2014.03.28

現在、ウクライナ・クリミア情勢に関して強硬な姿勢を崩さないロシアへの、欧米各国の対応が注目されています。報道でも言及され始めているように、EUはロシアに対しエネルギーを依存している状況にあり、外交的なかけひきの材料となっています。

本記事は執筆者の鈴木一人氏にご快諾いただき、「EUの「資源外交」を巡る戦略とその矛盾」(『年報 公共政策学 第六号2012』2012年3月30日)を転載したものです(※表記に関する編集を適宜加えています)。天然資源の乏しいEUが、 これまでエネルギーに関する議論をどのように展開し、その困難を乗り越えようとしてきたのか。その背景をおさえ、現下の情勢を読み解いていただければ幸いです(シノドス編集部)。

*  *  *

EU全域で見ると、エネルギーの対外依存度は57%であり、2030年には65%にまで上昇すると見られている[*1]。北海油田を除くと、域内に安定的で潤沢な地下資源を持たないEUは、日本と同様、資源を対外的に依存しなければならない状況にある。

また、既に市場統合を果たし、石油やガスの域内における移動の自由も保障されている市場であるため、EUが各国ごとに資源外交戦略を立てるよりは、EU全体で統一的な戦略をもつほうが、対外的な交渉力が向上し、資源供給国に対して有利な条件を引き出すことが出来ると考えられている。加えて、欧州域内におけるガスパイプラインや送電線のネットワークは緊密に連携しており、国境を超えた売買電やガスの流通が日常的に行われている状況の中で、EUが統一的な資源外交戦略をもつことは合理的に考えて当然である。

にもかかわらず、EUレベルでの資源外交というものは存在していない。それはEUの政策文書などで用いられる用語から見ても明らかである。欧州では「資源外交(resource diplomacyないしはenergy diplomacy)」という単語は滅多に使われず、主として「エネルギー安全保障(energy security)」という単語が用いられる。ここから明らかなように、EUにおける資源外交の中核には、いかにエネルギーの安定供給を確保し、安定した価格で調達できるのか、という問題が横たわり、それを達成するための手段として外交が展開される。

つまり、EUでの議論の中心は「エネルギー安全保障」であり、「資源外交」はエネルギーの安定供給のための手段の一つでしかない。さらに、エネルギーの安定供給を実現するための手段としての外交は、現在においても加盟国の権限として強く残っており、EU全体として統一的な資源外交を展開することが困難となっている。

このような状況の中で、EUの「資源外交」が成立するのか、また、成立するとすればどのような資源外交となるのかを本稿の検討対象としたい。天然資源の乏しいEUにおける資源外交の困難と、それを乗り越えていこうとするEUのエネルギー安全保障戦略を分析することで、分析概念としての「資源外交」の精緻化をすると共に、同じく天然資源の乏しい日本に対してのインプリケーションを見て取ることも出来よう。

[*1]Commission of the European Communities, An Energy Policy for Europe, Communication From the Commission to the European Council and the European Parliament. COM(2007) 1. January 10,2007. なお本稿では、地理的概念として、ヨーロッパ大陸全体(冷戦期については主として西ヨーロッパ)にかかわる場合「欧州」と表現し、地域機構としての政策などを論ずる場合は「EU」と表記する。また、EU 加盟国に限定する問題については「EU各国」、また欧州大陸の国家全体にかかわる問題については「欧州各国」と表記する

1.欧州のエネルギー戦略の前史

欧州がエネルギー戦略を必要とするのは今に始まったことではない。欧州が深刻なエネルギー戦略の危機に直面したのは、1970年代の石油危機であったが、そこで欧州各国は何らかの対策を取らなければならないとの認識を高めることとなった。その第一は、欧州各国間のエネルギー政策はもちろんのこと、世界的なエネルギー消費国の間の調整が必要ということであった。

そのため、1974年に欧州各国も参加する国際エネルギー機関(IEA)を設立し、需要側の調整を行うことで石油輸出国機構(OPEC)に対抗し、市場を安定させることを目指した。第二に、欧州各国はエネルギーの供給源を多様化させ、中東に偏っていた依存関係を緩和することを目指した。

その中で注目が集まったのはソ連である。冷戦真っ只中であるとはいえ、1960年代のドゴールの戦略的仏ソ関係の構築や1970年代のブラントの東方外交など、ソ連との戦略的交渉はこれまでも存在しており、欧州にとってはもっとも安定的で、安価なエネルギーの獲得手段としてソ連とのパイプラインの接続を目指した[*2]。

しかし、これは1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻によって大きな障害に直面する。この年から「新冷戦」が始まり、米ソ関係が悪化したことで、米国の同盟国である欧州の立場も微妙なものとなった。ソ連から見れば、経済的な衰退と米ソ間関係の悪化を緩和すべく、欧州からの投資と技術移転は重要な意味を持ち、欧州から見れば、エネルギー供給の多様化と安定化のためにも、ソ連との関係を強化する必要があった。そのため、欧州各国はソ連のアフガニスタン侵攻を批判しつつも、シベリア・パイプラインプロジェクトは継続されることとなった。

これに対し、アメリカはソ連への技術移転は対共産圏輸出委員会(COCOM)協定違反として、1981年から欧州各国に対して経済制裁を発動し、米欧間関係が悪化する事態となった。この時期はフランスで初の社会党大統領となるミッテランが政権に就き、ドイツではコール首相が政権についた時期であり、そうした政権交代期の不安定な状況の中で、ソ連とアメリカの間での戦略的選択をしなければならないという状況に追い込まれた[*3]。結果として、ソ連からのエネルギー供給を優先する欧州にアメリカが折れる形で経済制裁を撤回し、パイプラインの建設が進むこととなった。これが、現在にまで続く、欧州のロシア依存の基本的な構図となっている。

この問題は、1991年のソ連崩壊によってさらに複雑な状況を生み出すこととなった。これまでソ連の一部であったカスピ海沿岸からのガス供給を受けていた欧州は、ソ連崩壊によって15の共和国(バルト3国も含む)に分裂し、新たに生まれた共和国と個別に交渉する必要に迫られただけでなく、これまではソ連としてひとまとまりの対象であったため問題にならなかった「エネルギー経由国」が多数生まれることとなった。そのため、国境におけるガスの受け渡しなどが複雑になるだけでなく、ガスの供給国のほかに経由国とも交渉する必要が生まれた。

