2024.06.24

8分で読める「ブラックホール」:出生率と少子化についての適切な理解に向けて

中里透 マクロ経済学・財政運営

社会

「0.99ショック」をきっかけに東京の出生率の低さに再び注目が集まっています。2か月ほど前に公表された人口戦略会議(議長=三村明夫・日本製鉄名誉会長)の報告書では、東京都の16の区をはじめとする25の自治体が「ブラックホール型自治体」とされ、東京は「人を吸い込むブラックホール」であると報じる新聞やテレビのニュースもありました。

0.99という数字に象徴されるように、東京が子どもを産み育てにくい場所だとすれば、地方から東京へという「人の流れ」が変わらない限り、少子化と人口減少がますます加速してしまうことになりかねません。

もっとも、「東京はブラックホール」という議論については、その意味するところに留意して、その状況を注意深くながめていく必要があります。というのは、この議論のもとになっている出生率の指標(合計特殊出生率)にはバイアス(特定の方向への偏り)が含まれている可能性があるからです。データにクセがあるとすれば、それを補正して物事を認識したり理解したりしないと、さまざまな判断に誤りが生じてしまうことになります。

そこで、以下では出生率と少子化をめぐる議論に資することを願って、Q&Aの形式でこの問題に関する論点について取りまとめてみたいと思います。なお、手軽に読めるよう、グラフなどは使用せず、文章による記述だけでさっと読み見通せる仕様にしたいと思います。

本稿の記述に関連するデータの相当程度は、財務省において5月28日に開催された研究会の資料(「東京はブラックホールなのか」 https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/fy2024/lm20240528.pdf)を利用することで自由に得ることができます。以下の記述において[スライド●]とあるのは、上記の資料の各ページの右下にある番号に対応するものです。必要に応じ適宜ご参照ください。

それではさっそく本題に入りたいと思います。 

――「東京はブラックホール」ってどういうこと?

「東京はブラックホール」という話は、10年前に日本創成会議から公表された「ストップ少子化・地方元気戦略」というレポートをきっかけに盛り上がった議論です。同レポート(しばしば「増田レポート」と呼ばれます)では、東京をはじめとする大都市は出生率が低いにもかかわらず、「若者」は地方から転出して大都市に集まるため、このような若年層を中心とする「人の流れ」が少子化を加速させているとの問題意識が示されました[スライド8]。

多くの若者を集めておきながら、次の世代を担う子どもを産み育てる環境にない大都市、とりわけ東京は「ブラックホール」というわけです。

これを引き継いで、今年の4月に人口戦略会議から公表された「地方自治体『持続可能性』分析レポート」では、他地域からの人口の流入(社会増)がない場合に2050年の時点における若年女性人口(20~39歳の女性の数)が2020年対比でみて半減、あるいはそれ以上減ってしまう自治体が「ブラックホール型自治体」に区分されました[スライド6・7]。25あるブラックホール型自治体のうち16は東京都特別区(23区)を構成する「区」となっています。

――なぜ大都市は出生率が低くなるの?

日本創成会議のレポートでは人口が過密であり、住居や生活環境の面で子育ての環境に恵まれないことや、地域での孤立が低出生率の原因とされています[スライド9]。この見立てが妥当なものかということについては後半の部分で改めて説明します。

――「出生率が低い」というのは具体的にはどういうこと?

「東京の出生率は低い」というときに参照されるのは、合計特殊出生率という出生率の指標です。この指標は1年間に生まれた子どもの数(出生数)を、出産可能年齢とされる15~49歳の女性の数(女性人口)で割ることで求められます(年齢階層ごとの計算などより詳細な説明は2つ下の項にあります)。

毎年、6月に入ると厚生労働省から前年の合計特殊出生率の速報値が公表されますが、都道府県別の数値では毎年きまって東京都が最下位となります。6月5日に公表された2023年分の速報値では東京都の出生率がついに1を割り込んで0.99となりました。

――少子化のことは合計特殊出生率を見ていれば十分?

合計特殊出生率は現在の少子化の状況や今後の人口動態を確認するうえで便利な指標ですが、留意すべきこともあります。それは、この指標が未婚者も含む15~49歳の女性の総数を「分母」とする指標だということです。日本では結婚していない女性が産む子どもの割合はとても少ないので(2%程度)、未婚者の増加は出生率の低下につながることになります。したがって、少子化の状況を適切に把握するためには、未婚率、あるいは有配偶率の推移を併せて見ることが必要になります。

仮に未婚率(あるいは有配偶率)が横ばいで推移していたとしても、結婚している女性が産む子どもの数が減れば、そのことも少子化の原因となるため、有配偶出生率の動向についても確認が必要となります。

なお、出生率のことが報じられると新聞の紙面などに「子育て支援の充実を」という趣旨のコメントがしばしば登場しますが、出生率の低下の相当程度は未婚率の上昇によるものなので、「少子化対策=子育て支援」という単純な図式で物事を考えてよいかということについては十分に慎重な判断が必要となります。この点について、適切な理解が広く共有されることが望まれます。

 

――「東京の出生率が低いのは若者が流入が多いから」というのは本当?

