2018.03.05

北朝鮮の核・ミサイル能力向上にどう対処するか ――トランプ政権の核態勢見直し(NPR)が示唆するものとは

村野将 安全保障政策

国際 #北朝鮮#アメリカ#ミサイル#火星15号

 2017年11月29日未明、北朝鮮は日本海に向け「火星15」と呼ばれる新型ICBMの発射を行った。ロフテッド軌道で発射された火星15は、これまでに発射された火星14を大きく上回る高度約4500kmにまで到達し、通常弾道軌道であれば、米東海岸を含む全土を射程に収めることのできる1万3000km近い飛翔能力を有していることが明らかとなった。

本稿では、北朝鮮の核・ミサイル能力の現状を技術的観点から評価した上で、それが日米にもたらす影響と、トランプ政権が進める核戦略やミサイル防衛政策とどのように関係するかを考えてみたい。

北朝鮮によるICBM開発の技術的評価

火星15は、二段式の液体燃料エンジンと再突入体(Re-entry Vehicle:RV)を収めた弾頭部分から構成されている。この構造自体は火星14と変わらないが、ミサイル本体は一段目、二段目ともに明らかに直径が大きくなり、推力が増したことで、その分ペイロード(搭載重量)も大きくなっていると考えられる。

また、弾頭部分の形状も火星14とは大きく異なっている。当初は鮮明な画像がなく、先端部それ自体がRVのように見えたものの、高解像度の画像を見ると、どうやら火星15の先端に取り付けられているのは、左右2つに割れるタイプのフェアリング(保護カバー)で、RVはその中に搭載されているように見受けられる。

本体の大型化によって推力が向上していることは、それだけフェアリング内に重いRVを搭載可能であることを意味する。それはつまり、核弾頭を小型化する必要性が弱まり、比較的大型の水爆を搭載することが可能になりつつあるということだ。あるいはその逆に、複数の小型核弾頭を搭載(多弾頭化)したり、ミサイル防衛による迎撃を難しくするデコイ(囮)を仕込むといった可能性も考慮する必要が出てきた。

北朝鮮のICBM能力のうち、推力の向上とペイロードの拡大は明らかに悪いニュースだ。しかしながら、これらはICBMに必要な数ある技術要素の一つに過ぎず、北朝鮮が米本土を確実に攻撃できるようになるまでにはまだ時間を要する。事実、米軍ナンバー2のセルヴァ統合参謀本部副議長は、2018年1月末の時点で「金正恩は、(ICBM用RVの)点火やターゲティング技術、残存性のある再突入技術を実証していない」と述べている。この点については、マティス国防長官も昨年12月に同様のことを述べているから、ここ数ヶ月間の米軍の技術評価は一貫していると見てよいだろう。

大気圏への再突入技術で大きなハードルとなるものの1つが、突入時の熱に耐えるための防護技術だ。スカッドのような比較的射程の短い弾道ミサイルは、熱防護材にアスベストやグラファイトを使用しているが、射程が長く再突入時の速度がより高速になる=加速に応じてRVの表面温度が7千度近くに達するICBMになると、より軽量で強固な生産の難しい熱防護材が必要になる。一般的に、ICBM用RVの熱防護材には炭素強化繊維複合材(カーボンFRP)が使われている。当然、炭素複合材の製造に関わる器材や材料は輸出規制品目だが、北朝鮮は昨年7月4日に火星14の実験を行った時点で、「炭素複合材の国産に成功した」と宣言している。

だが仮に、北朝鮮が高度な熱防護材の製造自体に成功していたとしても、それの機能を検証するには様々な実験が必要となる。一般的に、弾道ミサイルの熱防護を検証する方法は、流体力学のコンピュータ・シミュレーションや極超音速風洞(hypersonic wind tunnel)実験、アークジェット施設での実験などがある。また北朝鮮は既に2016年の時点でスカッドのエンジン排気を熱防護材に当てて、再突入時の熱負荷を再現する模擬実験を行なっている。それに加えて、北朝鮮がロフテッド軌道でのミサイル発射を繰り返すのも、通常弾道軌道よりも速い再突入速度を再現して、熱防護の実験をする狙いがあると考えられる。