そのため、EUはソ連崩壊後の欧州におけるエネルギー秩序を安定させるために、「エネルギー憲章宣言(Energy Charter Declaration)」を1991年にオランダのイニシアチブで取りまとめ、ユーラシア大陸全体におけるエネルギー政策の規範的基礎を築こうとしたのである。この「エネルギー憲章宣言」に基づき1994年には「エネルギー憲章条約(Energy Charter Treaty)」が締結され、1998年に30ヶ国の批准によって発効することとなった(現在は51ヶ国が批准)[*4]。

この条約はエネルギーに対する対外投資規制の標準化やエネルギーの自由貿易、エネルギーの自由移動の保証、エネルギー効率化の推進、そして紛争解決メカニズムに関する規定が盛り込まれている。ここから明らかなように、この条約はソ連崩壊後のユーラシア大陸におけるエネルギーの欧州への安定的な供給を目指したものであり、欧州の資源外交の一つの金字塔となっている。しかし、これはあくまでもユーラシア大陸におけるエネルギー貿易の条件を定めたものであり、実際のエネルギー供給の安定化を保証するものではない。さらにガスの最大供給国であるロシアと経由国であるベラルーシが条約を批准していないという点も含め、この条約だけでエネルギーの安定供給が担保されているとはいえないだろう。

[*2]Zeyno Baran, “EU Energy Security: Time to End Russian Leverage”, The Washington Quarterly, Autumn 2007, vol.30, no.4, pp.131-144

 

[*3]Patrick J. DeSouza, “The Soviet Gas Pipeline Incident: Extension of Collective Security Responsibilities to Peacetime Commercial Trade”, Yale Journal of International Law, Vol.10, No.2, Spring 1985, pp.92-117; Stephen Woolcock, “East-West Trade After Williamsburg: An Issue Shelved but not Solved”, The World Today, Vol.39, No.7/8, Jul.-Aug. 1983, pp.291-296.

 

[*4]各国の調印・批准状況に関しては、http://www.encharter.org/fileadmin/user_upload/document/ECT_ratification_status.pdf を参照。ロシアとベラルーシは調印のみだが、暫定的に条約を適用している。

2.グリーンペーパーと『欧州のためのエネルギー政策』

このように、1970年代の石油ショックをきっかけとしてエネルギー供給の多様化を図ってきた欧州は、ロシアとの交渉を進めるため、次第に欧州各国が協調して資源外交を執り行うようになり、EUが中心となって「エネルギー憲章条約」を締結するに至ったことで、新たな局面を迎えるようになった。とりわけ、1991年に締結されたマーストリヒト条約では、共通外交安全保障条約(CFSP)をEUの第二の柱とし、加盟国がEUの枠組みの中で統一的な外交戦略を展開することが可能になったことで、EUの役割が大きくなってきた。また、1992年末には域内市場の統合が完成し、欧州が一つの市場となることで、EUの執行部に当たる欧州委員会がエネルギー部門においても一定の役割を担うようになってきた。

しかし、こうした状況を大きく変え、EUが統一的な資源外交を展開しなければならない状況になったのが、ロシアとウクライナの天然ガス供給を巡る危機であった。2005年3月に「オレンジ革命」の旋風に乗ってユーシェンコがウクライナの大統領に就任すると、反ロシア親欧州路線を取り、ロシアのプーチン大統領との関係が悪化していった。その結果、ロシアからウクライナに輸出されるガスの価格をこれまでの独立国家共同体(CIS)向け優遇価格から、国際市場の価格に準じた価格設定へと移行することをロシアが提案し、それをウクライナが拒否したことで、2006年1月からウクライナ向けガスの供給が停止され、ウクライナを経由して欧州に輸出されるガスの量も減少した。

このような状況からロシアからのガス供給に依存する欧州は、様々な政治的状況の変化においても安定してエネルギーを供給する体制を構築する必要に迫られるようになった。その時から、EUのエネルギー戦略が練られるようになる。その先駆けとなったのが、2006年3月6日に出された「持続的で競争力があり、安定したエネルギーに向けての欧州戦略グリーンペーパー」である[*5]。このグリーンペーパーとは、欧州委員会が新たな政策を打ち出す前にコンサルテーションのために提示するものであるが、ウクライナ経由のガス供給が止まった直後にこうした政策のたたき台が出されたことは、EUがいかにこの問題を深刻に受け止めていたかを明らかにしている。

このグリーンペーパーの問題意識は(1)外国へのエネルギー依存の増大、(2)エネルギー価格の高騰、(3)二酸化炭素排出削減目標との両立、(4)域内エネルギー統合市場の未完成といった点にあり、これらを解決するために、6つの論点が示されている。

その第一は域内エネルギー市場の統合を通じて、経済成長と雇用をもたらすというものである。これは欧州の送電網を整備し、電力の自由化を促進し、欧州のエネルギー産業の国際競争力を強化することで経済成長と雇用が増加するという政策オプションを提示している。これは、各国が独占的な権限をもち、多くが国有企業によって運営されている電力市場を開放し、規制緩和を進めることで経済発展を目指すとともに、加盟国が保持する権限をEU(欧州委員会)に移転するという権力関係の変化を求めるものである。

第二の論点は、加盟国間の連帯を強化し、エネルギーの安定供給を図るというものである。ここでは、電力インフラの共同整備やIEA(国際エネルギー機構)などのマルチ外交の場におけるEU共通の立場の確立、またそのためのEU全体のガス備蓄量の公表といったことが含まれている。第三の論点はガスによる発電の依存度を減らすためのエネルギーのベストミックスの追求、第四の論点は欧州の気候変動への対応との連動したエネルギー戦略の構築、すなわち再生可能エネルギーの導入、エネルギー効率性の向上といった化石燃料の使用量の削減、第五の論点は欧州における、熱核融合などを含むエネルギー関連の研究開発の推進、そして、最後の第六の論点として、対外的なエネルギー政策の一貫性の確保が論じられている。

特に、本稿の関心から言えば、第六の論点を若干詳しく見ていく必要があるだろう。ここでは、まずEUの対外的なプレゼンスが低いのは加盟国が一致したエネルギー戦略をもたないことに原因があるとして、EUと加盟国が「対外エネルギー政策」を共同して構築することが求められている。そのためには、域内のエネルギー事情の調査を行い、データに基づいて戦略を作ることから着手することが呼びかけられている。

そのうえで、EUに必要なエネルギー・インフラ、とりわけ石油・ガスのパイプラインとLNGのターミナルの建設が重要として、カスピ海沿岸、北アフリカ、中東との関係を調整していくことの重要性が論じられている。また、ウクライナやトルコなど、域外のエネルギー経由国がエネルギーの安定供給のためにはカギとなるとして、これらの国々とエネルギー供給国との関係も含め、外交的な関係を強化することが必要とされている。

