2017.05.31
台湾で同性婚が成立の見通し:司法院大法官の憲法解釈を読む
はじめに
5月24日、台湾で憲法判断をおこなう司法院大法官が、同性カップルの婚姻を認めない現行の民法を違憲とする解釈を布告した。さらに、この解釈文は異性間の婚姻に認められる法的権利が同性カップルにも保障されるよう政府に対して2年以内に必要な法的措置を取ることを命じた。仮にこの法的措置が取られない場合、関係機関(戸政事務所)で婚姻登記を済ませた同性カップルには法律上の効力が発効し、当事者には配偶者としての権利と義務が発生する旨が宣告されている。
台湾では2016年12月に、同性パートナーシップの法的保障の実現を目的とした複数の民法修正案が立法院で第一審を通過し、今秋以降、継続審議が予定されていた。また、蔡英文総統は2015年には同性婚を支持する見解を表明していたが(拙稿「『蔡英文は同性婚を支持します』: LGBT政治からみる台湾総統選挙」)、大法官が憲法解釈を布告した直後にも関連法の整備に向けて速やかに行動することをフェイスブックで宣言している。
本稿の目的は、大法官による憲法解釈(司法院釈字第748号解釈「同性二人婚姻自由案」解釈文および解釈理由書)を読み解くことである。さっそく、以下では必要に応じて台湾の政治状況に言及しながら、憲法解釈を通じて同性婚が承認されるに至った論理を見てみよう。なお、本稿の中国語から日本語への翻訳はすべて筆者による。
(LGBTパレードで「婚姻の平等化」を要求する人びと。撮影筆者)
同性婚をめぐる30年の闘争
はじめに、憲法解釈の結論部にあたる「解釈文」を確認しよう。現行の民法を憲法違反と判断した論拠は次のように説明されている。
民法第4編親族第2章の婚姻規定は、同性の二人が共同生活を営むことを目的として親密性かつ排他性を有する永続的な結合関係を形成することを認めておらず、この範囲において憲法第22条の保障する人民の婚姻の自由および第7条の保障する人民の平等権の主旨に反する。
ここでは、まず民法が同性カップルの婚姻を認めていないことを指摘し、その上で、この点が憲法第22条の「婚姻の自由」および同第7条の「平等権」に反するとしている。本稿でも「解釈理由書」の論旨にしたがって「婚姻の自由」と「平等権」に関してそれぞれ詳しく検討するが、その前に「解釈理由書」の冒頭部を見ておきたい。
「解釈文」に続く「解釈理由書」冒頭部には台湾における同性婚の合法化を求める社会運動の歴史が記されている。その歴史は今回の憲法解釈を請求した祁家威の活動家としての足跡と重複している。
祁家威は、1986年に立法院に対して同性婚の合法化を求めた活動を皮切りに、裁判闘争や政府に対する異議申し立てを約30年にわたって続けてきた。だが、かれの主張はことごとく否定され、その根拠は「解釈理由書」にそって要約すると次のようになる。
まず、1986年に法務部(中央政府)が寄せた回答は、「婚姻の関係は、単に情欲を満足させるというものではなく、国家や社会に人的資源を提供する機能を備えており、国家や社会の存続と発展に関係し……、(それゆえ)同性間の婚姻は……社会の公序良俗に反するだけでなく、我が国の国情や伝統文化にもふさわしくなく、合法化するに及ばない」というものだった。また法務部は1994年にも、民法には「明示的な規定はない」としながらも「婚姻の当事者は一男一女でなければならない」とする回答を与えている。
2013年、祁家威は台北市の戸政事務所に同性パートナーとの婚姻登記を提出しようとして受け取りを拒否され、その後、行政訴訟を起こし、これが大法官の憲法解釈につながった。「祁家威による立法、行政、司法の関係諸機関に対する同性婚の権利を求めた闘争は、30年もの歳月を要した」ということになる。
1980年代から現在までに及ぶかれの闘争の歴史は、台湾が権威主義社会から民主社会へと転換を遂げた時代の変化と見事に重なっている。その30年の間に性的少数者をとりまく環境は劇的な変化を見せ、台湾ではLGBTを含む「ジェンダー平等」が新しい社会規範となりつつある(拙稿「『LGBTフレンドリーな台湾』の誕生」、瀬地山角編『東アジアのジェンダーとセクシュアリティ』勁草書房、近刊)。