またRVの熱防護は飛翔安定性とも密接な関係がある。一般的なRVは円錐形をしているが、この形状は飛翔安定性や内部に搭載する核爆発装置の大きさ、その固定位置に影響する。再突入時の安定性を確保するためには、RVを鉛筆の先のような細長い形状にするのが理想である。しかし、外側の形状を細くしすぎると突入速度が速くなり熱負荷が増す上、核爆発装置を搭載するスペースが狭くなってしまう。爆発装置の固定位置も同様に飛翔時の安定性に影響する。単純に言えば、重い爆発装置は先端に搭載する方がバランスがいいが、弾頭の先端は細くなっているので、これも爆発装置の大きさを制限する要因になる。

他方、クレヨンのような丸みのある形状のRVを用いると、爆発装置を収めるスペースを確保できる反面、重心が後ろに寄り過ぎ、飛翔安定性が崩れやすくなってしまう。再突入時にRVのバランスが崩れれば、熱負荷が大きくなり命中精度に影響するし、最悪の場合RVはバラバラになって兵器として機能しなくなってしまう。この問題を解消するには、RVにスピンモーターや推力偏向ノズルを搭載し、RVをコマのように回転させて安定性を高める方法があるが、北朝鮮がそのような技術を有しているかどうかは今のところ明らかではない。

前述のとおり、RVの性能をシミュレートする方法はいくつかある。だが結局のところ、それが期待通りの能力を発揮しているかを正確に検証するには、通常弾道軌道で長射程の実射実験を行うしかない。例えば米国は、カリフォルニア州のヴァンデンバーグ空軍基地から6800km離れたマーシャル諸島クワジェリン環礁の試験場に向けて、データ取得用の模擬弾頭を1~2発搭載したミニットマンⅢICBMの実射実験を年平均4〜5回行っている。

当然ながらこうした実験に際しては、本物の核ミサイルの発射と誤認されないよう慎重な配慮がなされており、事前の航行警報や進入禁止区域の設定はもちろん、ミサイルも米中部の実戦配備基地から発射するのではなく、巨大なICBMを一度解体してから、実験打ち上げ施設のある西海岸まで運び込み、再度組立てをした上で、太平洋の沖合に向けた安全な飛翔コースを設定する。

だが、北朝鮮が1万kmを越えるICBMを通常弾道軌道で発射するための飛翔コースはかなり制限されている。朝鮮半島から南東方面にはグアムがある上、その更に東はハワイに向かうコースとなってしまうから、長射程のミサイル実験は米国を過度に刺激する恐れがある。かといって、北東方面にはロシアやアラスカ、米本土があり、尚更発射実験には向いていない。となれば、残る選択肢は2017年9-10月に火星12を立て続けに発射したときのように、北海道の襟裳岬を超え、日本列島を飛び越えたコースを延長し、南米のペルーやチリ沖の海域を狙うコースしかない。

いずれにしても、北朝鮮にとって最大射程でICBMの実験を行うのはハードルが高い。また米軍がやっているように、着弾地点付近の沖合にあらかじめ観測船を待機させて、飛翔データの取得を行うことも困難とみられることから、仮に最大射程の実験をしても北朝鮮が自ら科学的な検証データを取得できるかどうかもわからない。

したがって、北朝鮮はロフテッド軌道での発射や、射程を意図的に制限した実験を繰り返しつつ、客観的な科学的検証を待たずに、一方的にICBMの「完成」を宣言するのだろう。火星15を発射した時点で、朝鮮中央通信が「核武力完成の歴史的大業を実現した」と表明しているのは、既にそういう意味合いがあるようにも見受けられる。

北朝鮮のICBM脅威に対抗する米本土ミサイル防衛

以上は、北朝鮮のICBM能力単体を評価したものだが、米国と北朝鮮の戦略関係を見る上では、米本土を守る弾道ミサイル防衛(BMD)の存在も忘れてはならない。

米ミサイル防衛局は、北朝鮮とイランからの弾道ミサイル脅威に対処することを目的として、アラスカ州フォートグリーリーとカリフォルニア州ヴァンデンバーグ基地に、Ground Based Interceptor(GBI)/Ground Midcourse Defense(GMD)と呼ばれる米本土防衛用の迎撃システムを配備してきた。2017年5月30日にはICBMを想定した迎撃実験に成功している他、同年11月には44基目のGBIの配備が完了している。

