2011.11.14

ギリシャ危機が示唆するもの  

吉田徹 ヨーロッパ比較政治

国際 #ユーロ#ギリシャ危機#ギリシャ債務#EFSF#欧州金融安定化基金

ヨーロッパの金融危機は深刻度を増している。最大の綻びはギリシャ経済だ。ギリシャの公的債務残高は150%とEU平均の90%を大きく上回り、自国GDPの3/1をEUとIMFからの貸付で賄わなければならない状況に陥っている。EUは独仏のリーダーシップのもと、昨年につづいて二度目のギリシャ救済を試みた。10月下旬のEU首脳会議の場で、両国は民間金融機関のギリシャ債務の50%削減、さらに各国の財政支援の任に当たるEFSF(欧州金融安定化基金)の強化策をマラソン交渉の末、認めさせた。

国民投票という袋小路

すでにイタリアやスペイン、さらにはフランスへの金融危機の飛び火が噂されるなか、この包括救済策がまとまった矢先に、ギリシャのパパドレウ首相は救済策を国民投票にかけることを、突如議会の前で宣言した。

この国民投票案は、閣内はおろか、EU諸国にも知らされないままに表明されたものだったために、大きな批判にさらされることになった。ユーロ圏の信任を得るために大きなコストを払い、リスクを背負ってまとめた救済策を、当の救済対象国の首相の独断でもって国民に負託することは政治的な判断ミスだ、というわけだ。救済策で落ち着いていた各国株式市場は急落した。各国とも主権の問題として公な批判こそ控えたが、自国負担がさらに増え、国民からの批判も根強いドイツは、早速に牽制するコミュニケを出した。

ギリシャ社会は疲弊している。増税だけでなく、すでにこの春に公務員給与や年金額の引き下げが決まり、10月にはEU支援の交換条件にされていたさらなる財政再建策が可決されたばかりだった。ギリシャ人の平均給与は3割近く減少、年金も平均で1000ユーロ以下にまで引き下げられていた。増税もあって、モノの値段はほぼ倍近くになり、失業率は16%を記録、若年層に至っては2人に1人が失業者という状況になっている。経済的苦境から自殺者が急増し、治安の悪化が進む。政府の緊縮策に抗議して20万人がゼネストに入り、各省庁を占拠してデモを繰り広げる混乱も生じた。

そうしたなか、政府の政策は「トロイカ」と呼ばれるEU、ECB、IMFの三者の責任者が毎週のようにアテネに乗り込み、箸の上げ下げに至るまで、監視下のもとにある。国の主権が完全に取り上げられたままに社会にそのツケが回されていることが、パパドレウ政権への批判とともに、噴出したのである。EUとIMFの財政支援があっても、ギリシャはこの先10年以上、緊縮財政を余儀なくされることを忘れてはならない。

それゆえ、国民主権の発露として、それも市場に追従するしかない今の政策を否定する手段として、国民投票を歓迎する声もあった。国民に痛みどころか、社会そのものを破壊させるほどの改革の大ナタを振るうのであれば、国民投票という方法でもって信任を得るのは当然だ、というわけだ。改革が「外部」から押し付けられるのではなく、内的な正当性をもって進めるためには必要な方策だと、正反対の論評もあった。

もちろん、国民投票は苦境に立たされているパパンドレウ首相の政治的マヌーバーと解釈することも可能だ。国民投票が実現すれば強硬な態度を崩さない反対派を投票に導くことができ、さらに救済策が了承されれば、改革実施にフリーハンドを得ることができる。反対に、否決されたとしても改革の遅れは野党のせいにすることができる。パパンドレウ首相がそのように考えたとしても、おかしくはない。

その後、首相は国民投票を撤回し、緊縮案を渋る野党との挙国一致内閣への道筋を開いた。詳細はつまびらかではないが、国民投票案と自らの辞任を交換条件にしたと考えるのが自然だ。

いずれにせよ、国民投票案は、実現していれば政治的には決して悪くない選択肢だったということもできる。逆に、国民投票という回路は、文脈とタイミングによって、きわめて政治的に運用される制度でもあるのだ。

他方でここまでパパンドレウ首相が追い込まれたのも、これまで幾たびも財政改革を約束しておきながらも、国民の強固な反対行動によって改革が停滞していた、というお家事情による所が大きい。

ギリシャをめぐる誤解

ギリシャの経済危機はそもそもギリシャ経済に問題があったからだ、とする説がある。確かに、(ゴールドマン・サックスの入れ知恵もあって)同国の「隠れ債務」がユーロの信認危機につながったのはたしかである。しかし、ギリシャ経済のパフォーマンスが悪いから、今のような状況に陥ったとするのは間違いだ。

