2016.11.01

なぜ外国人技能実習生は自ら働きすぎるのか――過重労働をめぐる日本との構造的な違い

服部美咲 フリーライター

社会 #過労死#外国人技能実習生

あるフィリピン人技能実習生の死から考える

電通の女性社員の自殺が労災認定されたニュースをきっかけに、長時間労働の問題が注目を集めている。そんな中、2014年に心不全で亡くなったフィリピン人の外国人技能実習生が過労死認定されるというニュースが流れた。

外国人技能実習生制度を「現代の奴隷制度」と非難する論調はかねてより根強くあったものの、このニュースを受けて「企業名を明かすべきだ」「日本の長時間労働文化の犠牲者だ」という指摘が数多く見受けられた。しかし、現場の実情を熟知した上で企業や制度を批判している人はそう多くないのではないか。

かつて、私は外国人技能実習生制度に基づく機関に関わっていた。技能実習生に関わる団体設立の申請や関係機関との折衝、外国人技能実習生候補数百名の海外現地面接もした。

現場を見ると、「長時間労働を課した企業名を明かして、当該企業をつるし上げる」ということだけでは技能実習生制度の課題点は改められないばかりか、実習生にとっての弊害すら生じるのではないかと思える。じつは、技能実習生自身が長時間労働を強く希望する場合が多いのだ。入国したばかりであっても、ほとんどの実習生は「残業」という単語を知っていて、法令関係講習の際にも、「残業」の項目を伝えるときにはとても真剣にメモを取る。彼らがそれほど「残業」にこだわる理由はやがてわかった。

海外に目を向ければ、Brexitやトランプの数々の発言からも窺えるように、移民や外国人労働者の問題は、現代社会でつねに議題になる大きな問題だ。しかし、日本においては外国人労働者の問題についてあまり議論されることがない。身近な外国人労働者がどのような背景や立場で働いているのか、意識して学ぶ人もそれほど多くはないはずだ。

本稿では、外国人技能実習生制度の現状と、長時間労働を含む構造的課題を明らかにするとともに、「アジアの先進国であることとはどういうことなのか」を考えてみたい。

アジアの若者が日本で働くための狭き門

日本で外国人が働けるカテゴリーは5つある。2015年度、日本に在留して働く90.8万人のうち、大学教授やコックなどの特別に熟練した技術によって招聘された外国人が16.7万人である。そのうち10年以上継続して在留した永住者や、日系人などの定住者を併せると36.7万人。定住者は職種を限定せずに働くことができるが、外国人が正式な手続きを踏んで定住権を得ることは簡単ではない。また、19.2万人が日本の大学に通学しながら非正規のアルバイトをしている。そして、外国人技能実習生は16.8万人である。その他、ワーキングホリデーなど、厳密には労働ではない活動をする外国人も1.3万人が在留している。(厚労省ホームページ内資料より)

つまり、海外から招聘されるほど特別熟練したスキルのない外国の若者が日本で働くためには、正規雇用ではない学生アルバイトをのぞくと、技能実習生になるしかないということになる。外国人にとって日本で働く門は非常に狭いということがわかる。

「教育」と「労働」の狭間で

厚生労働省HPより引用
厚生労働省HPより引用

外国人技能実習生制度の目的は「技能等を開発途上国へ移転し、その国の人材育成を目的とした国際協力・国際貢献」であり、これは制度がはじまってから今まで変わっていない。つまり、制度の目的はあくまでも出稼ぎ労働ではなく、海外への技能移転を目的とした教育ということになる。

今日の制度の原型は、1993年の「外国人研修制度」に遡る。研修生は入国後一定期間、おもに座学によって技能の基礎知識を学び、移行試験を経て各企業で実習をするものの、当時の研修生たちの在留資格は、現在のワーキングホリデーなどと同じ「特定活動」であり、労働者ではなかった。そのため労働関係法令が適用されなかった。「勉強のために実習させてやっている」という解釈から、実質的に労働者として働きながらも法的保護の対象にならず、最低賃金や残業手当を支払われないなどの問題が多く起きた。

このような外国人研修生の実態を改善すべく、2010年7月に法改正が行われた。このとき創設されたのが、「技能実習(1号、2号)」という新たな在留資格である。これ以降、制度を利用して実務に就く外国人は「研修生」ではなく「技能実習生」と呼ばれるようになった。在留資格「技能実習(1号、2号)」は、「理念上はあくまでも教育を受けるために来日しているが、事実上労働関係法令が適用される労働者」という特殊な資格である。

このように技能実習生の「教育と労働」という二面性を保つため、技能実習生を企業が雇用する際には、最長3年間の在留期限や74種類の職種制限などの特別なルールがある。これらのルールを監視するために、法務省、外務省、経産省などの関係5省は共管で公益財団法人JITCOを設立した。

