2012.05.11
朝鮮学校「無償化」除外問題Q&A
朝鮮学校に対する「高校無償化」除外は、事態が一歩も進まないまま恒久化の様相を呈しつつあります。問題が長期化するにともなって、権威あるメディアによって正確な情報が共有される機会が減り、逆に巷間では、誤情報が修正されずに流布することが多くなってきたように思います。
そこで、本稿ではQ&A形式であらためて情報を整理したいと思います。朝鮮学校「無償化」除外問題を論じるにあたって参考にしていただければ幸いです。
せっかく情報を整理しようというのに言葉の使い方で混乱があってはなりませんので、はじめに4つ用語の整理をしておきます。
(1)いわゆる「高校無償化」は、後述する通り2つの事業からなっているのですが、その両方を含む制度全体を「高校無償化」と呼ぶことにします。
(2)朝鮮民主主義人民共和国のことは北朝鮮と表記します。
(3)朝鮮高級学校の略称は通常「朝高」ですが、文中ではやや視認性が悪いため「朝鮮学校」と略します。
(4)外国人学校、インターナショナルスクール、民族学校などを総称して「外国人学校など」とします。
Q1. 日本の私立高校でも無償にはならないのに、なぜ朝鮮学校だけ無償化が議論されているのか。
「高校無償化」に関しては、2010年2月からマスメディアなどで朝鮮学校だけが主な話題になってきたため、「日本の私立高校ですら無償化されないのに、なぜ朝鮮学校だけ無償化されるのか」と誤解する人もいるようです。しかし、事実はまったくの逆で、朝鮮学校だけが「高校無償化」の適用を2年以上ものあいだ留保され続けていることが問題になっているのです(経緯はQ5参照)。
ここで、いわゆる「高校無償化」がどのような制度なのか整理しておきましょう。
マスメディアでは「高校無償化」や「高校授業料無償化」と呼ばれていますが、正式名称を「公立高等学校の授業料無償化・高等学校等就学支援金制度」といいます。これは、(1)公立高校の生徒から授業料を徴収しない「授業料無償制」と、(2)私立高校などの生徒に公立高校の授業料相当分を「就学支援金」として助成する2つの制度からなっています。
つまり、実際に「無償」になるのは公立高校に通う生徒のみです。それ以外の私立高校などは一般に公立高校よりも授業料が高いので、生徒は就学支援金と授業料の差額分を在籍校に納付しなければなりません。
学校の種別と「高校無償化」制度の関係をまとめたのが表1です。外国人学校などが学校として認可されるときは、各種学校に分類されることになります(Q3参照)。ただし、「外国人学校など」と一口にいっても実態は多様ですので、「高校無償化」を適用するにあたって文部科学省令が定められ、以下の3種類が対象になると規定されました。
(イ)出身国の教育制度に沿った教育を日本で行っている「外国人学校」。例えば、ブラジル学校、韓国学校、中華学校、ドイツ学校、フランス学校などがこれに相当します。
(ロ)いろいろな国の子どもたちが在籍する「インターナショナルスクール」。どこかの国の教育制度に準拠しているわけではないので、文科省が指定した国際的教育評価団体から学校として認可されていることが支給の条件となります。
(ハ)高等学校の課程に類する課程を置くものと認められるものとして、文部科学大臣が指定したもの。いわば「その他」に当たります。ここには、(ロ)に漏れたインターナショナルスクールとコリア国際学園、そして朝鮮学校が含まれます。
以上の規定により、「各種学校」認可を受けている外国人学校などは、朝鮮学校を除いてすべて就学支援金の支給を受けています。文科省が公表した、就学支援金の対象となる外国人学校などの一覧が次のURLです。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/mushouka/1307345.htm
なお、ここまでの説明から明らかなように、「他のインターナショナルスクールなどは無償化されないのに朝鮮学校だけ無償化を求めるのはおかしい」といった主張(例えば https://twitter.com/#!/FIFI_Egypt/statuses/179514161464750080)も、Q1と同様に間違っているということになります。事実は、「条件を満たした他の外国人学校などはすべて就学支援金が支給されている一方で、朝鮮学校だけが“慎重に審査している”という名目で長期間にわたって除外され続けている」、ということになります。
