2016.05.09

途上国の子どもに読書を――経済発展と平等の両輪を回せ!

畠山勝太 比較教育行財政 / 国際教育開発

国際 #読書キャンプ#サルタック

ネパール大地震でやり遂げられなかった読書キャンプを今年こそ――ネパールの子供たちに質の高い有意義な教育を提供すべく活動しているNPO法人サルタックは、低年齢での読書経験を提供するべく「読書キャンプ」をおこなっています。

しかし、第一回の読書キャンプはネパールを襲った大地震により、最後まで遂行することができませんでした。読書キャンプを今年こそ多くの子どもたちに届けたいとの思いから、サルタックは継続的な開催を目指しクラウドファンディングに挑戦しています。なぜサルタックが低年齢での読書経験に注目しているのか、理事の畠山勝太氏が読書キャンプの背景について語ります。

クラウドファンディングの詳細はこちら→https://readyfor.jp/projects/7542

途上国の教育支援、国際教育協力の課題とは?

――読書キャンプとはどのようなものなのでしょうか。

日本で「キャンプ」というと、テントを張るものを想像するかもしれませんが、読書祭りのようなものを想像いただければと思います。サルタックでは、低年齢の読書の教育効果に注目しているんです。

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――低年齢の読書ですか。たしかに大切な気もしますが、国際教育開発に遠回りな気もするのですが……。

なぜ、読書支援が効果的なのか、を知るためには、現在の国際教育協力ではどのような点が問題になっているのかをお話する必要があるかもしれません。いまの国際教育協力の課題はなんだと思いますか?

――なんでしょう。小学校がなかったり、女の子が学校にいけなかったり?

現在、学校の数や、ジェンダーの問題は急速に解決に向かっています。1970年には小学校の学齢期児童の約半数にあたる1億3千万人が不就学児だったのが、現在では17%にあたる6千万人にまで減少しました。そして不就学児童の2/3弱が女の子だったのが、現在ではほぼ男女平等に小学校にいけています。

というのも、地理情報システム(GIS)の発達により、地図上に学校や村の様子をマッピングしていくことで、「村から徒歩○○分以内に小学校がなければいけない」と効率的な学校建設が進みました。

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――テクノロジーが、学校建設を効率的にしていったのですね。

その上、学校への通学を条件に親が現金を得られるプログラムなども充実しはじめ、家事労働や児童労働に従事せざるを得ないなど、貧しさによって学校にいけていなかった子どもたちが学校にいけるようになったのです。

しかし、2007年頃から取り組みが鈍化します。特にアラブの春以降、中近東で紛争に巻き込まれる子どもが増えており、不就学児童の約1/4は紛争地域に住んでいると言われています。さらに、不就学児童の約1/3が障害児だと言われています。

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――つまり、学校の量(アクセス)についての取り組みはだいたい飽和しているのですね。

国にもよるのですが、大まかにいえばその通りです。その中で、現在注目されているのは、「就学前ケア・教育(ECCE)」・「女子中等教育」・「スキル」・「教育の質」です。ここまで挙げてきた課題をカバーする活動として、早期の読書支援が国際社会で注目を集めているんです。

就学前ケアの重要性

――就学前ケアはなぜ重要なのでしょうか。

年をとればとるほど新しいことを学ぶのは大変になりますよね。実は、人間の脳は5歳までに約80%の発達がおこなわれると言われています。ですので、5歳以前のケアに介入するとかなり効率がいいのです。

さらに言えば、妊婦の時に介入した収益率もかなり高いと言われています。お母さんが栄養不足だと子どもの成長も阻害され、その影響は一生なくなりません。例えばユニセフは子どもが母体に宿ってからの最初の1000日をとても重視しています。

これはアメリカのデータですが、実際に良質な就学前教育を受けた貧困層の子どもは、そうでない貧困層の子どもと比べて留年率や退学率も低くなっており、学力向上効果が見出せます。

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さらに、良質な就学前教育を受けた貧困層の子どもはそうでない子どもと比べて非認知能力が高まる結果、10代での妊娠や犯罪行為など、生涯収入を低くしてしまうような行為に走る率が低く、このことが就学前教育投資の高い収益性を支えています。

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教育における平等性

――就学前教育は効率がいいのですね。

さらに、早期に介入するメリットとして格差の縮小も挙げられます。たしかに、後期中等教育以降の「スキル」も所得向上や経済発展のためには重要な領域なのです。しかし、ネパールをはじめとする途上国では親の所得によって教育へのアクセスにギャップが生じています。

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――教育段階が上がるほど、親の所得によって教育へのアクセスに影響が出てしまうのですか?

