2019.07.29

精神科の選び方1――治療ガイドラインと比較する

井出草平 社会学

科学

精神科の選び方について相談をされることが度々あるので、ここで一度、まとめてみたい。精神科選びはユーザーにはかなり重要な情報であるし、ニーズもあるようなので、チャレンジしてみたい。

とにかく精神科選びは難しい。

「こんな精神科医がよい」という趣旨の文章は、書籍やネットニュースなどで読んだりできる。だが、個人的には、納得のいくものを今のところ読んだことはない。それらの文章は重要な事柄を述べていたとしても、あまりにも単純化しすぎていると思うのだ。

精神科の治療方法が内科とは異なる点も大きい。一般的な内科の投薬モデルは、診断によって病気が明らかになれば、それに対して薬剤を投与すると効果があるというものだ。だが、精神科の投薬モデルは、「うつ病」というものがわかっても、効果のある抗うつ薬もあれば、効果がまったくない抗うつ薬もある。

また、一般的に悪手とされているものでも、会心の一手であることも稀ではない。

専門性という意味では、精神科医が精神科医選びを指南するのが一番だろう。しかし、精神科医は精神科医の選び方について、あまり積極的に発言しない。理由はいくつか推測できる。

1.医師だと治療上の責任が生じる。つまり一般論しか述べられない。

2.主治医への批判につながることは治療的ではない。

3.同業への批判は控えたい。あまり乗り気にはなれない。

理由はこの3つくらいだと思う。とくに1番目の理由がもっとも大きいという印象を持つ。

精神科医と患者の関係で考えるべきなのは3点である。

1.精神科医の力量

2.精神科医と患者の人間的相性(コミュニケーション)

3.患者の治療意欲

今回は1の精神科医の力量を中心に書いていきたい。

精神科選びというと、精神科医の力量ばかりが問われているように感じる。しばしばヤブ医者を批判するようなかたちの文章もあるが、患者側にも治らない原因はいくつもある。患者については後ほど書く予定である。

精神科にかぎらず、どの仕事・業界でも、上手/下手、できる/できない人はいる。精神科医にも有能な人と無能な人がいるのは事実である。本稿ではその見分け方について考えてみたい。まず、その方法の一つとして、治療ガイドラインを読むという方法について書きたいと思う。代表的なうつ病(大うつ病性障害)を例にとって説明するが、必要に応じて疾患を読み替えいただきたい。

1.治療ガイドラインを読む

主治医の治療の適切性を判断するもっとも確実な方法は、患者自身が治療ガイドラインを読むことである。日本では、Mindsガイドラインライブラリに治療ガイドラインが集約されている。

・Mindsガイドラインライブラリ https://minds.jcqhc.or.jp/

治療ガイドラインに書いてある方法を理解し、自身の治療がガイドラインに沿って行われているかを確認する。もし、治療法がガイドラインに沿っていないならば、主治医に理由を尋ねる。

そこで怒りを表す医師や、治療ガイドラインとの治療法の違いを説明できない医師は、力量が低いと見てよい。治療ガイドラインを読んでいないという医師も、避けた方が良いだろう。

治療ガイドラインは学会の主張が書かれいるものではない。日本を含め多くの国で常に治療の研究が行われており、その結果が読みやすいようにまとめられているものである。したがって、多くの科学的エビデンスをもとに治療ガイドラインは記述されている。

治療ガイドラインは医師側にとっても非常に強力なツールである。科学的根拠があるということも大きな利点であるし、たとえ1年目の医師でも、読みこなせば医師として十分なパフォーマンスが出せるという点がよい。1年目の医師は頼りないと思う人がいるかもしれないが、治療ガイドライン通りに治療を行えば、悪くはない結果が出るはずである。

2.治療ガイドラインを用いた精神科選び

治療ガイドラインやエビデンスに伴った臨床研究が読めるようになるまでは、医師は指導医や先輩のやっている方法を真似て医療行為をしていた。しかし、エビデンスの登場によって、治療の及第点は誰でも出せるようになり、医療の底上げが可能になった。

