2018.07.06
フェイクニュースに対する適切な対処法とは――ドイツのネットワーク執行法をめぐる議論
ここ数年、世界各地で、フェイクニュースやヘイトスピーチがソーシャルネットワーク上で激増し、それに対する対策に、どの国でも高い関心が置かれています。そんな中、ドイツではソーシャルネットワーク事業者の適切な処理を促進させるため、昨年、過料を科す新たな法「ソーシャルネットワークにおける法執行の改善に関する法律」(通称「ネットワーク執行法」)が制定され、2018年1月から、本格的な運用がはじまりました。
この法律については、制定当初から、批判的な意見が社会で幅広くみられ、その是非をめぐり、これまで活発な議論が続いてきました。今回は、この法律の概要と、それをめぐるドイツやEU内での議論や反響についてレポートします。
※「フェイクニュース」という言葉は、使う人の立場や地域、文脈によって、言葉の示す内容にくい違いがみられ、明確な定義があるわけではありませんが、この記事においては、主に、TwitterやFacebookなどのソーシャルメディアにおいて、政治や商業的意図などをもって、発信・拡散される、偽情報や歪曲された情報全般を指すものとします。
ネットワーク執行法の概要
・法律の対象
利用者がほかの利用者と任意の内容を共有する、あるいは公開できる、インターネット上の営利的なプラットフォームを運営するソーシャルネットワークサービス事業者(以下「SNS事業者」と表記)で、ドイツ国内の登録利用者数が200万人以上の事業者が対象になります。
・専用報告サイトの設置
対象事業者は、ドイツの刑法で違法(で処罰の対象)と疑われる内容を、24時間報告できる専用報告サイトの設置が義務付けられました。違法な内容でも、著作権や商標、肖像権、一般データ保護などの知的財産権などはここには該当しません。
・報告義務
年間100件以上の報告(苦情等)を受けた対象事業者は、違法内容に関する報告の処理について、半年ごとに報告書を作成し、作成後一ヶ月以内に、連邦官報および自身のウェブサイト上で公表することが義務化されました。
・報告の審査と処理義務
報告を受けた事業者はその内容を審査し、ドイツの刑法上明らかに違法のものは24時間以内、それ以外の違法情報についても7日以内に削除、あるいはドイツのIPアドレスをもつ人が閲覧できないようにアクセスをブロックすることが義務付けられました。審査結果は報告者に通達されます。
ドイツの刑法上の違法の内容とは、違憲団体の宣伝や扇動、国家反逆的な偽造、人種憎悪挑発、信条の冒涜、侮辱、脅迫、中傷、名誉毀損、悪評の流布などを指します。
・過料
事業体が、上記の義務を十分に行っていないと認められた場合、最高5000万ユーロまでの過料が科せられます。
ちなみにこの法律は昨年10月1日に施行されましたが、事業者が十分な準備ができるように、本格的な運用は今年1月からはじまりました。
・ネットワーク執行法のねらいと背景
法務省サイトで「この法律により新しい削除義務ができたのではない。むしろ、すでに存在している法律を守り、遂行することを確かにするものである」(Bundesamt für Justitz)と強調しているように、この法律自体は、新たに何かを禁止するものではありません。
1997年以降、違法な内容を速やかに削除することをSNS事業者に課す法律が存在しますが、これまで効果がほとんどみられず、特に、2015年からはSNSでのヘイトスピーチが急増しました。このため事業者の対応は不十分と判断され、SNS事業者の義務の履行を徹底させるために新たに制定されたのが、この法律です。
国民の間でフェイクニュースやヘイトスピーチへの規制を望む声が強かったことも、法律の背景にありました。2017月5月に14歳以上の1011人を対象に、社会研究調査機関Forsaが行ったオンラインアンケート調査では、80%の人が、フェイスブックなどの事業体がフェイクユースをより迅速に削除しなくてはならなくなるような新しい法律が必要だと回答し、フェイクニュースが偽ではなく、単なる自由な発言だとしたのは、回答者の8%にとどまっています(Forsa, 2018, S.6)。
ネットワーク執行法に対する批判
