2020.07.21

GOTOキャンペーンの無理筋と、ボルソナ脳の失敗

海老原嗣生 株式会社ニッチモ代表取締役、『HRmics』編集長

社会

昨今、ちょっとしたことでも「感染が広がる」と神経質に考える人をコロナ脳と揶揄する風潮が広まっている。対して、「大丈夫、経済再開すべき」という人はさしずめ、ボルソナ脳(ブラジル大統領からもじった)とでもいえばいいか。どちらも極端に走りすぎているのだ。冷静に数字を並べて現在の再流行を考えてみることにしよう。

早晩、国内新規感染者は1000名を超える

前稿(「経済を殺すな」という声が、逆に経済を殺している皮肉 https://note.com/ebitsugu/n/n6a4cab486024)で、「国家権力を総動員して夜の街クラスター対策を」という話を書いたところ、土日に早速、警察を通して社交飲食・風俗関係店舗の風営法取締りの強化を行う、という発表があった。

税務査察や労基署の臨検など、まだまだ取締りの強化はできる。こうした「ムチ」の施策に加えて、休業協力金(都はすでに実施)、家賃支援給付金や持続化給付金の申請サポートなど「アメ」とセットで、夜の街対策をさらに強化していくべきだと、私は1ヵ月以上前から主張してきた。

今となっては、時すでに遅しというしかない。理由は簡単だ。今回の感染源たる東京では、夜の街関連の新規感染者は、全体の1割程度にまで減っているからだ。その他、市中感染と経路不明者が圧倒的多数を占めるため、もう夜の街対策では著効を示すことはないだろう。

すでに、東京都の新規陽性判明者が300名に近づく日が多くなり、全国でのそれは600名を超える。ここまで効果的な施策がほぼなかっただけに、仮に急づくろいで対策を繰り出したところで、これから2~3週間は感染者が増え続けることは明白だ。新規陽性判明者は早晩、東京だけで500名、全国では1000名を超えるレベルにまでは必ず達する

「重症は少ないから安心」とは言えない理由

こうした急増・蔓延状況に対して「4月の時とは状況が異なる」という話をする人が多々見られる。その趣旨は概略、以下の通りとなる。

PCR検査数を5~10倍に増やしたから、感染判明も増えた。同じ検査数だったら4月ほどの数になっていない。

重症化率が極めて低い。東京都では現在重症者が12名で、全国でも40名弱であり、ピーク時の1割程度でしかない。

死亡者の数も激減している。東京都では過去2週間で1名の死亡者しかでていない。

たしかに私も、4月とは様相を異にしていることは認める。が、ことはそれほど楽観できるものではないことをいかに示しておく。

(1)PCR検査の陽性率が着実に上昇している。検査数を増やせば、感染が蔓延していない状況なら空振りが増えて、陽性判明率はどんどん下がる。実際、5月には1%を割る日が多かった(東京)。それが直近は7%近くにまで上昇している。つまり、陽性判明者の増加は、PCRを増やしたからというよりは、市中での蔓延が増えたから、という側面の方が大きい。

(2)6月から7月上旬は二つの要因で重症患者が増えなかった。一つは、既に入院していた重症者の回復による減少。もう一つは、新規感染者のうちの高齢者比率が極めて低かったこと。7月になり、回復者が底打ちし、一方、高齢者比率がじわじわ上がり出した。そのため、ここ1週間では5名→12名と重症者はそこそこの勢いで増加している。

(3)新規感染者に占める高齢者の割合が4月は非常に高かったが、6月以降は極端に低下した。

割合だけでなく実数で見ても、60歳以上の陽性判明者は、4月が1070名に対して、6月は110名と10分の一まで低下している。だから重症者が少ないだけだったのだ。ただし、今回の感染拡大は6月中に20・30代が中心となっていたが、直近はその比率が下がり、徐々に40・50代、および60代以上の比率が高まっている。ちなみに、下記図表で7月第三週の数字は、19日までのもので5日間のデータだ。7日間換算だと127名となる。高齢者の増加ペースは直近、さらに高まっている。

