2014.07.26

集団的自衛権行使容認を海外メディア・専門家はどう見たか

平井和也 人文科学・社会科学系の翻訳者(日⇔英)

国際 #安全保障#集団的自衛権

7月1日(火)、安倍内閣が臨時閣議で憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使を認める閣議決定を行った。これを受けて、首相官邸周辺で大規模な抗議デモが行われるなど、激しい議論が巻き起こっている。反対派の主張には徴兵制導入の危険性という議論もあるが、これは少々感情論的であり、論理の飛躍があると言わざるをえないのではないか。

集団的自衛権の行使は日本の国防と安全保障に関わる重大な問題だけに、感情論をできる限り廃し、冷静に議論する必要がある。

本稿では、今回の安倍内閣の方針転換に対する海外メディアの報道や専門家の分析に注目したいと思う。海外からの視点が少しでも冷静な議論を行うための材料となれば、筆者として幸いだ。

安倍政権の集団的自衛権行使容認に関する10のウソ

まず、反対派の主張に関して、アジア太平洋地域の情勢を中心に報道を行っている雑誌『The Diplomat』に、「安倍政権の集団的自衛権行使容認に関する10のウソ」と題する記事(7月10日)が掲載されているので、その内容をご紹介したい。

これはマイケル・グリーン氏とジェフリー・ホーナン氏の共著論考で、安倍政権による解釈改憲に反対する人たちが勘違いしている点を10点挙げて、説明を加えている。マイケル・グリーン氏と言えば、ワシントンD.Cの戦略国際問題研究所(CSIS)で上級副所長/アジア・日本部長を務めており、知日派の米国人学者として広く知られている。ジェフリー・ホーナン氏は、アジア太平洋安全保障センター(ホノルル)准教授兼CSIS客員研究員だ。

ここで挙げられている10のウソとは、以下のような内容になる。

1. 自衛隊の役割と任務が根本的に変化する

2. 自衛隊が海外での戦争に参戦することになる

3. 朝鮮半島の緊急事態に自衛隊が派遣される

4. 安倍首相は日本の平和憲法の精神を骨抜きにしようとしている

5. 閣議決定のプロセスが透明性に欠け非民主的

6. 閣議決定は憲法改正と憲法九条排除へとつながる

7. 日本の再軍備化が始まる

8. 閣議決定は地域を不安定化させ、地域の平和を危うくする

9. 世論は圧倒的に反対している

10. アジアは集団的自衛権行使容認に反対している

以下に、この10点についてそれぞれの要点をまとめてみたい。

1. 自衛隊の役割と任務が根本的に変化する

今回の閣議決定を受けて、日本の同盟国や日本と考えを同じくする国が攻撃を受けた場合、自衛隊が救援を行うことができるようになったが、集団的自衛権を実際に行使できる条件は、次の三つに限られている。(1)日本にとって明白な脅威となる状況であるか、または日本国憲法第十三条で保障されている生命、自由および幸福追求に対する国民の権利が根本的に脅かされる危険性のある状況下であること。(2)攻撃に対抗するために、日本とその国民を守るための他の方法がないこと。(3)武力の行使が必要最小限に限定されていること。

日本の政策は、専守防衛のための最小限の武力という従来の基準にこれからも従うことになり、また日米同盟における自衛隊の主な役割はこれからも変わらず、日米双方が現在担っている役割と任務に必ずしも根本的な変化が生まれるとは言えない。

2. 自衛隊が海外での戦争に参戦することになる

集団的自衛権は専守防衛の原則に沿った防衛措置であり、今回の集団的自衛権行使容認の決定は、日本が他国に対して戦争を仕掛ける権利を与えるものではない。つまり、日本は他国を守るために海外で戦争を行うことをこれからも禁じられるということだ。

3. 朝鮮半島の緊急事態に自衛隊が派遣される

韓国は、韓国政府との協議なしに集団的自衛権の行使の下で緊急事態に自衛隊が朝鮮半島に派遣されることを認めないという主張を展開しており、これは日本政府の解釈とも完全に一致している。韓国は、朝鮮半島で緊急事態が発生した時に日米同盟が効果的に機能することが米韓同盟にも有効だという認識を持っている。

