2019.03.22

トランプ大統領を支える共和党保守派の「今」を知る

渡瀬裕哉 米国の現代保守主義運動研究

国際

2019年3月、トランプ大統領は共和党保守派の年次総会であるConservative Political Action Conference(CPAC)に現職大統領として3年連続出席した。CPACはAmerican Conservative Union(ACU)と呼ばれる保守派の有力団体が毎年ワシントン近郊のコンベンションセンターで開催している大規模集会である。全米から保守派の草の根団体のメンバーが1万人弱集まってその年の政治的なテーマについて意見交換を行うイベントであり、共和党保守派の「今」を知る上では欠かすことができない情報を得る場となっている。(今年はサテライト会場も入れると約2万人の参加者だったようだ。)

じつはブッシュ両大統領親子は現職大統領としてCPACに参加したことはない。したがって、トランプ大統領はレーガン大統領以来の現職大統領としてのCPAC参加者となっている。この事実に現代の米国、そしてトランプ政権を読み解くカギが存在している。ブッシュ両親子が距離を取ったCPACに対し、トランプ大統領が毎年のように出席していることの意味、そしてトランプ大統領によって変質しつつある現在のCPACの姿について触れることで、私たちは現代の米国政治シーンの一端を正しく理解することができる。

トランプ大統領は大富豪であり、そして何者にも首を垂れない唯我独尊の人物としてメディア上で描かれ続けてきた。しかし、「政治家・トランプ」を描写する場合、このような理解は必ずしも正確なものではない。トランプ大統領は米国政界におけるアウトサイダーであり、2015年に大統領選挙予備選挙に名乗りを上げた時、その政治的な影響力は著名なテレビスターとしての人気以上のものではなかった。

当時の共和党予備選挙では候補者が濫立状態となっており、トランプは過激な物言いでメディアの注目を安価に集める戦略を用いて功を奏し、予備選挙参加者全体の20~30%程度の得票であったにも関わらず、予備選首位を独走する幸運に恵まれることになった。他の予備選挙候補者は共和党内の主流派・保守派の両派に分かれて対立する陣営に属する候補者の足の引っ張り合いを演じて泥沼に落ちてしまった。

共和党の中には大きく分けて主流派・保守派という2つの派閥が存在している。両派ともに党内での自派の政治勢力を拡大すべく激しい鍔迫り合いを常に行っている。連邦議会において主流派は保守派のイデオロギー的に強硬な姿勢を批判し、保守派はリベラル勢力に妥協的な主流派を名ばかりの共和党員(RINO:Republican In Name Only)と罵倒している。

両者の違いはその選挙スタイルによるものであり、主流派はリベラルな大きな政府志向の政策に妥協することで議員個人として当選を優先するのに対し、保守派は保守的なイデオロギー傾向を強く持った草の根団体による組織的支援を受けて当選する傾向がある。日本でも名前を知られているブッシュやロムニーなどの党を支配してきた大物政治家は主流派に属しており、全米ライフル協会、キリスト教福音派、減税団体、自営業者団体、エネルギー規制緩和団体、リバタリアン、各種シンクタンク、新参のオルトライトなどに支えられた組織内候補者が保守派に属すると考えることで、大よそのイメージを掴むことができるだろう。

この両者は大統領選挙だけでなく上下両院連邦議員の予備選挙でも激しく対立している。全連邦議員は前述のACUによって連邦議会における投票行動の保守度を100点満点で採点されている。そして、この点数が低い連邦議員は保守派の予備選挙候補者からの挑戦を受けることになる。更には保守派の草の根団体による強烈なネガティブキャンペーンのおまけつきであり、たとえ同じ共和党内の候補者であっても一切遠慮はない。筆者がThe Leadership Instituteという保守派の運動員を育てる非営利団体で選挙プログラムを受講した際、民主党候補者を倒すことは大前提であり、むしろ共和党内から主流派候補者を徹底的に駆逐することを叩きこまれたことは印象深い思い出である。

