2013.05.22

宇宙飛行士の健康を管理する「宇宙医学」とは?

立花正一 宇宙医学 / 航空医学

科学 #JAXA#宇宙医学

多くの人が固唾を飲んで見守った探査機・はやぶさの帰還。昨年11月に、国際宇宙ステーションから帰還した星出彰彦氏。あるいはテレビアニメや実写映画化され人気を博している漫画『宇宙兄弟』。宇宙の話題が身近なものとして感じるようになりつつも、実際に宇宙でなにが行われているのかは知られていないのではないだろうか。そこで、過去6度、日本人宇宙飛行士のフライトミッションにおける医学サポートを行った立花正一氏に、宇宙医学、宇宙飛行士はなにをしているかなど、宇宙飛行の現状についてお話をうかがった。(聞き手/出口優夏、構成/金子昂)

空の世界から宇宙の世界へ

―― 最初に立花さんが宇宙医学の研究をはじめられたきっかけをお聞かせください。

わたしは防衛医科大学出身です。防衛医大では卒業時に陸・海・空にわかれるのですが、卒業生の半分くらいは陸上自衛隊に行くんですよね。だから陸上自衛隊では変わったことはできない気がしたんです。海上自衛隊は制服がかっこいいんですけど、学生時代に見学に行ったら服装を整えるための時間がたいへんで(笑)。

太平洋戦争時代以前、日本には空軍がありませんでしたし、航空自衛隊には伝統に縛られない自由がある気がしてなんとなく航空自衛隊を選びました。そしたら初っ端な練習機に何度か乗せてもらって。「パイロットは日々こんなに楽しく飛んでいるんだ」って空の世界に魅せられ、パイロットたちの健康を管理する航空医学の勉強を始めました。それからずっと航空医学に携わっています。

アメリカに留学したとき、留学先が航空医学だけでなく、宇宙医学も教育していました。そのとき初めて宇宙医学の勉強を少ししました。1988年くらいかな、施設研修でNASAのジョンソン宇宙センター(ヒューストン)を訪問しました。そのとき、のちに日本人初の女性宇宙飛行士になる向井千秋さんがそこで訓練していたのですが、ばったり会いました。当時はNASAを訪れる日本人が珍しかった時代で、お互いに「なんでこんなところに?」って話になりました。

その後はずっと航空医学の研究を続けていましたが、いまお話したように宇宙医学を少しかじっていたこともあり、2003年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙医学研究開発室(現宇宙飛行士健康管理グループ)長として招かれ、本格的に宇宙とつき合うようになりました。これがわたしの宇宙医学に関わるようになった経緯です。

宇宙医学の課題とは?

―― 宇宙医学はどのようなことを研究されているのでしょうか?

無重力の宇宙では体を支える必要がないので下半身の筋肉が落ち、骨は細くなります。その対処法を考えることが宇宙医学の大きな課題のひとつですね。それから放射線。原発事故以降、「シーベルト」という言葉をよく耳にするようになりましたが、宇宙飛行士は大気圏外にでると、太陽が活発に活動しているときは1日に1ミリシーベルトほどの放射線を浴びます。国際宇宙ステーションは6ヶ月ほどの滞在ですから、180ミリシーベルトほど浴びることになるわけです。この問題も大きな研究課題です。

そして閉鎖環境への対処方法。長い間、宇宙船もしくは宇宙ステーションに滞在すると、南極の越冬隊の方々と同じような精神的ストレスを感じます。以上が、宇宙医学の今日的な主な課題です。

宇宙飛行士の身体検査・健康管理

―― いままでにいろいろなミッションに参加されていると思いますが、立花さんはどのようなかたちで関わっていらっしゃるのでしょうか。

宇宙飛行士はミッションに任命される前から、それぞれのメニューに従って毎日訓練しています。宇宙飛行士として選抜されるのは20代後半から30代前半。選抜時には厳しい身体検査を何回にも渡って実施します。選抜時には文句のない体でも、ミッションに任命されて打ち上がる頃には40代前後になっていて、身体的な問題がなにかしらでてしまう。わたしらはその問題を、ミッションに悪影響を及ぼさない程度に抑えるように早く見つけて対処するわけです。

また、たとえば宇宙に長期滞在するようなミッションの場合、その2年くらい前に宇宙飛行士を任命するので、無事にミッションに参加できるように、その間の身体検査や健康管理も継続的に行います。