4. 安倍首相は日本の平和憲法の精神を骨抜きにしようとしている

内閣法制局は1954年以来、日本は国連憲章第五十一条で認められた個別的自衛および集団的自衛を行使する権利を持っているという見解を示してきた。しかしこれまでは、集団的自衛は内閣法制局の「最小限の」防衛という定義に反するために不適切だと考えられてきた。

ところが、安倍内閣は、各国との同盟関係の重要性や日本の安全と存続にとって重要な協調関係、脅威環境と技術の変化を考えた時、制限された集団的自衛権であれば条件を満たすものだという決定を下した。この決定は、外交、開発援助、世界への非軍事的関与を強調する安倍首相の平和への積極的貢献という大きな文脈の中で考える必要がある。

5. 閣議決定のプロセスが透明性に欠け非民主的

今回の閣議決定のプロセスは極めて透明性の高いものだった。閣議決定はこれから数ヶ月後に国会で正式に承認されることになっており、透明性はさらに高まるだろう。閣議決定が行われる前の段階で、連立政権のメンバーは約二ヶ月間に十一回の会合を重ねて、様々なシナリオや可能性について議論してきた。

公明党の強い反対の中で自民党は妥協策を図り、解釈改憲の文言と具体的な内容について大幅な記述の削減を強いられた。この議論の過程は毎日メディアが報道し、国民は議論に関する情報に触れることができた。安倍首相自身も特別に記者会見を開き、解釈改憲の必要性を訴えた。

さらに、これから数ヶ月かけて連立与党は、自衛隊法や海上保安庁法などの関連法を変更するために必要な法律を立案する必要がある。その法案は国会で議員による検証を受け、議論され、メディアもその内容を報道することになる。その過程で、内容が弱められ、制限が加えられる可能性が高い。

6. 閣議決定は憲法改正と憲法九条排除へとつながる

日本の法律策定のプロセスと、憲法解釈変更と憲法改正の違いに対する基本的な事実関係を確認する必要がある。集団的自衛権の行使と憲法改正は全く別の問題で、憲法改正には衆参両院の過半数の賛成と国民投票による賛成が必要となる。内閣総理大臣にとって、この二つのプロセスを経ずに憲法を改正することは法的に不可能だ。安倍首相の集団的自衛権行使容認の閣議決定を憲法改正と絡めて考えるべきではない。この二つの問題は全く別のプロセスを経て決められるべき全く別の問題だ。

7. 日本の再軍備化が始まる

特に中国の反対派は、1930年代の記憶を想起し、安倍政権が日本の再軍備化を始めたと批判し、日本が平和的な発展の道から外れつつあることを示す証拠が出てきたと考えているが、集団的自衛権の行使容認は日本が他国に戦争を仕掛けることを認めているわけではない。今回の閣議決定によって、同盟国である米国や、あるいはもしかするとオーストラリアなどと自衛隊との協力分野が広がることになるが、自衛隊の役割と任務はこれからも日本が脅威にさらされている状況下だけに厳しく限定され続ける。

8. 閣議決定は地域を不安定化させ、地域の平和を危うくする

集団的自衛権の行使容認はアジア太平洋地域を不安定化させるものだという批判があるが、実際には一般的な考え方として、強固で信頼できる日米の同盟関係こそ平和と安定に対する現実の問題を解決するための答えだとされている。

東西冷戦構造の崩壊以来、アジア太平洋地域は大きな変化を遂げてきた。特に中国は、海洋における主張を強めている。北朝鮮も過去二十年間に挑発の度合いを強めており、核開発プログラムの推進やミサイル技術の拡散という問題を引き起こしている。

このような不安定化を招く外部要因が存在する中で、日本は米国との統合をより強化している。集団的自衛権行使容認の閣議決定は日米防衛ガイドラインの改正に向けた重要な動きだ。日米が将来の緊急事態においてより緊密に連携して行動する準備が整うという事実自体に、抑止力を効かせ、安定を維持し、事態の悪化を抑えるための大きな力がある。