そして、エネルギー供給国との対話を推進することが求められている。とりわけ問題となるのがロシアであり、EUとロシアの新しいイニシアチブが必要であり、EUはロシア産ガスの最大の購入者として対等な立場で交渉しなければならないとくぎを刺している。また、欧州近隣諸国に対しては、EUの規制やスタンダードを導入させ、市場の調和や環境規制などで価値観の共有が必要として、北アフリカ諸国、ウクライナ、トルコ、カスピ海、地中海諸国と結んだ、汎欧州エネルギー共同体(Pan-EUropean Energy Community)の構築を目指そうとしている。

また、環境問題やエネルギー効率化、研究開発などの分野と連動した対外政策を展開する必要性が論じられ、とりわけ2005年からEUで実施されることになった排出権取引システムを対外的に拡大していくことが、EUのエネルギーの安定供給に貢献するとしている。さらに、WTOルールなど自由貿易の枠組みを通じて、エネルギー経由国における差別的な対応を防止し、エネルギー貿易の安定化を図ろうとしている。

加えて、このグリーンペーパーをきっかけに、「欧州」と「EU」のずれを修正するための動きも起こった。「欧州」にはEUに加盟しないスイスやノルウェーなどが含まれるが、これらの国々はすでに「欧州経済圏(EEA)」という枠組みで協力しており、すでにエネルギー分野ではEUと一体化した関係にある。しかし、問題は今後EUに加盟する可能性のある、旧ユーゴスラヴィアを中心とするバルカン半島諸国であった。これらの国々はトルコなどの東からのパイプラインの経由国になる国で、これらの国々との関係を安定させることはEUにとっても重要な意味をもっていた。またバルカン半島諸国から見れば、将来EUに加盟するためにも、エネルギー経由国であるという強みを活かす必要があり、交渉の材料として用いることもあり得た。

そのため、EUは2006年に「エネルギー共同体条約(Energy Community Treaty)」をEU、アルバニア、ボスニア、クロアチア、マケドニア、モンテネグロ、セルビアとコソボとの間で締結し、エネルギー規制や安定供給に関する規則を定めた[*6]。また、2005年から始まった排出権取引にこれらの国々を含めることで、EUの排出権取引市場が拡大し、グローバルなスタンダードを作っていく足掛かりとした。これにより、EUはバルカン半島諸国がエネルギー経由国としての立場を乱用することを阻止し、EUの規制を適用し、ロシアなどのエネルギー供給国との交渉においてより多くの国の支持を得る形になったことで、「規制帝国[*7]」としてのパワーを高め、交渉力の強化へとつなげていった。

このグリーンペーパーは政策のたたき台であるがゆえに、幅広く問題提起を行い、それに対する政策アイディアを提供しており、その後のEUのエネルギー戦略の出発点となっているが、このペーパーで論じられた内容を検討すると、以下のような点が明らかになってくる。

その第一は、EUと加盟国の間での権限分割が決定的な問題であり、EUレベルでの政策を展開するためには、加盟国との連携強化が不可欠である、ということである。EUがグローバルな存在感を示し、資源外交を展開するためには「Speak with onevoice」でなければならず、それが実現しない限り、政策目標を達成することは困難であるとの認識が示されている。

第二は、環境政策との連動である。1990年代の京都議定書の交渉を通じて、EUは環境問題に関して強い権限を有するようになり、越境的な環境汚染や地球温暖化の問題についてはEUレベルで政策を策定していくことが加盟国の間でもコンセンサスとなっている。そのため、EUは環境問題とエネルギー政策を連動させ、EUが持つ高い環境技術をエネルギー供給国に提供することで、見返りにエネルギーの供給安定を図っている。ただ、こうした環境政策を通じた対応は、EU域内のエネルギー効率化、すなわち資源への需要を低下させることでEUが抱える脆弱性を排除するということが中心的な課題となり、資源外交における積極的なエネルギー獲得のための手段とはなっていない。

第三に、環境問題同様、EUが対外的な交渉力をもつ分野としてWTOや安全規制などの経済的ルールを交渉の基調としている点である。これもEUレベルに権限が移譲されている分野であり、欧州委員会としては加盟国の干渉を受けない政策分野であるため、政策の自由度が高いだけでなく、交渉の材料に乏しいEUとしては最強の武器となるものである。EUはエネルギー貿易にも自由貿易を適用し、国際的なルールに基づいて対応することを通じて、エネルギー供給国と対等な関係で交渉をし、他方で、EUが持つ巨大なエネルギー市場をテコにして、エネルギー供給の安定化や品質やサービスなどに関しては、EU域内市場のルールを適用し、それに合致させることを求める。こうした交渉術は他の分野でもみられるものであり、すでに筆者は別のところで、EUが国際交渉において他国に自国基準を押し付ける姿を「規制帝国」と名付けたが[*8]、資源外交においても、まさに「規制帝国」的な交渉を行っていこうとしていることが見て取れる。

このグリーンペーパーをたたき台として、2007年に作り上げられたのが『欧州のためのエネルギー政策(An Energy Policy for Europe)』である[*9]。ここではグリーンペーパーで設定した論点を踏襲しながら、若干の表現の変更や追加などなされているが、重要な変化として一点挙げられるのは、原子力政策に関する記述が追加されたことである。これは、一部の加盟国から温暖化対策としての原子力の重要性が指摘され、長期的なエネルギー戦略として、化石燃料への依存を軽減しながら、温室効果ガスの排出を減らすためには原子力は不可欠との立場を取ることとなった。しかし、原子力政策に関しては各国の隔たりが大きく、この政策文書の中でも、原子力利用に関しては各国が最終決定権を持つとし、EUの役割は原子力安全や核不拡散への対応、および使用済み核燃料の処分に関する調整にとどめられた。ここは加盟国がEU主導のエネルギー政策を受け入れつつも、加盟国の最終決定権を再確認し、加盟国間のエネルギー政策に対する格差が浮き彫りにされた。また、EUの役割は、その前身である欧州原子力共同体(Euratom)の持つ権限に限定されている点が興味深い。

[*5]Commission of the European Communities, GREEN PAPER: A European Strategy for Sustainable, Competitive and Secure Energy, COM(2006) 105 final, 8.3.2006. http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=COM:2006:0105:FIN:EN:PDF

 

[*6]興味深いのは、この決定はエネルギー政策の部局ではなく、EU拡大を担当する部局において行われた点である。Council Decision, Conclusion by the European Community of the Energy Community Treaty, 2006/500/EC, 29 May 2006. http://europa.eu/legislation_summaries/enlargement/western_balkans/l27074_en.htm

 