幸いわたしが関わったJAXAの宇宙飛行士からは出ませんでしたが、アメリカやロシアでは、飛行士に心臓や脳に重大な問題が見つかり飛べなくなったケースもあります。そういった状態にならないようにする。ある意味では究極の予防医学・産業医学と言えるかもしれません。

以上が飛ぶ前の話。いよいよ飛び上がるとなると、わたしの過去の経験を話すと、わたしは健康管理責任者だったこともあって、打ち上げの一週間くらい前に発射台のあるフロリダ州ケネディ宇宙センターに現地入りしました。他に飛行士専属のフライトサージャン(いわば主治医)も派遣しているので、ケネディでその主治医と連絡を取りながら、一緒に打ち上げの前の最後の健康管理を行いました。

そしていざ打ち上がると、テキサス州ヒューストンのジョンソン宇宙センターに移動し、通信を介した遠隔医療を行いました。スペースシャトルの短期フライト(2週間程度)中は、ずっとヒューストンから支援し、帰還のときはまたケネディ宇宙センターに移動して、着陸を待ちました。帰還後の身体検査や健康管理を行うためです。

長期フライトミッション(4~6か月程度)となると、わたしがずっと現地にいるわけにもいきませんので、打ち上げ後は主治医をひとりヒューストンに残し日本に戻りました。宇宙センター内のミッションコントロール・ルームに詰める主治医は、スペースシャトルのような2週間くらいの短期ミッションは1日1回くらい、国際宇宙ステーションのような長期滞在の場合は1週間に1回ほど宇宙飛行士と交信します。なにか問題が発生したら、筑波宇宙センターに戻っているわたしのところに連絡がくる。長期ミッションの開始に備えて、筑波宇宙センター内にも、直接宇宙飛行士と交信できるテレビ会議システムを整備しました。

筑波宇宙センターからも、精神心理的な面談はこの装置を使って2週間に1回ほど交信を行って支援しました。わたしは精神科医でもあるので、宇宙飛行士の若田光一くんや野口聡一くんとのテレビ面談を、筑波から直接実施しました。

―― いままでに関わったミッションで、宇宙飛行士に精神的な問題を起きたことはありましたか?

いまのところ日本人の宇宙飛行士にはいません。ただソ連が打ち上げた宇宙ステーション・ミールの時代は、いろいろと問題が発生したと聞きますね。「シャトル・ミール計画」と言って、アメリカのスペースシャトルがミールにドッキングする計画があったのですが、アメリカ人の飛行士が大きなストレスを抱えていた事例があります。お客さん扱いをされて、「器材には絶対手を触れるな」と言われたことでストレスがたまってしまったんですね。これは『ドラゴンフライ』(ブライアン・バロウ著、筑摩書房から訳本あり)という本にも詳細が述べられています。

このような経験から、宇宙飛行士が宇宙に長期滞在するときにどのようなストレスを抱えるか研究が進みました。ですから現在の国際宇宙ステーションでは、5つの宇宙機関が共同で対処法を考え、精神心理面に関しても訓練が行われているので大きな問題は起こらなくなっています。ただ小さいのはありますよ。飛行士同士が口喧嘩して気まずくなったとか、地上のコントローラー(管制官)と気まずくなったとか。

地上と宇宙で薬の服薬量は変わらない?

―― 長期滞在の場合、体調を崩す宇宙飛行士もでてくるかと思います。宇宙と地上では、薬の服薬量に違いはあるのでしょうか?

いい指摘ですね。無重力状態で薬を飲んだ場合、地上と同じように薬が体を巡るのか(薬物動態)は、宇宙医学のひとつの研究課題なんです。ただ、いまのところは、地上と同じように効いているとされています。

いまでもいろいろと研究されているんですよ。たとえば、地上ではおじいちゃん、おばあちゃんが飲むことの多い骨粗鬆症の薬を若い ――といっても40代ですが―― 宇宙飛行士に飲んでもらって予防効果をみる研究が日米共同で行われています。じつはこの研究の参加者を募ったとき最初に手をあげてくれたのは若田光一くんなんですよね。最終的な結果はまだ発表されていませんが、中間段階ではいい成績がでています。

tachibana

エンジニアとしての宇宙飛行士

―― 宇宙飛行全般のお話をおうかがいしたいのですが、宇宙飛行士は飛行前、どのようなトレーニングをされているのでしょうか?