この他、ネブラスカ州オマハの戦略軍司令部など、一部の重要拠点には高高度終末防衛システム(THAAD)も配備されているが、マッハ20を超える極超音速で落下してくるICBMをターミナルフェイズ(大気圏内)で迎撃するのは難しいため、事実上GBIによるミッドコース(宇宙空間)での迎撃が米本土防衛の要となる。

GBIは80%以上の迎撃成功実績を誇るSM-3を使用するイージスBMDに比べ成功率が低く、昨年5月の成功を含めてもこれまでの迎撃実績は56%に留まっている。とはいえ、5000kmを越える最大射程と1800km近い迎撃高度を有するとされるGBIは、単発のICBMに対して最長交戦距離からであれば最大4回の交戦が可能だ。つまり、単純計算で11基のICBMには対処できることになる。

マティス国防長官やセルヴァ大将らが述べているように、現時点では、北朝鮮のICBM能力は米本土を確実に攻撃するには至らっておらず、その意味で「ゲーム・チェンジャー」にはなり得ていない。したがって当面の注目点は、北朝鮮が確実なICBM用RVの再突入技術を確立させるかという点と、米本土のBMDを確実に突破しうる数の弾頭・ミサイルを揃えられるかという点であろう。

もっとも、米国は北朝鮮のICBM脅威が質・量両面で高まることを見越して、本土防衛能力の強化に乗り出しつつある。例えば、米議会ではFY2018の国防授権法をめぐる審議プロセスの中でGBIの追加配備を推奨したり、11月にはホワイトハウスがミサイル防衛関連予算として40億ドルを追加計上するよう要求していた。こうした傾向は2月12日に発表されたFY2019の予算教書にも盛り込まれており、そこでもGBI20基を追加調達するよう要求している。この他にも、ミサイル防衛局は、1基の迎撃ミサイルから複数の迎撃体を放出して、飽和攻撃やデコイ対処を行う多目標迎撃体(MOKV)の開発を進める予定である。

弾道ミサイルの移動発射台(TEL)とその問題

実は、ミサイル防衛の対処能力を考える上で問題となるのは、攻撃側のミサイルの保有量そのものというより、同時発射能力に影響する発射台の数である。この点につき、昨年11月の火星15の発射時には大きなサプライズがあった。火星15がこれまで見たことのない9軸・18輪の巨大な起立式移動発射台(TEL)に搭載されていたからだ。ロシアや中国が保有するICBM用TELでも8軸・16輪であるから、北朝鮮が火星15に用いているTELは名実ともに世界最大ということになる。

更に驚くべきことは、北朝鮮がこの超大型TELの完全国産に成功したと喧伝したことだ。これまで火星14を搭載していた16輪のTELは、中国から輸入した木材運搬用の大型トレーラー(WS51200)を改修したものとされており、輸出データや軍事パレードでの情報からその数は6両程度に留まるものと見積もられてきた。

言い換えれば、米国は6両のICBM用TELを破壊しさえすれば、ICBM本体が何基あろうと、対米攻撃の懸念は払拭されるはずであった。ところが、もし北朝鮮がそれを凌ぐ超大型TELを国産できるのであれば、ICBMの同時発射能力が強化され、それだけ迎撃計算が複雑になる可能性が出てくる。また、先制攻撃を仕掛ける場合の優先目標が増える上、TELの最大保有量がわからなければ、何両のTELを破壊すれば完全な無力化を達成したかがわからず、不安材料が残ることになる。

ただし、新幹線や宇宙ロケットを載せた大型トレーラーの移動が困難を極めるように、重ICBMを載せた超大型TELの機動力は高いとは言い難い。その点、北朝鮮国内に複数存在するトンネル化されたミサイル基地をあらかじめ特定できていれば、事前に基地ごと破壊することは可能であろうし、屋外での移動を捕捉することも不可能ではないだろう。

