2013.11.11
データジャーナリズムに見る報道イノベーション――英米から学ぶ最新知見
データ分析から新たなニュースを発掘するデータジャーナリズム。日本でも注目は高まるが、単なる「バズワード」で終わらせずに実践者を増やすにはどうすれば良いのか? 日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)の赤倉優蔵、木村愛がニューヨーク、ワシントン、ロンドンの3都市で敢行した調査取材の報告から、ニュース報道にイノベーションを起こすための鍵を探る。(構成/JCEJ)
世界に広まるデータジャーナリズム
赤倉 私は普段、通信社でエンジニアとして働いています。2012年3月ごろからデータジャーナリズムに興味を持ち、事例研究や実践を試みています。5月にJCEJが開催したジャーナリストキャンプ福島2013では、記者、編集者、大学教授、そしてエンジニアである私の4人でチームを組み、データジャーナリズムで福島の風評被害を検証しました。(記事URL: http://diamond.jp/articles/-/38458)
これまで取り組んで感じたのは、データジャーナリズムを通じてニュース報道に変化が起きているということです。ニュースはこれまで読んでもらう、あるいは見てもらうだけの一方通行なものでした。しかし、データジャーナリズムの手法が高度になるにつれ、読者にデータからニュースの発見を手伝ってもらったり、データを基に読者が報道内容を検証することも可能になり、読者とメディアの関係性を新しくしています。日本でもデータジャーナリズムを実践するヒントになればと、今回の取材に行ってきました。
「データジャーナリズム・アワード」という、世界中の秀逸なデータジャーナリズム・プロジェクトを表彰する試みが2012年から行われています。今年は、51カ国から計286作品の応募があり、部門別に7作品が選ばれました。日本からは朝日新聞が南海トラフ地震の被害想定を可視化する取り組みで参加しています。
メディア別では、ガーディアンが5作品応募していてトップです。アメリカの非営利オンラインメディアのプロパブリカ、英BBCが続きます。昨年のアワードの地域別出品数は、ヨーロッパや北米に多いですが、南米、アジア、アフリカ、オーストラリアからもあります。世界中でデータジャーナリズムが展開されています。
今年8月、アメリカのナイト財団がテキサス大学と組み、MOOC(Massive Open Online Courses)を活用したデータ駆動型ジャーナリズムのオンライン講座『Data-Driven Journalism: The Basic』を開催しました。実際に報道機関でデータジャーナリズムを実践するプロを講師に招いて基礎を学ぶ5週間のプログラムですが、世界140カ国から3500以上の受講登録がありました。
この講座の参加者が作成した、受講者の分布を可視化したインフォグラフィックを見てみると、アメリカが圧倒的で一番多く、アメリカを除いた2203人の受講者のうち45人が日本人でした。講義は英語でしたので、日本からの参加も決して少なくないと捉えています。講義は英語だったにもかかわらず、日本からの参加も決して少なくありませんでした。ブラジルからの参加が非常に多いほか、インド、カナダ、イギリス、メキシコ、ドイツ、オーストラリアもありますね。
世界に広まるデータジャーナリズムの舞台裏を知りたいと思い、イノベーションの国アメリカと、新聞の老舗イギリスを取材対象に選びました。取材項目として注目したのは、なぜデータジャーナリズムに取り組んでいるのか、どんな態勢でやっているのか、使っているツールやデータの種類、取り組む上での課題です。
2000万件のデータを分析、「汚染地域」を明らかに
ニューヨーク・タイムズのワシントン支社で、私と同じシステムエンジニアのデレク・ウィリスさん(44)というMOOCの講師も務めた方にお会いしました。前職はワシントン・ポストでデータ分析やウェブサイト構築に従事、6年前に転職されました。データを使いやすくする達人みたいな人です。
「これまでに最もエキサイティングなデータジャーナリズムのプロジェクトは?」という質問に、”toxic waters“(汚染水域)という作品を挙げてくれました。全米の水質に関する2009年の調査報道ですが、政府に対する500回を越える開示請求で取得したデータと、実際の水質調査データの両者を比較することで、本来政府は水質を把握する義務があるにもかかわらず、把握していないことをスクープしました。
まず、取り扱っているデータの量がものすごかった。調査データは2000万件を越え、シリーズでは10本の記事に加え、データを活用した多角的報道がなされました。
水質データを地図上でマッピングして、汚染水を流していた企業や施設を特定、自分の住むエリアの汚染源をサイト上で検索できる仕組みも作成しました。動画によるインタビューも組み合わせ、いかに読者に興味を持ってもらえるかに注力しています。
私はエンジニアなので、こういったシステムに非常に興味があります。これまでの伝統的なニュースでは―ネット、テレビ、新聞でもそうですが―通常は記事を公開して読者がシェアしてくれるのを待つ、つまり運任せです。ですが、この検索システムのような仕組みは、公開してからが勝負です。