一方、この法律については、ジャーナリストや左右の野党政治家、法律専門家など、社会の幅広い立場の人々から強い批判を浴びてきました。主要な批判は以下のようなものです。
・審査の正当性への疑い
まず、SNS事業者が行う審査では、公平性・正当性が担保されえない、という批判です。
誰がどのように審査し、報告処理がどのように行われるかについては、事業者自身に委ねられており、報告内容の審査の仕方が外部からはわかりません。このため、法律に違反しているかを見極めるのは難しい判断で伴うものもあるのに、民間のスタッフがそれを行うことになりますが、それが不当とする意見があります。また、たとえ優れた人材が審査にあたっていたとしても、報告件数に対し人手が少なかったり、処理時間が十分とれない状況で、十分に考慮されずに判断が下されるのではないかという疑念の声もありました。
現在の大手SNS運営会社を例にしてみると、ドイツ国外に本拠地を置く会社であり、ある意味では国内の法律違反審査を海外企業に委ねていることになり、そのような委託、あるいは丸投げともとれる状況に不安をもつ人もいます。
・オーバーブロッキングになる危険性
このような審査体制で陥りやすいととりわけ危惧されるのが、オーバーブロッキング(過剰なブロック)です。SNS事業者が、高額な過料を科せられることへの恐れから、言論の自由の擁護より、迅速に処理することに傾きやすくなり、内容を安易に削除することが多くなるのではないかと批判者はいいます。
今年1月に発表されたEU加盟国の比較調査結果は、その疑いを一層強めるものでした。EUでは、違法なヘイトスピーチを含む内容を削除することに賛同するIT企業4社(Facebook、 Twitter、 YouTube、Microsoft)の審査状況を2016年以降まとめており、その最新の結果が、前2回と対比されてまとめられました。
それによると、一般の利用者や第三機関の専門家から報告された違法なヘイトスピーチに関する内容で削除されたものの割合は、EU諸国で平均、1回目(2016年12月)が28%、2回目(2017年5月)は59%、3回目(2017年12月)が70%と徐々に高くなる傾向がみられますが、ドイツでは52%、80%、100%と、EU平均をはるかに上回る割合でした(Jourová, Results, 2018, p.3)。
この調査をまとめた欧州委員ヨウロヴァJourováは、「ドイツでは厳しい罰則の危険があるためできるだけすぐに除去する。ドイツの法律の抑止効果は機能しているが、もしかしたらよく機能しすぎるかもしれない。私自身としては、これを全ヨーロッパに望みたいかは、わからない」(Hülsen, 2018)とコメントしています。
EU諸国の報告の除去率
出典: Jourvá, 2018, p.3.
http://ec.europa.eu/newsroom/just/document.cfm?doc_id=49286
・事業者を審査するしくみが不十分
批判者はまた、審査が公正に行われず、事業者が言論の自由や情報にアクセスする権利を侵害していたとしても、それを検証したり異議を唱える制度が整っていないことを問題視します。
総じて、ネットワーク施行法は、フェイクニュースやヘイトスピートの正しい排除や抑制につながらないだけでなく、ソーシャルメディア上の言論の自由をなし崩しに脅かす危険にもなると、批判者たちは主張します。
・ドイツから広がる世界的な影響
さらに、国際的な人権擁護団体ヒューマン・ライト・ウォッチは、この法律が、国内で起こりうる言論の自由の侵害などの問題を引き起こすだけでなく、世界のほかの国々にも望ましくない影響を与えると警鐘をならします。
ドイツのこの法律を模範例とし、世界にドミノのようにこのような法的措置が広がり、「ソーシャルメディアに検閲官として働くよう強いて、ネット上の言論の自由を制限する」動きが世界で横行する危険性があるとします。そして実際に、シンガポール、フィリピン、ロシア、ヴェネズエラ、ケニア、フランスやイギリスで、すでに規制に向けた動きがでてきていることに言及しています(Human Rights Watsch, Deutschland, 2018)。
ネットワーク執行法に対する批判への反論