問題となるのは、軍や情報機関が把握しきれていない未知の地下トンネル内を移動して、横穴からTELを引き出し、短時間で発射するといった運用をする場合だ。一般的に、火星シリーズやスカッドなどの液体燃料式の弾道ミサイルは、安全性の観点から、ミサイルを起立させたのちに燃料の注入を行うため、固体燃料式よりも即応性に劣り、その間の攻撃に脆弱であるとされている。しかし、トンネル内や頑丈に防護されたシェルターのような場所でTELにミサイルを寝かせたまま燃料を注入し、屋外に出したあとにそれを起立させることで、発射までの時間を短縮することも技術的には可能である。北朝鮮は、2017年4月16日に行った火星12の2回目の発射実験に失敗しているが、これはミサイルに燃料を注入したまま水平状態から起立させることに失敗し、それが倒れたことが原因との見方もある。仮に北朝鮮がこうした運用方法を志向していれば、扱いの難しさこそあれ、移動式ミサイルの即応性・対処のしづらさとしては液体燃料でも固体燃料でもさほど変わらないことになる。

このように北朝鮮のICBM用TELの運用方法に注目してみると、2月8日に行われた朝鮮人民軍建軍70周年パレードは、北朝鮮が喧伝するICBM用TELの生産能力について新たな疑問を生じさせるものであった。というのも、パレードには事前の予想通り、18輪の超大型TELに載せられた火星15が4基登場したものの、一回り小さい火星14は起立発射能力のない3台の大型トレーラーに載せられて登場したからだ。北朝鮮が持つすべての能力を公開しているとは限らないため過小評価は禁物であるが、上記の光景からは、北朝鮮が「完全国産」を自称する火星15用の超大型TELは、中国から輸入した6両の16輪TELを改造したものに過ぎず、その分火星14を搭載する大型TELを確保できなかったという可能性も考えられる。もっとも、これはあくまで1つの推論であり、大型TELの製造能力については更なる分析が必要であろう。

移動式ミサイルにどう対処するか? 攻守・最適混合の模索

ICBMのような大型ミサイルの機動性が限定されることは既に述べたとおりだが、対処のうえでより厄介なのは、数が多く、機動性の高いSRBMやMRBMのような戦術・戦域レベルの弾道ミサイルとそのTELである。特に今回の軍事パレードでは、ロシアのSRBM「イスカンデルM」に酷似した二連装のSRBMが初登場したことが注目を集めている。

大きさからして、イスカンデル風の二連装SRBMの射程は最大でも500km程度と見られ、その標的となるのは韓国であろう。北朝鮮は既に「トクサ(射程120km)」、「スカッドB(射程300km)」、「スカッドC(射程500km)」と3種類のSRBMを保有してきたが、いずれも単発式であった。弾道ミサイルを二連装にする理由としては、連射能力を高めることにより、一射目の精度を二射目で修正する狙いが考えられる。

ただし、1つの車両に複数のミサイルを搭載するということは、それだけ攻撃に対して一度に撃破される場合のミサイルの損耗を早めることにも繋がる。また機動性が高く、捕捉しにくい小型のTELを確実に破壊するには、それらが広範な地域に展開される前に、その整備・配備基地や掩体壕を弾薬庫ごと一気に撃破してしまうのが最も効率的だ。当然、米韓はそうした攻撃オプションを視野に入れている。

もちろん、先制攻撃によってすべてのTELを破壊できる保証はない。むしろ一定数の撃ち漏らしは避けられないと考えるべきだろう。だからこそ、撃ち漏らしたミサイルによる攻撃のリスクを極小化するには、ミサイル防衛の役割が重要となる。第一波の攻撃でなるべく多くのTELを破壊して敵ミサイルの再装填を防ぐとともに、空中哨戒と航空攻撃を繰り返すことによって撃ち漏らしたTELを虱潰しに破壊していくのである。

また湾岸戦争で行なわれたイラク軍のTEL破壊作戦(いわゆる「スカッド・ハント」)では、TELを直接破壊することはできなかったものの、攻撃を繰り返すことによって、敵のミサイル活動を抑制することには成功している。つまり、TELを破壊できなくとも、何らかの形で飛来するミサイルの数を減らすことができれば、その分ミサイル防衛による迎撃効率が向上するというメリットもあるということだ。