Q2.北朝鮮とは国交がなく朝鮮学校の教育内容を確認できないので、「高校無償化」の対象から外されているのではないか。
一時期そのような報道もありましたが、二つの意味で、事実と異なります。
第一に、日本と国交のない台湾系の中華学校2校は、現に就学支援金の支給を受けています。公式の外交関係がなくとも、「出身国の高校に相当する」ことを証明する書類のやり取りは可能なのです。したがって、国交の有無は「高校無償化」の適用と関係がありません。
第二に、そもそも朝鮮学校は「北朝鮮の高校に相当する」学校ではありません。というのも、北朝鮮の学校と朝鮮学校とでは教育制度が異なるからです。北朝鮮では、幼稚園が1年、小学校4年、中学校6年の計11年が義務教育です。一方、朝鮮学校は日本の教育制度に合わせて6-3制をとっています。したがって、たとえ北朝鮮政府と外交関係があったとしても、「朝鮮学校が北朝鮮の高校に相当する」ことを証明できるかどうか極めて微妙です。
Q1への回答で示した各種学校の3区分のうち、韓国学校が(イ)「外国人学校」に含まれていたのに対して、朝鮮学校が(ハ)「その他」とされたのも、そうした事情によるものだと考えられます。
ところで、なぜ朝鮮学校の教育制度が北朝鮮と異なっているのかといえば、朝鮮学校設立の経緯に理由があります。
在日コリアンは植民地支配によって奪われた言葉や名前やアイデンティティを取り戻すため、終戦直後から精力的に学校を設立しました。1948年に北朝鮮が建国される2年前の段階で、すでに小学校525校、中学校4校が設立されていました。それらが朝鮮学校のルーツです。
1950年代半ばからは北朝鮮風の教育を強めていきますが、それでも北朝鮮の教育制度に合わせるということはせず、逆に、日本で学習指導要領が改訂されるたびにカリキュラムを改正するなど、日本の教育と適合するよう歩調を合わせてきました。
いわば、朝鮮学校は「北朝鮮の学校」というより、北朝鮮に愛着とつながりを持ちつつ日本社会に根づいた「在日コリアンの学校」です。
Q3.朝鮮学校は学校教育法第一条にいう「学校」ではないのだから、そこまで「高校無償化」の対象とするのはおかしいのでは。
制度の対象をどこまで広げるかは国会で審議すべき課題であり、その回答はすでに出ています。Q1への回答で説明した通り、いわゆる「一条校」だけでなく専修学校の高等課程や各種学校の外国人学校などが対象に含まれることになりました。
各種学校全体が制度の対象から外されるのであればともかく、すでに他の外国人学校などが「高校無償化」の対象になっている以上、朝鮮学校だけを除外するのは違法性の高い人権侵害となります(Q7を参照)。
ところで、実態として「学校」以外の何物でもない外国人学校などが、なぜそろばん学校や自動車学校と同じ「各種学校」という位置づけしか与えられていないのかというと、朝鮮学校をめぐる歴史にその由来があります。
政府は戦後の混乱期に在日コリアンへの警戒心を強めたようで、1948年に入ると朝鮮学校を解体するべく様々な策を講じました。「阪神教育闘争」と呼ばれる激しい抵抗運動を暴力的に退け、ついに全校を強制的に閉鎖するところまで追い込みました。
その後、1950年代に入って朝鮮学校は再起を図りますが、政府は学校法人としての資格を与えようとしませんでした。1965年の都道府県知事あて文部事務次官通達には次のようなくだりがあります。「朝鮮人としての民族性または国民性を涵養することを目的とする朝鮮人学校は、わが国の社会にとって、各種学校の地位を与える積極的意義を有するものとは認められないので、これを各種学校として認可すべきでない」
しかし、各種学校の認可権はすでに都道府県に移管されていたため、朝鮮学校は各知事との交渉によって学校法人としての設置認可を獲得していきました。
これを見た政府は、1966年、従来の各種学校区分から「専修学校」と「外国人学校」を分離する法案を提出します。前者は多様な教育の振興を図るという保護策であるのに対し、後者は文部大臣の閉鎖命令を伴う検査権限を含む敵視策でした。