上の図は親の所得別に、各教育段階での総就学率を現したものです。Q1は最も貧しい20%、Q5が最も豊かな20%の家の子どもを指します。小学校では貧困層も富裕層も等しく学校にいけているのですが、日本の中学校に相当する教育段階になると貧しい40%の中で学校にいけなくなる子どもが出てきます。

そして、高校になると学校にいけるかいけないかが、親の所得に大きく影響されるようになります。つまり、これは何もネパールに限った話ではありませんが、富裕層の子どもほど長期間教育を受けられるという状況がネパールにも存在しています。

このような状況の中で「スキル」を重視するために、後期中等教育により多くの政府予算を割くとどうなるでしょうか?富裕層の子どもほどより多く政府の教育支援を受けとることになり、政府の教育支出が不平等に分配されることになります。

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では、どれぐらい政府の教育支出が不平等に分配されているのかを視覚的に理解するために、ローレンツ曲線を用いて見てみましょう。上の図の横軸は世帯所得の累積比、縦軸は政府教育支出受け取りの累積比を示しています。もし世帯の所得と関係なく全ての子どもが平等に政府教育支出を受け取っていれば、45度線(X=Yとなるオレンジ線)と一致します。

しかし、簡便な物ですが親の所得によってどれぐらい政府教育支出を受け取れるのか分析してみると、45度線とは一致しません。X=0.2の時、Y=0. 14となっています。これはどういうことかと言うと、最も貧しい20%に属する子どもたちは、政府教育支出の14%しか受取れていないということです。同様に、X=0.4の時、Y=0.31なので、最も貧しい40%の子どもたちは政府教育支出の31%しか受取れていないということです。

X=0.8の時、Y=0.72なので、逆算すると、最も豊かな20%の子どもは政府教育支出の28%を受け取っているわけで、ネパールでは最も豊かな20%の子どもは最も貧しい20%の子どもの2倍ほど政府教育支出を受け取っているわけです。参考までに政府教育支出受け取りのジニ係数は約0.124となっています。

――豊かな家庭の子どもほど、より多く政府の教育支出の恩恵を受けられると。

一般的に教育段階が上がるほど教育コストが上がり、その分生徒1人当たりの政府教育支出も多くなります。そして、豊かな子どもほどより長く教育を受ける傾向があり、より上の教育段階までいけることになります。つまり、衝撃的な話かもしれませんが、大体の国でより豊かな子どもほどより多く政府教育支出を受け取っていて、政府教育支出は不平等に分配されています。

しかし、ネパールは他国と比べてこのジニ係数の値が比較的小さなものとなっています。豊かな子どもほどより上の教育段階にいけるのになぜこのようになっているかというと、ネパールが基礎教育を重視しているからです。

中等教育の生徒1人当たりのコストは、初等教育のそれのわずか1.5倍ですし、高等教育でもわずか2倍です。それでもより平等な政府教育支出を目指すのであれば、後期中等教育以降の生徒1人当たりコストを上昇させるような「スキル」重視ではなく、「就学前ケア・教育」や「基礎教育の質」をさらに重視する必要があります。

実際に、他の途上国ではもっと酷い状況が存在しますが、初等教育を重視しているネパールでもまだ教育の質に問題があり、小学校を終了しているのに文字の読み書きが満足にできない子どもたちが一定割合でいます。

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上の図は教育の量・質と経済成長の関係を見たものですが、教育の質が良くなければ、どれだけ教育にアクセスできたとしても、学校で何も学べないので意味はありません。なので、平等性を目指すという観点からだけでなく、経済成長・貧困削減という観点から見ても、「就学前ケア・教育」や「基礎教育の質向上」、すなわち低年齢の教育を重視すべきだと考えます。

