2011.05.19

復旧を目指しても、水産業は元に戻らない  

勝川俊雄

社会 #東日本大震災#漁業#漁業組合

東日本大震災によって、三陸地方の基幹産業である水産業が壊滅的な打撃を受けました。「一日も早く漁を再開したい」「船さえあれば魚は捕れる」という漁師の声が連日のようにメディアで取り上げられています。先がみえない状況で、仕事を再開したいという漁業者の気持ちは痛いほどわかります。しかし、筆者にはインフラ整備をすれば、水産業が復興できるとは思いません。その理由は以下の4点です。

(1) 被災前の状態に戻すために十分な予算がない。

(2) 被災前の状態に戻しても、日本漁業には未来がない。

(3) 加工・冷蔵が復活しなければ、魚の値段はつかない。

(4) 一度失ったシェアは、前と同じ価格・品質では取り返せない

被災前の状態に戻すために十分な予算がない

日本の沿岸漁業は、これまでも幾度となく、地震やそれにともなう津波の被害を受けてきました。これまでの災害復旧の基本的な考えは以下のようなものです。

(1) 漁業組合が被害の調査をして、被害金額を積み上げる。

(2) 政治力を駆使して、公的資金による補償を勝ち取る。

(3) 得られた補償金を、被害金額に応じて、平等に配分する。

過去の災害では、このような方法は一定の効果を得ることができました。被害地域が比較的狭く、保障の対象が漁業をはじめとするいくつかの業種にかぎられていたために、十分な費用を得ることができたからです。ところが、今回の災害では、がれきの撤去、道路や住居などの生活インフラの整備に、莫大な費用がかかります。漁業を、元通りに復旧するための十分な予算は得られないでしょう。

被災前の状態に戻しても、漁業に未来はない

三陸にかぎらず、日本の漁業は、何十年も衰退の一途をたどっています。50代60代の漁師が「若衆」と呼ばれている漁村もあり、高齢化も行き着くところまでいってしまったような様相です。被害の中心となった岩手・宮城では、漁業従事者の約半数が60才以上で、後継者はほとんどいません。宮城県の漁業就業者の年齢分布は次の図のようになります。被災前の状況に戻したとしても、その先に明るい未来はありません。

水産業の復興には、最低でも5年はかかかりますから、60歳以上の漁業者に投資をしても、長い目でみて、地域活性化にはつながりません。漁業が抱える構造的な問題を明らかにした上で、世代交代を進める必要があります。現在、漁業に従事しているお年寄りのことだけを考えるなら、産業政策ではなく、福祉政策で対応する方が妥当でしょう。

後方設備の重要性

水産業は、魚を捕る人だけで成り立っているわけではありません。魚を加工したり、冷蔵したりする人がいて、はじめて魚の値段がつくのです。今回の災害では、被災地の加工場、冷蔵・冷凍施設を含む後方施設が、壊滅的な打撃を受けました。加工流通分野はすでに負債を抱えている上に、設備を失い、自力での再建は困難です。加工流通分野が消滅すれば、魚を水揚げしたところで値段がつかず、産業として成り立ちません。

水産加工業の雇用も地域にとって重要です。被災地域では、宮城、福島、茨城ともに、加工業者の方が漁業者よりも多くなっています。この地域の雇用に対しては、漁業よりもむしろ加工業の方が重要なのです。

失われたシェアは取り返せない

これまで、被災地の水産物を購入していた商社や小売業者は、現在、新しい購入先を必死で探しています。彼らは、足りなくなったものを、世界のどこかから、引っ張ってくるでしょう。

こうして被災地の水産物に代わる、新しい購入ルート・購買実績ができてしまうので、仮に、被災地の水産業が元の状態に戻ったとしても、失ったシェアは元には戻りません。時間の経過とともに、新しい取引先との関係は強化されていくので、できるだけ早く、以前よりも競争力のある水産業を育てる必要があるのです。

ビジョンを欠いた補助金行政

水産庁は5月6日に復興プランを発表しました。「漁業は漁船があれば操業可能」「漁港・市場の本格的な復旧に先立ち応急措置が必要」と書かれているように、漁業分野のインフラさえ設備すれば、それでよいという考えです。

http://www.jfa.maff.go.jp/j/yosan/23/pdf/20110506sinnsai_eikyou_taisaku.pdf

水産関係補正予算 2153億円の内訳は次のようになっています。

1.漁港 308億円

2.漁船保険 940億円

3.海岸・海底清掃 123億円

4.漁船・共同定置  274億円

5.養殖施設  267億円

6.漁協が所有する市場・加工施設 94億円

7.金融支援 223億円

漁業組合(魚を獲る人)を手厚く保護する一方で、加工・冷蔵・流通分野には何の補助もありません。きわめてかぎられた復興費用を、魚を獲る人だけに薄く配分しても、地域の水産業は生き残れません。

インフラを整えても、漁業は発展しない

漁業インフラに投資したからといって、水産業が発展するわけではありません。そのことは被災前の日本の状況をみればわかります。日本の水産予算は世界一であり、その大半を漁港などのインフラ整備につかってきました。

わたしは、世界のさまざまな漁業をみてきましたが、日本のように立派な漁港が、無数に存在する国はありません。日本は世界一の水産土木大国ですが、肝心の水産業は衰退の一途をたどっていました。高度経済成長期以降は、「水産土木栄えて、水産業滅ぶ」というようなありさまです。今回の震災復興でも、同じ失敗を繰り返そうとしています。

被災前には、世界一の漁業インフラがあったにもかかわらず、日本漁業は衰退をしていました。構造的な問題を放置したまま、旧態依然の補助金行政でインフラを再整備しても、被災地の水産業に明るい未来はないのです。

では、漁業の復興はどうあるべきなのか。稿を改めて論じてみたいと思います。

プロフィール

勝川俊雄

1972 年、東京生まれ。三重大学生物資源学部准教授。東京大学海洋研究所助教を経て、2009年より現職。専門は、水産資源管理、水産資源解析。日本漁業の改革のために、業界紙、インターネットなどで、積極的な言論活動を行っている。

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