9. 世論は圧倒的に反対している

自衛隊に対する制限をなくすこと、または憲法解釈を変更することについての世論調査の中で、日本の国民は概して、相矛盾する態度か、あるいは反対の態度を示している。しかし、日本からはるか離れたホルムズ海峡のような場所における活動を含めた米軍との協力行動のために自衛隊の権限を強化することについて尋ねられると、集団的自衛権を支持する声が50%以上を占めている。このような結果は、自己主張を強める中国と核兵器を拡散させている北朝鮮の現実を考えると、日米同盟が効果的な抑止力を発揮できるように日本がもっと努力しなければならないという日本人の実利的な状況判断を反映している。

10. アジアは集団的自衛権行使容認に反対している

アジアの個々の国々を見ていくと、中国は非常に批判的だ。中国の外務省報道官は、安倍首相は自らの政治的な目的を果たすために中国の脅威をでっち上げていると警告を発し、日本は平和的な発展の道を変更したのではないかという懐疑的な見方を示しながら、集団的自衛権行使容認は中国の主権と安全保障を侵害するものだという懸念を表明している。

韓国も懸念を表明し、外務省は、日本は過去の歴史に起因する疑念と懸念を払拭し、歴史修正主義をやめ、適切な行動によって近隣諸国の信頼を取り戻すべきだという声明を発表している。

しかし、中国と韓国の間には違いがある。中国は集団的自衛権の行使によって日米同盟が強化されることを望んでいないが、韓国の場合は、日米同盟の重要性を認識している。

オーストラリア、フィリピン、シンガポールの三国は日本の集団的自衛権行使容認を支持する立場を表明している。インドネシア、マレーシア、タイ、ミャンマー、ベトナム、インドなどの国々は、日本の集団的自衛権行使について本音では支持しているが、公式見解としては警戒する姿勢を見せている。これらの国々はどこも強力な日米同盟によってメリットを享受できると考えており、それは日本との安全保障面での協力を強化するチャンスになるものと見ている。

米紙『ワシントン・ポスト』の報道

次に、米紙『ワシントン・ポスト』(7月1日)、中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』傘下の英字新聞『グローバル・タイムズ』(7月2日)、ドイツの国際放送局「ドイチェ・ヴェレ」(7月1日)が今回の安倍政権による集団的自衛権行使容認の閣議決定について、どのように報じているのかについて見てみたい。

米紙『ワシントン・ポスト』は、安倍政権の方針転換は驚きではないと報じている。日本はこれまで軍事力を段階的に増強し、様々な分野で米軍との共同訓練を行ってきた。三月には日本政府高官が、米国の海兵隊をモデルにした3,000人編成の水陸作戦部隊を組織して離島の防衛にあたりたいという考えを示唆している。

日本の軍備増強の裏には中国の軍備拡張に対する懸念がある。中国は三月、2014年度の軍事予算は12.2%増の1,316億ドルになることを発表している。日本と中国との間では、東シナ海の尖閣諸島の領有権を巡る対立や2013年11月の中国による一方的な防空識別圏の設定、五月に防空識別圏内で両国の戦闘機が異常接近するなどの緊張を高める事態が発生している。

米国のヘーゲル国防長官は7月1日(火)に発表した声明の中で、日本の新しい国防政策を歓迎する意向を明らかにし、この方針転換によって、日本はより幅広い軍事行動をとることができるようになり、日米同盟がより効果的なものになると述べている。

中国紙『グローバル・タイムズ』の報道

中国紙『グローバル・タイムズ』は安倍政権の閣議決定に対して批判的であり、アジアにおける日本の軍事的な役割を拡大することを認めたもので、アジアの緊張を高めるファシズム到来の予兆だと報じている。平和憲法の解釈を変更することによって集団的自衛権の行使を可能にする今回の決議は、日本が攻撃を受けていなくても、他国を守るために軍事行動をとることを認めたものであり、戦後日本の安全保障政策の大転換を意味している。