以上の観点から考えると、今後、重症者の増加も徐々に勢いを増していくことだろう。

GOTOキャンペーンで高齢者の感染は確実に増える

さて、この状況でのGOTOトラベルは、データ的にかなり悪手といえる。まず、7~9月期の旅行需要だが、一昨年のデータをもとにすると、その年代構成は下記のようになる。

夏休み期の子供を抱える40代が突出しているが、それ以外は30~70代までほぼフラットに旅行をしている状況が見て取れるだろう。つまり、旅行による感染蔓延は、年代差なく起こる可能性が高い。現状の若者中心感染に対して高齢者の割合が高まることが容易に予想されるだろう。加えて今年の場合、小中学校の夏季休暇が極めて短い。多くが7月末~8月上旬までの2週間程度となる。とすると、子どもの休みに合わせたファミリー旅行が減少すると考えられるため、例年よりも40代比率は下がるだろう。つまり、それだけ高齢者割合は高まることになる。

一方、旅行先でサービスを提供する人たちの年齢構成についても見ておこう。

こちらも、40代がピークとなるが、その他はやはり年齢差が少ないフラットな分布となっている。一般的に雇用終了にあたる60代後半以降の就業者数は減るものだが、飲食・サービスの場合、個人事業者や非正規雇用などが多いため、この年代の数字が(とりわけサービス業で)多めに出ている。受け入れ側の観光地にて感染が発生した場合、高齢者比率がかなりの数字になると読み取れる

実際の感染率で考えた場合、体力や免疫力が低下傾向にある分、高齢者の割合はさらに高まるはずだ。現在の東京では60代以上の感染割合が8%程度であるが、これよりは相当高い数値になることは間違いない。結果、重症化率も上がり、死亡者数も増えていくだろう。

今回の流行が厄介なのは、現時点で感染者数が膨大に広がっているのに、高齢者が少ないため、重症者も少なく、結果、実相以上に「大丈夫だ」という声が強まっていることだ。それがじわりじわりと高齢者率が増える。がしかし、陽性判明するのはその1~2週間後。ということで、「気づいたときには手遅れ」となりそうな雰囲気がふんぷんに漂う。

人の移動は確実に感染を広げる

再流行の伝播状況からは、GOTOキャンペーンは相当危ないことも見て取れる。

再説となるが、この感染は東京に端を発した。感染者が10名を超えた日時を自治体別にみてみよう。

東京5月24日→埼玉6月23日→神奈川6月28日→千葉7月2日、

→大阪7月1日→京都7月10日、兵庫7月17日

→福岡7月8日

→静岡7月12日

→愛知7月15日

この流れからは、東京→周辺地区、東京→地方主要都市→周辺地区、という二つの広がりが見て取れる。いずれも「東京からの人の移動」による感染蔓延に他ならないだろう。つまり、「人の移動が増えれば、感染は確実に広がる」。GOTOでの往来は、無症状感染者や感染初期の軽症者が移動、もしくは接客することにより、地域を超えたウイルス伝播を必ずもたらすだろう。それも東京以外の上記9自治体で直近(7/19)の新規陽性判明者は270名を超える。この数は、東京から各地に感染伝播が始まった6月下旬の都の新規陽性判明者数(日平均60程度)の4倍以上にもなる。想定以上に拡大ペースは速いのではないか。

通勤の県境超えと異なり旅行による移動は伝播が速い

さらにもう一つ気がかりなことがある。地域を超えた移動による感染は、伝播後の拡大スピードがとても速いということだ。たとえば、東京で新規陽性判明者が10名を超えたのは5月24日。それが、60名に達したのは6月28日でこの間、34日を要した。対して大阪の場合、7月1日に10名に達しその後、たった14日で60名を超えている。福岡でも10名を超えたあと11日で30名に達している。地方核都市の拡大スピードは速い。