他方、この法律を擁護する人たちもいます。ドイツ連邦教育研究省が助成するデジタル時代のプライバシーの問題について扱う学際的なプロジェクト「フォーラム・プリバートハイト」が1月末に公開した報告書で、この法律に対する批判へ反論している部分(Roßnagel, 2018, S.7-12.)を以下にまとめてみます。(「フォーラム・プリバートハイト」には、ドイツの名高い7つの研究機関の工学、法学、経済および人文社会科学領域の専門家が関わっています。)
まず、この法律が、高い過料を恐れる事業者がオーバーブロッキングするのを助長するという批判については、過料は事業体が全体的に義務を怠っていると判断された時にはじめて発生するものであり、個々のコメントや記事についてではないことを事業体がよく理解すれば(するはずであるし)、疑心暗鬼な不安にかられて過剰に反応するようなことは考えられないとします。
むしろ、事業者にとっては、掲載した内容をやみくもに削除しているという印象を与えることは、顧客を失いかねない致命的なダメージとなるため、それを避けようとするはずで、このため、言論の自由を軽視するような態度にはでないと推論します。
そして、言論の自由はもちろん守られるべきであるが、言論の自由という側面からだけでなく、ほかの側面、掲載された内容によって傷つけられる個人やグループの権利についての側面も考慮にいれて考える必要があるといいます。言論をめぐる批判のなかで、この法律が特定の意見を禁止するものではなく、違法の内容に対し、しかるべき措置をとりやすくするだけのものだという事実がよく誤認されているとも言います。
内容の違法性を審査するという行為は、本来その国が行うべきことであるのに、それを民間事業者に委任すること、また、それが実際には検閲のように機能するのではないかという批判や危惧もありますが、これについては、「なにを消去しなければいけないかの基準を定めるのは、ソーシャルネットワーク事業者ではない。唯一ドイツの刑法だけがそれができる」(Roßnagel, 2018, S.8)点を強調します。つまり、重要なのは、(どこの誰であっても)ドイツの法に沿った審査をしているかということであり、事業体がだれなのか、あるいはどこの国のものかということではない、という理解です。
24時間以内に除去あるいはブロックしなくてはいけないという規定が厳しすぎるとする批判に対しては、24時間以内の規定に該当するのは、「深刻な人権侵害か明確な民衆扇動に当たるものであり、深い調査なしにも認知できるもの」(Roßnagel, 2018, S.8)であり、過大すぎる要求とは言えないとします。むしろ、違法な内容が掲載されたり拡散することによって受ける被害者の打撃や苦痛は非常に大きいものであり、24時間はそれらの人にとって長すぎるほどであるとします。
ただし、この意見書でも、手放しで法律を評価しているわけではなく、法律にある問題点や改善が望ましいとされる点も指摘しています。例えば、内容が不当にブロックされた際の記載者の保護や、被害にあった人の民法上の権利保護や攻撃者に対抗するための暫定的な権利保護などを盛り込んだ法律の改正が必要であるとします。
また、違法の内容に対抗するのに「この法律が十分だと国がもしも思うのなら、それは、この法律の最大のまちがいとなるだろう」(Roßnagel, 2018, S.12)とし、犯罪を犯したものに対し迅速かつ効果的に刑事訴訟に持ち込むことなどを重要な課題としてあげています。
同様に、「オーバーブロッキング」も「アンダーブロッキング」ものぞんでいないはずのSNS事業者が、効果的に正確に審査を進めていくための支援の大切さについても言及しています。そして、少なくとも半年ごとに研修を行ったり支援体制をつくることなどを提案します。
総じて、この法律は、1997年から法的に不法な内容を除去するという、事業体に義務付けられていたことを促進するための新たな法的措置であり、それ以外(例えば言論の自由を規制する)の問題や影響にも及ぶとする批判は妥当ではなく、「ネットワーク執行法は、違法な内容や処罰の対象となる偽のニュース、また公共の民主主義的な議論を危機にさらすものに効果的に戦うための重要な一歩」(Roßnagel, 2018, S.11)だと位置付けています。
EU内で報告されたヘイトスピーチの内訳
出典: Jourvá, 2018, p.4.