[*7]「規制帝国」の概念については、拙稿「『規制帝国』としてのEU」山下範久編『帝国論』講談社選書メチエ、2006年 1 月、44-78頁、および、拙稿「グローバル市場における権力関係:「規制帝国」の闘争」加藤哲郎・国廣敏文編『グローバル化時代の政治学』法律文化社、2008年 4 月、133-159頁を参照。

 

[*8]前掲書。

 

[*9]Commission of the European Communities, Communication from the Commission to the European Council and the European Parliament, “An energy policy for Europe”, COM(2007) 1 final, 10 January 2007 http://europa.eu/legislation_summaries/energy/european_energy_policy/l27067_en.htm

3.『エネルギー2020』とエネルギーサミット

『欧州のためのエネルギー政策』を策定し、欧州の資源外交、特にロシアに対する交渉に向けての体制が整ったにも関わらず、2008年初頭に再びロシアとウクライナの間でガス料金の支払いを巡る問題が発生し、3月にガスの輸出量を削減する措置をロシアが取ったため、その影響が欧州にも及び、エネルギー需給のバランスが崩れる状況となった。また、2009年1月にはロシアとウクライナの間で再びガス価格の交渉が難航し、ウクライナのユーシェンコ大統領がEUに仲介を求めてくるほどの危機的な状況が生まれた。

この時ロシアがEU向けに輸出したガスをウクライナが横取りしていると主張し、その分のガス供給を削減する方針を打ち出した。この危機は2週間にわたって続き、ブルガリアやスロヴァキアなど、ウクライナ経由でロシアからガスを受け取る国々では深刻なガス不足が起こっていた。また、ウクライナはロシアから供給されるガスの圧力が弱いとして、ウクライナ国内のガス供給を遮断してまで欧州向けのガスを輸送するという事態まで起きた。

こうした事態を打開するため、危機が起こってから2週間後の1月17日にロシアでEU、ロシア、ウクライナの三者協議が行われ、ウクライナの代表として出席していたティモシェンコ首相とプーチン首相が長時間の協議を行い、1月18日に合意に達した。ここでは、ウクライナが欧州向けガスと同じ価格を支払うことが原則合意され、2009年の間はそこから20%の割引を行うというものであった[*10]。度重なるロシア‐ウクライナ間のガス危機に対し、欧州委員長のバローソは両国とも信頼に足るパートナーではないと突き放し、こうした問題に欧州が振り回されることに嫌気がさすと同時に、ロシアに依存しないエネルギー戦略の必要性を実感した。

また、この間、ロシアはEU各国に個別にアプローチし、EUの足並みを乱すような戦略を取るようになってきている。その代表例が、2005年に首相の座を離れたゲルハルト・シュレーダーをロシア国営のガス会社であるガスプロムの子会社であるノルド・ストリームの役員として迎え入れ、ロシアからバルト三国やポーランドを経由せず、バルト海に海底パイプラインを敷設して直接大消費地であるドイツにガスを供給する計画を立てたことがある。これにより、経由国としての利益(コミッション)を得ることが出来なくなり、自国へのガス供給のルートを奪われたバルト三国やポーランドはドイツを激しく批判した[*11]。

また、2009年にはシュレーダー政権の副首相兼外務大臣であったヨシュカ・フィッシャーがカスピ海沿岸からトルコ、ルーマニア、ブルガリアを経由して欧州にガスを供給するナブッコ(Nabucco)パイプラインの運営会社のコンサルタントとなり、ノルド・ストリームに対抗するガス供給ルートをEU機関や欧州各国を対象にロビー活動をするようになった[*12]。これにより、EU各国の利害やパートナー関係が複雑となり、統一的なエネルギー政策を展開することが難しくなった。

こうした中で、これまでの『欧州のためのエネルギー政策』では不十分として、新たな中長期エネルギー戦略の検討が始まった。それが『エネルギー2020』と呼ばれる政策文書である[*13]。この『エネルギー2020』は、基本的には『欧州のためのエネルギー政策』を踏襲しつつ、よりメリハリの付いたエネルギー政策を立て、中長期的な視野でエネルギー戦略を構築しなければならないという問題意識に基づいている。

ここでは5つのプライオリティが設定されている。その第一は、エネルギーの削減(Energy Saving)である。特に運輸交通部門と建築部門におけるエネルギー消費の削減を通じて需要側のニーズを削減し、エネルギーの需給を安定させることを目指している。第二に、汎欧州エネルギー市場の統合の期限を2015年とし、それまでにEU各国の送電網を接続し、電力の融通を可能にするとともに、1兆ユーロをかけてエネルギー・インフラを構築することを目指している。第三に、27の加盟国に「欧州エネルギー共同体」の国々も加え、欧州が一体となってエネルギー供給国との交渉を進めることが目指されている。第四に、エネルギー技術の分野で世界をリードすることが示され、第五に、電力の自由化を進めつつ、安定し、安全なエネルギー供給を行うことが目標とされている。

この中でも本報告にとって重要になるのは、三番目のプライオリティである、EUの一体化を通じた国際交渉力の強化である。1990年代から進めてきたEUの「Speak with onevoice」は未だに現実となっていないが、2009年12月に発効したリスボン条約によって、EUの対外政策の制度が整備され、「EU外務大臣」が正式にEU対外政策を体現することとなり、国際社会での存在感と発言権を増強できるとの期待が高まっていた。

そこで、『エネルギー2020』では、4つのアクションプランが示された。その第一は、近隣諸国とのエネルギー市場と規制を統一することである。これはすでに述べたように、EUが国際的なアクターとして交渉力を増していくためには、より多くの国を味方につけることが必要との認識に基づいており、同時に、EUがこれら周辺諸国に対して技術支援やインフラ整備支援を提供することで、EUと一心同体の状況を作ることを目指している。

すでに「エネルギー共同体条約」があり、このメンバーを拡大していくことで容易に周辺諸国を取り込んでいくことが可能となるが、ここで対象として考えられているのは、ウクライナやトルコといった重要なエネルギー経由国と、エネルギー供給国である南地中海(北アフリカ)諸国である。この時点ではリビアのカダフィ政権は欧米接近路線を取っており、2003年の核開発の放棄や2006年のアメリカによるテロ指定国家の解除など、リビアとの関係が良好であったこともあり、エネルギー共同体条約を通じてリビアとの一体化を図ろうとしていた。しかし、この試みは『エネルギー2020』が発行された2ヶ月後の中東・北アフリカ諸国における「アラブの春」が動きだしたことによって大きく混乱することとなる。結果的に中東・北アフリカにどのような政治体制が生まれるのか、それらの国々との関係をどう定めていくのかについては、まだ見通しが立っていない。

