2017.09.20
特集:多様性の受容に向けて
安藤俊介氏インタビュー「許せない」の境界を把握せよ!――アンガーマネジメントの秘訣
満員列車、人ごみの街角、慌ただしい職場…。せわしない社会の中で、イライラの種があちこちに転がっています。高ぶった気持ちをそのまま周囲の人にぶつけトラブルになった。そんな経験がある人もいるかもしれません。今回は、最近注目を集める「怒りのコントロール術」、アンガーマネジメントについて、日本におけるアンガーマネジメントの第一人者、安藤俊介氏に伺いました。(取材・構成/増田穂)
◇犯罪加害者の更生プログラムが一般化
――アンガーマネジメントとはどのようなものなのですか。
アンガーマネジメントは、1970年代にアメリカで生まれた心理トレーニングです。多くの方はアンガーマネジメントと聞くと、全く怒らなくなることを目的としていると思っていますが、実はそんなことはありません。「怒らなくなろうよ」とか「イライラしない人生がいいよね」ということは全くなくて、「怒ること自体は全く構わないんだよ」という大前提を持っています。
実際、私もアンガーマネジメントを始めてから13年以上経ちますが、怒ることはいくらでもあります。ものすごく腹を立てるということはさすがにありませんが、軽くイラっとするようなことはよくあるんですよ。
つまり、アンガーマネジメントの目的は、決して怒らなくなることではなく、怒る必要があることには上手に怒り、怒る必要がないことには怒らずに済むようにすることです。言い換えれば、怒ることと怒らないことの線引きを上手くできるようになることを目指しています。
――どなたが最初に提唱されたものなんですか。
実は、アンガーマネジメントには生みの親のような、体系を築いたひとりの人物はいません。アメリカの主にロサンゼルス周辺で、カウンセラーやセラピストが怒りを扱う分野として大きくやっていた「アンガーコントロール」というものが、徐々に一般化されて、体系として出来上がっていったんです。
特に当初はDV加害者や犯罪加害者への矯正プログラムとしての側面や、マイノリティに対するメンタルケアとしての側面が強いものでした。それが時代の変遷と共に、企業幹部が受けるような研修や、一般的な人間関係のカウンセリング、青少年教育、アスリートのメンタルトレーニング、そして司法分野などで使われるようになってきたんです。
――司法分野での利用というのはどういったものなのですか。
これは日本にはない仕組みなのですが、アメリカでは、何か軽犯罪を犯した時には、罰金と保護観察と、矯正プログラムというものを受けることがあります。この間はタイガー・ウッズが睡眠薬を過剰摂取して車を運転していたとして逮捕されましたが、彼も罰金と保護観察と、矯正プログラムとして社会奉仕活動命令というものを受けました。ゴミ拾いとかですね。DVだったらDV向けのプログラムが用意されていて、その中にアンガーマネジメント命令というものがあるんですよ。
――犯罪加害者への更生プログラムということですね。
そうです。ただ、現在ではアンガーマネジメントもかなり一般化しているので、更生プログラムとして受講する人より、一般で受講される方の方が多いですね。
――更生プログラムと一般向けのアンガーマネジメントでは内容は違ったりするんですか。
基本的には一緒です。本当に、以前更生プログラムとして使用されていたものを一般でもやるようになった、という感じなんです。怒りの感情というのは、犯罪を犯していようがいまいが仕組みとしては同じです。だから、基本的な考え方や流れは一緒です。やるに越したことはない、ということですね。
――最近は日本でも徐々に認知されるようになってきましたよね。どのくらいの方が受講されているのでしょうか。
去年1年間にうちの協会を利用した方だけで18万人ですね。
――18万人ですか!