http://ec.europa.eu/newsroom/just/document.cfm?doc_id=49286
具体的な削除例と今後の見通し
削除の対象となった事例をいくつかあげてみます。
・『ティタニックTitanic』という風刺雑誌がTwitterに掲載した5つのコンテンツが削除され、アカウントへのアクセスがブロックされました。アカウントへのアクセスのブロックは、数日後に解除されましたが、削除された内容は削除されたままだといいます(Twitter entsperrt, 2018)。ちなみに削除されたコンテンツには、「ベビー・ヒトラーが免許証をとる!」という上書きがつけられた、オーストリアのセバスティアン・クルツ Sebastian Kurz首相の写真を掲載した昨年11月に雑誌の表紙もあったといいます。
・極右政党「ドイツのための選択肢 AfD」の政治家フォン・シュトルヒBeatrix von Storch のTwitterに載せた反イスラム的なコンテンツも、1月早々に削除されました。「ドイツのための選択肢 AfD」はもともとこの法律に反対していましたが、以後、自分たちを 「検閲の犠牲者」だと主張しています(Twitter-Sperre, 2018)。
・公共空間にメッセージ性のある看板やシールを貼る芸術表現で知られる匿名アーティスト、バーバラBarbaraのフェイスブックとインスタグラムに載せた多数の作品の写真も、1月に削除されました。しかし、このことがドイツを代表する高級紙『フランクフルター・アールゲメイネ・ツァイトゥング』で報道される(Facebook, 2018)など、社会的に注目されるようになると、削除されていた内容がふたたび掲載されるようになりました。フェイスブックからバーバラに謝罪の通知もあったといいます。
これらは、法律の本格的な運用がはじまってまもない1月初めのわずかな事例であり、審査の正当性についてこれだけで論じることは毛頭できませんが、少なくともいくつかのことがわかります。
まず、審査の基準が事業者のなかで(少なくともこの時点では)はっきり定まっておらず、特に、風刺の内容や芸術表現については、審査の判断が難しい場合があること。一方、事業者は一度審査し、削除した後も、その判断を、謝罪を伴い修正するなど、変更する可能性があること。また、審査自体に直接的な影響は与えられないものの、主要なメディアでの報道や世論が、事業者に審査内容の見直しや修正を迫る一定の圧力として働く、つまり一定の役割を担う可能性も示唆されています。
今年3月には、フェイスブックによる合法な内容の消去やブロックをドイツの法廷がはじめて禁じる決定が下されました(Zweifelhafte, 2018)。このような決定が今後も増えていけば、結果として、自由に投稿する権利が不当に侵害されるのを抑制していくことにつながるでしょう。このような、合法な内容を削除された人々の保護や審査結果の正当性への法的な監視機能は、法律批判者と擁護側両者が一致して評価できるものと言えるでしょう。
いずれにせよ、この法律を制定したキリスト教民主同盟と社会民主党の連立政権の継続が今年2月に決まったばかりであることもあり、少なくとも当面は、この法律の内容が覆されるようなことにはならないと思われます。
EUの偽情報に対する取り組み
EUにおいても、フェイクニュースやヘイトスピーチへの取り組みがはじまっています。IT企業がヘイトスピーチやフェイクニュースを自主的に削除するのを罰則は設けず促進する取り組み「The Code of Conduct on Countering illegal Hate Speech Online」や、ロシアの公式メディアの偽あるいはまぎらわしい情報を提示・訂正する「EU vs Disinfo」サイトの運営や、SNSで偽情報に関するレビューを配信する「東方戦略的コミュニケーション専門委員会the East StratCom Task Force」は、その好例です。
出典: EU vs Disinfo https://euvsdisinfo.eu/
今年3月には、高度専門家グループ(high-level group of experts (略称HLEG))の偽情報全般に対する包括的な構想を示す報告書「偽情報に対する多次元的アプローチA multi-dimensional approach to disinformation」が発表されました。HLEGは、今年1月に欧州委員会(EC)がオンライン上でのフェイクニュースや偽情報に対抗する政策について助言するために設置した、39人の多様な分野の専門家からなる委員会です。ちなみにこの報告書では、「公的な損害や自己の利益のために意図的に作られ広められるあらゆるかたちの偽、正しくない、誤解をまねく情報」をすべて「偽情報」という語で表記しています。
ここで示されている偽情報への対処構想は、ドイツのネットワーク施行法と扱う対象がほぼ同一であるにも関わらず、目標やアプローチの仕方、また具体的に取り組みの対象としているものが非常に異なっており、ネットワーク施行法と好対照をなしています。EUでは、ドイツの進む道とは袂を分かち、どんな方向を目指しているのかが一望できるこの構想について、以下簡単にご紹介してみます。
偽情報に対する多次元的アプローチ