第二のアクションは、主要なパートナー国との特恵的な関係の構築である。これは、冷戦崩壊直後のユーラシア大陸におけるエネルギー供給秩序を安定させるための仕組み、すなわち「エネルギー憲章条約」をユーラシア大陸から、より広い地域に拡大していくことを目指したものである。そのターゲットとして重視されているのが中東・北アフリカ諸国であり、これらの国々との間での安定したエネルギー供給のルールを作ることを目指している。しかし、EUは決定的な交渉のレバレッジをもっておらず、逆にこの地域においては各加盟国が植民地時代の遺産を受け継ぐ形で個別の利害関係をもっており、そう簡単にはEUとしての資源外交を展開することが出来ない地域でもある。

第三のアクションは、将来に向けての低炭素エネルギーを推進するグローバルな役割の強化である。すでに京都議定書以来、EUは環境問題、地球温暖化対策においてグローバルなリーダーの役割を果たし、EU域内においても様々な低炭素イニシアチブが取られている。その結果、EU域内企業の中でも太陽光発電や風力発電などで国際競争力をもつ企業が出てきており、こうした資源を活かした低炭素エネルギーの国際的な普及はEUの利益にもかなう。同時に、雨天が少なく、日照時間の長い中東・北アフリカにおいては、太陽光発電が最も効率的に行えるとして、アルジェリアなどに巨大な太陽光発電のプラントを建設する、Desertec計画が進められている。

第四のアクションは、原子力安全や核不拡散に関する取組の強化である。これは、イランやペルシャ湾岸諸国における原子力への関心の高まりを反映したものである。これらの国々は産油国でありながら、自国のエネルギー消費をまかなうための原子力発電へとシフトしており、原子力で置き換えられる分のエネルギーを輸出に回すと同時に、将来的な石油の枯渇にも対応できるエネルギー戦略を描いている。こうした動きに対して、フランスをはじめとする欧州の原子力産業もこの新たな市場に参入することを目指しているが、同時にこの地域は政治的に不安定な地域であり、原子力技術が軍事利用、すなわち核開発に用いられる可能性があることもEUは懸念している。

このように、『エネルギー2020』は、これまでのロシアを主要なパートナーとしたエネルギー戦略から、エネルギー供給源の多様化を目指したものとなっている。考えてみれば、1970年代の第四次中東戦争をきっかけに起きた石油ショックで明らかにされた欧州の脆弱性を回避するために選んだロシアとの関係強化が、いまやところを変えて、ロシアからのエネルギー供給が不安定化したため、中東・北アフリカとの関係に回帰するという転換が起こっている。

この『エネルギー2020』の発行を受けて、議長国であるハンガリーのイニシアチブにより、EUとして初めてエネルギーをテーマとした首脳級会議(サミット)が開かれた。このエネルギーサミットが目指したのは、これまでEUがイニシアチブを発揮して『欧州のためのエネルギー政策』や『エネルギー2020』といったEU全体を包括する政策を打ち出したにも関わらず、加盟国間の戦略の違いや最終決定権の保持によって、結果的にEUのエネルギー政策が機能していないことを乗り越えることである。とりわけロシアとの関係でEUは何度も苦汁をなめ、いよいよ加盟国がバラバラであってはならないという危機感を反映したものといえよう。

また、このサミットが行われたのは2011年2月4日であり、チュニジアにおける「ジャスミン革命」が起こった直後であり、チュニジアのベンアリ大統領が国外逃亡をしてから3週間しかたっていない時期であった。また、「ジャスミン革命」の余波は中東全体に広がりつつあり、エジプトでは「フェイスブック革命」と言われる事態が進行している最中であった。

このサミットでは以下のような論点が話し合われた[*14]。まず代替エネルギーに関しては、これまでEUはエネルギー効率化による対外依存度の削減を進めるため、2020年までにエネルギーの使用量を20%削減すると提案していたが、その手段として再生可能エネルギーが取り上げられていた。しかし、フランスは自国の原子力推進政策を欧州にも拡大するとして、原子力利用の積極的採用を求めた。ただ、議論はエネルギーの使用量の削減に期限を決めて対応することは各国のエネルギー事情を混乱させるとして、拘束力のない目標にしてしまったため、代替エネルギーの推進についても議論は進まず、原子力に関しても各国の独自路線が維持されることとなった[*15]。

第二に、すでに2009年の段階で電力市場の自由化を進めることが決定されているにもかかわらず、デンマークを除くすべての加盟国がEU規則を遵守しておらず、中でもフランスやリトアニアのように、国営の電力会社が独占している国では、電力の自由化に対して後ろ向きな政策をとっている。その結果、サミットでは自由化の期限を先送りし、2014年までに自由化を完了し、EUの統一市場を形成することが合意された。

第三のテーマとして、シェールガスの問題が取り上げられた。シェールガスは地層に細切れに埋まっている天然ガスのことだが、このシェールガスを取り出す技術をアメリカが開発したため、シェールガスの埋蔵量が大きいアメリカでは、基幹エネルギーとしてシェールガスの活用が進められているほか、膨大な埋蔵量が確認されているため、天然ガス市場の価格も下落するという状態にある。これに刺激を受けて、ポーランドはシェールガスの開発に熱心な姿勢を見せており、このサミットでもシェールガスを将来性のある有効なエネルギーとして取り上げた。アメリカ同様、ヨーロッパ大陸にもシェールガスの鉱脈は点在しており、今後のEUのエネルギー政策の方向性を決めるのに重要な役割を果たすであろう。

そして最大の論点として挙げられたのが、対外政策であった。ここでは欧州委員会のエネルギー担当委員であるエッティンガーと、「EU外務大臣」であるアシュトンが加盟国の首脳に対し、エネルギー外交交渉の権限をもっと与えてほしいと訴え、北アフリカのDesertecプロジェクトと、EUが支援するナブッコパイプラインの建設への支援を求めた。しかし、EU各国首脳は対外交渉戦略について意見を一致させることができず、2011年6月までに欧州委員会がエネルギーの安定供給と国際協力に関する戦略的一貫性を高めた政策文書を出すことを求めるという結論しか出なかった。

これは激変する国際環境の中で、EU加盟国はそれぞれの立場を維持し、中東・北アフリカ情勢やロシアの大統領選挙の行方など、様々な不確定要素が多いなかで、EUに権限を移譲するリスクが大きいと判断した結果であろうと思われる。それだけに、各国は自国へのエネルギーの安定供給を確保するための権限を保持し、状況に柔軟に対応できるようにしておきたかったのである。

また、ロシアに対して、EUとして「ルールに基づく、透明性のあるパートナーシップを構築すること」を求めているが、これは、EUにロシアとの交渉の権限を一定程度付与することを認めつつ、その範囲をロシアとの間のルールの構築に限定している点が重要である。つまり、このエネルギーサミットでは、エネルギー安全保障の最終決定権は加盟国にありつつも、その環境を整える役割をEUに与えるという分業関係を明示化したものといえよう。

[*10]Simon Pirani, Jonathan Stern and Katja Yafimava, The Russo-Ukrainian Gas Dispute of January 2009: A Comprehensive Assessment, Oxford Institute for Energy Studies, February 2009

 

[*11]Peter Rutland, “Russia as an Energy Superpower”, New Political Economy, Volume 13, Issue 2, 2008, pp.203-210.