この法案は、あまりにも非人道的だという、当時の圧倒的な世論に押され廃案となりましたが、専修学校を切り離す案だけが生き残りました。そして、専修学校の規定に「我が国に居住する外国人を専ら対象とするものを除く」と明記されたことによって、外国人学校などは小規模な教育機関と同じ各種学校の枠に封じ込められたわけです。
以来、政府が教育事業を展開するとき、「一条校」と専修学校を対象とし、各種学校を対象外とするやり方で朝鮮学校への弾圧は継続しました。各種学校の外国人学校などが政府の教育事業の対象になったのは「高校無償化」が初めてのことです。
つまり、朝鮮学校が「一条校」ではないから教育事業の対象にしないのではなく、むしろ朝鮮学校に助成を与えない差別政策を正当化するために外国人学校などが各種学校に囲い込まれてきたというのが歴史的経緯です。
Q4.本当に朝鮮学校の生徒以外に「高校無償化」の適用を受けることのできない高校生はいないのですか。
いわゆるフリースクールに通う子どもたちや、各種学校の認可を受けていない南米系の外国人学校などに通う子どもたちが、「高校無償化」の適用を受けられずにいます。
就学支援金は学校ではなく生徒を対象に支給されるものであると法文に明記されている以上、通っている学校によって不平等が発生しているのはたいへん問題のある事態だといえます。
学校種別によって助成制度の適用範囲を絞るというのはQ3で説明した歴史的経緯に由来する伝統なのでしょう。しかし、グローバル化への対策として規制緩和が叫ばれている時代に、学校設置認可による事前チェックと護送船団方式を続けていてよいのかということから考えなおしたほうがいいのかもしれません。
基本的にはすべての生徒を「高校無償化」の対象としたうえで、教育の質に問題があると判断されれば対応するといった事後チェック方式に転換することによって、無認可のフリースクールが対象外とされた問題は解消できます。
また、朝鮮学校や無認可の外国人学校などについては、そもそも「外国人学校」を規定した法律が存在しないことによる矛盾ともいえます。冷戦期の歴史的経緯を引きずったままでは、グローバル化が進行する中でますます歪みが大きくなるばかりです。
1960年代のように外国人学校などを敵視するための政策としてではなく、民族的マイノリティの教育振興を図る目的で「外国人学校振興法」を制定すべき時期に来ています。
Q5.なぜ朝鮮学校だけが「高校無償化」の適用を留保され続けているのか。
これまでの経緯を年表形式で振り返ってみましょう。肩書はいずれも当時のものです。
2010年
01月29日 高校無償化法案上程。
02月21日 中井洽拉致問題担当相が、朝鮮学校除外を要請していたことが判明(●)
02月24日 国連・人種差別撤廃委員会で、朝鮮学校除外に懸念を表明。
03月03日 衆院文科委員会の23人の国会議員らがそれぞれ東京朝鮮中高級学校を視察。
04月01日 「高校無償化」法施行。朝鮮学校等については専門家会議で客観的基準を作り判断することに。
08月31日 朝鮮学校無償化適用に関する専門家会議の報告書公表。文科省、朝鮮学校を無償化の対象にする方向を固める。
11月24日 北朝鮮の韓国砲撃を受け、菅直人首相が朝鮮学校への無償化適用保留を指示(▲)
2011年
02月04日 参議院の質問主意書に対して、菅直人首相が朝鮮学校への無償化適用保留には法的根拠がないと回答
08月29日 菅直人首相が文部科学大臣に「高校無償化」の朝鮮学校への適用審査を再開するよう指示
09月02日 野田内閣が発足。以後、現在に至るまで適用審査を「慎重に」続けている。
以上の出来事のうち、朝鮮学校への「高校無償化」適用を留保する動機となったのは、●(拉致問題への制裁)と▲(砲撃事件への制裁)の二つです。
「外国人学校の無償化指定については、外交上の配慮などにより判断すべきものではなく、教育上の観点から客観的に判断すべきものである」というのが国会での法案審議の過程で明らかにされた政府の統一見解なのですが、2つの出来事はいずれも北朝鮮に対するペナルティを朝鮮学校に負わせようとしたものと解釈するのが自然です。
このことについては、「江戸の敵を長崎で討つ式の筋違いだ」とか、「子どもたちを外交の犠牲にするのはおかしい」といった批判が寄せられています。