以下では、憲法解釈が前提とする台湾社会の変化を確認しつつ、「解釈理由書」を読み進めよう。
性的指向や性自認を包摂した「ジェンダー平等」
台湾がアジアの中でも突出したジェンダー平等な社会であることはよく知られるが、台湾における「ジェンダー平等(性別平等)」は(少なくとも)法の領域においては性的指向や性自認を包摂するものとして推進されてきた。
事実、2004年に制定されたジェンダー平等教育法(性別平等教育法、Gender Equity Education Act)は、性別だけでなく性的指向や性自認などに基づく差別的待遇を教育領域において禁止している(同法の成立過程については、拙稿「私たちが欲しいのは「理解」か、「人権」か?」を参照)。さらに、職場における性別に基づく差別的取り扱いを禁止する法律として2002年に成立した男女労働平等法(両性工作平等法)は、2008年の改正を受けて名称をジェンダー労働平等法(性別工作平等法、Act of Gender Equality in Employment)へと変更し、内容も性的指向や性自認を含む「ジェンダー」に基づく差別を禁止する法に変わっている。
また法制度以外の事例を見ても、台湾の徴兵制は1994年には「同性愛は疾病ではない」としてオープンリーなゲイ男性の包摂へと舵を切っている。つまり、徴兵制度は(オープンリーな)ゲイ男性にも国民の義務として「男性」に課された兵役への参与を義務づける方針を打ち出し、性的指向に基づく差別的待遇を禁止したのである(拙稿「同性愛の包摂と排除をめぐるポリティクス:台湾の徴兵制を事例に」『Gender and Sexuality』12号、近刊)。
「違憲」判断の根拠(1):「平等権」
以上を整理すると、台湾では1990年代から2000年代にかけて性的指向や性自認に基づく差別を禁止する制度が段階的に整備されていったのであり、その意味において同性愛者の婚姻制度からの排除を「差別」と判断した大法官の憲法解釈はかならずしも突飛なものでなかったと見ることもできる。
実際に「解釈理由書」を読むと、性的指向については憲法第7条の規定する「平等権」との関連で次のように言及されている。
憲法第7条は「中華民国の人民は、男女、宗教、人種、階級、党派の別を問わず、法の下に平等である」と定めている。本条文は差別禁止の事由を5つ示しているが、これらはただの例示であって、そのすべてではない。その他の事由、たとえば心身の障害や性的指向などに基づく差別的待遇も本条文の平等権の規範が及ぶ範囲とする。
続けて、同性愛者が人口構成上だけでなく「政治的マイノリティ」でもあることが説明されている。まず、性的指向は「変えることが困難な個人の特徴」であり、医学的にも疾病とされていない点を確認したうえで、いわく、
これまで、我が国では、性的指向が同性に向かう者は社会の伝統や慣習によって受け入れられず、長期にわたってクローゼットの中に閉じ込められ、さまざまな実質上あるいは法律上の排斥や差別を受けてきた。また、性的指向が同性に向かう者は人口構成の要因から、社会で孤立し、隔絶された少数派である。さらに、ステレオタイプの影響から、久しく政治的マイノリティとされ、一般的な民主(政治の)過程を通じて法的に劣位に置かれたその地位を覆すことは困難であると考えられる。
ここで「マイノリティ(弱勢)」という言葉の用いられ方に着目したい。「マイノリティ」とは1990年代に流行語となった言葉で、その背景のひとつには台湾における多文化主義への関心の高まりがあった。
台湾では1987年に戒厳令が解除され、1990年代を通じて民主化を背景とした政治改革が進められた。日本の植民統治から解放された1945年以降、国民党政権下でエスニック・マイノリティは政治的に周縁化されていたが、90年代には「族群融和(エスニック・グループの融和)」が主要な政治課題とされた。そして1997年には第4次改憲によって多文化主義の理念が憲法に導入され、「マイノリティの承認」が社会統合の新しい理念として共有されるに至った(若林正丈『台湾の政治:中華民国台湾化の戦後史』東京大学出版会、2008年)。