 

[*12]Daniel Freifeld, “The Great Pipeline Opera: Inside the european Pipeline Fantasy that Became a Real-life Gas War with Russia”, Foreign Policy, Sept./Oct. 2009. <http://www.foreignpolicy.com/articles/2009/08/12/the_great_pipeline_opera>

 

[*13]European Commission, Energy 2020: A Strategy for Competitive, Sustainable and Secure energy, COM(2010) 639 final, Brussels, 10.11.2010

 

[*14]“Factbox: Main Results of EU Energy Summit”, Reuters, February 4, 2011. http://www.reuters.com/article/2011/02/04/us-eu-summit-energy-results-idUSTRE7134NC20110204

 

[*15]“EU Leaders to Dodge Energy Efficiency at Summit”, EurActiv.com, 3 February 2011. http://www.euractiv.com/en/energy-efficiency/eu-leaders-dodge-energy-efficiency-summit-news-501837

4.「資源外交」の正面作戦:ロシア

欧州における資源外交は、1970年代から常にソ連/ロシアとの間での外交が中心的なテーマであった。冷戦時代においては、地政学的な観点からソ連に対する依存度を高めることに対しての懸念や、大西洋同盟のパートナーであるアメリカは、欧州がソ連に対して脆弱になることを懸念し、ソ連とのガスパイプライン建設を中止させるべく圧力をかけてきたが、結局、エネルギー供給の多様化を目指す欧州の戦略が維持され、ソ連/ロシアとの資源外交は比較的安定的なものであった。

このソ連/ロシアと欧州の資源外交が安定的に行われていた背景には、両者の相互依存関係があったことがよく知られる。一方で、安定的で多様なエネルギー供給を確保しようとする欧州の利害があり、他方で、国際的に孤立し、経済的な困難を抱えた1980年代以降のソ連、そして1990年代のロシアにとって、大規模なエネルギー消費地である欧州にガスを供給することで安定した外貨獲得を見込むことが出来、また、LNG設備や輸出のための港湾整備が整わないソ連/ロシアにとっては、地上のパイプラインでガスを供給できる欧州は理想的なパートナーであった。さらに、欧州からの積極的なインフラ投資や技術移転によって、技術輸出管理の制限に直面していたロシアにとっては渡りに船でもあり、それはロシア時代になっても変わらなかった。

このような関係が一変するのがプーチン大統領の就任と「強いロシア」の再構築という国家イメージの高揚であった。すでに論じてきたように、2005年のオレンジ革命によって反ロシアを標榜するユーシェンコがウクライナの大統領になったことで、ロシアは露骨にウクライナに圧力をかけ、天然ガスの供給を武器にして反ロシア路線を変更させようとした。それは結果的に、ロシアとの良好なパートナー関係を築いてきた欧州にも波及する問題となり、欧州も利害を共有する問題となってしまったのである。

ここで、ロシアと欧州の間のパイプラインの経路を見ておく必要がある。下の図1は主要なロシアと欧州を結ぶパイプラインの概略図である。

図1.欧州―ロシア間ガスパイプライン (出典)Economist,July16th,2009http://www.economist.com/node/14041672
図1.欧州―ロシア間ガスパイプライン
(出典)Economist,July16th,2009 http://www.economist.com/node/14041672

ここから明らかなように、現在、ロシアからの天然ガスはYamalとBrotherhood、Soyuzと呼ばれるパイプラインを通って欧州に供給されており、いずれもベラルーシやウクライナを経由する形になっている。

これに対し、欧州は、ロシアとの関係が不安定になりやすいウクライナやベラルーシを経由せず、ロシアやカスピ海沿岸から直接ガスの供給を受けるようなパイプラインの建設が進められている。これらの新たなパイプライン計画を巡って、様々な駆け引きが行われており、それが現在の欧州の資源外交の中心的な課題となっている。

主要な駆け引きの舞台は北と南で展開されている。北はNord Streamと呼ばれるバルト海の海底に敷設される、ロシアのガスプロムの子会社によって建設されているパイプラインである。これは、本来経由国となるはずのエストニアやポーランドをバイパスし、ロシア領内から直接ドイツに天然ガスを供給するものであり、経由国としての便益を受けるはずのバルト三国やポーランドはNord Streamの建設に反対の姿勢を表明している。そのため、ガスプロムは2005年に首相の座を退いたシュレーダーを重役として招き、欧州域内でのロビイングで影響力を発揮することを期待している。その効果もあり、Nord Streamの計画は順調に進められているが、EU全体が支援するプロジェクトとしては認められておらず、ガスプロムが期待しているEUからの資金援助が得られないという問題が起きている。

もう一つの舞台はやや複雑である。ここでは主要な提案が三つ錯綜しており、それらを巡る経由国の争いが激しい。ロシアが中心となって建設しようとしているのがNord Streamの姉妹版であるSouth Streamであり、黒海のロシア沿岸からウクライナをバイパスしてブルガリアに接続し、そこから欧州に天然ガスを供給するルートである。これに対して、EUが当初提案していたのがWhite Streamと呼ばれる、グルジアのトリビシからクリミア半島を経由し、ルーマニアに接続するルートであった。

この提案のポイントは、ロシアを供給国とせず、カスピ海沿岸のアゼルバイジャンから直接欧州に接続するルートを確保し、供給国の多様化が可能となる点にあった。しかし、このルートはロシアとの関係が良好ではないグルジアやウクライナを経由するため、天然ガス供給の不安定化のリスクがあるとして、十分な支持を得られていない。