そして、世界各国の専門家の批判的なコメントを紹介している。例えば、ベルギーの首都ブリュッセルに本部を置くシンクタンク「Friends of Europe」の政策部門責任者であるシャダ・イスラム氏は、「今回の決議は安全保障の強化につながらないのは確実で、北東アジアの緊張を高めることになりかねない」という見方を示している。

ボスニア・ヘルツェゴビナ出身のジャーナリストであるエネス・ベジセヴィッチ氏は、「日本の集団的自衛権行使容認は間違った選択であり、アジアの不安定化につながる」と述べている。

また、スペイン(バルセロナ)にあるラモン・リュイ大学エサデ・ビジネススクールのアウグスト・ソト教授は、「今回の日本の憲法解釈変更によって、戦後の東アジアの平和の均衡を維持してきた柱の一つが動くことになり、歴史的に重要な意味を持っているのと同時に、気がかりな面もある。この方針転換はアジア太平洋地域を不安定化する可能性がある」と述べている。

さらに、雑誌『フィナンシャル・ワールド』のコラムニストであり、アジア問題の専門家であるアンヘル・マエストロ氏(スペイン人)もまた閣議決定に対して批判的だ。

「安倍政権の憲法解釈変更はアジア太平洋地域の安全保障にほとんどプラスにならないかもしれない。日本の近隣諸国は、日本政界にファシズムが台頭する兆候だと懸念を抱くかもしれない。近隣諸国は日本が第二次世界大戦時と同じ拡張政策を選んだ可能性に対する対抗策として軍事力の増強に走りかねない。そういう中で、アジア太平洋地域の緊張は高まり、既に起こっている紛争が激化するだろう」

ドイツ国際放送局「ドイチェ・ヴェレ」の報道

ドイツ国際放送局「ドイチェ・ヴェレ」は、日本の近現代史を専門とするハーバード大学の歴史家であるジェレミー・イエレン氏へのインタビューをサイトに掲載している。このインタビューの中でイエレン氏は、安倍政権の集団的自衛権行使容認に関する閣議決定は米国に対して重要なサインとなるが、おそらく中国と韓国との関係にさらなる打撃を与えることになるだろうという見方を示している。

さらにイエレン氏は、安倍政権の安全保障政策の変化は冷戦終結後の二十年間の歴史的文脈を踏まえて考える必要があると述べている。冷戦時代の日本は経済最優先の戦略(「吉田ドクトリン」)をとり、米国の軍事力による保護の下で経済復興に専念してきた。しかし、1990年代前半から日本は自衛隊をカンボジアをはじめとする世界各地に派遣するようになり、今年の四月には武器輸出に関する新たな原則を策定し、既にトルコとの間で武器の共同開発合意書に調印している。

また、米国は過去何十年間にもわたって、日本が安全保障に関して役割を拡大しようとしないことに対して不満を抱いてきた。安倍首相にとっては、集団的自衛権を行使する軍事的な意味合いよりも、米国と行動を共にする積極的な姿勢を示す政治的な意味合いの方がずっと大きいのかもしれない、という見方をイエレン氏は示している。

「安倍首相は憲法九条の解釈変更の正当性をどのように説明しているのか?」という質問に対して、イエレン氏は次のように答えている。

「安倍首相は一貫して憲法九条に対する自らの解釈変更の正当性を示しており、それには二つの面がある。

一つ目として、安倍首相は憲法解釈変更を米国との同盟関係という文脈に位置づけている。安倍首相は集団的自衛権の行使を認めることによって、自衛隊が米国艦艇を守り、ペルシャ湾での掃海作業を支援することができるようになるという見方を示している。安倍政権は、日本が米国のために戦うより積極的な姿勢を見せなければ、米国は(日本と中国との間で対立が続いている)尖閣諸島を守るという確約を放棄し、東シナ海で中国の思い通りに事を進められるのではないか、という懸念を抱いている」

