし」、深まらぬTPP議論についてみてきたいと思います。
◇第5位 9月日銀短観(2016年10月3日・4日)
今月の第5位のニュースは、日銀が10月3日に公表した9月の全国企業短期経済観測調査(短観)の結果についてです。
大企業製造業の業況判断指数(「良い」と回答した企業から「悪い」と回答した企業の割合を差し引いた値)はプラス6となり、前回調査(6月)と同じとの結果になりました。先行き(3か月後の予想)もプラス6と横ばいが続く見込みです。
大企業製造業の景況感が改善しないのは、円高が進んでいることが指摘されます。今回の短観の結果をみると、2016年度の想定為替レートは1ドル=107円92銭となり、6月時点と比較して3円超の円高となりました。10月初めの為替レートは101円程度であるため、予想を超えて進む円高が企業業績を圧迫しています。10月末の為替レートは1ドル=105円台となっており、やや円安気味で推移していますが、それでも想定為替レートと比較して円高の状況です。こうした展開は企業業績の見通しにも悪影響です。
個人消費の停滞が続く中、小売業の景況感も悪化しています。足元の動向は6月調査と比較して4ポイント悪化のプラス7となっています。こうした個人消費の低迷は企業の物価見通しにも悪影響を与えています。4日に公表した「企業の物価見通し」をみると、企業が想定する消費者物価の前年比上昇率は、全規模・全産業の平均で1年後が0.6%上昇となり、6月調査から0.1%ポイント低下しました。低下は5四半期連続であり、企業の予想インフレ率は鈍化が続いています。1、3、5年後の全てにおいて2014年3月の調査開始以降で最も低い水準となっています。
10月28日に公表された9月消費者物価指数の結果は、食料及びエネルギーを除く総合指数前年比が0%まで低下しました。予想インフレ率の停滞が続くことで物価上昇率が再び下落する可能性が濃厚です。持続的な物価下落が続くデフレに再び突入するリスクが高まっていると言えるでしょう。……つづきはα-Synodos vol.207で!
プロフィール
シノドス編集部
シノドスは、ニュースサイトの運営、電子マガジンの配信、各種イベントの開催、出版活動や取材・研究活動、メディア・コンテンツ制作などを通じ、専門知に裏打ちされた言論を発信しています。気鋭の論者たちによる寄稿。研究者たちによる対話。第一線で活躍する起業家・活動家とのコラボレーション。政策を打ち出した政治家へのインタビュー。さまざまな当事者への取材。理性と信念のささやき声を拡大し、社会に届けるのがわたしたちの使命です。専門性と倫理に裏づけられた提案あふれるこの場に、そしていっときの遭遇から多くの触発を得られるこの場に、ぜひご参加ください。