逆に、現在のEUが積極的に進めようとしているのがナブッコ(Nabucco)ルートである。これはイラクのクルド人自治区からトルコを経由し、ブルガリアから欧州に接続するルートである。これは中東諸国からの天然ガスも、またカスピ海沿岸からの天然ガス田にも接続しており、ロシアからのガス供給が止まったとしても、供給国の多様化によってリスクを回避できるという利点がある。また、ナブッコはイタリア-トルコ-ギリシャ接続ルート(Italy-Turkey-Greece Interconnector:ITGI)やアドリア海横断パイプライン(Trans Adriatic Pipeline:TAP)にも接続し、ギリシャ、アルバニアを経由してイタリアに接続するルートにも貢献する。このナブッコを軸とするルートはEUによって支援されており、シュレーダー政権の外務大臣であったフィッシャーが顧問を務めるなど、欧州の中でも最も存在感と期待が大きい。

しかし、このナブッコルートも必ずしも安定しているとは言い切れない問題がある。それは供給国となるアゼルバイジャンやカスピ海の逆の沿岸にあるトルクメニスタンにおける政情不安の問題である。これらの国々ではエネルギー価格の高騰により、急速な経済成長を遂げているが、同時にその経済成長が独裁政権を支えており、天然ガスの市場が変化することによって、これらの国々がロシア同様、ガスを交渉材料とした外交政策を展開する可能性もあるからである。

そのため、EUは欧州近隣政策(European Neighborhood Policy:ENP)を展開し、これらの国々との良好な関係を維持しつつ、「エネルギー憲章条約」や「エネルギー共同体条約」に基づく、エネルギー自由貿易と規制の標準化を武器に、安定したエネルギー供給を確保しようとしている。

5.「資源外交」の搦手作戦:北アフリカ

しかしながら、2011年5月に出された、新たな欧州近隣政策の政策方針では、このエネルギーの問題がすっかり抜け落ちる状況となった[*16]。それは、中東・北アフリカで起こった「アラブの春」に起因している。2011年1月のチュニジアから始まった、民主化を求める大衆運動は、中東・北アフリカ諸国の独裁政権を揺るがし、これまで安定的にエネルギーを供給してきた国々、とりわけ欧州にとって重要であるリビアにおける資源外交のあり方に疑問を投げかける結果となったからである。

これまで欧州は2003年のリビアの核放棄をきっかけにエネルギー供給国としてのリビアとの関係を深めており、間接的にリビアのカダフィ政権を支える形となっていた[*17]。しかし、そうしたカダフィ政権との蜜月の関係が、結果的にチュニジアの「ジャスミン革命」に刺激されて巻き起こった民主化要求運動を抑圧する側の片棒を担ぐ結果となってしまい、民主主義や人権を外交政策の中核とするEUの価値観と大きく矛盾する結果となっていることが明らかとなった。

そのため、英仏は、その他の政治的思惑も含め、積極的に反政府勢力を支援し、これまでのカダフィ政権を間接的に支援してきた過去を否定するかのように反政府勢力の国家承認といった外交的支援だけでなく、NATOを通じた軍事的支援にまで乗り出し、国連安保理決議の枠を超える形でカダフィ政権への攻撃を強めている。EUの欧州近隣政策も、そうした流れを受けて、中東・北アフリカにおける民主主義運動を支援するとともに、これまで資源外交の枠組みの中で独裁政権を支援することを容認してきた過去を見直し、民主化運動がどのような結果になろうとも、EUの外交政策の中軸には民主主義と人権の擁護を据えるという姿勢を明確にしたのである。

この政策転換が資源外交という観点から見て、どのような結果を生み出すのかは定かではない。場合によっては民主化運動の結果、イスラム原理主義的な立場を取る政権が生まれるリスクもあり、その場合、欧州との安定した関係を築くことが出来るという保証はない。また、リビアのケースのように、戦闘員として訓練されていない市民が武器を取って独裁政権と内戦状態になると、容易に決着がつかず、多数の死傷者を生み出すという問題も出てくる。さらに、すでに北アフリカから多数の難民がボートで地中海を横断し、イタリアやマルタに漂着しており、こうした移民をどう受け入れるのかという問題について、EUは混乱した状況にある。

チュニジアからの難民を受け入れたイタリアは、EU域内を自由に移動できるシェンゲン協定の加盟国であり、難民のイタリア国内での移動の自由を認めると、彼らは自由にシェンゲン協定の加盟国に移動することが出来る。チュニジアからの難民の多くはフランスに移住することを希望していたため、フランスは一時的にイタリアからの人の移動に制限をかけたことで、シェンゲン協定に違反しているとしてイタリアと険悪な関係になった。

このように、中東・北アフリカにおける民主化運動が欧州に及ぼす影響は大きく、まだこの運動が収束していないため、今後の展開を予測することは難しいが、資源外交という観点から見ると、もうひとつの側面が見えてくる。それは、化石燃料の供給国としての中東・北アフリカというだけでなく、再生可能エネルギーの供給国としての中東・北アフリカという関係である。

それを体現しているプロジェクトがDesertecである。このDesertecはドイツのジーメンスやRWE、ドイツ銀行などで構成されるDesertec Industrial Initiative Consortiumが主導し、EUが支援する(ちなみに欧州委員会のエッティンガーエネルギー担当委員はドイツ出身)プロジェクトで、チュニジア、モロッコ、アルジェリア(いわゆるマグレブ諸国)の砂漠地帯に太陽光発電の設備を大規模に整備し、そこから欧州に電力を供給するというものである。このプロジェクトも政治的な安定性、とりわけ設備が大規模であるだけに、政情不安から内戦状況に陥った場合や、イスラム原理主義のテロが起きた場合などはテロの標的となりやすい死活的なインフラであるため、リスクが大きくなる。

そのため、欧州にとって、今後の中東・北アフリカに対する資源外交の基本的な路線としては、一方で民主主義と人権の擁護を推進するという立場を明確にしつつ、同時に、この地域における政治的安定を目指すという二つの大きな目標を達成しなければならない。

しかしながら、ここでEU特有の問題に直面することとなる。それは、中東・北アフリカのエネルギーに依存していない北ヨーロッパ(イギリスや北欧諸国)は一般的に前者の民主主義的価値の推進を強調するのに対し、これらの地域に強く依存しているイタリアやフランスなどは政治的安定とエネルギー供給の安定を優先しがちである、という問題である。現時点では、EUが一体となって民主主義的価値の実現という方向に向かっているが、今後、中東・北アフリカ地域が一定の安定を見せた後、どのような政治勢力が支配的になるかによって、この違いが出てくる可能性がある。これはEUの資源外交にとって大きな足かせとなり、これまで見てきたような加盟国間の対立によってEUが統一的な政策をとれないような状況が生まれる可能性もある。