「二つ目として、憲法九条の解釈変更の正当性について安倍首相は、中国の海洋進出を挙げている。安倍首相は中国が貪欲な野心を抱いている証拠として、南シナ海における中国、ベトナム、フィリピンの三国間の衝突を挙げている。中国をはじめとする強欲な国家の脅威によって危機的な事態が発生した場合、集団的自衛権の適用範囲は韓国、オーストラリア、フィリピン、ベトナム、インドにまで拡大される可能性がある、と安倍首相は示唆している。これは全て『積極的平和主義』の名目の下で展開されるものだ」

また、「安倍首相の憲法解釈変更において、日本はいかなる状況下で軍隊を出動させることができるのか?」という質問に対して、イエレン氏は次のように答えている。

「その点については、はっきりしていない。日本政府の閣議決定によると、日本が自衛隊を派遣できる条件として、次の三つが挙げられている。(1)同盟国または友好国が攻撃を受けた場合。(2)その攻撃が日本の生存にとって明らかな脅威となる場合。(3)その脅威が生命、自由および幸福を追求する国民の権利を侵害する恐れがある場合。

しかし、友好国への攻撃が日本に対する『明らかな脅威』と言えるのかどうか誰が判断するのだろうか? この問題は、憲法九条自体と同様に解釈に余地を残している。安倍首相は海外での軍事作戦への関与に対して『限界』を約束しているが、この『限界』の定義が曖昧なままだ。このような曖昧な要素が残っているために、保守派の国粋主義者たちが安全保障の偽名の下で集団的自衛権を自由に行使できる権限を持つことになるのではないかという懸念がある」

さらに、「今回の安倍首相の憲法解釈変更の動きに対して、近隣諸国はどのような反応を示すと考えられるか?」という質問に対して、イエレン氏は次のように答えている。

「今回の日本政府の閣議決定は、東アジア諸国との関係にさらなる打撃を与えることになるだろう。中国と韓国は日本との間で領土問題を巡って激しく対立しており、この対立は、安倍首相の国粋主義的な考え、靖国神社参拝、および第二次世界大戦中の帝国日本の蛮行の歴史を否定・無視する傾向があることによって、さらに悪化したのだった」

「そういう中で、中国外務省は日本の国防政策のいかなる変更に対しても、警戒・注視していることを繰り返し伝えてきた。中国と韓国の世論は、憲法九条のいかなる解釈変更に対しても強く反発している。短期的に見ると、韓国の朴槿恵大統領は日本の憲法の解釈変更を日本との関係を悪化させる原因がまた浮上したという正当化に利用するだろう。また、中国も日本がアジア地域の緊張を高めるという理由で日本を批判する機会と捉えるだろう」

「しかし、一方で米国は日本の憲法解釈変更の閣議決定を支持するだろう。米国は何十年間にもわたって、日本に対して日米同盟におけるさらなる対等な関係を求めてきた。また、フィリピンとベトナムも日本の閣議決定を支持する可能性が高い。この二国は現在、中国との間で領土を巡って対立または行き詰まりの状態にある」

最後に、「日本の国民は今回の閣議決定に対してどんな反応を見せると考えられるか?」という質問に対して、イエレン氏は次のように答えている。

「集団的自衛権を巡る解釈改憲の問題は日本人の間では支持する声が極めて小さい問題だ。憲法九条を支持する国民の声は依然として非常に強い。日本経済新聞が最近行った世論調査によると、回答者の50%が集団的自衛権の行使に反対しており、支持すると答えた34%を大きく引き離す結果となった。さらに、憲法の解釈変更(完全な憲法改正ではなく)を支持すると答えた人はわずか29%しかおらず、逆に反対だと答えた人は54%だった」

オーレリア・ジョージ・マルガン教授の論考

ここでさらに、日本政治学を専門としているニューサウスウェールズ大学(オーストラリア)のオーレリア・ジョージ・マルガン教授が前掲の雑誌『The Diplomat』に発表した論考(6月3日)で論じている内容を以下にご紹介したい。

