2016.02.23

薬物問題、いま必要な議論とは

松本俊彦×荻上チキ

福祉 #荻上チキ Session-22#薬物問題#薬物依存症#薬物報道

著名人が薬物で逮捕されるたびに個人の人間性や経歴などが注目されがちだが、薬物依存症の治療や再犯防止に関する議論は十分と言えるだろうか。薬物問題を整理すると共に、薬物報道の問題点とは何なのか、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦氏にお話を伺った。2016年2月3日放送、TBSラジオ荻上チキSession-22「薬物問題で、いま必要な議論とは」より抄録。(構成/大谷佳名)

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

薬物依存症は慢性疾患

荻上 今日のゲストを紹介します。国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦さんです。よろしくお願いします。

松本 よろしくお願いいたします。

荻上 松本さんは清原容疑者の逮捕直後の報道については、どのようにお感じですか。

松本 やはり薬物を使用した個人を攻撃したり、その人の人間性や生き方全体を否定するような語り方は本当に悲しいですよね。僕自身「薬物依存症は病気」という立場なので、「その人の生き方が悪かったんだ」という批判はどうなのかと思っています。一方、刑の執行後の回復や、再犯防止などに関する情報は非常に不足しているなと常々感じております。

荻上 薬物を流通させる売買の問題と、薬物依存症という病気の問題は分けて考えなくてはならないわけですね。そもそも「薬物依存」という言葉の定義はあるのでしょうか。

松本 以前はよく「薬物中毒」という言い方をされていましたが、いま専門家の間では使われなくなっています。「中毒」とは「毒が身体の中にある」ということですから、当然、その治療法は「毒を身体の外に出す」ことです。なので、刑務所に入れれば解毒できてすっかり治る、という考え方になります。

一方、薬物依存症というのは長期的な薬物使用によって中枢神経、脳を中心とした神経系に変化が生じる病気です。依存症になると、薬が手元にない時にも常に薬のことを考えてしまいますし、たとえ何年ものあいだ使っていなくても、その時のことを思い出すような刺激が入ると欲求に襲われてしまいます。

特徴的なのは、自分でやめたいと思ってもコントロールできないという点です。例えば、薬を使っていない状態の依存症の人はごく普通に見えるのですが、実は目の前に薬を置かれると身体中が反応してしまう体質に変わっているんです。

荻上 薬物依存の危険性について改めて教えていただけますか。

松本 誰しも、自分の中で「大事なものランキング」ってありますよね。例えば家族や恋人、将来の夢ややり甲斐のある仕事、あるいは周囲の人からの信頼など。依存症になると、これが変わってしまうんです。まず一番上に「薬物が使えること」がきます。薬物が使える仕事だったり、薬物を使うことを許してくれる仲間やパートナーだったり……。

そのようにランキングが変わると、自分らしさがすっかり変わってしまう。予想していない将来の地点に立つことになります。これは一番恐ろしいことなんです。

荻上 どうしても薬物に手を出してしまう人の側には、どういった課題があるのでしょうか。

松本 もちろんストレスなどは依存症をエスカレートさせる要因としては無視できませんが、ストレスがあっても薬物を使わない人はたくさんいますよね。ですから、薬物を使った経験があることは前提で、やはり逮捕されたり病院に来たりするようになる直前の段階には、現実的に非常に困難な状況があることは強調しておきたいと思います。

荻上 薬物に関しては再犯者率が高いですが、薬物依存症を完治させることは難しいのでしょうか。

松本 はい。薬物依存症は慢性疾患だと理解していただきたいです。例えば、一度糖尿病になった人が食事制限や運動によって血糖値をコントロールすることは可能ですが、好きなだけ甘いものを食べても血糖値が正常範囲内、という体質には戻りません。薬物依存症も同じように、生涯にわたってセルフケアが必要な病気なのです。