日本の人手不足を支える技能実習生

外国人技能実習生受入れ可能業種一覧:厚生労働省HPより引用
外国人技能実習生受入れ可能業種一覧:厚生労働省HPより引用

技能実習生の受入れ形態は2種類あるが、うち96.1%は団体監理型といわれるタイプである。事業協同組合などの国内受入れ団体が、海外の送出し機関と契約して外国人実習生を受け入れ、職業紹介事業の一環として各企業に実習生を紹介し、実習生は各企業と雇用契約を結ぶ。企業が海外の契約企業などの職員を受け入れて実習を行う、企業単独型は4%に満たない。

つまり、外国人技能実習制度に関わる機関は4つということになる。まず、海外で実習生候補を募集して日本語などの基礎的な教育を施し、日本に送り出す「送出し機関」。そしてその実習生の雇用先を募集して実習生を受け入れ、日本での教育や実習生の生活などの監理をする「監理団体」、実習生を雇用する企業は「実習実施機関」と呼ばれ、前述の「JITCO」は国内での受け入れや実習実施の状況を監視・指導する。

これらの機関の中で、公費で運営されているのはJITCOのみである。実習実施機関は日本の労働関係法令に基づいた賃金を実習生に支払うと同時に、監理団体に管理費として毎月一定金額を支払い、監理団体はその中から送出し機関に毎月一定金額を支払う。その他、監理団体職員が実習生の現地面接をするための渡航費用や、実習生が入国する前に現地送出し機関が日本語などの基礎教育をするための費用、実習生の往復の渡航費用、実習生が入国した直後1か月の生活費や監理団体での座学教育費用なども、すべて原則として実習実施機関が負担するケースが多い。

このように大きな負担をしてでも技能実習生を受け入れている業種は、農業、婦人服縫製工、溶接工が突出して多い。いずれも若い人手が不足していたり、体力的に負担の大きな仕事であったりといったものだ。

3年で貧困を断ち切るという覚悟

ここで、今年公開された日本の過労死白書を見てみると、過労死ラインといわれる月80時間以上の時間外労働が多い業種は「情報通信業」と「学術研究、専門・技術サービス業」の2種をあわせて85%を占めている。日本人が過労死するほど長時間労働をする文化的特徴は、とくにこの2職種において顕著だということだ。技能実習生が多く雇用されている農業や繊維工、金属工といった業種の間で、とくに長時間労働文化が蔓延しているというデータは出ていない。

つまり、通常であれば過労死するほど長時間労働を強いられない業種において、技能実習生だけが長時間労働をしている可能性が見えてくる。しかし、これは必ずしも技能実習制度に関してよく言われるような「技能実習生を奴隷扱いしている」ということではない。この状況には2つの背景がある。

まず1つ目は、技能実習生の本国での収入が日本に比べて非常に低いという点だ。実習生送出し国は、中国、インドネシア、ベトナム、フィリピンなどの東南アジア諸国である。近年、中国の収入や物価の上昇が報じられることが多かったが、大半の実習生の出身地である農村部における平均年収は8~10万円と言われる。

私が関わったインドネシアの実習生が面接時に教えてくれた年収は2万円が最高で、5000円という者も少なくなかった。日本の最低賃金は2016年度もっとも低い都道府県で時給714円。この賃金で1日8時間、週5日勤務した場合の年収は137万円で、これは実習生が本国で10年、国によっては60年以上かけて稼ぐ金額になる。

実習生候補に志望動機を聞くと、自分自身が土地を買って農業をしたいという他に、「結婚して子供ができたら、教育を受けさせて都会できちんとした職に就かせたい。貧しさは自分の代で終わりにしたい」と答えることも多い。現地に行くと、農村部の多くの人々は自分で土地を持たず雇用されて農作業をし、わずかな現金収入で生活をしている。子供に高等教育を受けさせる余裕がない家庭も多く、高等教育を受けずに都市部で就職をすることは難しい。

現在多くのアジアの若者はこうした世代間の貧困の連鎖に苦しんでいる。実習生やその家族にとって、日本で3年間に稼ぐ金はその連鎖を断ち切れるかもしれない大きな希望となる。さらに、土日祝日や夜間の残業は割増賃金になるという法律を基礎教育の際に知った実習生にとって、「土日祝日、夜間の残業は多くできるのか」ということは大きな関心事だ。企業に配属される前の講習の際、実習生からは「残業代は割増になるというのは本当か」「自分が雇用される企業ではどれくらい残業ができるのか」という質問が必ずあがる。