合計特殊出生率を計算する際の分母となる女性人口には未婚の女性も含まれるため、10代後半~20代の女性が進学や就職で数多く東京にやってくることは、データとして観測される東京の出生率の低下をもたらしている可能性があります。全国でみても10代後半~20代前半の女性は9割以上が未婚、20代後半についても6割以上が未婚となっているため、この年代の女性の流入・流出は、それぞれの地域の合計特殊出生率の数値に、場合によっては大きな影響をもたらす可能性があります。

ただし、これは出産可能年齢(15~49歳)の女性人口に占める10代後半~20代の未婚女性の割合が高まるから(あるいは、低くなるから)という単純な話ではないことに留意が必要です。

ここで改めて合計特殊出生率について確認すると、この指標は各年齢階層ごとに(都道府県の場合、通常は5歳階級別)、その年齢層の女性が産んだ子どもの数を女性人口で除し、女性人口千人当たりの出生数を求めたうえで、その値を15~49歳まで足し上げることで算出されます(1人当たりの数値に変換するため、最後に1,000で除します)。したがって、10代後半~20代の女性の流入によってこの年齢層の女性の数が大きく膨らんだとしても、そのこと自体が直ちに出生率の数値に大きな影響をもたらすことはありません。

それではなぜこの年代の女性の流入・流出がそれぞれの地域(都道府県・市区町村)の出生率の数値に影響を与えるのかというと、20代の女性の中に占める未婚者と既婚者(有配偶者)の割合が地域によって大きく異なったものとなるためです(非嫡出子の割合は2%程度にとどまるため、このことは合計特殊出生率の「分子」、すなわち出生数の多寡にも影響を与えることに留意)。

進学や就職で数多くの若年女性がやってくるため、東京では他の地域に比して20代の女性人口に占める未婚者の割合が高くなり、結果として20代の女性の出生率が低くなりまる。それに伴い15~49歳の女性を対象とした指標である合計特殊出生率も低下することになります。ここでのポイントは、地元に残った人と東京に移り住んだ人ではタイプが異なり、結婚や出産の行動に違いがみられる可能性があるということです[スライド15・16] 。20代の大半を未婚のまま過ごす女性が多いことが、未婚率の高さと出生率の低さにつながっているということになるわけです。

――東京の出生率が低いのは子育ての環境に恵まれないからなのでは?

「増田レポート」によればそのようになりますが、その見立てはどの程度もっともらしいものなのでしょう。このことを考えるうえでは有配偶出生率の状況を確認することが役に立ちます。もし子育ての環境に恵まれないために子どもが生まれないということであれば、東京の有配偶出生率は他の地域に比して低くなるはずだからです。

そこで、配偶関係別に出生率を計算できる2020年(国勢調査の実施年)について有配偶出生率の状況を見ると(15~49歳有配偶女性人口千人当たり)、全国が73.0人であるのに対し、東京都は74.6、東京都区部は77.6となっています。これを見る限り、子育ての環境に恵まれないから東京の出生率が低いという説は支持されないように思われます。

人口密度や住居費の高さという点では東京都の区部(23区)はその最たるものですが、有配偶出生率について見ると、ほとんどの区で全国平均を上回っています[スライド13]。

――東京よりも地方のほうが未婚率は低く出生率は高いから、やはり地方のほうが子育ての環境はよいのでは?

さきほど、進学や就職を機に転入する女性が多いことが、東京都の未婚率の高さと出生率の低さにつながっているという説明をしましたが、これと同じメカニズムによって、若年女性の転出が多い地域では低い未婚率と高い合計特殊出生率が観察されることがあります。この場合に、未婚率の低さと出生率の高さをもってその地域が「結婚しやすく子どもを産み育てやすい場所」だと考えると、判断を誤る可能性があります。

というのは、未婚率の低さと出生率の高さは、多くの若年女性がその地域から流出してしまったことの「結果」でもあるからです[スライド15・16]。出生率の高さとは裏腹に、出生数が以前と比べ減ってしまったということが起こるのは、このためです。

 

――有配偶出生率が高くても、有配偶率が低ければ(未婚率が高ければ)、その分だけ生まれる子どもの数は減ってしまうので、有配偶出生率を見ることには意味がないのでは?