宇宙飛行士は技術者でもあり、科学者でもあります。だから技術者としてのトレーニングと科学者としてのトレーニングをしなくてはいけません。

スペースシャトルの場合は、飛行機ですからパイロットが必要です。ソユーズは自動的に動くロケットなので、パイロット的な仕事はあまりないんですけど、いざというときにマニュアルで操作できるようにちゃんとトレーニングします。残念ながらいままで日本人飛行士は、パイロットに任命された飛行士はいませんが、ソユーズの搭乗員として船長を補佐するトレーニングはしっかり受けています。

それから国際宇宙ステーションは生命維持装置などの人工的な機械で環境を保っていますから、それをチェックできるようにトレーニングしないといけない。あと宇宙ステーションについている2つのロボットアーム、建設や輸送機のドッキングで活躍する大きなカナダ製のアームと、「きぼう」にくっついていて実験機材を外のプラットフォームに設置するような日本製の小さなアームですね。これを操作できるよう訓練します。

あとは宇宙服を着て行う船外活動の訓練。エンジニアとしての宇宙飛行士の主なトレーニングはこのようなものです。

宇宙飛行士は学際的な研究者

科学者としての訓練もたくさんあります。宇宙飛行士は地上にいる科学者の代わりに宇宙で実験を行います。生命科学や植物育成、日本は宇宙でめだかを飼っています。あるいは天文学者の要請に従って天体観測をしたり、無重力下での物理学の実験。ありとあらゆる学際的な実験ができるようにならなくちゃいけないわけです。

また医者の代わりもできなくてはいけません。JAXAの向井千秋さん、古川聡くん、金井宣茂くんの3人は医師です。NASAやロシアの宇宙飛行士にも医師は結構います。ただミッションによっては、医師でもある宇宙飛行士が選ばれないこともあるので、6人のうち2、3人は救急救命士並の医療行為ができるようにトレーニングします。うちの場合は若田光一くんと野口聡一くんが、気管内挿管や点滴、縫合術くらいはできるようにアメリカの病院のERでトレーニングを受けていましたよ。最近飛んだ星出彰彦くんも、医療係の訓練を受けたと聞いています。

とにかくありとあらゆる訓練を受けなくちゃいけないことが宇宙飛行士のたいへんさですよね。いまはどうしても少人数しか宇宙に行けないので、宇宙飛行士が全部やらなくちゃいけない。将来的にいろいろな人が宇宙に行けるようになったら、それぞれの専門家が宇宙に行って実験や観測を直接行えるので、宇宙飛行士の訓練も変わってくるかもしれません。

―― 体力トレーニングばかりと思っていたのですが、そうでもないんですね。

1961年の有人宇宙開発が始まった頃は、まったく未知の世界でしたから、体力があって、若くて、元気な人を宇宙飛行士として選んでいました。

でもいまは科学技術が進歩して、ある程度サポートできるようになってきているので、体力よりは精神的な安定性とか経験、知識が重要視されるようになっているわけです。国際宇宙ステーションに滞在している宇宙飛行士の平均年齢も45歳くらいですからね、そんなにすごい体力が必要とされているわけじゃない。むしろ学際的な任務をこなすためには、ベテランじゃないといけないんですよ。

なぜ地球に帰還した宇宙飛行士はぐったりしているのか

―― それだけ宇宙飛行が安全なものになってきたと言えるのでしょうか?

そうですね。いまは軌道上であれば普通に生活できるレベルまで技術が進歩したと言えるでしょう。

ミールの時代は、宇宙船が狭かったので体力トレーニングが十分にできなかったんですよ。機材の効率も悪かったですし。いまはトレッドミルと自転車エルゴメーター、抵抗運動器を組み合わせて1日に2時間くらい運動できるようになっていて、それをちゃんとこなせば宇宙に6ヶ月滞在した宇宙飛行士が地上に降りてきても、2週間くらいすればグラウンドを走れるくらいの体力にはすぐ戻るんです。

―― 宇宙から帰還してきた宇宙飛行士が両肩を抱えられて運び出されている映像をよく見ますが……。

いや、じつは歩けるんですよ。歩けない時代もありました。グラウンドを走れるようになるまでに、1ヵ月以上かかる時代もあった。でも、いまは念のために歩かせてないだけなんです。帰還直後はむしろ平衡感覚が不安定ですので、転倒の危険がある。

たとえばソユーズの場合、最後は落下傘で地上に降りてくるので、アバウトなところ(着地点が正確に予測できない)に降りてきます。数年前、本来降りてくる場所の数百キロ手前に落ちてしまって、レスキュー隊が間に合わなかったことがありました。着地後、現地の遊牧民がハッチを開けてくれて、宇宙飛行士達が自力で這い出し、レスキュー隊が到着するまで長時間外で待っていたこともあるんです。そういう可能性も考えて、最低限サバイバルできる程度の体力は維持していなくちゃいけません。

あと帰還後の宇宙飛行士がぐったりとしているのは、宇宙酔いですね。宇宙から地上に降りてくるときに大きなGの変化があるので、具合が悪くなっちゃうんです。

宇宙飛行士はなにを食べている?