なぜこんなことが起きるのか、というのも動態を考えると見当がつく。

たとえば、東京や周辺部の自治体では、基本は勤務地と家の移動が主となる。埼玉や千葉都民は東京から帰って家で寝るだけ、という人が多いだろう。だから、活動範囲が狭く、伝播は遅い。そのため、流行の立ち上がりの早かった神奈川・埼玉・千葉だが、いまだに新規陽性判明者が50名を超える日はない。

一方、観光や出張などで移動をする場合、歓迎・懇親会があったり、観光地巡り、ホテル周辺での飲食をするなど、自ずと活動範囲が広くなる。だから、感染スピードも上がるのだ。

これらのことも合わせて考えると、観光を目的としたGOTOキャンペーンは、相当なスピードで感染の地方伝播を引き起こすにちがいない。

もはやマイクロツーリズムさえ成り立たない

さて、GOTOキャンペーンの推進と感染予防の両にらみをする人たちからは、「限られた地域内での観光=マイクロツーリズム」への鞍替えを要望する声が出ている。ただし、この施策は自治体ごとにキャンペーンを打たねばならないという煩わしさがある。しかも、隣県などを含めた地域ブロック内での異動となると、他県との連携も必要なために、実現のハードルはさらに高くなる。

何より現在では、東京だけでなく、大阪、愛知、福岡ですでに感染爆発が起きている。関西圏、九州圏、東海圏というブロックでのマイクロツーリズムは何の危険回避にもならないだろう。かといって、大阪・愛知・福岡抜きで周辺県だけでブロックを作っても、消費喚起は小さいから、これも意義は薄い。また、感染爆発自治体は、都府県内での超マイクロツーリズムをすればよいという声も聞かれるが、これも無茶だ。たとえば東京でこれを行うと、行き場を失った都民が御嵩や高尾などにあふれかえることになる。結果、感染が青梅や八王子や奥多摩に広がることになり、地元としてもいい迷惑だろう。

どう転んでもGOTOキャンペーンは成功しない

そもそも、私はGOTOキャンペーン自体には大賛成だった。ただそれはあくまでも、感染症を抑え込んだ上での話だ。前稿でも書いたが、そのためには、各自治体の新規陽性判明者を一度、0近傍まで抑え込むこと。そこまですれば、その後の感染再流行も小さく、抑えも効く。ところが東京と神奈川がその条件を満たさず、緊急事態宣言を前倒し解除したことが一つ目の間違い。予定通りあと1週間きっちり自粛を続ければ、状況は相当好転していたに違いない。

二つ目は、東京で夜の街クラスター潰しを早期に徹底すべきだったこと。その方法も前項をご覧いただきたい。

この二つがなされず感染爆発が起きてしまった現在、もはやGOTOキャンペーンは失敗に終わるしかないと思っている。行く末は以下3つのどれかだろう。

(1)各地に感染が伝播し、8月中には日本全体がCOVID19の感染クラスター化する。

(2)ある程度の感染蔓延に伴い、旅客数が減り、キャンペーンが低調なまま終わる。

(3)旅先で感染防止策が強く施され、また観光客も出歩きや飲食を減らし、観光消費が盛り上がらぬ殺伐としたキャンペーンとなる

いずれにしても政府の責任は免れないだろうが、(1)になった場合、政権自体が崩壊することもあり得るだろう。

ボルソナ脳は小利を焦って大利を失う

最後に、今回のCOVID19再流行場面で、重症者が少ない理由を改めてもう一度、列挙しておく。

一つ目は、「今が少ないだけ」で、これから増えるというタイムラグだ。前々項(なぜPCR検査は増やせなかったのか https://note.com/ebitsugu/n/n954a2126cb24)で書いた通り、3・4月の頃はPCR検査を受けるのは「発熱が4日続いた後」だった。それが現在では積極検査で発症初期や無症状で陽性判明する人が多くなっている。発症後10日前後で重症化するのが一般的だから、それまでに時間がかかっている、というのがこの説の論拠だ。4月と比べると、重症増加には2週間程度の遅れが出る。