荻上 回復は可能でも元通りの体質に戻ることはないことは肝に銘じておかなければいけませんね。

「ダメ、ゼッタイ」の弊害

荻上 薬物依存症対策に関するPRには、入り口で規制しようとするあまり、薬物使用者という時点で「アウトな人」なんだというイメージを与えてしまう部分がありますよね。「ダメ、ゼッタイ」や、昔あった「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」など、依存症の人達に対しては逆効果になりそうなメッセージが特に昔は多かったように思います。

松本 確かに「ダメ、ゼッタイ」によって欧米に比べると日本人の薬物使用率は減少しました。しかし、その代わりに日本で薬物依存症になると孤立するという問題があります。例えば「ダルク」という民間リハビリ施設を新たに作ろうとすると、必ず地元住民が猛反対するんです。

それからもう一つ、これは少年院で10代の覚せい剤依存の子から聞いた話です。彼の父親は覚せい剤取締法違反で刑務所に入っていました。彼は学校で「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」と警察官が話しているのを聞いて、「俺の父親は人間じゃないんだ。人間じゃないやつの子どもは人間じゃないよな」と自暴自棄になり、自分から悪いグループに近づいていったのだそうです。ですから、少数かもしれないけど、リスクの高い子たちが聞いていることも意識した啓発が必要だと思います。

荻上 例えば「ドラッグの売買許すな!」というように、他の犯罪と同じく社会全体で取り組もうという姿勢を打ち出しても良いはずですよね。今のままでは、むしろ「人間やめますか?」という言葉が一部の人にとっては自傷行為として惹かれる面もありそうです。

松本 ありますね。また、「危険ドラッグ」という名前に関してですが、公募ではこれとは別に最も票を集めた候補がありましたよね。「廃人ドラッグ」です。この名前を背負って依存症の人達が回復を頑張れるのか、ということも考える必要があります。

荻上 同じ意味で「危険ドラッグ」もまだまだベストな名前だとは言えないわけですね。

松本氏
松本氏

「大事なのは薬をやりたい時に『やりたい』と言えること」

荻上 依存症の患者の方にとって刑罰は効果的なのでしょうか。

松本 一時的には「自分の今の状況はマズいな」と自覚したり、薬をぬいた頭で将来のことを考えたりする良いチャンスになります。しかし、刑務所にいる期間は長すぎます。どんなにひどい依存症の人でも、絶対に使えない状況であったら欲求は意識しません。

だから、しばらく刑務所にいる間にすっかり良くなった気持ちになるんです。しかし、依存症の人たちが一番多く再使用するのは刑務所を出た直後や、仮釈放・保護観察が終わった直後だということも注目する必要があると思います。

荻上 そうすると、おそらく「反省していないじゃないか」という反応が出てきますよね。

松本 必要なのは反省ではありません。治療です。実際、僕の外来に初めて来られる患者さんには本当に反省している人もいますし、反省していない人もいます。でも、1年後に薬をやめているのはどちらなのかと言えばあまり変わりありません。反省は必ずしも回復に必須なものではないということです。

荻上 他の犯罪でも、反省をより強要するようなプログラムを受けた人はむしろ再犯率が上がるという指摘があります。つまり、反省させることは自尊心を傷つけることなので、「反省したにも関わらずまた手をつけてしまった」と一度引き金が引かれてしまうと、より依存が強まってしまうわけですね。

松本 薬物依存症でも全く同じことが言えます。刑務所に入っても、早く仮釈放をもらうために反省しているふりをする人もいるんです。そして、すっかり嘘つきになって出てきてしまうんですね。しかし、依存症から回復するために大事なのは、薬をやりたいときに「やりたい」と言えることです。援助者の前で正直に言えることが、プログラムを続ける上でも重要なんです。

荻上 刑務所の効果を過大視してはいけないですよね。刑務所には「無力化」という効果がありますが、これは10年間刑務所に入っていたらその間は犯罪しないということです。しかし、「無力化」は更生とは違って刑務所から出た瞬間に終わってしまいます。それなら、10年間を更生のためのプログラムに費やす方が効果的なのではないか。そうした議論は必要になると思います。