―― わたしたちがイメージする宇宙食は、あまり美味しそうに見えないのですが、今後、もっと美味しそうなご飯が開発される可能性はありますか?

できると思いますよ。

宇宙飛行士はいろいろとやらなくちゃいけないので、手一杯で美味しい料理をつくる余裕がないんですよね。火も使えませんし。だから簡易な食事になっているのだと思います。無重力をコントロールできるようになれば、料理の可能性も広がるんじゃないですかね。

―― ちなみに宇宙飛行士の献立は地上のチームが決めているのでしょうか?

ある程度はこちらが決めています。

健康管理チームは医者だけでなく、筋肉や骨の専門家、放射線の専門家、心理士などで組まれています。JAXAの場合は、だいたい20人のスタッフがいる。それでも足りないときは各大学の教授クラスの人にお願いをしているので、難しい問題が発生したときにはそれぞれの専門家に意見を聞く体制ができています。

ですから栄養の問題も、専門の栄養士がバランスよく献立をつくって向こうに送っています。ただカロリーは別に地上とあまり変わりません。2000から3000カロリーくらいで十分。船外活動を行うときには1000カロリーほど増やしますけど。

これも宇宙開発の歴史のなかでは、「宇宙では代謝が促進されるから」との理由で4000カロリーくらい食べさせる時期もありました。いまは経験を積んで、そんなにたくさん必要ないことが分かってきている。ただ骨は脆くなるので、ビタミンDは地上よりも意識して補給するようになっています。

いつかは宇宙哲学や宇宙文学も?

―― 薬の量といい食事といい、意外に地上と変わりがないんですね。最後に読者になにか一言お願いいたします。

今日お話したように体力的な問題も薬や食事についても研究は進んできています。だからお金さえあれば国際宇宙ステーションに行くことは可能なんですよね。すでに民間人も6人ほど行っています。一時期話題になっていましたが、数年後には歌手のサラ・ブライトマンが一週間ほど滞在する予定です。

宇宙開発は飛行機の歴史と似たところがあります。飛行機も開発初期は、空酔いのために屈強な人たちでなければ乗れませんでしたし、初期のスチュワーデスのおもな仕事は、空酔いの乗客の介抱をすることだったのです。それが徐々に安定した飛行機が開発されて、いまではガンを克服した人だって、90歳のおじいさんおばあさんだって搭乗できるような旅客機ができている。宇宙だって、サポートシステムがよくなれば、誰でも行けるようになるでしょう。

だからこれからは、人文系の学者や芸術家が宇宙に行き、宇宙哲学とか宇宙文学のようなものを書いたり、宇宙からインスピレーションを受けた芸術を生み出すような時代だってありえるでしょう。これからはそういった研究もどんどん進んでいくかもしれませんね。

―― いつかシノドスに宇宙レポート記事が掲載できる日を期待して待っています。本日はありがとうございました。

プロフィール

立花正一宇宙医学 / 航空医学

防衛医科大学校防衛医学研究センター異常環境衛生研究部門所属。1981年防衛医科大学校卒業。医学博士。航空自衛隊の医官として、パイロットの健康管理、航空医学の研究、航空事故調査などに20年間かかわる。航空局(旧運輸省)の医官も併任し、民間航空のパイロットの健康管理にも長年かかわった。米国空軍の上級航空宇宙医学課程履修。2003年2月から宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙医学研究開発室(現宇宙飛行士健康管理グループ)長として、宇宙飛行士の健康管理と宇宙医学の研究推進に携わった。日本人飛行士のフライトミッションを6回支援している。2010年12月からは防衛医大異常環境衛生研究部門教授。著書に「臨床航空医学(共著)」「現代的ストレスの課題と対応(共著)」など。慈恵医大客員教授。JAXA国際宇宙ステーション・きぼう利用推進委員会(ワーキンググループ)委員。

この執筆者の記事