同性愛者も「政治的マイノリティ」であり、そうであるがゆえに民主主義的政治過程を通じてその劣位を覆すことが困難である。だからこそ性的指向を理由とする差別的待遇は憲法に照らし合わせてその合理性を厳格に審査しなければならないのであり、その結果、同性カップルの婚姻制度からの排除は憲法7条の「人民の平等」に反すると大法官は判断したのである。
「違憲」判断の根拠(2):「婚姻の自由」
大法官の解釈文は、同性カップルを婚姻から排除する民法が違憲であると判断したもうひとつの根拠として、憲法第22条の規定する「婚姻の自由」を挙げている。解釈理由書いわく、
婚姻適齢にあり、配偶者のいない人民は結婚の自由を有しており、これには「結婚するか否か」および「誰と結婚するか」の自由が含まれる。この自己決定権は人格の健全な発展および人間の尊厳の保護に関する重要な基本的権利であり、憲法第22条が保障するところである。
そして、婚姻適齢にある同性カップルにも憲法第22条の規定する「結婚の自由」は保障されるべきであり、民法は「同性の二人が共同生活を営むことを目的とし、親密的かつ排他的で永続的な関係を形成することを認めていないが、これは立法上の重大な瑕疵である」としたのである。
近年の台湾において、同性婚の合法化をめぐるイシューは世論が二分されるほど社会の高い関心を集めており、合法化反対派による大規模な集会やデモが全国規模で発生している。解釈理由書では、同性婚反対派の主要な論拠に反駁するかのようにさらに踏み込んだ説明を加えている。いわく、
同性の二人が共同生活を営むことを目的とし、親密性かつ排他性を有する永続的な結合関係を形成することは、異なる性別の二人に適用される婚姻章第1節から第5節までの婚約、結婚、婚姻の効力、財産制および離婚などに関する規定に影響を与えず、また、すでに存在する異性間の婚姻によって作られる社会秩序に変化をもたらすものでもない。
同性カップルの婚姻制度への参入は、すでに婚姻関係にある異性カップルに不利益をもたらさないこと、また婚姻制度を基盤とする社会秩序に影響を与えることもないと付け加えたのである。
さらに、民法が婚姻の要件として「生育能力」を規定していない点にも言及されている。つまり、婚姻関係にある異性のカップルの場合、「子を産むことができない、あるいは未だ産まないことを理由に婚姻を無効とすることはできず、子を産むことが婚姻の本質的要素でないことは明白」であり、それゆえ、「子を産むことができないことを根拠に同性二人の結婚を認めないことは、明らかに合理的根拠を欠いた差別である」と述べている。
(2016年に高雄市で開催された同性婚に反対する大規模集会。撮影筆者)
論争的な政治的イシューへの介入
憲法解釈の主要な論点は以上で検討したとおりだが、解釈理由書では同性婚をめぐる近年の政治動向についても言及されている。理由書に沿って要点を整理すると、まず、2004年に「同性婚姻法」草案が立法院に提出され、2013年にも民間団体が起草した民法修正草案が立法院で審議されたが、いずれも失敗に終わっている。2016年に入って複数の異なるバージョンの民法修正草案が立法院で審議され、同年12月に第一審を通過し、現在は継続審議を待っているところである。
だが、解釈理由書は「今後の審査過程にどれくらいの時間を要するかはいまだに不明である。立法院は10数年に及んで同性婚に関する法案の立法過程を完成させられていない」として、いわく、
本件は……きわめて論争的な社会的および政治的議題であり、民意機関(政府)は民情を理解し、全局の均衡を調整し、折衝協調をおこない、適切な時期に立法(あるいは法律の修正)を執りおこなわなければならない。だが、立法(あるいは法律の修正)が解決される時期はいまだに予測ができず、本件は申請者の基本的人権の保障に関わるものであるから、憲法の職責を厳粛に担う本院は、人民の基本的人権の保障および自由民主の憲政秩序などの憲法の基本的価値を維持するため、時機を逸することなく拘束力を有する司法判断をおこなわなければならない。
かくして、大法官は、異性間の婚姻に認められる法的権利を同性カップルにも保障するよう政府に対して2年以内という期限付きで必要な法的措置を命じ、仮にこの法的措置が取られない場合には、関係機関で婚姻の登記を済ませた同性カップルには配偶者としての法律上の効力が発効するという司法判断をもって政治に介入したのである。