マルガン教授は論考の冒頭で、次のように論じている。

日本は今、米国との集団防衛に参加できるようにすべきか否かという問題について政治的な議論を行っている。これは、国際社会がこれまで自衛隊の軍事的な役割と軍事力に対して適用してきたダブルスタンダードを解除する時がきたのかもしれないという問題を提起している。

このダブルスタンダードは日本の戦争の歴史に起因するものであり、それは日本には常に軍国主義的なナショナリズムが復活する危険性があるという懸念に基づいている。そのため、日本の軍事活動は他の近隣諸国よりもはるかに厳しい目で評価されている。これは、日本の軍事力が増強された場合、それはアジアの安定要因にはならず、必ずアジアの脅威となり、特に中国などが挑発行為を繰り広げている中でも、日本は新たな軍事的な関与を控えるべきだという間違った考え方に立脚したものだ。

日本の軍国主義の歴史と、集団防衛が必要だと考えている安倍首相との関係について、マルガン教授は次のように論じている。

軍国主義の亡霊を警戒する日本人は、安倍首相のような歴史修正主義の国家指導者に対して疑念を抱き続けている。彼らは安倍首相が「戦後レジームからの脱却」のために日本国憲法を壊したいと考えているとして、批判を展開している。日本国憲法は占領軍によって押し付けられた戦後秩序の象徴であり、日本人が誇りを取り戻すためには憲法の改正が必要だと安倍首相は考えている、と彼らは見ている。

また、安倍首相が集団防衛の正当性を主張していることについて、マルガン教授は次のように論じている。

安倍首相は集団防衛の正当性を訴えるにあたって、「現行の憲法下では、日本は海外での戦闘に参加することができないため、国民の生命を守ることができない」と述べている。言い換えれば、専守防衛だけではもはや日本を守るためには不十分だということだ。この論理は表面的には説得力があるように思えるが、まだ厳密な検証を経ていない。「海外での」戦闘に参加するということが、必ずしも日本の国防力の強化につながるというわけではない。実際、日本が本来なら避けられたはずの紛争に巻き込まれ、日本の安全保障が危険にさらされることにもなるかもしれない。

論考の最後で、日米関係に言及し、マルガン教授は次のように論じている。

米国との同盟関係を強化するための意思表示としても、日本にとって集団防衛への参加は重要だ。実際、日本にとって、集団防衛の政治的重要性の方が日米同盟における安全保障上の重要性を上回っているかもしれないのだ。日本の集団防衛への参加は、特に尖閣諸島の防衛に対する米国の関与を強めることを意図したものだ。

ウラジミール・テレコフ主任研究員の論考

本稿の最後として、ロシア戦略研究所アジア中東研究センターのウラジミール・テレコフ主任研究員が時事問題についての分析を専門とするオンライン雑誌「New Eastern Outlook」に発表した論考(7月9日)について以下にご紹介したい。

テレコフ研究員は1947年の日本国憲法施行から1954年の自衛隊の創設に至るまでの戦後日本の安全保障の歩みについて説明した上で、「吉田ドクトリン」に言及している。そして、自衛隊の活動に対する制限が大きく問われる分岐点になった出来事として、湾岸戦争(1990年から1991年)を挙げている。

この時、日本は米軍を中心とした多国籍軍に対して財政支援しか行わず、米国の怒りを招いたとテレコフ研究員は論じている。この経験がきっかけとなり、日本国内では、憲法九条を完全に破棄すべきなのか、それとも戦争放棄の規定を破棄するような解釈をすべきなのかという議論が活発に展開されるようになった。

しかし、憲法九条による自衛隊の活動に対する制限の問題について最も重要な点は中国の台頭だ。日本はこの中国の台頭を、国益と安全保障に対する脅威だと見做している。そのため、日本では軍事力の増強を図り、自衛隊の活動に対する制限を解除すべきかどうかという問題が再び浮上している。

