2013.02.26
動き始めた「生活支援戦略」をひも解く
1月25日、厚生労働省は社会保障審議会「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」(以下特別部会)の報告書を公表した。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002tpzu-att/2r9852000002tq1b.pdf
この特別部会は、生活困窮者や社会的に孤立した方の抱える問題、生活保護制度の課題等について、全体的かつ包括的な議論を行うために2012年4月に発足した。そして、社会保障・税一体改革大綱(平成24年2月17日に閣議決定)に盛り込まれた「生活支援戦略」の策定を念頭に、全12回にわたって、研究者や支援者、地方自治体の首長など、官民の専門家を中心にさまざまな議論がなされた。
ここでまとめられた「生活支援戦略」は、平成25~31年の7カ年を対象期間とし、生活困窮者への支援体制の底上げ・強化や体制整備を計画的に進めるための、国の中期プランとしての役割を担うことになっている。じつは今、この「生活支援戦略」を中心に、この国のセーフティネットのあり方そのものが一大転換点を迎えようとしている。
生活困窮者対策というと「生活保護」をめぐる動きがクローズアップされがちだ。実際に政府は8月以降から段階的に「生活保護の引き下げ」を開始すると発表している。
「生活保護」については拙稿『生活保護の「引き下げ」は何をもたらすのか』;https://synodos.jp/welfare/743
しかし一方で、同時期に並行して議論されてきた「生活支援戦略」については、その役割の大きさや内容の斬新さにも関わらず、各所で議論される機会を得てきたとは言い難い。本稿では、粛々とかつ着実に準備が進められ、今後の生活困窮者支援体系の行方を大きく左右するであろう「生活支援戦略」について、その一部を簡単に紹介する。
生活支援戦略の両輪
生活支援戦略は既存の生活支援制度の見直しとアップデートをその大きな役割として掲げている。具体的には「新たな生活困窮者支援制度の構築」と「生活保護制度の見直し」を両輪としている。以下に、提起されているいくつかの案を列記する。
~新たな生活困窮者支援制度(7つの柱)~
★総合相談支援事業
地方自治体と民間の協働によるワンストップの総合相談窓口を設置し、切れ目のない伴走型・よりそい型支援の実施。
(生活支援戦略の根幹の事業。ここから以下の各事業につなげていく)
★就労準備支援事業
すぐさま一般就労が難しい方に対して、就労のための訓練や生活習慣、社会的能力を身につけるための訓練をおこなう。
★中間的就労
就労体験を通じたステップアップを目指して「労働」というより「ケア」や「社会参加」の機会としての軽作業などをおこなう事業。
★ハローワークと一体となった就労支援の抜本強化
地方自治体とハローワークの連携によるワンストップの就労支援の窓口の設置。
★家計再建に向けた支援
支出の適正化の指導や、必要に応じて貸付や金銭管理等により、家計再建をおこなう事業。
★居住の確保のための支援
家賃補助の制度(住宅手当)の恒久化や、必要に応じて一時的な居住等の支援、空き室情報の提供事業など。
★貧困の連鎖の防止(子ども・若者)
生活困窮家庭の子ども達に対する学習支援や、ニート・ひきこもりへの支援等。
~生活保護の見直し(3つの柱)~
★就労自立支援の強化
就労可能な生活保護利用者への集中的な就労支援と就労収入積立制度の導入など。
★健康生活面での支援
生活保護利用者の健康管理(保健指導等)や家計管理(領収書の保存や家計簿の作成等)、居住支援(代理納付の促進や見守り等)など。
★不正受給対策
調査・指導権限の強化(扶養照会の調査対象の拡大等)、返還金と保護費との調整や差し押さえ(本人の了承を得て天引きや差し押さえを可能にするか検討)、稼働能力があるのに就労の意欲のないものへの審査の厳格化など。
生活保護の見直しに関しては拙稿『「生活支援戦略に関する主な論点(案)」における「生活保護の適正化」についての私見』;https://synodos.jp/welfare/1449
「ワークファースト」という禁断の果実
以上の案はまだ「案」の段階である。しかし、それぞれの項目において明らかに見えてくる「生活支援戦略」のコンセプトは、いわゆる「ワークファースト型」の社会保障を構築していこうとするものに見える。