女子の中等教育の効果

――女子の中等教育はなぜ効果があるのでしょうか。

国際教育協力の世界では常識なのですが、どの国でも男子を教育するよりも女子を教育する方が、私的収益率が高いのです。

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さらに、社会的収益率に関しても女子教育のそれは男子教育よりも高いと考えられていますが、これには3つの理由があります。

1つは教育を受けた女性は母子保健をよりしっかり考えられるようになるので、危険な妊娠・出産を避けることができるようになり、母子ともに死亡率が下がるという理由です。

2つ目は地球規模課題である人口爆発の防止です。女性が高い教育水準をもち、高い賃金を得ることになると、第一子をもうける年齢が上昇しますし、産休期間中の放棄所得が大きくなるので、より少ない子どもの数を選択するようになるという理由です。

3つ目は次世代への波及効果が高いことです。教育を受けた女性はそうでない女性よりもより多く稼ぐことができるので、家計の所得も上がり、子どもに多くの教育投資をすることができるようになりますし、子どもの教育の世話、例えば宿題をみることなどもできます。さらに、子どもの健康状態についても正しい知識をもてるので、子どもが健康でより学校でしっかり学ぶことができるようになる、という理由です。

初等教育ではほぼ男女平等が達成されつつあるのですが、中等教育ではまだ女子のアクセスが阻害されています。今後は低所得国や南アジア・アフリカでの女子中等教育拡充に向けた取り組みが進んでいくでしょう。

――女子教育も収益率が高いのですね。

その通りです。しかし、途上国の女性の5人に1人は、文字の読み書きができません。ネパールにいたっては成人女性の識字率は約55%と、2人に1人は文字の読み書きができない状況です。そのため、母親から何らかの教育支援を受けている子どもの割合も30.4%しかありません。彼女たちに、読み書きを教えることで、前述のように子どもたちの教育状況も改善することができます。読書キャンプでは、親子で一緒に読書活動をおこなったり、普段我々が識字教育・職業訓練を提供している母親達の研修も兼ねた物品販売をおこなうなど、女性の教育にも力を入れています。

識字能力は学習の基礎

――読書自体にはどれくらいの効果があるのでしょうか。

ネパールでは、初等教育の就学率が90%を超え、数多くの子どもたちが小学校へ通える状況ですが、教員養成・教育行政・学校環境などが十分整備されておらず、小学校の高学年になっても文字すら読めない子どもたちが一定数います。文字の読み書きができないと、理科や算数といった他の科目の内容について理解することも難しくなります。識字能力は全ての学習の基礎となるものです。

読書体験は識字能力に大きな影響を及ぼしています。オーストラリアや日本で実施された研究では、就学前段階で定期的に本の読み聞かせを受けた児童はそうでない児童と比べて、小学校入学後の学力調査で高い成果を出しています。

――読み聞かせをするような親のもとで育った子どもは、そもそも識字率が高い傾向にあるからではないでしょうか?

もちろんそういった部分もあるのですが、全てがそうだとは言えません。この図では、親の社会経済的背景を考慮する前と後の結果を表していますが、親の社会経済的背景を考慮した後でも、特にまだ経済発展が進んでいない地域を中心に本の読み聞かせによって子どもの識字能力は上がるのです。

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ネパールでは、NGOからの寄付で本はあるけれども、子どもたちが本を読まない、先生たちが貴重な本を傷つけないために図書館に鍵を閉めてしまい活用されていない、といった現状も存在します。さらには、地域や家庭にも本を読む文化がない。そもそも、家に三冊以上の本がある児童の割合はわずか4.8%で、学校を一歩離れると本へのアクセスが遮断されてしまっています。なので、読書キャンプでは参加する子ども達に絵本の配布をおこない、読書の習慣をつけられるよう支援したいと思っています。