トランプは2016年共和党大統領予備選挙時に、共和党内の両派のゴタゴタをうまく回避しつつ、党内過半数に遠く及ばない数字であったにも関わらず、予備選挙制度の仕組みを生かして共和党指名を受けるためのポイントを稼ぎ続けることになった。メディアが作り上げた印象(男性・白人・低所得者層)と違ってデータで見られるトランプ支持者は、当時の共和党支持者の平均的な傾向と大差なく、メディアに取り上げ続けられるトランプのファンというイメージが実際には相応しかった。そのため、既存の政治勢力はトランプが失言などでいつか失速すると期待していたが、予備選挙が実際に始まった頃には濫立する候補者らはお互いに雁字搦めとなって深みに沈んでいった。

そのような経緯もあり、トランプが共和党予備選挙を実質的に勝ち抜いて指名獲得を確実にした頃、共和党の両派閥はトランプへの支持を決めかねている状態であった。この当時は共和党内の協力が十分に得られていないことで、トランプの支持率はどん底であり、ヒラリー勝利確実と盛んにメディアでは喧伝されていたので記憶に残っている人もいるだろう。

結果として、主流派は選挙期間中のトランプの言動に強い不快感を表明しており、大統領本選挙の最後まで協力を渋り続けた。一方、共和党保守派は予備選挙を通じてトランプの保守性を常に疑い続けてきていた。保守派にとって重要な争点である中絶問題などについても言葉を濁してきたニューヨークの富豪(ファミリーはリベラル)であるトランプを積極的に支持する理由はなかった。トランプは2016年春CPACで行われた保守派内の人気投票で負ける可能性を回避することを意図してか、主要予備選挙候補者がCPACに参加する中で理由をつけてワザと参加を見送るほどに両者の関係は良好ではなかった。

しかし、2016年夏頃から共和党保守派がトランプ支持に回る幾つかの出来事(保守派メガドナーとの面談や最高裁保守派人事の承諾など)があり、トランプは保守派の大口献金者、大物政治家、各種グラスルーツからの推薦を取り付けて一気にヒラリーに対する選挙上の不利を克服していくことになった。最終的には大統領選挙の差し切り勝ちという奇跡を演じて見せることに繋がった背景には保守派からの絶大な支援があった。トランプは大統領選挙の過程で共和党保守派という政治的同盟相手を手に入れると同時に、彼らによる政権運営への影響力を受け入れることを選択した。まさにこれは選挙戦略における「取引の芸術」であったと言えよう。

2016年の大統領選挙は、民主党から共和党に政権交代しただけでなく、共和党内で主流派から保守派に政権交代が起きた、という「二重の政権交代」があった稀有な年となった。

トランプ大統領の政権閣僚メンバーはペンス副大統領を筆頭に保守派の面々がズラッと並ぶことになった。ムニューチン財務長官などのトランプ側近、そして軍人関連のメンバーを除いて、保守派の関心が高い内政上の重要な役職の大半は彼らの手中におさまった。(これまでトランプ大統領は保守派の事実上の代理人筆頭であるペンス副大統領を公の場で批判したことはほぼ皆無である。)したがって、政権発足から当初2年間、ホワイトハウスと上下両院多数派を形成する共和党は保守派が望む政策を次々と実現していくことになった。

日本でも話題になった入国禁止の大統領令、パリ協定からの離脱、エルサレム首都認定、トランプ減税のような派手なものだけでなく、規制廃止ルール制定、パイプライン建設認可、宗教団体の政治活動、オバマケアの骨抜き化、国防予算拡大、最高裁判事・控訴裁判事任命など、僅か2年の間に保守派が要求してきた大半の政策は実現された。そして、トランプ大統領・ペンス副大統領は毎年のようにCPACに参加し、前年の成果及び同年の見通しを保守派のグラスルーツメンバーに報告する演説を行ってきた。

事情を知らない日本人はトランプ大統領の過激な言動が同氏にのみ由来するものと看做す傾向がある。しかし、それは明確な間違いであり、その大半は同大統領の政治的同盟相手である保守派の意向に沿ったものでしかない。そして、それは同じ共和党政権であったとしてもブッシュ両親子の政権とは質が違うものである。そのため、日本のメディアなどが取材対象とする米国の人々(大学関係者、メディア関係者、主流派に属するシンクタンカー、民主党系の元政府職員など)からの情報を頼るだけではうまく説明することができないのも仕方がない。また、そもそも共和党保守派が志向する小さな政府や草の根民主主義の在り方から程遠い政治空間を生きている日本人には理解しがたいものと言えるかもしれない。