さらに、本報告の対象からは若干離れるが、アフリカ大陸との関係で大きな問題を抱えるのは、欧州の原子力発電に不可欠なウランの供給を巡る問題である。欧州が使用するウランのほとんどはアフリカ大陸、特に旧フランス植民地であるニジェールから供給されているが、日本の福島第一原発の事故を受けて欧州の原子力政策が多いに揺らいでいる。そのため、欧州の原子力を支えるウランの供給に関する資源外交のあり方にも変化が生まれる可能性がある。というのも、アフリカ大陸でウランを産出する国々では、現在、アルカイダ系のイスラム原理主義テロ集団が成長しており、しばしば原子力産業の関係者を誘拐する等の事件を起こしている。欧州の資源外交という観点から見ると、ウランの安定供給についても、様々な問題を内包しており、そのうえ、欧州の原子力政策自身が各国ごとに大きく異なる方向を向いているため、統一的な政策を展開できるのか、疑問は尽きない。

[*16]European Commission, “A new and ambitious European Neighbourhood Policy”, Brussels, 25 May 2011, IP/11/643

[*17]このような資源国が独裁政権や内戦によって貧困状態にあり、それを先進国が支える構造は Resource curse(資源の呪い)と呼ばれている。代表的な研究として Macartan Humphreys, Jeffrey D. Sachs, Joseph E. Stiglitz (eds). Escaping the Resource Curse. Columbia University Press, 2007 を参照。

まとめ

本稿では、EUの資源外交をめぐる政策的な展開と、近年の欧州のエネルギー事情やエネルギー供給国における変化への対応を見てきたが、ここから欧州における資源外交とはどのようなものなのかをまとめてみたい。

第一に、欧州における資源外交とは、加盟国が独自に展開するエネルギーの安定供給戦略があり、その基本には各国のエネルギー政策の差異の大きさがある。化石燃料一つとっても、北海油田にアクセスのあるノルウェー(EU加盟国ではない)やイギリス、オランダなどの立場と、そのアクセスがない国々では異なり、また、天然ガスをロシアから輸入しているドイツやオーストリア、ギリシャ、中東欧諸国とその他の国々では対応が大きく異なる。さらに、パイプラインの敷設計画に伴って、自国へのエネルギー供給を安定化させ、価格を下げていくためにも、パイプラインのルートを巡って各国が激しく駆け引きを行っている。

また、原子力政策では、福島第一原発の事故をきっかけにドイツが脱原発路線に政策転換し、イタリアも停止していた原発を再稼働させるための国民投票で脱原発路線を明らかにした。ドイツやイタリアに加え、これまで原子力発電を否定してきたオーストリアや原発をもたないポルトガルやアイルランドなどは原子力の利用そのものに反対している。逆に原発に依存するフランスやイギリス、中東欧諸国は、それでも積極的な原子力利用の推進を掲げている(図2参照)。このように、各国のエネルギー政策が大きく異なっており、エネルギー政策が統一されない中で、統一的な資源外交を展開することは、極めて困難であろう。

図2.欧州各国の原子力発電所 (出典)DieSpiegel,April11th,2011http://www.spiegel.de/international/business/bild-756251-199568.html
図2.欧州各国の原子力発電所
(出典)DieSpiegel,April11th,2011 http://www.spiegel.de/international/business/bild-756251-199568.html

したがって、第二に、EUが展開する資源外交は、主として資源供給国との間のルール作りが中心となる。エネルギー憲章条約やエネルギー共同体条約といった、自由貿易ルールを基礎として、EUに権限が与えられている通商分野や規制の分野でのアプローチが中心となっている。これは、各国のエネルギー戦略を潤滑に進める上での戦略的・制度的インフラを提供し、その点ではEUの資源外交の一つの成果として見ることが出来るであろう。

第三に、EUの資源外交の対象はEU域内にも向けられる。域外の国の資源に対する依存度を減らすためには、域内の需要を減らすことも一つの資源外交である。つまり、EUが権限をもつ環境政策と、グローバルな環境政策におけるリーダーシップを一つの資源外交の軸として定め、域内で化石燃料に依存しない再生可能エネルギーの利用を促進し、その技術的な優位性を確立したうえで、域外に対して気候変動枠組条約などを通じた働きかけを行っていくことで、資源との取引を進めるという複雑な戦略を展開している。これが典型的に現れるのがEU域内で展開する排出権取引を域外に適用するカーボン・クレジットの戦略であり、また、Desertecのように、域外国での再生可能エネルギー技術の移転と、それによるエネルギー供給の確保である。これは通常使われる「資源外交」のイメージとは遠く感じるものであるが、EUが展開する資源外交のツールとしては重要な意味をもつ。

このように、EUにおける資源外交は、加盟国レベルの外交とEUレベルの外交という戦略的矛盾を抱えながらも、EUが持っている制度的権限をフルに活用し、京都議定書のようなグローバルな制度やカーボン・クレジット、さらにはWTOルールなどの制度的な資源を活用した資源外交を展開している。また、1970年代のIEAの設立に見られるように、エネルギーの一大消費地としてのバーゲニング・パワーを活用し、安定的なエネルギー供給を実現しようとしている。

このような努力の結果、EUは一歩ずつ資源外交のアクターとしての能力を高めつつあるが、しかしながら、最終的な決定権限が加盟国にあり、交渉相手(とりわけロシア)がEU加盟国の間のエネルギー政策の差異に付け込んで、EUではなく加盟国と直接交渉をするようになると、EUの結束が乱れ、統一的な資源外交を展開することが困難となる。

ゆえに、EUがこれから資源外交を展開し、中国やインドなどの巨大なエネルギー消費国との競争が激しくなってくる中で存在感を示すためには、加盟国のレベルでのエネルギー政策の調和と、EUに対する資源外交の権限の移譲が不可欠となってくるであろう。加盟国が自国の利害だけを守ろうとすれば、エネルギー供給国に付け入る隙を見せることとなり、欧州全体のエネルギー安全保障を確保することが出来なくなる。福島第一原発の事故をきっかけに欧州各国がエネルギー政策を見直す中で、単に原子力の問題だけでなく、欧州の資源外交をも含む政策の展開が出来るようになれば、EUもグローバルな舞台で資源外交の重要なプレーヤーとしての存在感を増すことが出来るだろう。

プロフィール

鈴木一人国際政治経済学、EU研究

国連安保理イラン制裁委員会専門家パネルメンバー。北海道大学大学院公共政策学連携研究部付属公共政策学研究センター教授(法学部・法学研究科・兼務)、休職中。立命館大学国際関係学部(飛び級のため 中途退学)。立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。著書に『EUの規制力(共著)』(日本経済評論社)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)など。

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