Q6.他の国でも外国人学校に助成金など与えていないと聞く。日本人の税金で外国人学校を支援する必要はないのではないか。
「他の国でも外国人学校に助成金など与えていない」という話はネットではずいぶん広範に流布していますが、正確ではありません。
所属する民族集団の言語、歴史、文化を教育することを「民族教育」と呼びますが、世界各国の制度は(1)マイノリティの民族教育を公立学校のカリキュラムの中で実施しているケース、(2)課外活動で行われる民族教育を助成しているケース、(3)外国人学校などをその国の学校制度における私立学校として公式に承認しているケース、(4)民族教育を公式の教育制度から排除しているケースに大別されます。
日本は朝鮮学校に関してこの(4)を採用しています。中国のように民族学校は(1)、外国人学校は(4)と扱いを分けている国もあります。しかし、世界には(1)~(3)の制度を並行的に運用している国も少なくありません。
(1)は北米や北欧、中国などで実施されていますが、この場合、民族教育に助成金を与えていないどころか、支配集団の言語や歴史と同じ扱いで民族教育が保障されていることになります。
(2)はマイノリティの児童・生徒数が少ないときに用いられる対応で、クラスの中に一定数の希望者がいれば教育委員会から公費で民族講師を派遣する制度や、民間の民族教育機関に政府から助成金を支給する制度などがあります。
(3)については、その国の他の私立学校が政府から助成金を受けていない場合、外国人学校だけが特別に助成金を受けるということはないかもしれません。しかし、その事実をもって「他の国でも外国人学校に助成金など与えていない」というのは悪質なミスリードです。なぜなら、他の私立学校が何らかの保護を受ける場合は、外国人学校も同じ恩恵を受けることになるからです。しかも、公式に学校と認定されている以上、外国人学校の卒業生が大学進学資格を制約されるといった差別を受けることもありません。
また、直接的に助成金を支出しない場合でも、外国人学校などが他の学校より劣った水準で運営されることのないよう指導、保護を講じている国もあります。例えば、税率を軽減したり、寄付金控除の対象としたり、現地政府が外国人学校に土地を無償に近い価格で貸与するといったことです。
日本人学校にまつわる事例を紹介します。司馬遼太郎が『街道をゆく オランダ紀行』(1991年)で紹介しているエピソードによると、アムステルダム日本人学校は「日本のふつうの小学校ほど」の広さがあるにもかかわらず、借地料は一年でわずか1ギルダー(約70円)を政府に納めているだけだそうです。
最近では、韓国のソウル日本人学校が2010年に江南区から麻浦区へ移転した際、元の校地をソウル市が買い上げ、日本人学校のために別の広い用地を売却した上で、売買差額の剰余金で新築校舎を建設するという出来事もありました。 http://www.jke.or.jp/column/column_inside.php?id=768
以上の説明で明らかなように、外国籍住民を含む民族的マイノリティの子どもの教育機会を保障するために何らかの公的支出を実施している国は少なくありませんし、差別することなくその国の「学校」として公式に承認している国もあるわけです。
そう考えると、「日本人の税金で外国人学校を支援する必要はない」という主張がいかに狭量なものか、お分かりになると思います。しかも、在日コリアンは三代、四代に渡って日本の住民として納税の義務を果たしていますので、「日本人の税金」という表現もミスリーディングです。
Q7.朝鮮学校だけを「高校無償化」から除外するのは違法なのか。
この質問への回答の代わりに、それに該当する記述を各弁護士会の会長声明からいくつか引用します。
東京弁護士会(2010年3月11日)
「朝鮮学校に在籍する生徒には,日本国憲法第26条1項,同第14条,国際人権規約A規約(「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)」)第13条,人種差別撤廃条約(「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する条約」)などにより,学習権が保障され,その保障に関しては平等原則に違反してはならないとされているのであり,朝鮮学校を高校無償化の対象から除外することは,朝鮮学校に在学する生徒の学習権を侵害し,平等原則に違反するおそれが大きい。現に,去る2月25日ジュネーブで開催された国連の人種差別撤廃委員会においても,高校無償化法案で朝鮮学校の除外が検討されていることについて,委員から人権保障の観点から懸念する意見が出されたことが報じられている。」
