2015.10.05

自然水系へのEM投入から「環境教育」を考える

片瀬久美子 サイエンスライター

科学 #疑似科学#em#環境教育

「環境教育」は、自然環境保護の大切さを教えるのが目的の1つです。しかし、環境を保護したり、環境悪化を解決したりする方策として、残念ながら迷走した活動がその中で行われてしまうことがあります。

本来、自然環境はそこに生息する様々な生物による複雑で絶妙なバランスによって保たれています。例えば、河川の水に含まれる有機物などの栄養分(生物の死骸も含む)を食べる微生物がいて、その微生物を食べるプランクトンなどがいて、それを食べる昆虫や魚などがいて…といった形の食物連鎖が形成されています。

そのバランスが保たれていれば水中の酸素量や栄養成分量などは一定の範囲の変動に保たれ、多少の環境変化にも水質は安定していられます。しかし、一度大きく崩れてしまうと、簡単には回復できなくなってしまうのです。

また、外来生物の流入により、在来生物の生息が脅かされて減少・絶滅することで、生物全体としての多様性が失われてしまう問題もあります。外国産の生物が国内に入り込む他に、同じ国内でも、ある地域の種が別の地域に新たに入り込むことにより、その地域の固有種が失われてしまう場合もあります。

過去に問題となった例としては、その地域の固有種とは異なるホタルやメダカ、ヨシなどが放流や移植されたケースなどがありました。

最近では水質浄化を目的として、EM(有用微生物群)という、沖縄で開発された微生物資材(EMは商標登録された製品名)を培養した液やEMで発酵させたボカシ(有機肥料の一種)を土に混ぜ込んで丸めた『EM団子』やEMの培養液である『EM活性液』を大量に河川や海に投入する活動が盛んに宣伝され広められています。EMを自然水系に投入する活動は、一部の小中学校の「環境教育」の中でも行われており、新聞やTVにもその様子が何度も取り上げられています。しかしながら、善意で行われているこうした活動について、本稿も参考にして頂けたらと思います。

水質悪化のしくみ

河川や海などの水質が悪化しているのは、流れ込む生活排水や肥料成分を含む農業排水などの増加によって、有機物を含む汚れが多くなったことが主な原因と考えられます。水中の汚れを分解するのに大きな役割を持つのは微生物です。この微生物にも様々な種類があり、その環境に適している種類が組み合わさって微生物のネットワークが構成されています。

こうしたネットワークを構成している在来菌は目に見えないこともあり忘れられがちですが、わざわざ外部から導入しなくても、元々その環境に存在しているのです。

微生物が有機物を環境に無害な物質にまで分解するには酸素が必要です。有機物の濃度が高くなり、微生物による有機物の分解に必要な水中の酸素の供給が追いつかなくなると酸素不足となって分解を担当する微生物の活動が落ちてしまいます。

そうなると、水質がどんどん変わっていき、それに連鎖して様々な生物のバランスに変化が起きて、これまで生息していた生物の多くが結果として住めなくなっていきます。分解されずに残った有機物が増えると、水を濁らせたり、ヘドロとなって水底に溜まり腐敗臭を発したりと、環境が悪化していきます。

EM団子は効率的に有機物を分解できるか?

自然水系へのEM団子の投入を推進しようとする団体は、EM団子は有用微生物が密集した基地となってヘドロ等を分解すると説明しています。(注1)

(注1)『健康生活宣言』vol.23(2014年)

つまりEM団子を「微生物基地」と見立てており、これは一種のバイオリアクターであると言えます。バイオリアクターとは生体触媒(酵素など)を利用して物質の合成・分解などの生化学反応を行う装置のことで、目的の酵素を生産する微生物をそのまま利用する場合もあります。私は企業で研究員をしていた時に、微生物を利用したバイオリアクターの開発にも携わっていましたので、こうした分野についてもいくらかの知識があります。

結論から言うと、EM団子は、一種のバイオリアクターとして見た「微生物基地」としてはとても非効率的です。

EMに含まれる微生物を泥団子に閉じ込めてしまうと、微生物と有機物を含む水やヘドロとの接触面積が少なくなります。団子の中に分解したい物質が出入りしなければ分解反応は効率よく起こりません。工業的にバイオリアクターで使用される「微生物を混ぜ込んで固定化する担体」の多くは、反応させたい物質との接触面積が大きくなるように粒径を小さくするか、もしくは担体内部にも物質の出入りができる小さな穴を適度に設ける(多孔質化)などをして、微生物と反応させたい物質が効率良く接触できるようにする工夫がされています。しかし、泥と一緒に手で固めただけのEM団子は粒径が大きい上にその様な構造はありません。

EM団子の表面に出ている微生物が働けば良いという考え方もできますが、表面に付着した微生物は、物理的に固定化されているのではないので周囲の水によって流れていってしまうでしょう。泥団子なので表面が水によって削れたら内部に隠れていた微生物が新たに表面に出てそれが働くと考えても、結局団子自体がどんどん小さくなり崩壊していきます。

また、団子に含まれている有機物も流れ出して水質悪化の原因ともなります。EM団子には、目的とする物質の分解効率の他にも、効果の持続性、環境汚染の懸念など、多くの問題点があります。

「環境教育」のはずが、本末転倒に

そもそも、元々その環境に生息していなかった微生物群を、汚れた河川などに投入することで水質改善ができるのでしょうか?