保守派を理解するためには彼らの政治的な頑固さが日本人の想像を遥かに上回るものであることを知ることが重要だ。保守派の人々が厳格に解釈する合衆国憲法修正条項に記載されている各種の自由や権利についてのコダワリは並々ならぬものがある。彼らにとっては言論の自由、信教の自由、武装する権利、財産権の保障などの自由や権利を教条主義的に守ることは至上命題である。それらに反する選択肢はそもそも眼中にはないため、そこに妥協の余地はないと考えるべきだろう。

一例を挙げると、筆者が米国で親しくしているAmericans for Tax Reform(ATR)という減税団体は、共和党のほぼ全ての連邦議員から「全ての増税に反対する」という公開署名を得ることを条件に選挙・政局で協力するという活動を行っている。彼らは、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が1期目に増税に反対する署名をしたにもかかわらず、その任期に増税を実施したため、2期目の大統領選挙時に徹底したネガティブキャンペーンを実施してその落選に追い込んだ主犯とも言える存在だ。しかし、彼らはそのことについて「共和党の大統領でも約束を破れば落とす」ことで、むしろ組織支援者からの信用は飛躍的に高まったと豪語している。このことが示すように保守派は信念と行動によって自らの存在価値を示していくことにかけて強い誇りを持っている。

そして、その政治的な信念と行動が保守派のシンクタンクによって合理的な政策へと結び付けられることによって、現実的な論理武装を施される形で政権運営や議会活動にも反映されていくことになる。上記のような財産権を守る=減税を実現する、という信念と行動が経済政策としての減税政策や規制廃止などに落とし込まれることで、政治運動のエネルギーが実際の政策として実行可能な形に返還されるのだ。

トランプ大統領の過去2年間の言動の大半は共和党保守派の主張を理解している人にとっては驚くようなこともほとんどなかった。むしろ、トランプ大統領の言動は予測不可能ではなく、保守派の意向に従うという意味で極めて予測可能性が高いものだったと言えるだろう。

一方、トランプ政権が3年目に突入したことでトランプ大統領と共和党保守派の関係にも徐々に変化が起きてきている。

トランプ大統領は就任後2年間でほぼ保守派が求める政策課題はクリアしたこともあり、共和党保守派から自陣営の大統領として強い信頼を得た状態となっている。共和党保守派内では、伝統的な保守主義者やリバタリアンなどの一部勢力はトランプ大統領に懐疑的な姿勢を表明し続けているが、トランプファンと大方の保守派の融合が徐々に進んできたことで、トランプ大統領に対する反対者の声は極めて小さくなりつつある。一方、トランプ政権は2018年の中間選挙によって民主党に連邦議会下院多数を奪回されてしまった。そのため、今後予定されているインフラ投資などの予算審議などで同党との妥協を事実上強いられる環境となっている。同政権は保守派へとの同盟関係と現実の政治バランスとの妥協という難しいかじ取りを迫られている。

2018年末から2019年2月半ばまでメディアを賑わせた国境の壁予算に伴う政府閉鎖は同政権が直面している現在の構図を浮き彫りにしたケースであった。このケースでは最終的にトランプ大統領が政治的に実行困難な非常事態宣言を出して共和党保守派に対する目配せをしながら、実際には共和党・民主党の両党がまとめた予算案に署名している。つまり、従来まではトランプ政権の変数として共和党保守派を中心に理解するだけで良かったのに対し、今後は下院民主党の意向を状況理解のための要素に加える必要が生じたことになる。今後は直近2年間の単調な政治展開と違って、本当の意味で予測の困難度が増していくことになるだろう。

冒頭に触れた現職3年目のCPACでトランプ大統領はホームグランドと化したメインステージで2時間の大演説を披露した。おおよそ漫談のような内容が中心であったものの、会場に詰め掛けた支持者は大いに楽しんだものと思う。トランプ大統領と共和党保守派の関係は今後どのように変化していくのか。2020年大統領選挙イヤーのCPACにも参加し、米国政治の中長期的な展望を思索していきたい。

プロフィール

渡瀬裕哉米国の現代保守主義運動研究

早稲田大学公共政策研究所招聘研究員、事業創造大学院大学国際公共政策研究所上席研究員、パシフィック・アライアンス総研代表取締役所長。
 

この執筆者の記事