ええ。会社員の方や主婦、学校の先生や子どもさんなど、多種多様な方が受講されています。会社の研修プログラムなどでの利用もあります。管理職研修、コミュニケーション改善、パワハラ対策、メンタルヘルスなどの目的で依頼がありますね。
――みなさんどのような経緯でアンガーマネジメントを始められるのですか。
人それぞれです。多くの場合家庭環境や職場環境にイライラを抱えている中で、何かしらのきっかけでアンガーマネジメントの存在を知って受講されています。書店の店頭で私たちの書籍を見かけたなんてケースがほとんどですね。
――安藤さんご自身はどのようなきっかけでアンガーマネジメントに携わるようになったのでしょうか。
私はもともとサラリーマンだったのですが、会社の人間ととても仲が悪かったんです。私は新規事業を担当していて、社長直轄で仕事をしていたのですが、周囲は新規事業にお金をかける必要を理解してなくて、社内協力が得られなかったんです。一方でこちらは、ジリ貧の既存事業のためにやっているつもりなので、「何様なんだよ」みたいな感じでお互いにぶつかり合ってたんです。こんなふうにしていたらうまくいかないのは自分でもわかるんだけど、どうしたらいいのか方法がわからなくて。
そうした中でアメリカに駐在に行ったときに、「アンガーマネジメント」という言葉を新聞やニュースで耳にするようになりました。関心を持っていたところに、アメリカ人の友人が受講しているという話を聞いて、その教室に飛び込みで参加させてもらったんです。そしたら、ああこれならできるな、と。すごくロジカルだし、ステップを踏むことで自分にもできるようになると感じたんです。それで全米で関連する講座を受けていって、そのまま指導者の方に進んでいったという感じです。
――受講して、ご自身が変わった印象はありますか?
性格は穏やかになったと思います。私はもともとすごく怒りっぽかったんです。当時は自覚していませんでしたが、学生時代からですね。だから中学時代の私を知っている友人とFacebookなどで久々に連絡を取ると、「アンガーマネジメントなんてお前が何やってるの!?」みたいな反応は受けます(笑)。
――(笑)。
その一方で最近私がひどく怒っているところを見たことがある人はいないと思いますし、やはり怒りの感情に振り回されることは少なくなりましたね。
◇「怒りの温度計」を付けよう!
――怒りのマネジメントでは具体的にどのようなことをしていくのですか。
私たちが入り口として提供している入門講座は、大きく4つのパートに分かれています。まずは、そもそもの「怒り」という感情を理解すること。これが第一のパートです。次に、「衝動のコントロール」というパート。要するにイラっとしたときにどうするのかです。二つ目が「思考のコントロール」。怒った時にどう考えればいいのか。最後が「行動のコントロール」。先ほども言ったようにアンガーマネジメントでは怒ることは構いません。ただ、怒ると決めた上でどう振舞うのか、どう怒りの感情を伝えるのか、行動のコントロールではこの部分と向き合います。
怒りの感情を理解するという部分はロジックの部分なのでとりあえず置いておくとして、アンガーマネジメントの実践では、この「衝動・思考・行動」のコントロールをトレーニングしていきます。
アンガーマネジメントは基本的にはトレーニングなので、練習すれば誰でもできます。もちろん、野球やテニス、料理を習うのと同じで、習った人が全員プロになれるかといったら、そうはいきません。当然、技術の差や得手不得手も出てきます。ただ、野球をやってことがない人でも、キャッチボールはできますよね。料理をやったことがない人でも、目玉焼きくらいは作れるようになるでしょう。そういうふうに、練習さえできれば、一定のところまではできるようになるものなんです。ですからまずは理屈を覚えて、練習を繰り返していきます。……つづきはα-Synodos vol.228で!
荻上チキ責任編集“α-Synodos”vol.228
2017.09.15 vol.228 特集:多様性の受容へ向けて
1.安藤俊介氏インタビュー「『許せない』の境界を把握せよ!――アンガーマネジメントの秘訣」
2.【PKO Q&A】 篠田英明(解説)「国連PKOはどのような変遷をたどってきたのか」
3.【今月のポジだし!】 山口浩「ことばを「小さく」すれば議論はもっとよくなる」
4.齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「Yeah! めっちゃ平日」第九回
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