EMを投入することで、一時的に微生物の量が増えて有機物の分解は進むかも知れませんが、元々の汚れの原因が解決していなければ、また有機物の分解に酸素が多く消費されて酸素不足が進み、酸素を必要とする微生物の活性が落ち、有機物の分解継続は難しくなって水質改善は頭打ちになります。さらにEM団子やEM培養液に含まれていた有機物と、EMに含まれていた微生物の死骸も新たな有機物の汚れとして加わります。

EM菌には自然界には一般的に起こらない「有用発酵分解」なる作用によって環境負荷を下げると解説されていますが(注1)、酸素を消費せずに有機物をある程度まで分解する微生物は自然界にも存在しています。

問題の本質は、有機物等が過剰となっている環境下で様々な働きを持つ微生物が連携しあって水質を元に戻すことが困難な状況になっている事であり、そこに新たな微生物(EM)を入れてもその状況が簡単に変わるとは思えません。

実例として、北海道の函館近郊にある大沼の水質改善に取り組んでいる市民団体が試験沼でEM投入の効果を試しましたが、EMを投入し続けても水質の指標は途中から頭打ちとなり期待したほどの効果は出ませんでした。取材に応じて頂いた代表者によると、この団体はEMを直接大沼に投入するのは断念し、2011年からは別の対策方法の検討に切り替えています。(函館新聞による関係記事)(注2)【左記文章の削除について】

(注2) 函館新聞:大沼の水質浄化「小さな泡」有効 (2011年10月18日)

【左記文章の削除について】私は当該市民団体の会長から、EM投入は(予備実験として)それなりの効果は出ていたけれども、問題の1つとして、この方法だと時間がかかりそうなので、即効性が期待されるマイクロナノバブルによる方法の検討に切り替えたのが理由としてあるとの説明を受けていました。EM投入だと効果がでるのに時間がかかるというのを、「EMを投入し続けても水質の指標は途中から頭打ちとなり期待したほどの効果は出なかった」という意味だと理解しておりました。よって、「実例として、」からの部分を削除いたします。

なお、この記事で「試験沼」としたものは、「大沼の環境を模した実験系」という意味で厳密に使っており、大沼自体へのEM投入とは区別していることを申し添えます。

2018.11.2 追記

市民団体の副会長からEM菌を投入した予備実験となる実施例として資料を渡されていたのは、黒松内町にある「ブナの森公園の小池」であり、大沼近くではありません。また、「ブナの森公園の小池」へのEM菌投入は市民団体の副会長が団体の発足前に実施したものであり、当該市民団体としての活動ではありません。

北海道の函館近郊にある大沼の水質改善に取り組んでいる市民団体(大沼水質改善研究会)の事例を紹介します。この研究会の発足時にはEM菌投入が計画されておりましたが、大沼に流れ込む河川への投入を含めて全て計画段階で中止されました。その理由として環境保全の観点から外来微生物の投入は止めるべきであるし、EMを構成する微生物の種類が全て明かされておらず、大沼という開放系で不明な微生物が混ざった微生物資材を使うことで何が起きるか保証ができないとして反対する意見が会員から出され、同研究会で議論された結論として計画を中止してEM菌投入はしない事になりました。この研究会では水質改善として在来の菌を活性化させる方向が望ましいと方針を変え、新たな対策として水中に不足している酸素を供給できる細かい空気を送り込む装置により酸素濃度を高めた水を投入して試験したところ、元々沼に生息していた好気性菌(活動に酸素を必要とする菌)が活性化して水質が有意に改善されました。

(一時的にでも)EM投入によって水質が良くなるとしても、環境保全の観点から考えてみると、さらに問題が出てきます。元々その環境にはいなかったEMに含まれる微生物が在来の微生物と混在するのは望ましい状態と言えるでしょうか。

もし、在来の微生物がEMとの競合に負けて姿を消してしまえば、本来の環境保全とは言えなくなります。顕微鏡を使わないと目に見えず、普段はその存在に気が付きにくいのですが、微生物達も環境の生態系を構成している立派なメンバーです。

元々その環境に住んでいた在来の微生物の復活についても気にかけることは大切でしょう(微生物を増やすのにEMを入れてしまえば良いと考えるのは、魚を増やすのに外来魚を入れたら良いと考えるのと、あまり差はないかもしれません)。人の肉眼で見える範囲だけが生態系ではありません。