ところが、現行の日本国憲法の改正手続きは非常に複雑だ。それには議会の過半数の承認と国民投票による過半数の賛成が必要となる。現在の状況では、憲法九条の破棄よりも、憲法解釈の変更に対する承認を得る方が政府レベルでは技術的には容易であり、それが現実のものとなった場合には、複雑な憲法改正手続きを経なくても自衛隊の活用範囲を大幅に広げることができるようになる。

安倍首相は集団的自衛権行使容認に関する閣議決定について、次のように述べている。

「今回の閣議決定は、アジア太平洋地域における平和に対する脅威の増大を前にして自衛隊の潜在的な能力を強化しながら、地域の平和と安定を保障するためにより積極的な役割を果たしていくという日本の目標に合致しています。平和とは誰かが与えてくれるものではなく、自分たちで確保するしかないのです」

このような安倍首相の発言に対して、中国は十分予想されていた通りに警戒心を見せている。中国は集団的自衛権行使容認に関する安倍政権の閣議決定について、日本の国防政策が「軍国主義」に向かって動き出す「重要な局面」だと考えている。

しかし、最も驚くべきことは、今回の安倍政権の閣議決定に対して米国政府が警戒反応を見せていることかもしれない。というのも、時代を遡ると、2000年に発表された第1次アーミテージ・ナイレポートには、「日本が集団的自衛権に関する制限を取り除けば、日米間の防衛分野における協力関係の効果が大幅に増大するだろう」と書かれていたからだ。

ところが、オバマ政権の二期目に入って、米国、中国、日本の三国関係に対する米国政府の考え方が大きく変わっている。米国は、ささいなことがきっかけで重大な紛争に巻き込まれる可能性を考え、警戒心を強めているのだ。この警戒心は、事態が東シナ海に浮かぶ五つの無人島の領有権を巡る日本と中国の大きな領土問題へと発展する可能性があるという議論に表れている。

【参照記事】

The Diplomat: Ten Myths About Japan’s Collective Self-Defense Change

http://thediplomat.com/2014/07/ten-myths-about-japans-collective-self-defense-change/

The Washington Post: Japan flexes its muscles, shifts its defense policy with Pentagon support

http://www.washingtonpost.com/news/checkpoint/wp/2014/07/01/japan-flexes-its-muscles-shifts-its-defense-policy-with-pentagon-support/

The Global Times: Japan’s move escalates regional tension, signals fascism emergence: foreign experts

http://www.globaltimes.cn/content/868501.shtml

Deutsche Welle: Japan’s security policy shift: ‘A blow to ties with East Asia’

http://www.dw.de/japans-security-policy-shift-a-blow-to-ties-with-east-asia/a-17748656

The Diplomat: Drop the Double Standard on Japanese Defense

http://thediplomat.com/2014/06/drop-the-double-standard-on-japanese-defense/

New Eastern Outlook: Japan and the right to collective self-defence

http://journal-neo.org/2014/07/09/rus-yaponiya-i-pravo-na-kollektivnuyu-samooboronu/

サムネイル「Magazines」Sean Winters

http://www.flickr.com/photos/theseanster93/472964990

プロフィール

平井和也人文科学・社会科学系の翻訳者(日⇔英)

1973年生まれ。人文科学・社会科学分野の学術論文や大学やシンクタンクの専門家の論考、新聞・雑誌記事(ニュース)、政府機関の文書などを専門とする翻訳者(日⇔英)、海外ニュースライター。青山学院大学文学部英米文学科卒。2002年から2006年までサイマル・アカデミー翻訳者養成産業翻訳日英コースで行政を専攻。主な翻訳実績は、2006W杯ドイツ大会翻訳プロジェクト、法務省の翻訳プロジェクト(英国政府機関のスーダンの人権状況に関する報告書)、防衛省の翻訳プロジェクト(米国の核実験に関する報告書など)。訳書にロバート・マクマン著『冷戦史』(勁草書房)。主な関心領域:国際政治、歴史、異文化間コミュニケーション、マーケティング、動物。

ツイッター:https://twitter.com/kaz1379、メール:curiositykh@world.odn.ne.jp

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