こうした発想は、韓国版の敵基地攻撃能力(キルチェーン)にも取り入れられている。もし今後日本が敵基地攻撃能力の獲得を目指すのであれば、米軍や自国の攻撃能力のみならず、ミサイル防衛による防御能力との軍事的効率や政治的役割分担、それに導入・運用にかかる費用対効果を考慮した上で、攻守のベスト・ミックスを追求していく必要があるだろう。

ただし、攻守双方の能力を揃えてもすべての課題がすぐに解消されるわけではない。残る課題の1つが、各国と共同作戦を行う場合の攻撃目標調整(targeting coordination)の問題だ。既に述べたとおり、北朝鮮の移動式ミサイルは米陣営が先制攻撃に乗り出す場合に、率先して破壊すべき優先攻撃目標であることは間違いない。しかし、各国にとって何を優先攻撃目標とすべきかは、自ずと異なることが予想される。

例えば、米国にとっては米本土を脅かしうる火星15や火星14等のICBMの無力化が優先されるであろうし、韓国は射程の短いイスカンデル風の新型SRBMやスカッド、更にはソウルを射程に収める大量の自走砲などを優先目標としているに違いない。そうなると、日本を射程に収めるスカッドERやノドンといったMRBMは、結果的に後回しにされてしまう可能性もなくはない。

米韓は毎年実施している各種合同演習や米韓拡大抑止戦略協議体などの調整メカニズムを通じて、(少なくとも通常兵器を用いた作戦については)具体的な共同作戦計画に基づいて目標選定を行っているはずだ。しかし、物理的な長距離攻撃能力はもとより、朝鮮半島における動的な情報・偵察・監視(ISR)能力を十分に持たない日本は、この攻撃目標選定プロセスに関与するテコを欠いている。逆に言えば、北朝鮮内の攻撃目標に関する十分なISRを持つことは、より具体的な日米二国間あるいは、日米韓三国間の共同計画策定プロセスに関与していく一助となるかもしれない。

もし北朝鮮が確実な対米打撃能力を保有したらどうなるか?

北朝鮮の核・ミサイル開発の当面の目標は、米本土のミサイル防衛をかいくぐって、一部の諸都市を確実に攻撃しうる核攻撃能力を獲得することによる「最小限抑止力」の達成であろう。そうなれば、日本を守るために米国が極東の安全保障に介入しようとしたとき、北朝鮮は対米攻撃の可能性をちらつかせることで、米国に対し「サンフランシスコを犠牲する覚悟で、東京を守る意志があるのか」を問えるようになる。これは冷戦期から続いてきた拡大抑止の信頼性に対する古典的な「同盟の切り離し(デカップリング)」の問題であり、同盟国に対して、米国の防衛コミットメントの不安を惹起させる問題である。

他方で、米国の拡大抑止の信頼性は、日本や韓国などアジアの同盟国だけでなく、欧州・NATO諸国に差しかけられる拡大抑止の信頼性とも直結している。万一、東京が核攻撃を受けた場合に、米国が自ら被害を被るリスクを恐れて、北朝鮮への核報復を躊躇するようなことがあれば、それは欧州の同盟国のみならず、ロシアや中国、中東など世界中の米国の信頼性を見る目が変わることを意味する。

ある地域での抑止の破綻が、他の地域に差しかけている拡大抑止の信頼性に与える悪影響については、米国の核戦略コミュニティでは重大な問題として受け止められている。実際、2月2日に公表されたトランプ政権の「核態勢見直し(NPR2018)」では、抑止が失敗した場合に、その信頼性を迅速に修復(restore)することの重要性が説明されている。

また今回のNPRでは、北朝鮮に対する具体的な抑止戦略が明記されており、「米国や同盟国に対する核攻撃は、金正恩体制の終わりを招く」と警告している。このことからしても、北朝鮮が日本を核攻撃した場合に、米国が核報復を行う信頼性は一般に思われるほどは揺らいでいないと考えられる。

しかし、我々が本当に懸念すべき問題は、米国による核報復の信頼性なのであろうか。そもそも、核報復の脅しを軸とする懲罰的抑止は「やられたら、やりかえす=だから最初から手を出すな」という発想で、相手の行動を思い留まらせようとする抑止モデルである。それゆえに「攻撃された場合に、確実に報復する意志」を明示することは、抑止の信頼性を高める上で極めて重要だ。