つまり、可能な限り「就労支援」をベースにして、生活困窮者は生活保護に至る前に支援し、生活保護利用者は生活保護からの脱却を目指していくということ。すぐさま就労が難しい方に関しても、その「前提」のもと就労準備支援や中間的就労などを拡充し、また家計再建という名のもとに金銭管理や家計簿の作成の指導なども行うということを提起している。
もちろん、就労可能な方やその準備ができている方にはワンストップでの就労支援は魅力的なものだろう。しかし、生活困窮に陥る方の中には、高齢であったり、病気や障がいをお持ちの方が多いのは事実で、そんな彼ら・彼女らにとって「ワークファースト型」のセーフティネットは「北風と太陽」でいうところの「北風」でしかない。
「就労」には「雇用主」がいなければならないし、就労する人の労働環境や労働条件が守られなければならない。また、そもそも働くことが難しい方への支援が手薄くなってしまう可能性も高いし、福祉事務所側の権限強化などにより、就職活動がうまくいかなかった場合、制度そのものへの「受給抑制」につながってしまう可能性も見過ごせない。
ただ、「就労」を前提としておこなう支援は非常に分かりやすい。なぜなら「ゴール」が明確だからだ。「何人相談に来て何人就職して自立した」という数字はシンプルで実績にもなる。しかし、逆に言うと、そういった「数字」を求められ、支援する対象を無意識に「ゴールへのたどりやすさ」を基準に「選別」させやすくしてしまう危険性を孕んでいる。
実際に支援によって「就労」に結びつけば社会保障費の削減にもつながるだろう。しかし、「ゴール」の設定により無意識化され、画一化されたメニューの提供が行われるのであれば、それは利用者・当事者目線のものでは決してなくなる。
すなわち、そもそもの前提がワークファースト(就労支援が優先)と決められていると、その人その人の本来の意味での「個別支援」に目が向かなくなってしまう可能性を否定できない。
「ワークファースト」は禁断の果実である。禁断の果実を齧ることによって得られるものと、失われるものについて、「後悔」する前に丁寧に考えていかなければならない。
「ワンストップ」は天使か悪魔か
また、ここで謳われている「総合相談支援事業」は生活支援戦略において根幹をなす事業である。地方自治体と民間の協働でワンストップの総合相談窓口をつくり、生活困窮者の最初の相談先としてアセスメント(その方の状況の整理と問題点の把握)と、適切な支援機関へのつなぎ(他の各事業へのつなぎ)、継続してのフォローアップを行うことが狙いだ。
もちろん、ワンストップ型(窓口をたらい回しされることなく、ひとつの窓口でさまざまな支援を受けられること)の相談窓口は必要だ。また、そこを経由して一人ひとりへの「よりそい・伴走型(支援する人・される人が二人三脚で一緒に考えながら進んでいくこと)」の支援を行うことができるのはとても大きな利点だろう。
しかし、ひとつの窓口に「集約する」ということは、支援の効率化や実効性を向上させるものの、そこで上手くいかなかったときに「次の相談先がなくなる」というリスクがある。実際に現在、全国各地の「福祉事務所」が担っている役割は、実質上の「ワンストップ窓口」に近い。しかしここでは「水際作戦(本来必要な支援を受けられる人を違法に窓口で追い返すこと)」と呼ばれる制度利用への違法な「受給抑制」の手法が取られるなど、必ずしも万全の「ワンストップ窓口」として機能しているとは言い難い。
そういった既存の問題がレビューされることなく、「民間と協働」で総合相談窓口を設置するということは「臭いものにふたをする」的な発想だ。それこそ新たな担い手としての民間からの「風」を有効活用できないばかりか、既存の枠組みの代替を担わせることにしかならない恐れもある。
そして体制に関しては、「委託」というかたちにおいてこれまでも「新しい公共」の問題点として如実に出ていた課題である「権限の範囲」の問題や「情報管理」の方法、担い手である民間団体の人件費や待遇等の格差などを忘れてはならない。実際に特別部会の議論の中でも、既存の福祉事務所における専門職の増員などをまず行うべきとの意見も多かった。その辺りの既存の枠組みとの役割の整理や連携方法についても丁寧な設計が必要だろう。
