2015.03.19
シリア・アサド政権はどのように必要とされているのか?
「アラブの春」がシリアに波及して、この3月15日で4年が過ぎた。「今世紀最悪の人道危機」と評される同国の惨状は、今でも「独裁」対「民主化」という勧善懲悪のもとで捉えられることが少なくない。「アサド政権が20万人以上の市民を虐殺した」、「アサド軍は「樽爆弾」を無差別に投下し、市民を殺戮している」といった批判がその典型だ。
むろん、国内では、シリア軍の作戦で多くの人命が絶たれ、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、人口(約2,200万人)の半分に相当する1,000万人が被災し、650万人が国内外での避難生活を余儀なくされている。しかし、実証や裏付けを伴わない一方的な批判は、もはや暴力停止に向けた建設的議論をモラトリアムするための口実にしか見えない。
「独裁」対「民主化」?
今日の混乱は、政治犯の釈放や地方行政の改革を求めて2011年3月に始まった散発的デモに、バッシャール・アサド政権が過剰とも言える厳しい弾圧を加えたことに端を発している。だが、「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」において筆者が網羅的に収集してきた情報が示している通り、紛争は「独裁」対「民主化」といった単線なものではなく、争点や当事者を異にする様々な対立が重層的に展開することで悪化した。
紛争がシリア軍の一方的な暴力を特徴としていないことは、犠牲者の内訳を見ても明らかだ。ロンドンに活動拠点を置く反体制組織のシリア人権監視団の統計(2015年3月15日発表)によると、2011年3月18日から2015年3月14日までの死者総数21万5,518人のうち、シリア軍と親政権民兵の死者は7万6,200人に及び、反体制武装集団(民間人に含まれている)や離反兵の死者数3万9,227人を大きく上回っている。反体制派はかなり早い段階から武装しており 、「独裁」政権の拠点を攻撃するとして、首都ダマスカスやアレッポ市の住宅街を無差別に攻撃してきた反体制武装集団と、「テロとの戦い」のもとに重火器や戦闘機を使用し続けるシリア軍の双方が、被害の拡大させたのである。
この統計において、ダーイシュ(「イスラーム国」のアラビア語の通称)、シャームの民のヌスラ戦線などの外国人戦闘員の死者数が2万6,834人と記録されている点も看過されるべきではない 。彼らは、突如としてシリアの紛争当事者や国際社会の脅威として立ち現れたのではない。外国人戦闘員の流入は「自由シリア軍」を名のる武装集団が活動を本格化した直後に始まっており、2012年1月にはヌスラ戦線がすでに各地でテロを行なっていた。「解放区」と称された反体制派支配地域を群雄割拠しているのは、このヌスラ戦線のほか、シャーム自由人イスラーム運動、ムハーリジーン・ワ・アンサール軍、そしてダーイシュといったアル=カーイダ系のイスラーム過激派で、米国が主導する有志連合が根絶をめざしているのもこうした勢力である。
重要なのは暴力の応酬の終息
「独裁」打倒をめざしていたはずの「自由シリア軍」はイスラーム過激派に圧倒され、その一部は敗退、消滅し、かろうじて活動を続けている武装集団も、その多くがヌスラ戦線などの指揮下に身を置いている。欧米諸国が「シリアにおける唯一の正統な代表」とみなしてきたシリア革命反体制勢力国民連立(いわゆるシリア国民連合)や国内で活動を続ける民主的変革諸勢力国民調整委員会といった反体制政治組織、政治家・有識者も、主導権争いに明け暮れ、一致団結することはおろか、体制転換後の具体像さえ示せず、低迷している。
今日のシリアを俯瞰すると、シリア政府が国境地帯などで支配権を失いつつも、国内最大の政治主体として勢力を温存し、また民主連合党が主導する西クルディスタン移行期民政局が、ハサカ県とアレッポ県北部で自治を強めている。両者は都市部でしばしば衝突しつつも、イスラーム過激派掃討に総力をあげている点で共通している。
それ以外の勢力は、国内に支持基盤を持たず、治安回復において実務的な役割を担うことはできない。むろん、シリア国内で暮らす人々の多くは政府に対しても批判的だ。だが、彼らにとってより重要なのは、外国人戦闘員を排除し、暴力の応酬を終息させることで、政府や西クルディスタン移行期民政局はその限りにおいて存続を黙認されていると言える。
欧米諸国の二重基準
シリア情勢の混迷はまた、シリア政府に敵対する欧米諸国、アラブ湾岸諸国、トルコにも大きな原因がある。これらの国は「アラブの春」波及以降、アサド政権の施政を「人道に対する罪」、「戦争犯罪」と批判し、経済制裁を科すなどして退陣を迫った。とりわけ、トルコ、サウジアラビア、カタールは、後にヌスラ戦線やダーイシュに合流することになる外国人戦闘員の潜入支援や彼らへの武器・資金供与を行い、体制崩壊を企図した。欧米諸国は、アル=カーイダ系イスラーム過激派の台頭に懸念を示しつつも、シリアで生じている政治変動は「民主化」だとの姿勢をとり続け、トルコ、サウジアラビア、カタールのテロ支援を黙認した。