続いて、感染者の「年齢構成」だ。こちらは本稿冒頭の論考を再説すると、陽性判明者の多くが20~30代であり、この年代は重症化率が低いために、重症患者が増えないということだ。ただこちらも、6月下旬で60歳以上の陽性判明者が増加し、それに従い重症者も増えだしている。

三つ目は、「高温下では重症化率が下がる」という理由だ。元々、コロナウイルスは高温・多湿に弱く、夏季には感染が収まるといわれたが、これは間違いだった。現在、熱帯のブラジルやメキシコ、インドで大流行しているのを見てもわかるだろう。ただし、熱帯地区では流行しても重症者や死亡者が少ない。同じ漢民族が主となる中国、香港、シンガポールの死亡率を比較すると、中国5.5%(武漢の平均気温15.8℃)、香港0.6%(同21℃)、シンガポール0.05%(26℃)と見事に平均気温と逆相関になっている。

香港やシンガポールはSARSやMARSの苦い経験があるので防疫が万全だったからだ、という見方もあるが、納得性は低い。何せシンガポールは淡路島と同じくらいの狭い国土で、4万7000名も感染者が出ているのだ。人口当たりの陽性判明者数は、アメリカ肩を並べるほどであり、防疫に成功などしていない。これだけの狭い国土で感染爆発が起きれば、医療崩壊も不可避なところだが、全くそうした事態には至らず、死者はたった27名!防疫体制云々ではなく、明らかに「気温の高さ」が重症化を阻んでいるように見て取れる。

そして4つ目は、「ウイルス自体が変異して弱毒化している」というものだ。この件については、16日の衆院予算委員会で、東大先端科学技術研究センターの児玉龍彦名誉教授が、ウイルスの変異を指摘し、新たなCOVID19に対して「東京・埼玉型」と名付けていた。ただ、感染判明者→死亡者を(感染から死亡までの期間である)3週間ずらしで死亡率を出してみると、アメリカも日本同様、下がっている。両国とも夏になり高温化により減少したとも思われるが、冬となっているオーストラリアや南アフリカでも死亡率は下がっている。つまり、弱毒化の可能性も大いにある。

これら四つの「重症が少ない理由」のうち、最初の二つ(タイムラグ、年齢構成)は、今が少ないだけなのだから、GOTOキャンペーンを実施しても大丈夫という根拠には全くならない。

3つ目の「季節要因」は確かに高温期の今ならGOTOキャンペーンをやっても良いという一因にはなるが、その結果、蔓延が秋口まで長引くと、今度は一転、「やらなければ良かった」ということになる。なので、これも諸手を挙げてGOTOを後押しする理由とはならない。

こう見てくると、4つの軽症化要因のうち、GOTOキャンペーンを行っても大丈夫な理由というのは「弱毒化」一つだけしかないのだ。この可能性や影響度がまだ未判明の段階で、GOTOキャンペーンをやるべきというのはいささか危険に過ぎたと言わざるを得ないだろう。

「風邪より軽い」といって、経済再開の旗振りをして、結果、ブラジル経済をどん底に突き落としたボルソナロ大統領。同様に経済再開を急いだテキサス・フロリダ・アリゾナなどが、壊滅的な打撃をこうむっているアメリカ。結局、「経済を殺すな」という掛け声で始まるビジネス活動は、「小利を焦って大利を失う」典型になるのではないか。

プロフィール

海老原嗣生株式会社ニッチモ代表取締役、『HRmics』編集長

株式会社ニッチモ代表取締役、『HRmics』編集長。リクルート人材センター(現・リクルートエージェント)にて新規事業企画や人事制度設計等に関わった 後、リクルートワークス研究所へ出向、『Works』編集長に就任。2008年リクルートを退 職後、㈱ ニッ チモを設立。企業のHRコンサルティングに携わるとともに、㈱リクルートキャリア発行の人事・経営誌『HRmics』の編集長を務め る。 経済産業研究所プロジェクトメンバー、中央大学大学院戦略経営研究科客員教授。

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