横浜弁護士会(2010年3月17日)
「合理的理由のない差別であって,憲法14条の平等原則等に反し,教育機会の平等と母国語による民族教育を受ける権利を保障した子どもの権利条約28条,30条等に反すると言わざるをえない。そればかりか,国連の人種差別撤廃委員会が「子どもの教育に人種差別を持ち込むものだ」と懸念を表明したように,人種差別撤廃条約が禁止する「人種的憎悪及び人種差別の正当化・助長」(4条)につながりかねないものであり,許されるものではない。」
新潟県弁護士会(2010年7月5日)
「政府の対応は,朝鮮高級学校に通う子どもについても,憲法14条1項によって,他の外国籍の子どもとの間で合理的理由なくして差別的取扱いを受けない権利が保障されていること,さらに,朝鮮高級学校に通う子どもにも,教育を受ける権利(憲法26条1項)が保障され,子どもの権利条約が民族教育の尊重を教育の目的として指向していること(子どもの権利条約29条1項(c)(d)),国際人権規約(社会権規約2条2項,13条,自由権規約26条),人種差別撤廃条約5条等の定めに照らし,疑問であると言わざるを得ない。」
また、以下のような報道もありました。法的正当性のないまま結論を先延ばしすることは、政府にとっても決して合理的な行動とはいえません。
「朝鮮学校の無償化先送り、訴訟対策を検討 文科省」『朝日新聞』2010年12月30日付
「保留にしたまま引っ張り続けると、行政手続きを遅滞なく行うことを定めた行政手続法に触れる可能性があり、省内には「裁判になれば負ける可能性もある」と早期の手続き再開を求める声がある。」
http://www.asahi.com/special/08001/TKY201012280223.html
Q8.閉鎖的な朝鮮学校の側にも問題がある。お互いに理解に向けて努力すべきでは。
日本の新聞各社は朝鮮学校の「無償化」除外を批判しながら、一方で朝鮮学校も閉鎖性を改善すべきだと社説に書いています。どうやら、朝鮮学校が閉鎖的であるというイメージはずいぶん強固なようです。
しかし、この主張は二つの意味で妥当ではありません。
第一に、Q7への回答で述べた通り、朝鮮学校だけが「高校無償化」を除外されるという措置は法的に許容されるものではありません。違法性の高い人権侵害について、被害者の側にも問題があるかのような主張は間違っています。
第二に、じつは、朝鮮学校は日本の中でもかなりオープンな特性をもった学校なのです。というのも、朝鮮学校はつねに誤解や偏見まじりの厳しい視線に晒されてきましたので、すこしでも状況を改善しようと、いつでも学校や授業を参観できると謳っている学校が多いのです。
日本の公立・私立学校では、生徒の保護者ですら決められた日でなければ参観できないところが多いと思います。とりわけ、2001年の池田小学校事件以来、児童・生徒の安全を守るためセキュリティは厳しくなっています。それに対して、朝鮮学校は「閉鎖的」だという誤解や偏見を解消するため、子どもたちの安全を犠牲にするほど過剰にオープンな姿勢を強いられてきたともいえます。
Q9.反日教育をしている朝鮮学校に公金を支出するのは抵抗がある。
「朝鮮学校は反日教育をしている」というイメージは、一部の人たちにたいへん根強くあるようです。しかし、それは事実に反しています。
1993年に在日韓国人青年(18~30歳)を対象に実施された全国調査の中から、それぞれの国にどれぐらい愛着を感じるかという設問への回答を平均値で示したのが下の図です(標本サイズ800名、回収率46.4%。詳細は福岡安則・金明秀『在日韓国人青年の生活と意識』東京大学出版会を参照)。「1まったく感じない」~「5非常に感じる」までの5点尺度ですので、得点が高いほど愛着が強いことを意味します。