そうしたなか、問題になるのは、いまだに旧来の指導医などの方法を真似て治療を行っている精神科医たちだ。ベテラン医師に多いように思うが、治療ガイドラインのレベルのことすら把握できていない医師は意外に多いように思う。

いくら経験を積んでいようが、治療ガイドラインに書いていること「すら」理解できていない医師は、ガイドラインを理解している1年目の医師に劣っていると考えた方がよい。

誤解のないように言っておくと、治療ガイドライン通りの治療が、その患者にもっとも適切なものとは限らないということだ。 治療ガイドラインはいわば平均的な治療法であり、誰にでも有効だとは限らない。また、理想的な治療法でもあっても、現実は理想通りいかないものである。ガイドラインに則さない治療でも、有効な治療は多いということだ。

優秀な医師というのは、ガイドラインの内容はそもそも初級的な知識として知った上で、それよりも難しい難治性(治療抵抗性)の精神疾患に対応できる医師のことである。

したがって、治療ガイドライン通りの治療がされていない場合、2つの可能性があるということになる。一つは優秀な医師である場合。もう一つは治療ガイドラインを読まず、低レベルの治療をしている医師である。

その場合には、精神科医本人に治療ガイドラインから逸れた治療をする理由を聞いてみるのが一番良い。優秀な医師は合理的な説明を述べてくれるはずである。

3.治療ガイドラインを用いた方法の限界

治療ガイドラインを基準に治療法を患者が評価する方法は、精神医学に限らず他の疾患でも有用であり、良い方法だと思うのだが、欠点もある。 それは、治療ガイドラインは比較的難しい文章で書かれているといことだ。

治療ガイドラインが想定している読者は、医学的訓練を受けた医師である。したがって、専門用語や聞きなれない薬の名前などが登場する。医学の知識がなければ、読むのは難しいかもしれない。

もちろん、患者向けの冊子というのも作られてはいるが、自分の受けている治療が正しいかを判断できるまでの情報は載っていない。

やはり医師向けに書かれた治療ガイドラインを読む必要があるのだ。この方法を試す場合、薬の名前をネットで検索し続けることが必要である。聞きなれない言葉の大半は薬の名前だからだ。精神疾患の症状も登場するが、ネットで検索すれば、それなりの説明が見つかると思う。検索をしつつ、時間をかけて少しずつ読んでいけば、おそらく読めるはずである。

4.うつ病の治療ガイドライン

うつ病の治療ガイドラインはMindsには採録されていない。内情は知らないがMindsには精神医学系のガイドラインはあまり掲載されていない。自分の読みたいガイドラインがMindsにない場合にはネットを検索してほしい。また出版物として流通している場合もあるので、その場合には本屋で買って読むことになる。

うつ病に関しては、日本うつ病学会のホームページで、PDF形式で公開されている。

・気分障害の治療ガイドライン  https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/mood_disorder/index.html

もし、このガイドライン以上の知識が必要である場合には、モーズレイの処方ガイドラインがもっとも包括的である。日本語では第12版が翻訳されている。うつ病は上巻にあるので、上巻だけ買えばよいだろう。

・上巻  https://www.amazon.co.jp/dp/B06XYGCJ8X/

 ・下巻 https://www.amazon.co.jp/dp/B06XY8HBP2/

モーズレイの処方ガイドラインは精神科における投薬治療を包括的に説明しているため、うつ病以外の疾患も掲載されている。

もし英語が読める方であれば、最新の第13版を読むことができる。価格的にも英語の方が安い。ただ、12版と大きな差はないので、日本語でも問題はないと思う。

・英語版 https://www.amazon.co.jp/dp/B07D3GFQ36/

プロフィール

井出草平社会学

1980 年大阪生まれ。社会学。日本学術振興会特別研究員。大阪大学非常勤講師。大阪大学人間科学研究科課程単位取得退学。博士(人間科学)。大阪府子ども若者自立支援事業専門委員。著書に『ひきこもりの 社会学』(世界思想社)、共著に 『日本の難題をかたづけよう 経済、政治、教育、社会保障、エネルギー』(光文社)。2010年度より大阪府のひきこもり支援事業に関わる。

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