人口動態について考えるうえで有配偶出生率は有益な指標ですが、もちろん完璧な指標ではないので、有配偶率(あるいは未婚率)などを併せて見る必要があります。

たとえば「1.57ショック」の起きた年、1990年と、直近の国勢調査が実施された年、2020年を比べると、有配偶出生率は2020年のほうが高くなっているのに対し、有配偶率は2020年のほうが低くなっています。このような場合、有配偶出生率だけを見ていると、たしかに誤った判断が導かれてしまいます。未婚者の増加が人口動態に大きな影響をもたらしていることが見落とされてしまうためです。

この点に関して言えば、1990年代から2000年代にかけての少子化対策は、待機児童対策などの子育て支援策に偏りがちで、未婚者への対応が軽視されてきたきらいがあったように思われます。

「ブラックホール」をめぐる議論は出生率の時系列的な推移というよりは地域差に着目するものですが、この場合にも有配偶率(あるいは未婚率)のことは十分に考慮する必要があります。このことを踏まえて各地域(都道府県・市区町村)の出生の状況を確認するには、それぞれの地域における各年の出生数を15~49歳の女性人口(未婚者などを含む総数)で除し、それを出生率の指標とすることが一案となります。

2020年について都道府県別に15~49歳女性人口千人当たりの出生数を計算すると、東京都の数値は東日本の平均的な水準とほぼ同じになります[スライド21]。出生率は西高東低の状態になっているため、西日本の各県と比べると見劣りがしますが、それは東日本全体についていえることで、東京だけが「ブラックホール」になっているわけではありません。東京の都心3区(千代田区・中央区・中央区)についてみると、沖縄県以外の道府県の水準を上回っています。

なお、居住環境や生活環境など、子育ての環境に恵まれた地域であるかどうかを確認するための参照指標としては、有配偶出生率が引き続き有用な指標であることに変わりはありません。

この点に関して言うと、東京の居住環境や生活環境が他の地域よりも劣っているというのがどの程度もっともらしいことなのかということについても、予断を持たず点検を進めていく必要があります。たとえば6月17日に公表された「住みよさランキング2024」(東洋経済新報社「都市データパック」編集部)では、ベスト50に東京都区部の6つの区と都下の5市が入っています(対象は東京の都心3区を除く全国の812市区)。

――各自治体の人口構成の違いが調整されていない有配偶出生率を見るのは問題なのでは? 

さきほど見たように合計特殊出生率は年齢階層ごとに出生率を計算し、それを足し上げる形で算出されるため、たとえば他地域からの流入で20代の人口が膨らんでも、その影響は自ずと均されることになります。これに対し、有配偶出生率は15~49歳までの女性の総数と出生数をもとに算出されるため、各自治体の人口構成の違いは調整されません(指標にそのまま反映されることになります)。

合計特殊出生率と平仄が合うようにするには、人口構成の違いを調整する必要があるのではないかというのが、ここで問われていることなのではないかと判断されます。

もっとも、ある地域(都道府県・市区町村)の出生力がどのくらいあるかを知りたい場合、その地域の人口構成が出生率の指標に適切に反映されるのは、むしろ好ましいこととなります。たとえば、15~49歳の女性人口が同数の自治体でも、30代の女性が多い自治体と40代の女性が多い自治体とでは「地域の」出生力は異なったものとなることが予想されます。このような違いは、それぞれの人口構成の違いを明示的にとらえることで初めて把握することが可能となります。

合計特殊出生率は一人の女性が生涯に産む子どもの数を仮想的に表す指標なので、各年齢層の女性の出生率を単純に足し合わせる形で指標が作成されているのですが(一人の女性のたどる履歴を表すものなので、話の筋合いから言って、いずれの年齢層にも同じウエイトが付されなくてはなりません)、それに引きずられてしまうのか、「出生率は人口構成の違いを調整して作成されるべきものだ」という思い込みに基づく説明が散見されます。

しかしながら、東京都に住んでいる「個人の」出生率と東京都という「地域の」出生力は明確に区分する必要があり、後者については当然のことながらその地域の人口構成の影響が適切に反映されることが求められることになります。国立社会保障・人口問題研究所が公表している将来推計人口の算定においても、各年齢階層別の人口が推計を行う際の初期値として与えられます。このことを想起すれば、人口構成を考慮することの必要性は容易に理解されるでしょう。

――合計特殊出生率と有配偶出生率のどちらをみるほうがよいの?

これは指標を利用する目的によるため、どちらがよいという「正解」はありません。物価の動向をながめる際に、これぞまさに「物価」という指標がないのと同じように、目的に応じて使い分けたうえで、複数の指標を併せて見ることが必要と思われます。

たとえば、デフレ脱却が実現したかということを判断するための指標として、政府(内閣府)は2006年に消費者物価、GDPデフレータ、需給ギャップ、ユニットレーバーコストの4つを参照する方針を示しましたが、これと同様に、少子化の状況を点検する際にも合計特殊出生率、有配偶出生率、未婚率(あるいは有配偶率)、出産可能年齢(15~49歳)の女性人口の推移などを併せて確認することが必要となります。

話は尽きませんが、8分の時間枠を超えてしまいそうなので、これにてこの文章を閉じることといたします。最後までお読みくださり、ありがとうございました。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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