まず、偽情報の問題はデジタルメディアの発達やそれを利用する様々な立場のアクターたちが非常に深く絡み合っているため、短期的・短絡的に問題の解決をもとめることは賢明とはいえず、何かを法的に禁じるというような直接的な措置、例えば、公共であれ民間であれ、あらゆるかたちの検閲は好ましくなくないという立場を明確にしています。
そして、むしろこのような問題には、長期的で多元的で非直接的な対応が効果的だとし、前面に打ち出されているのが、タイトルにもなっている「多元的なアプローチ」というものです。これは、市民社会の組織、ニュースメディア、研究者、技術会社など、偽情報に関連するステークホルダーが、偽情報に対抗するために、建設的に協力しながら働くというものです。多様なステークホルダーそれぞれの持ち場で貢献することで、偽情報への社会のレジリエンスを高め、これらの対応の効果をつねに審査・評価し、確かなものにするとします。
多元的なアプローチが取り組むべき課題として、具体的に以下の五つの項目をあげています。
1.オンラインニュースの透明性を高める。
2.偽情報に対応し、ユーザーがデジタルメディア環境でうまくやっていくことができるようなメディアおよび情報リテラシーを促進する。
3.利用者やジャーナリストが偽情報に立ち向かい、急速に進化する情報テクノロジーを主体的に使いこなしていくためのツールを開発する。
4.ヨーロッパのニュースメディアのエコシステムの多様性と持続性を確保する。
5.ヨーロッパの偽情報の影響についての研究を続け、必要な対応に合わせた方法を検証する。
ソフト・パワー・アプローチ
このようなEUの偽情報対策は、一言で表せば「ソフト・パワー・アプローチ」になると、この専門家グループの一人であるニールセンRasmus Kleis Nielsenは解説しています(以下、ニールセンの記事(Nielsen, 2018)の内容の抜粋)。
ソフト・パワーとは、1980年代終わりにナイJoseph Samuel Nyeが提唱した概念で、異なる様々なアクターが問題解決に向けて、互いに多国間行動などを通して協力することで、新しい状況をつくりだしていくことを目指すある種の力(パワー)のことです。ナイは、これを、政策や軍事などによる直接的対応である「ハード・パワー」に対置されるものと捉えました。
偽情報への対抗策としての「ソフト・パワー」も、禁止などの直接的で一方的な強制措置に頼るあり方とは対置されるもので、異なる偽情報の問題で試練を受けている様々な利害関係者が、互いに勇気付け支援し合うことで、最終的に互いに建設的な協力関係をつくっていくことを意味します。
互いに依存が強くなった複雑化した世界では、このようなアプローチがとりわけ重要になってきているとします。もう少し具体的に言うと、「もしも市民社会組織、ニュースメディア、研究者また技術会社がともに働けば、メディアや情報リテラシーに投資することで偽情報へのレジリエンスを高めることができる。また信頼できる情報を増やし、直面している脅威をよりよく理解し、オンラインの有害な情報の伝播を抑制し、そして人々が質の高いニュースをみつけるのを手助けすることができる」と、ニールセンは楽観的に展望しています。
そして、EU諸国(の政府)にとって、「異なる偽情報問題に直面している異なるステークホルダーの間の協力を奨励し支援するほうが、偽情報に効果的に対応することができる」とし、ドイツに追随し法規制に向かわないことを推奨します。
おわりに――「たったひとつの解決法があるわけではない」フェイクニュース対策
以上にみてきたように、フェイクニュースや違法なヘイトスピーチを放置せず、なんらかの対策をとるべきだ、という総論では一致していても、具体的な対策については、現在、ヨーロッパやドイツ内では意見が大きく割れている状況です。
しかし、長期的な視点でみると、ヨーロッパ内で意見が割れ、異なる対応が並行して進んでいくことは、必ずしもネットワーク執行法の反対者が指摘するような深刻な問題を引き起こすことにならず、状況改善への道を切り開いていくことになるかもしれません。
というのも、ドイツの法律と、ソフト・パワーの多次元のアプローチが並行的に進められ、効果や問題点を比較検証することで、どのような時、あるいは課題にどのような対応がふさわしいのか、よりみえやすくなり、結果的に、フェイクニュースやヘイトスピーチへの対応が、単一のアプローチよりも効果的に進展できるようにと思われるためです。ネットワーク執行法の反対者が主張するように、ドイツの執行法が大きな問題があることが明白になれば、法律を修正、あるいは、ほかのものに代替することも将来的に可能でしょう。
このようなフェイクニュースやそれへの対応策の是非をめぐり議論が活発であること自体が、SNS事業者やほかのフェイクニュースに関連する組織や個々人の間で、フェイクニュースの違法性やその対策への意識や関心を高めることに貢献しているといえるかもしれません。
いずれにせよ、3月の欧州委員の報告書で「たったひとつの解決法があるわけではない」(European Commission, p.5)と記されているように、現在もこれからも、決まったひとつの解決法にこだわらず、変わっていくデジタル環境や問題に合わせて柔軟に対応する姿勢が重要であることは確かでしょう。
参考文献およびサイト
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https://www.gesetze-im-internet.de/netzdg/BJNR335210017.html