ただし核報復は、抑止が失敗して核攻撃が行われてしまった場合の損害限定には全く意味をなさない。これは二国間の基本抑止構造よりも、同盟国を挟む拡大抑止構造においてより深刻な問題となる。先に述べたとおり、拡大抑止が失敗した後に報復を行うか否かという問題は、米国が各国に差しかけている拡大抑止の信頼性回復、あるいは更なるエスカレーションの防止という観点からの問題にはなっても、その時点で既に同盟国が壊滅的被害を被っているという事実を帳消しにはできないからだ。特に、日本のように戦略的縦深性に乏しく、人口や政治経済基盤が都市部に集中する国への核攻撃は国家の存亡に関わる。

つまり、今日の安全保障環境において議論すべき問題は、「日本が核攻撃された“後に”米国が何をしてくれるか」はもとより、「日本が核攻撃される“前に”米国が何をしてくれるか」ではないだろうか。

このような視点に立つと、トランプ政権が打ち出したNPR2018の方向性は、同盟国から見て高く評価できるものである。特に、低出力核弾頭を搭載した潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)や海洋発射型巡航ミサイル(SLCM)の導入、オバマ政権が採用を模索した核兵器の「先制不使用(no first use)」を明確に否定している点は、極めて重要である。

先に述べたとおり、移動式ミサイルの防護シェルターや地下トンネル、更には北朝鮮が将来的に堅牢化された固定サイロにICBMを配備するようなことがあれば、これらを迅速に破壊するためには核攻撃以外に方法がなくなる。しかし、米国が保有する既存の弾道ミサイル用核弾頭は100~455キロトンと威力が大きすぎ、付随被害や放射性降下物(フォールアウト)を抑えて使用することが困難であった。しかし、0.3~5キロトン程度の低出力核弾頭を搭載したトライデントSLBMであれば、付随被害を抑えつつ、こうした堅牢な目標や移動目標を迅速かつ確実に破壊することが可能となる。

こうした対処手段の柔軟性を拡充することは、日本の安全保障にとってプラスに働いている。他方で、今回のNPRを受け、アジア太平洋地域における米国の核戦力態勢は、潜水艦搭載型システムを重視していく傾向が強まることが予想される。だが基本的に、潜水艦の軍事的アドバンテージはその秘匿性にあり、その位置が露呈する危険を冒して先制攻撃プラットフォームとして使用する際には、周辺海域の安全性を確保しておく必要がある。

その点、低出力トライデントの即時性や、SLBMよりも相対的に速度が遅く、射程の短い核SLCMの役割を最大限に発揮するためには、日本を含む同盟国が周辺海域の対潜水艦対処(ASW)をしっかりと行い、これらのアセットが近海での抑止任務に集中できるよう安心を供与していくことが、米国の抑止力といざというときの打撃力を下支えすることになるだろう。このように、地域における米国の核抑止力の信頼性は、米国自身の判断だけでなく、同盟国が果たす攻守双方の役割とも密接に関係していることに留意しておく必要があるだろう。

プロフィール

村野将安全保障政策

岡崎研究所研究員。拓殖大学大学院博士前期課程修了。現在、日本国際問題研究所「安全保障政策のボトムアップレビュー」研究委員等を兼任。その他、Pacific Forum CSIS Young Leaders Program、米国務省International Visitor Leadership Program(National Security Policy Process)招聘。主な論考に、「北朝鮮の核・ミサイル脅威と日米の抑止・防衛態勢」『東亜』(霞山会、2017年10月号)、「米国が「北朝鮮の核保有」を容認すれば、日本はこうなる」『iRONNA』(2017年9月20日)、“Deterring North Korea: Japan’s responses and regional missile defense cooperation,” Diplomat (May 24, 2017)、「米国の対中戦略の展望と課題 -戦力投射をめぐる前方展開と長距離攻撃能力の問題-」『海外事情』(拓殖大学海外事情研究所、2016年5月号)など。専門は、米国の国防政策、核・ミサイル防衛を含む拡大抑止政策、シナリオ演習。

この執筆者の記事