また、相談に関しても「ワンストップ窓口」という重責はとても大きい。この窓口での相談員は「水先案内人」である。相談に来られる方の最初の窓口として、その方がどういった方法を取ることによって力を取り戻していくのか、適切な案内をして一緒に歩んでいくことが求められる。すなわち、ここでの「働ける/働けない」の判断や、その人に必要だとみなされた支援方法の指針によって、その後のその方の支援の方向性がある程度決定されてしまうという事でもある。
本来、その人に必要な支援を考えるときには、上からアセスメント(本人の状況の整理や問題点の把握)を行うのではなく、本人の希望を踏まえて一緒に方法を考えていくことが望ましい。そして、それを行うためには相談に来られた方と相談員の「対等性」が担保されていなければならない。「水先案内人」が「天使」になるか「悪魔」になるか。また、専門的な「伴走者」になるかは大きな違いがある。
実際に平成25年度の予算に「生活困窮者に対する新たな支援体制の構築」が新規事業(モデル事業)として30億円計上されている。
http://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/13syokanyosan/dl/shuyou-03-04.pdf(2ページ目)
どういった体制で、かつ、どのような人たちがどのような方法でそれを担っていくのか目が離せない。
「虚像」にしないために
ここまで駆け足であるが、「生活支援戦略」の、まだ検討段階の各案について一部をフォーカスして簡単に見てきた。ここでは触れていないが、中間的就労など議論を呼ぶであろう論点はまだたくさんある。
全体として言えるのは、利点もあるが、問題点(心配な点)も多いということだ。すべての案に諸手をあげて賛成することはできないが、画期的で斬新なアイデアや、これまで必要とされていながら実現されてこなかった案など、さまざまな施策がパッケージ化されようとしている。呉越同舟という印象も受ける。
もちろん、実際にどのようなかたちで具体化させていくかは、これからさまざまな方法でモデル事業等にて試行錯誤され、構築されていくことであろう。それについては正直、まだ何も始まっていない今の段階では、何とも考察し難い部分も多い。しかし、この新しい「生活支援戦略」が「虚像」に終わってしまわないように、より実効的で利用者・当事者目線の施策にすることができるように、これからの7年間は一つひとつの事業を丁寧にレビューしていかなければならない。
一人ひとりを支えるために
国が生活困窮者支援を構築していくことは評価されるべきだし、恒久法化し制度化していくことは必要なことだ。しかし、再三触れてきたように、その中身については画一的なものではなく、一人ひとりにあった支援の在り方を包摂した柔軟なものでなければならない。新しい枠組みを作るというのは、とても難しいことだ。「横断的な」「包括的な」「総合的な」などの言葉は、用いるのは簡単だが実際に体系化していくことは大変だ。
もしかしたら、現在行われている取り組みは、さまざまな支援の在り方を全国的に「フォーマット化」し、ベースアップしていく動きなのかもしれない。さまざまな支援の在り方や視点、ノウハウが全国的に共有されれば、必要な人へ必要な支援をより届けやすくなる仕組みを作っていくことができるかもしれない。しかもそれを「官民の協働」で行うとすれば、それは革命的なことだ。
とはいえ本来、一人ひとりの「いのち」を支えていくということは、それだけでとても途方もないことで、正解もマニュアルもない暗中模索を繰り返していくことしかできない。「フォーマット化」していくということは、一人ひとりへの視点が弱くなってしまったり、対象から外れていく、零れてしまう存在を看過してしまうことにつながる恐れもある。
今こそ、制度の谷間を新たに産んでしまうことがないように、対象から外れる、包摂されない人が生まれないように、丁寧にかつ慎重に、現場の声、当事者の話を聞いて、今後の支援体系の創設をおこなっていくべきではないだろうか。これからの7年間で取り組まなければならないことは、あまりにも多い。今後も「生活支援戦略」の動向について注目していきたい。
プロフィール
大西連
1987年東京生まれ。NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。新宿での炊き出し・夜回りなどのホームレス支援活動から始まり、主に生活困窮された方への相談支援に携わる。東京プロジェクト(世界の医療団)など、各地の活動にもに参加。また、生活保護や社会保障削減などの問題について、現場からの声を発信したり、政策提言している。初の単著『すぐそばにある「貧困」』(ポプラ社)発売中。