一見して明らかなように、朝鮮学校経験者とそれ以外の間に、日本に対する愛着の強さに有意な差はみられませんでした。どちらも非常に高い水準で「日本」や「生まれ育った地域」に愛着を持っていることがわかります。
加えて、両者とも、祖国・母国たる「北朝鮮」「韓国」より、「生まれ育った地域」「日本」のほうに強い愛着を示しています。「朝鮮学校は反日教育をしている」という実態があれば、このようなデータにはならないでしょう。
朝鮮学校無償化除外が問題となって以降、東京、神奈川、埼玉、大阪と、抜き打ちのように朝鮮学校に視察が入りました。しかし、一度として「反日教育」なるものが発見されたことはありません。
むしろこの図は、朝鮮学校が出自に関連する3国すべてに健全な愛着を育むような教育に成功していることを示唆しています。日本学校などに通った在日は「在日」「韓国」「北朝鮮」といったエスニックな帰属対象への愛着を低下させているのに対して、朝鮮学校出身者はバランスよく愛着を内面化しています。
Q10.そもそもなぜ日本生まれの四世、五世にもなって民族教育を行う必要があるのか。日本の公立学校に通えばいいのでは。
自覚している人はそう多くありませんが、日本人も学校で民族教育を受けています。民族教育とは自分が所属している民族集団の言語や歴史、文化を学ぶことです。日本語、日本史、日本の音楽や芸術、武道は、いずれも民族教育そのものなのです。
現代社会においては、自民族に対して健全なプライドと愛着を感じることは人格形成において重要なことだと思われていますので、日本人が日本の学校で民族教育を受けること自体には何の問題もありません。問題なのは、日本の教育制度が、日本人以外の民族集団にとっての民族教育をいっさい認めていないということです。
その結果、日本の学校で教育を受ける民族的マイノリティは、相対的に、健全な人格形成を阻害される危険性があります。
上図は、成育過程でどれだけ自尊心に傷を受けたかについて、民族学校(朝鮮学校と韓国学校)の経験者と日本学校にしか通わなかった者の間で平均値を比較したものです(データはQ9のものと同じ)。「1まったくなかった」~「5とてもよくあった」までの5点尺度ですので、得点が高いほど「在日である自分を嫌だと思ったことがある」という意味になります。
民族学校経験者は、日本学校にしか通わなかった在日に比べて、自尊心に傷を受けずにすむ傾向があるということがわかります(p<.05)。
また、双方とも「過去」に比べて「現在」では自尊心を回復していますが、日本学校にしか通わなかった在日の「現在」の値は、民族学校に通った在日の「過去」の値よりも高くなっています。平均的にいって、日本学校に通うことで形成を阻害された自尊心は、時間をかけても民族学校に通うことで涵養されたはずの自尊心まで回復することは難しいということです。
同種の問題はブラジル人学校など幅広い民族集団で観察されています。民族的マイノリティが健全に人格を形成するうえで、民族教育がいかに重要であるかがわかります。
視点を世界に向けてみると、例えばアメリカの日系移民は、戦後を起点にしても四世、五世という世代になっていますが、民族教育の努力は1980年代後半以降になってますます盛んになっています。
日系移民がそうやって継承した日本文化がアメリカ社会に果たした文化的、社会的貢献も小さくはありません。空手や合気道といった武道をスポーツとして定着させましたし、各地の日系コミュニティで行われている盆踊り会場では、浴衣を着ての踊りだけでなく、生け花、書道、折り紙などが実演されるなど、貴重な文化交流の場となっています。
移民の子孫は「国家と国家の懸け橋」にたとえられることがありますが、朝鮮学校出身者は日韓朝3か国の懸け橋になれる可能性を持った貴重な人材です。「反日教育をしている」といった根拠のない偏見によってその価値を否定するのは、とても残念なことです。
プロフィール
金明秀
関西学院大学社会学部教授。専門は計量社会学。テーマはナショナリズム、エスニシティ、階層など。1968年生まれ。九州大学文学部哲学科(社会学専攻)卒業。大阪大学人間科学研究科博士課程修了。京都光華女子大学准教授を経て現職。著書に『在日韓国人青年の生活と意識』(東京大学出版会)、他がある。在日コリアンについてのウェブサイト「ハン・ワールド」を主催。