2025.12.29
民主主義こそが「最強の覇権システム」――権威主義が長期的競争で勝てない理由
ほんの数年前まで、世界は「中国モデル」の効率性に、ある種の畏敬の念を抱いていました。
トップダウンの決断で瞬く間に都市が生まれ、インフラが整備される。
それに引き換え、私たち民主主義国家は、議会での足の引っ張り合いやポピュリズムの台頭に悩み、「決められない政治」に陥っているように見えました。
しかしいま、その景色はだいぶ変わりました。
中国経済は不動産不況やデフレに苦しみ、「日本化」すら懸念されています。
かつての勢いは影を潜め、むしろアメリカ経済の独り勝ちや、民主主義陣営の結束の強さが再評価されています。
なぜ「権威主義の奇跡」はつづかなかったのでしょうか?
そして、結局のところ、なぜ民主主義は、これほどまでにしぶといのでしょうか。
この結末を10年前に冷静に予言していた論文があります。
米ジョージタウン大学の国際政治学者マシュー・クローニグによる「なぜ民主主義が支配するのか(Why Democracies Dominate)」(2015年)です。
https://www.researchgate.net/publication/280977267_Why_Democracies_Dominate
いまこそ、この論文を読み返すのに絶好のときでしょう。
ここには、独裁国家が陥る必然的な「成長の罠」と、私たちが民主主義というシステムに自信をもつべき「構造的な理由」が記されています。
「独裁」はスプリンター、「民主主義」はマラソンランナー
クローニグは、過去数世紀の覇権争いのデータを分析し、ある法則を導き出しました。
それは、独裁国家は「短距離走(キャッチアップ)」は得意だが、「長距離走(持続的成長)」では必ず民主主義国家に敗れる、という事実です。
なぜ中国の成長は止まるのか。
記事は、現在の中国が直面している構造的な問題を、2015年の時点でこう指摘していました。
中国共産党(CCP)による経済への歪みは至る所に見られます。……労働改革を行おうとしない姿勢や、非効率な国有企業の巨大な役割が温存されていることなどです。「急速な成長の時代の幕は下りつつある」のです。 (Indeed, the CCP’s distortions to the economy can be seen everywhere … “The curtain is closing on the era of rapid growth” in China. )
独裁体制は、資源を強制的に動員して工場をつくる段階までは早いです。
しかし、「中所得国の罠」を抜け出し、イノベーション主導の先進国になるためには、自由な発想や公正な市場が必要です。
ところが独裁者は、自分の権力を脅かすような自由化(改革)を嫌がります。
体制の生存を優先することが、改革の実行を妨げているのです。 (…the prioritization of regime survival is stunting the implementation of reforms. )
現在の中国が、経済合理性よりも統制を強め、その結果として活力を失っている姿は、まさにこの論文が指摘した通りの「独裁者のジレンマ」です。
金融と戦争――リベラル国家の「隠された武器」
さらに、民主主義国家には、独裁国家が逆立ちしても真似できない二つの「武器」があります。
一つは「信用」です。
覇権国になるには、世界中の富が集まる「金融ハブ」になる必要があります。
しかし、いつ政府に資産を凍結されるかわからない国に、世界のお金は集まりません。
法の支配が確立された民主国家だけが、低金利で巨額の資金を調達できるのです。
独裁国家において金融市場が繁栄することはありません。 (Financial markets simply do not flourish in autocratic states. )
もう一つは「戦争の強さ」です。
意外に思われるかもしれませんが、1815年以降、民主主義国家は戦争において77%という驚異的な勝率を誇っています(独裁国家は45%)。
独裁者はイエスマンに囲まれ、誤った情報で無謀な開戦に踏み切りますが、民主国家は開かれた議論によって致命的なミスを回避し、強固な同盟関係を結ぶことができるからです。
結論:悲観するのはやめよう
一時期の私たちは、隣の芝生(権威主義)が青く見えすぎていたのかもしれません。
この記事が教えてくれるのは、リベラルな民主主義こそが、実は最も「強靭(タフ)」なシステムだという事実です。
理論と証拠の両方が示唆しています。長期的な地政学的競争において、民主主義国家はより良いパフォーマンスを発揮するのです。 (In sum, both theory and evidence suggest that democracies do better in long-run geopolitical competitions. )
議論が紛糾し、決断が遅く見えること。
それはバグではなく、破滅的な失敗を防ぐための機能です。
いまの中国の停滞と、民主主義陣営の底堅さは、歴史がふたたび「自由の優位」を証明しつつある過程なのかもしれません。
私たちは自信を持って、この面倒で、しかし最強のシステムを鍛え上げていくべきなのです。
プロフィール
芹沢一也
1968年東京生。
慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。
・株式会社シノドス代表取締役。
・SYNODOS 編集長
・SYNODOS Future編集長。
https://future.synodos.jp/
・シノドス英会話コーチ。
https://synodos.jp/english/lp/
・シノドス国際社会動向研究所理事
http://synodoslab.jp/
著書に『〈法〉から解放される権力』(新曜社)など。