最後に
今回の大法官解釈は、現行の民法が憲法違反であるとしただけでなく、政府に対して期限付きで同性パートナーシップの法的保障を命じるとともに政府が無策の場合の救済措置まで設けたという点で、きわめて画期的な判断であったと評価することができる。鈴木賢が論じるように、台湾では司法院に属する「大法官が非民主的、人権侵害的な法律を無効に追い込むことで、民主化や人権保障が進」んできた歴史があり(鈴木賢「台湾における『憲法の番人』:大法官による憲法解釈制度をめぐって」、今泉慎也編『アジアの司法化と裁判官の役割』アジア経済研究所、2012年)、今回のケースもその流れに位置づけることができるだろう。
ただし、解釈文および解釈理由書を注意深く読むと、民法改正がゆいいつの手段とは明記されておらず、パートナーシップ法の特別立法を含む何らかの方式が取られるべきであるとするに留めていることがわかる。この点を受けて、祁家威およびその弁護団は、特別立法は同性愛者を隔離する方策であり、婚姻制度の不平等が是正されないとして、あくまで民法改正を強く求める声明を発表している。
とはいえ、大法官が現行民法は違憲であると明確に述べている以上、民法改正による、いわゆる「同性婚」が2年以内に実現すると思われる。このことは、言い換えれば、同性カップルの法的保障に向けた同性婚以外の選択肢が不可視化されたと見ることもできる。
というのも、婚姻の平等化を求めて運動を推進してきた台湾伴侶権益推動聯盟が2013年に立法院へ提出した草案には、民法改正案や同性パートナーシップ法(特別立法)以外に、性別や人数を問わない2名以上によって構成される集団に対して共同生活者としての権利を付与するという草案が含まれていた。この最後の案は、「家族」を婚姻制度から切り離すという意味において政治的にラディカルな内容を含む草案であった。だが、そうであるがゆえに社会からも性的少数者のコミュニティからも支持を得ることはできず、今回の解釈を受けて、あらためて「同性パートナーシップの法的保障=同性婚」という図式が不動の位置についたと言うことができる。
さらにいえば、今回の憲法解釈によって、婚姻制度は同性愛者の包摂を通じて制度としての寿命を存続し、婚姻をめぐる規範はさらに強化されたと見ることもできる。実際、解釈理由書は、「婚姻の自由は人格の健全な発展および尊厳の保護に重大な影響を与えるものであり」、親密性かつ排他性を有する永続的な関係を求める欲望にとって婚姻制度は「不可欠」であり、「同性二人の婚姻の自由が法的承認を受けるならば、異性間の婚姻とともに社会を安定させる礎となるだろう」としている(引用部の強調は筆者による)。
この点に関連して付け加えるならば、大法官解釈が発表される1週間前の5月18日には姦通罪の廃止を目指す決議案が司法改革国是会議で採択されたばかりだが、その廃止までには時間がかかるとされ、婚姻制度それ自体が内包する問題を見落としてはならない。
最後に、今回の憲法解釈のニュースは日本でも関心を持って受けとめられた。日本のニュースメディアやSNS上の反応を観察していると、「台湾」のナショナル・アイデンティティが強調されて受容されていることに気がつく。つまり、日本では「反中(国)」の論陣を張る右派が、中国と切り離す形で台湾のナショナル・アイデンティティ(「台湾アイデンティティ」)を積極的に肯定してきた歴史があるのだが(たとえば「台湾は中国の一部ではありません!」運動)、今回のニュースもこのような文脈において、一方では「LGBTフレンドリーな台湾」を称揚しつつ、他方で「LGBTに抑圧的な中国」を批判する言説が多く見られた。台湾の「LGBT」に関する報道が日本の主流メディアでも取りあげられるようになったことを受けて、日中台のナショナリズムをめぐる言説に「LGBT」イシューが利用されるようになったと言えるだろう。
プロフィール
福永玄弥
東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程、