データで確認してみよう。

たとえば、労働時間を比較した場合、ドイツは年1390時間、フランスは1559時間なのに対して、ギリシャの年間労働時間は2119時間にものぼる(2009年)。退職年齢を比較しても、ギリシャの平均退職年齢は62歳で、ドイツやスペインと変わらない。フランス人やイタリア人はそれよりも約2年早く労働市場から退場している。

1人当たり生産性にしても、ギリシャはじつはドイツやフランス以上のパフォーマンスを記録している。1時間当たりの労働生産性をみた場合、仏独には及ばないものの、スペインやイタリアよりは良い。

ドイツが他国と比べて高い成長率や企業収益を実現しているのは、民間部門の貯蓄や技術革新によるものだ。いずれにせよ、ドイツをベンチマーキングとした場合でも、ギリシャ(をはじめとする南欧諸国)が、より少ない労働時間しか実現しておらず、生産性が低いという事実は確認できないのだ。

端的に言えば、ギリシャの経済危機の原因は債務超過や単一通貨だけに矮小化できるものではない。むしろそれは結果であって原因は他にある。これは、ギリシャ危機が本格化した頃にすでに「αシノドス」2010年7月号で指摘したことだが、ギリシャ危機と今回の国民投票をめぐる紆余曲折は、歴史的条件を踏まえずして理解することはできない。

まず、ギリシャは強国からの介入の経験という歴史的トラウマを引きずっている。戦後直後には英米の公式的な支援を受けた保守政権と共産党(KKE)が武力衝突を繰り広げ、その後の冷戦期を含め、同国は米ソの代理戦争の場だった。つまり、外国からの介入なくして国の安定が図れないような状況は、今も昔も変わらず、これが国民の不満の源泉になる。

1963年には、(現パパンドレウ首相の祖父である)ゲオルギオス・パパンドレウが独自の社民主義路線を模索するが、これも軍部のクーデタによって早々に挫折している。1974年には、大学を拠点とした民主化運動を受けて民政移管が実現する。したがって、その後の81年にEC(現EU)への加盟が実現して「欧州の一員」となったことは、ギリシャの民主主義にとっての悲願でもあった。

もちろん、こうした経緯は多くの後遺症を残した。まず、多くの政治的変動を経験したギリシャでは、政府と公共部門への信頼が低い。政治エリートの腐敗も目立つ。2012年2月に予定される総選挙までに、専門家を中心とした内閣が支持されたのは、政治階級がそもそも信頼されていないからだ。イタリアでも類似の構図がみられるが、結果として徴税という基本的な国家機能が失われる。ある試算によると、ギリシャは毎年数百億ユーロの税収漏れがあるという。

次に、経済を近代化させると同時に豊かさを実現して極度な政治的対立を緩和するために、政府は積極的に公共部門を肥大化させなければならなかった。ギリシャの行政部門のウェイトは対GDP比で約7%と、EU平均の倍以上である。財政再建策に強力に抵抗している労働組合が強いのは、公共部門を足場にしているからである(新規の税金徴収票の印刷を止めるために電力会社が送電を停止したという事件も報道されている)。

さて、以上のような観点からのギリシャ危機の解題は、2つのことを示唆しているように思う。

まず、とりわけ今のグローバルな金融危機に対しては、国際的次元と国内的次元を上手にすり合わせるリーダーシップが必要になるということだ。内閣の支持率や政治家の再選可能性を優先して国内的次元を優先させることは、むしろ長期的な国民の利益を損なうことになる。日本では「外交は票にならない」と言われるが、票にならないことを承知の上で、国際的次元を国内の支持拡大へとつなげる戦略がなければならない。そうでなければ国際的次元のみを強調して有権者を説得しようとしても、場合によっては大きなナショナルなバックラッシュを喰らって、政策そのものが頓挫してしまう。

次に、政策の実効性は、その国の国民の統治者に対する信頼に応じて決まるということだ。経済政策は民主主義の変数であって、その逆ではない。ギリシャ悲劇の比喩でいえば、アンティゴネの情念はクレオンの掟を凌駕するのである。経済的合理性からの改革がいくら正当化されようとも、その正当性の根拠が信じられていなければ、改革は実現性を持たない。王クレオンの掟に背いて自らが死に追いやられると知っていても、アンティゴネにとってそれは法として認識されなかったのだ。

過去数年間ものあいだ、財政赤字をめぐる議論で政治が停滞し、さらにTPPという争点が浮上してきた日本にとって、このギリシャ悲劇は、他人事ではない。

プロフィール

吉田徹ヨーロッパ比較政治

東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学博士課程修了、博士(学術)。現在、同志社大学政策学部教授。主著として、『居場所なき革命』(みすず書房・2022年)、『くじ引き民主主義』(光文社新書・2021年)、『アフター・リベラル』(講談社現代新書・2020)など。

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