実際に実習が始まってからも、「他の県にいる実習生はもっと残業をさせてもらっている。自分はなぜもっと残業をさせてもらえないのか」と詰問されたことも何度もあった。実際に残業の有無で実習生間の月給に倍以上の差が出ることもあるため、実習生にとっては大きな問題だ。

2つ目の背景として、実習生があらかじめ送出し機関に多額の金を支払っている実態がある。表向き、実習生が送出し機関に保証金を支払うことは法律で禁じられている。しかし、実際は日本渡航前の講習費用などの名目で、ほとんどの実習生は送出し機関にあらかじめかなりの額を支払っている。

表に出てこない海外機関の内輪での費用なので統計データはないが、私が聞き取った範囲では日本円で30万円前後であることが多かった。聞き取り対象者の本国はインドネシアとベトナムだったので、前述のとおり年収の平均値を1万円とすれば約30年分の収入になる。彼らはこのお金を親族や村の住民に借りて、日本でもらう賃金の大半を送金しながら返済している。

これも実習生が執拗なほどに残業にこだわる大きな理由の1つだ。本国の賃金ベースでは到底返済できないほどの多額の借金を抱えて来日しているため、仮に体調を崩しても途中で帰国するわけにもいかず、多くの実習生はケガや病気すら隠したがる。これも過労死につながる深刻な問題だ。

前述のJITCOの監視や指導が届くのは国内の機関に限られているため、海外の送出し機関が実習生から費用を徴収することを直接咎めることはできない。また、送出し機関を運営しているのは中国を除いて多くが元政治家や大臣であり、日本との国際関係を鑑みて厳しい措置を求めにくいという事情もあるだろう。

こういった事情から、企業側に残業の希望を出し続けている実習生が多い。企業側はむしろ実習生の厳しい事情を知っているからこそ、無理に仕事を作ってでも夜間に作業をさせているケースすらある。

自分自身や家族、村の仲間の将来のためにと渡航して働く実習生の過労死は痛ましく、なんとしてでも防がなければならないことだ。ただ、日本人を半強制的に長時間労働させて過労死に追いやるという日本の企業に蔓延する長時間労働文化の弊害と、自ら長時間労働を買って出なければならない外国人技能実習生の背景にある構造的問題とは、このように文脈が違う。

両者を同じ俎上に乗せて、問題が目に見えやすい受け入れ企業のみを槍玉にあげ、「過労死を出した企業名を公表せよ」「日本の長時間労働文化が技能実習生にも被害を及ぼした」と非難するのはいささか性急に過ぎるのではないか。

アジアの先進国として技能実習生を知る

外国人技能実習生の労働環境は決して恵まれたものではない。居住空間1つとっても、日本人労働者と違って実習生の住居は企業が用意することとされているため、経営に余裕がない企業に紹介されると、狭い空間に何人もが同居させられるような問題も起こっている。日本人労働者以上に嵩む様々な福利厚生費用に関して特別な税制上の優遇措置があるわけでもない。

「実習生も企業も苦しいならば実習生制度なんて廃止してしまえばいい」という意見もたびたび目にする。しかし、農業や婦人服の縫製など、自身と家族の将来を賭して決死の姿勢で働く実習生がいてこそ成立している業種が、われわれの社会の一端を支えていることも目を背けてはならない事実である。

今後さらに技能実習の業種として「介護」が加わる見通しだ。若い人材が慢性的に不足している介護業界で技能実習生が活躍することが期待されるが、同時に彼らが背負っているものや構造的課題についてもより広く深い議論をする必要があるだろう。

戦後復興から驚くべき経済成長を遂げた日本は、いまや経済が停滞し、世帯間格差が広がっているとはいえ、依然アジアにおいては有数の富裕国であり続けている。アジアの若者が貧困から脱するために日本で収入を得たいと望めば、今のところは事実上技能実習生になるしかない。

であるならば、彼らが実習期間を無事に過ごし、日本で先進的な技術を学んで、正当な労働対価をもって貧困の連鎖を断ち切り、本国で人生のリスタートを切れるようなサポート体制が望まれる。いたずらに受け入れ企業を批判して孤立させるのではなく、制度の健全化とともに実習生に対する福利厚生を充実させられるような仕組みを作ることも、アジアにおける先進国に生きるわれわれの責務であるともいえるのではないだろうか。

プロフィール

服部美咲フリーライター

慶應義塾大学卒。ライター。2018年からはsynodos「福島レポート」(http://fukushima-report.jp/)で、東京電力福島第一原子力発電所事故後の福島の状況についての取材・執筆活動を行う。2021年に著書『東京電力福島第一原発事故から10年の知見 復興する福島の科学と倫理』(丸善出版)を刊行。

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