外来微生物であるEMを投入して解決しようとするのは、本来そこにあった複雑な生態系の事を忘れた安易な考え方であると思います。環境の回復には、まず根本的な原因となっている河川等に流入する汚水を減らす必要があります。一旦、生態系のバランスが崩れてしまうと、元の環境に戻すのは本当に大変なのです。

環境教育はこうしたことをきちんと教え、「EMを投入すれば水が綺麗になって万事解決!」の様な、安易な解決策の提示で終わってはいけないと考えます。○○さえあれば、自然環境が汚れても挽回できるという短絡思考になってしまえば、環境を汚さない様に気を付ける気持ちが薄らいで本末転倒になってしまうからです。

公的研究機関による、自然水系へのEM投入の評価

EMについては、複数の公的研究機関から河川や海への投入に否定的な見解が出されていますが、肯定的な見解を出しているものは私が調べた範囲では見つかりません。

河川や湖、海などの自然水系に微生物資材を投入する問題性については、福島県生活環境部水・大気環境課が作成した『微生物資材の水環境中での利用に関するQ&A』(注3)に分かり易くまとめられています。

(注3)『微生物資材の水環境中での利用に関するQ&A』(福島県生活環境部水・大気環境課)

このQ&Aの一部を紹介します。

k-1

k-2

「環境教育」としての授業内容を見直す学校も

2012年7月に朝日新聞にEMを川の水質浄化に用いる環境教育が青森県内の学校に広がっているとして問題提起をする記事が掲載されました。(注4)これを契機に、保護者の間でも話題となりEMを使う授業をしていた小中学校の中にも見直しの機運が生まれました。

(注4) 朝日新聞:EM菌効果の「疑問」、検証せぬまま授業 「水質浄化」の環境教育(2012年7月3日)

青森市内のある中学校では、数代前の校長時代にEMを使った授業が導入されましたが、2011年に赴任してきた校長により、漫然として継続されている行事の見直しが始められ、EMを使った授業も、ゆとり教育の撤廃に伴う見直し対象となっていました。

私は当時中学生の子を持つ親でもあり、この件に興味を持ったことからその校長先生と取材を兼ねて意見交換をさせて頂きました。EMを推進する立場の人達もその学校を訪れて校長先生と何度か面談したようです。

様々な意見を参考にした上で、その校長先生はEMを使った授業の指導を担当していた教員と、EMの培養に米のとぎ汁を提供して長年協力してきた保護者の了解を得て、総合学習でのEMを使った環境教育の廃止を決定しました。廃止の理由は、(1) 効果の検証が不確かである、(2) 総合学習の内容をキャリア教育に移行する、というものでした。

やはり、「効果の検証が不確かである」という事が、授業を継続するかどうかの判断として大きなポイントとなった様です。同様に、ゆとり教育の撤廃を契機に「環境授業」の内容を見直しする小中学校は他にも出てきています。EM批判記事が出たのは丁度よい機会だったのかもしれません。

公的機関の専門家の意見も参考に

EMも微生物資材として効果が期待出来る範囲で上手に利用すれば良いと思いますが、よく調べてから使わないと、効果が無いばかりか逆に何らかの害を及ぼしてしまう可能性があります。

これは、環境活動でよく利用されるケナフ(アフリカ原産の植物)等でも同様な指摘がされています。(注5)環境に良かれと願っての「善意」からであっても、それが正しい方法であるとは限りません。

(注5)『ちょっと待ってケナフ!これでいいのビオトープ?』(上赤博文著 地人書館)

特に学校や自治体は、地域住民との良好な関係を保っていくために、善意からの申し出を断り難いという事情もあると思います。しかし、その手段に対して問題指摘がされていないか、学校の授業や自治体の行事などに採用する前によく調べて検討する慎重さも必要でしょう。

その分野について詳しい、大学や公的研究機関の複数の専門家に相談してアドバイスをもらうのも判断の助けとなります。授業で検証実験をする場合も、適切な対照実験を組み込むなどの工夫が必要ですし、最後の考察では先入観に影響された解釈を避けることも大事です。

できるだけ科学的な思考訓練を受けた人に指導に加わってもらうのが望ましいですし、こうした側面からもバックグラウンドのしっかりとした専門家のアドバイスを受けることは大きな助けになると思います。

※本稿は、WEBRONZAに「環境教育と善意のEM投入」という題で書いた寄稿記事をベースに、大幅に加筆修正をしたものです。

http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2013071200007.html

http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2013071200008.html

プロフィール

片瀬久美子サイエンスライター

1964年生まれ。京都大学大学院理学研究科修了。博士(理学)。専門は細胞分子生物学。企業の研究員として、バイオ系の技術開発、機器分析による構造解析の仕事も経験。著書に『放射性物質をめぐるあやしい情報と不安に付け込む人たち』(光文社新書:もうダマされないための「科学」講義 収録)、『あなたの隣のニセ科学』(JOURNAL of the JAPAN SKEPTICS Vol.21)など。

この執筆者の記事