読書キャンプに応援を

――前回の読書キャンプは地震で中止になったんですよね。

そうなんです。大勢の来場者を迎え盛大なイベントになったのですが、現地時間の11時56分、マグニチュード7.8の地震がネパールを襲いました。万が一に備え赤十字を呼んでいたのと、多数のテントを準備していたことが功を奏し、近隣住民の手当てを実施し、簡易避難所となることができました。その後、私たちは子どもたちの心のケアをすべく、避難キャンプでの読み聞かせ活動を実施しました。

あれから約1年が経った今年の2月6日に、規模を縮小して読書キャンプを実施することができました。250名を超える来場者を迎えることができ、評判も上々で、ぜひサルタックのために本を寄贈したいと申し出てくれる人も現れたほどでした。多くの子どもたちや親たちからぜひ今後とも継続的に開催して欲しいという声が寄せられました。

そして先日、第二回の読書キャンプを実施しました。今回は参加者が500名を超え大盛況となりました。来場者へのアンケートによると、「子どもたちはとてもよく学んでいた」「学校教育でも取り入れられるべきだ」「定期的に実施して欲しい」「学校の教員もこういった活動ができるようにならなければならない」といった声が寄せられました。さらに、サルタックのような活動を実施したいので教えて欲しいという依頼や、現地のテレビ局からの取材依頼も来ました。

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――かなり良い反響ですね。

嬉しい限りです。私たち、サルタックは理事陣に教育スペシャリストをそろえており、どのようにしたら有効な支援を届けられるのか、そのノウハウをもっていると思っています。ですので、クオリティの高い支援を届けられたのではないかと、手前味噌ですが自負していて、この読書キャンプを中心とした我々の活動をより洗練させて、日本を含めた他国にも広めていきたいと考えています

ですが、「ぜひまた開催してほしい」と、熱い声はいただけるものの、現在のサルタックの資金力では不可能な状態です。そこで、ぜひクラウドファンディングで皆さんの力をかしていただければと思います。

読書キャンプのような活動を通じて良質な教育を提供し続けていきたいと思います。なぜなら、そういった教育を受けた子どもたちが、将来活き活きと社会の中で活躍することこそが経済発展や貧困削減への手段ですし、ネパールの復興に貢献すると信じているからです。

そして、生まれた家庭の所得によって教育へアクセスできない・受けられる教育の質が違うといった子どもたちの悲劇や、文字の読み書きができないために貧困から抜け出せず、子どもの教育も見てあげられないという母親たちの悲劇を解消できればきっとより良い国際社会になっていくと思います。そして、もちろん経済発展は重要ですが、私たちは経済発展と平等の両輪を回し続ける活動をしていきたいと思います。微力ですが読書キャンプがそういったことの小さなステップになると信じています。

ネパール大地震でやり遂げられなかった読書キャンプを今年こそ!

★読書キャンプ詳細★

【日時】2016年6月、10月、12月の最終土曜日

【場所】ネパール国ラリトプール郡市役所前広場

去年の4月25日ネパール大地震で中止になった読書キャンプ。今年こそ、子ども達のために開催したい!昨年は地震で途中で頓挫しましたが、今年こそは最後まで開催したいと思っています。ネパールの子ども達のために、応援していただけませんか?

詳細はこちら→https://readyfor.jp/projects/7542

プロフィール

畠山勝太比較教育行財政 / 国際教育開発

NPO法人サルタック理事・国連児童基金(ユニセフ)マラウイ事務所Education Specialist (Education Management Information System)。東京大学教育学部卒業後、神戸大学国際協力研究科へ進学(経済学修士)。イエメン教育省などでインターンをした後、在学中にワシントンDCへ渡り世界銀行本部で教育統計やジェンダー制度政策分析等の業務に従事する。4年間の勤務後ユニセフへ移り、ジンバブエ事務所、本部(NY)を経て現職。また、NPO法人サルタックの共同創設者・理事として、ネパールの姉妹団体の子供たちの学習サポートと貧困層の母親を対象とした識字・職業訓練プログラムの支援を行っている。ミシガン州立大学教育政策・教育経済学コース博士課程へ進学予定(2017.9-)。1985年岐阜県生まれ。

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