デレクさんは、手間暇かけたデータジャーナリズムのニュースを読者に届ける工夫が重要だとおっしゃっていました。コメント欄から反応の善し悪しをチェックし、次の記事に反映させているそうです。ソーシャルメディアもだらだらとツイートせず、戦略をたてて情報を的確に届けようとしています。最近では、読者のロケーション情報を活用し、その場所に適したコンテンツを提供する試みもはじめました。例えばニューヨーク州知事選挙のときは、州内からのアクセスに対しては州知事選の情報をトップに表示し、それ以外の場所からのアクセスと区別していたそうです。読者に届ける、たゆまぬ努力があると感じました。
汚染水域のシリーズなら、自分の家や実家の近くの水はどうなんだろう、友達にも勧めてみよう、と何回も使ってもらい、自分のニュースを見つけてもらえるというのが非常に大きなポイントだと思います。汚染源をネット上で調べられるような仕組みは、通常のニュースに機能がついているようなものですが、発信側と受信側の関係を変える革新的なものです。これからの報道の鍵になるのではないでしょうか。
汚染水域シリーズの反響は非常に大きく、2000件をこえるコメントがありました。社会に対する反響も大きく、これがきっかけで飲料水に関する規制強化につながりました。素晴らしい調査報道に送られるIREメダルも受賞していますが、チームのシステムエンジニアだったデレクさんも名を連ねています。日本の新聞協会賞などでエンジニアの名前が載ることはまずないと感じます。そういったことが起きているのは、本質的な変化です。
異業種が1つのニュースルームに
次はニューヨーク・タイムズの報道体制についてです。ニュースルームには、全体で記者が約1200人。大部分は編集チームで、グラフィックチームは約30人です。デザイナー、写真、映像のディレクターなんかも新聞社の中にいたりします。C.A.R(Computer Assisted Reporting)と呼ばれるチームは、アナリストで構成されるデータ分析の専門チーム。6年前に立ち上がったインタラクティブ・ニュースチームという所には、ソーシャルエディター、システムエンジニアがいて、ユーザーとのインタラクションやニュースアプリ作成などを担当しています。
プロパブリカでも同様に、ニュースアプリケーションチーム、C.A.Rチームに加え、フェローと呼ばれる、調査報道や技術的な部分に対してアドバイスをする外部専門家が協力してやっています。今までジャーナリストしかいなかったニュースルームに、アナリスト、エンジニア、デザイナーが一緒になって入り込み、ニュースを作っており、そこにイノベーションの源泉があると感じました。ここには40人弱しかいませんが、設立から5年でピューリッツァー賞を2度受賞しており、調査報道力も確かです。
日本の多くの通信社、新聞社、テレビ局でもそうですが、編集する人と、システムやネット部門が分かれています。データジャーナリズムやネットを使った新たな報道をやっていう上で、これらの人がチームになっているところが日本との大きな違いです。
データジャーナリズムは手段です。明確な役割分担、信頼関係、チャレンジ精神が非常に重要だと思います。全て1人でやる必要はない。ほかのスキルを持つプロにまかせて、自分はできることをやる、という信頼関係が必要だと、デレクさんはおっしゃっていました。
チームで取り組む意義とは?
木村 次は、イギリスでの取材についてご報告します。ウェールズのカーディフにあるメディアウェールズ、BBCのほか、バーミンガム市立大学、シティ大学、などを調査しました。赤倉からも報告があった、チームでの取り組みに焦点を当てたいと思います。
BBCでは、テレビ制作とウェブ制作の部署が統合して約1年前にできたビジュアル・ジャーナリズムチームという部署がデータジャーナリズムに取り組んでいます。記事のグラフィック化、ビジュアル化もやっていて、必ずしもデータを駆使した記事だけを作成しているというわけではありません。
また、取材で訪れた2013年9月より数カ月前に、データチームという小さな部署も立ち上がっています。ジャーナリスト、エンジニア、デザイナーが各1人ずつ所属する、データに特化したチームです。今回はビジュアル・ジャーナリズムチームに所属し、ウェブサイトの立ち上げなどにも従事したジャーナリストのジョン・ウォルトンさんにインタビューをしました。
ジョンさんが関わっていたデータジャーナリズムのプロジェクトに、“Population who have paid a bribe”という、95カ国で公共機関などに賄賂を渡したことがある人の割合を可視化したものがあります。
例えば、贈賄に関わった人口の割合をパーセンテージで示す棒グラフをクリックすると、同じパーセンテージのカテゴリに分類される国すべてに地図上で色が付きます。贈賄率の高い国の多くがアフリカに属していることが視覚的に分かります。自国と他国の贈賄率の比較に注目してもらい、データに関心がない人でもとっつきやすい記事になると考え、地図でマッピングしたそうです。
このプロジェクトに関わったのは、デザイナー、ジャーナリスト、デベロッパーの3人。いつもこのようなチーム編成で働いていますが、アプリケーションやインタラクティブな仕組みが必要ないときは、もっと少人数の場合もあるそうです。チームメンバー全員がお互いの仕事を良く知る必要があると話されていました。