・Gesetz zur Verbesserung der Rechtsdurchsetzung in sozialen Netzwerken (Netzwerkdurchsetzungsgesetz – NetzDG), Buzer.de Bundesrecht – tagaktuell konsolidiert – alle Fassungen seit 2006 (2018 年4月11日閲覧)
https://www.buzer.de/s1.htm?g=Netzwerkdurchsetzungsgesetz+-+NetzDG&f=1
・Roßnagel, Alexander / Bile, Tamer et al., Policy Paper. Das Netzwerkdurchsetzungsgesetz, Forum Privatheit und selbstbestimmtes Leben in der digitalen Welt, Januar 2018.
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http://ec.europa.eu/newsroom/dae/document.cfm?doc_id=50271
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・Forsa, Umfrage -Fake News-,Auftraggeber: Landesanstalt für Medien NRW (LfM), 16. Mai 2017,
https://www.lfm-nrw.de/fileadmin/user_upload/Ergebnisbericht_Fake_News.pdf
・Human Rights Watch, Deutschland: NetzDG mangelhafter Ansatz gegen Online-Vergehen. Gefährliches Vorbild für andere Länder, Februar 14, 2018 12:01AM EST
https://www.hrw.org/de/news/2018/02/14/deutschland-netzdg-mangelhafter-ansatz-gegen-online-vergehen
・Hülsen, Isabell /Müller, Peter, Debatte ums NetzDG EU-Justizkommissarin zweifelt am Maas-Gesetz. In: Spiegel Online, Freitag, 19.01.2018 12:04 Uhr
・Kühl, Eike, Was Sie über das NetzDG wissen müssen. In: Zeit Online, 4. Januar 2018, 18:01 Uhr.
・Mapping of media literacy practices and actions in EU-28, European Audiovisual Observatory, Strasbourg 2016
https://rm.coe.int/media-literacy-mapping-report-en-final-pdf/1680783500
・Nielsen, Rasmus Kleis, Europe’s chance to fight ‘fake news’ with soft power, In: The Conversation: Academic rigour, journalistic flair, March 13, 2018 2.18pm GMT
https://theconversation.com/europes-chance-to-fight-fake-news-with-soft-power-93220
・Presseinformation: Das NetzDG – besser als sein Ruf, Forum Privatheit, 29.01.2018.
・The final report by the High Level Expert Group on Fake News and Online Disinformation, European Commission, Digital Single Market, 12 March 2018.
・Twitter entsperrt Titanic. In: Titanic, Das endgültige Satiremagazin, 5.1.2018.
・Twitter-Sperre wegen „NetzDG“?: Von Storch und Weidel sehen sich als Zensuropfer. In: Frankfuter Allgemeine, Politik, Aktualisiert am 02.01.2018-04:14
・Jourvá, Věra, Code of conduct on countering illegal hate speech online. Results of 3rd monitoring exercise, European Commission, January 2018 (2018年4月11日閲覧)
プロフィール
穂鷹知美