その後、シリアで増長したダーイシュがイラクに勢力を伸長すると、米国の主導のもとに有志連合が作られ、2014年8月にはイラクで、9月にはシリアで空爆が開始された。だが「民主化」のもとにテロを実質的に支援してきた欧米諸国の二重基準は、ダーイシュとの戦いにも影を落とした。
米国は、シリア空爆と並行して「穏健な反体制派」の軍事教練の準備を本格化させている。しかし「自由シリア軍」と目されてきた武装集団の多くがヌスラ戦線の指揮下で活動する今日のシリアで、反体制武装集団を「穏健な反体制派」とイスラーム過激派に区別することなどできない。「穏健な反体制派」の教練は「テロとの戦い」のために「テロ予備軍」を養成するのに等しい。
後退する欧米の対シリア政策
欧米諸国の対シリア政策は、2013年夏の化学兵器使用疑惑事件を受けて、シリア政府が化学兵器廃棄に応じたことで、大きく後退した 。この傾向は、イラクでダーイシュが台頭した2014年半ば以降より顕著となり、バラク・オバマ米大統領も、反体制派を支援して事態を打開しようとするという試みが「幻想」だったと認めるようになった。また「穏健な反体制派」の軍事教練の目的も、体制転換を促すための現地の軍事バランスの転換から、ダーイシュの掃討へとすり替えられている。
にもかかわらず、欧米諸国は依然として、シリア政府の正統性を否定している。米英仏は、ダーイシュの根絶にはアサド政権の退陣が不可欠だとの姿勢を変えようとはしない。それだけでなく、ダーイシュとアサド政権が石油密売買で結託しているといった主張さえ散見される。
こうした欧米諸国の本心はどこにあるのか? 欧米諸国は確かに、有志連合からシリアを排除している。だが、有志連合がシリア領内の作戦で、シリア軍、人民防衛隊(YPG、西クルディスタン移行期民政局が統括する武装部隊)と協調関係にあることは明らかだ。YPGとの連携が、アイン・アラブ市でのダーイシュとの攻防戦での米軍による支援物資投下やペシュメルガの部隊派遣を通じて行われていることは周知の通りである。だがそれだけでなく、有志連合は、ダイル・ザウル県、ハサカ県、イドリブ県、アレッポ県のダーイシュやヌスラ戦線の拠点に対するシリア軍の空爆や地上作戦を補完するかのように空爆を繰り返している。
こうした動きに関して、アサド大統領は2月10日のBBCとのインタビューで、米国との対話や直接の協力はないとしつつ、「第三者」を通じて情報が伝えられていると述べている。米国は大統領の発言を否定しているが、シリアでのダーイシュとの戦いにおいて、有志連合は、「穏健な反体制派」でもシリア国民連合でもなく、反欧米の姿勢をとるシリア政府、西クルディスタン移行期民政局を事実上の同盟者として選ばざるを得なかったのである。
展望を欠いた近視眼
しかし、シリア政府や西クルディスタン移行期民政局との共闘を通じたダーイシュの弱体化は、中長期的に見た場合、欧米諸国に利益をもたらさない。なぜなら、それは、ダーイシュに代わる「別の反欧米勢力」の台頭・復権につながるからである。また、シリアがダーイシュの温床でなくなることは、欧米諸国を含む送り出し国への戦闘員の帰国や、周辺諸国や別の紛争地への拡散を意味する。
欧米諸国の首脳のなかには、ダーイシュかアサド政権かという二者択一ではないと力説する者もいる。しかし、その真意は、勝者もなく、敗者もない混乱状態の持続こそが、欧米諸国にとってもっとも好都合だということだとも解釈できる。
シリア政府への一方的な批判が、アル=カーイダ系イスラーム過激派の脅威を軽減し、シリアに治安と安定を回復するための実行可能な具体策を伴なうことはほとんどない。有志連合に参加する各国政府は、ダーイシュ根絶には時間を要すると繰り返し、また専門家やジャーナリストのなかには、実証や裏付けのないまま、シリアやイラクにおける混乱を、領域主権国家が溶解する新たな歴史的段階に入ったと評価して、暗に是認する者さえいる。しかし、展望を欠いたこうした近視眼は、曲学阿世以外の何ものでもなく、混乱の再生産を正当化するだけである。
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プロフィール
青山弘之
1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院修了。JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ政治、思想、歴史。編著書に『混迷するシリア――歴史と政治構造から読み解く――』(岩波書店、2012年)、『「アラブの心臓」に何が起きているのか――現代中東の実像――』(岩波書店、2014年)などがある。またウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/aljabal/index.htm