チームで取り組むメリットの1つは、学びや実践の機会が増えて、技術を磨けるという点です。データチームを新たに設けた理由は、自分たちのスキルが増すと考えたからだそうです。ジョンさんはプロジェクトの中でマッピングする必要に迫られ、時間をかけて独学で身に付けたということでした。また、チームでやれば個人がすべての専門知識を持つ必要がありません。データジャーナリズムの場合多分野のスキルが求められるので、協働は必須です。
異業種同士が一緒に働くには壁もありそうですが、ジョンさんが「チームの取り組みで困ったことや難しいことはない」と話していたのが印象的でした。異なるバックグラウンドを持つ人のスキルを組み合わせて創り上げることはとても楽しい、と。
チームワークを機能させるには、共通の知識を持つことが大切です。どんな図表がストーリーを伝えるために効果的なのか、などという点についてメンバー全員が理解している必要があり、BBCでは社内教育プログラムも用意されています。また、お互いの仕事をよく知ることもプロジェクトを円滑に進めるためには必要です。他の部署や組織など、チームの外にもアドバイスを求めることでアイデアが生まれるとも話していました。
課題は「読者に届ける工夫」
メディアウェールズでは、データセクションに所属するクレア・ミラーさんという、2013年のデータジャーナリズム・アワードを受賞された方にお会いしました。
受賞作は、虐待などを理由にウェールズで保護された何百人もの子どもたちが地元から何マイルも離れた場所に送られており、見知らぬ土地で適切なサポートを受けられない状況を作り出している、という問題意識から生まれた作品です。
Concerns raised over Welsh children taken into care sent to live miles from their homes
http://www.walesonline.co.uk/news/wales-news/concerns-raised-over-welsh-children-2026375
クレアさんの場合、チームではなく1人で取り組んでおり、この記事の作成には20日間かかったそうです。情報公開請求で18の議会からデータを集めましたが、フォーマットがばらばらのデータをクリーニングするところから始めたため、かなりの時間を要したそうです。
この記事は受賞により有名になったと思うのですが、ソーシャルメディアを通じた読者とのコミュニケーションや、アプリケーションを使った読者との関わりを広げる取り組みもあまり行っておらず、地元からの反応は薄いということでした。
メディアウェールズはローカルメディアですが、データユニットという部署があります。ジャーナリストが3人在席していますが、社内教育などは特にありません。クレアさんは2日間のデータジャーナリズム講座を受講して学んだそうです。公開請求で情報を集めたり、Google Fusion TablesやGoogle Chartsなどのフリーツールを使えば、小さなニュースルームでもデータジャーナリズムに挑戦できます。その一方で、個人で取り組むことの課題も感じました。
まず、1つの記事作成に長期間かかってしまいます。また、より大きなデータを扱うためには専門的知識やスキルが必要になりますし、多様なビジュアライゼーションやアプリケーションが必要なときには、やはり個人では難しい部分があります。
読者とのコミュニケーションになかなか手が回らない、というのもあります。メディアウェールズの記事はツイート2件、フェイスブックの「いいね」が5件。データジャーナリズム・アワードを受賞した他の記事でも、確認出来る中で一番多かったものでツイートが22件、いいねが474件。せっかく時間を費やして良い記事を書いても伝わらなくては意味がないと思いますし、どう情報を発信するかが課題だと感じました。
(10月21日 JCEJ「データジャーナリズム調査報告会」より抄録)
JCEJはデータジャーナリズムに関する「キャンプ(11月30日-12月1日)」と「アワード(12月27日)」を実施します。キャンプは、ジャーナリスト、エンジニア、デザイナー、アナリストがチームを組み、これまでにないニュースを見つける実践的な取り組みです。アワードでは、2013年のデータジャーナリズムプロジェクトの中から秀逸な作品を表彰する予定です。参加申し込みやプログラムは特設サイト「Journalism Hacks !」からご確認いただけます。
(本稿は、「α-Synodos vol.135(2013/11/1) 発信の重みを感じて」からの転載です)
サムネイル「ddj – hashtag community」Tony Hirst
http://www.flickr.com/photos/25451952@N00/4926982491/in/photolist-8vo5eZ
プロフィール
赤倉優蔵
通信社システムエンジニア、JCEJ運営委員。1975年北海道生まれ。2012年7月にデータジャーナリズムワークショップをGLOCOMと共催し、企業内での勉強会も主催するなど、日本でいち早くデータジャーナリズムに取り組んでいる第一人者。
木村愛
慶應義塾大学環境情報学部3年。2011年よりJCEJ学生運営委員として活動。現学生運営委員長。岩手県大槌町での地域メディア「大槌みらい新聞」の立ち上げやデータジャーナリズムの現地取材などに携わる。1991年生まれ。