松本 依存症は慢性疾患なので、治療が「貯金」できません。つまり、どこかである時期素晴らしいプログラムを受けたとしても、刑務所を出た後に地域で継続されないと意味がないんです。やはり今問題なのは、地域における支援資源が非常に乏しいことです。

荻上 さらに「ダメ、ゼッタイ」的なキャッチコピーが社会にばら撒かれた結果、その支援施設の新設も地元住民から反対される対象になっているわけですね。

松本 医療関係者も「(薬物依存症の患者を)診たくない」という気持ちが強く、支援に取り組む医療機関も非常に少ないです。

通院治療主体のグループ療法『SMARPP』

荻上 松本さんは『薬物・アルコール依存症からの回復支援ワークブック』(金剛出版)という本を監修されています。その中で「SMARPP(スマープ)」という治療プログラムを実践されていますが、そもそも治療のプログラムにはどういったものがあるのですか。

松本 これまでダルクが取り組んできた当事者独自の治療プログラムもありますが、他の選択肢があった方が良いだろう、という思いからこのワークブックを作らせていただきました。

薬物依存の方々は、様々な状況で無意識のうちに欲求を刺激されます。例えば注射器で薬物を使用していた人は、ミネラルウォーターのペッドボトルを見ただけで欲求が入ってしまうことがあります。それを使って薬物を溶いていた記憶を思い起こしてしまうからです。あるいは、新しくできたコンビニエンスストアのトイレに入ると欲求が刺激されてしまったり。それに自分でも気づかない場合があるんです。

SMARPPでは、そういった経験をグループで一緒に振り返りながら、どんな状況で使いたくなったのか、それを避けるにはどうしたらいいのか、欲求が出てきたときにどう対処したらいいのか、お互いに情報交換をしていきます。

具体的には、通院治療主体のグループ療法を行います。週に一回の外来通院で、大体一時間半くらいのプログラムを受けていただいて、それが終わったあとに尿検査をします。ただ、尿検査で陽性反応が出たとしても通報はしませんし、自首を進めたりもしません。なかなか薬物の使用が止まらない場合はプログラムの頻度や強度を少しずつ増やしていくだけです。

荻上 そうは言っても、やはり通報されるのではないかと心配されている方は多くおられると思います。

松本 医療者に通報を義務付けられている薬物は一切ありません。公務員の犯罪告発義務はありますが、援助者や医療従事者は守秘義務を優先しなければならない場合もある。その際の公務員の裁量は認められている、という解釈があります。

荻上 ならば、安心して病院に通院して問題ないということですよね。

松本 はい。ただ、薬物依存症の専門家なら、です。実はこのことを知らない医者も結構いるんです。救命救急の先生なんかはそうで、むしろ正義感から通報される先生もおられます。僕としては、「どんな医療者も通報しない」と断言できないところが本当に申し訳ないと思っています。とにかく、一番に薬物依存症の専門家につながってほしいです。薬物依存症の専門家ならば通報はせずに、あくまでも治療を優先します。

「ダルクなんか行きたくない」

荻上 リスナーからこんな質問が来ています。

「薬物依存者が専門の病院で治療する場合、どんな治療が行われ、どのくらいの期間を要するのか教えてください。」

松本 個人によって、あるいは施設によって随分違います。僕らの場合はまずは通院治療から始まり、上手くいかない場合は入院を途中で挟みます。更に長いスパンで寮生活をした方が良い場合はダルクを勧めたりする。試行錯誤を繰り返しながら入院・治療を進めていきます。ですから、期間については人それぞれです。ただ、半年よりも短いということはありません。

荻上 通院をしやすくするための工夫は何かありますか。

松本 病院はとにかく楽しい場所であることが大事だと思っています。また、薬を使ってしまったと正直に言えたら、正直に言えたことを必ず褒めてあげる。いつでも患者さんを歓迎することが、援助者の方にはまず必要です。

荻上 SMARPPを続けられてきて、その成果はどうお感じになっていますか。

松本 まず、治療の継続率が高いです。従来の説教をするような関わり方よりも遥かに効果的です。海外では、多くの研究で依存症の治療は長く続ければ続けるほど治療成果が出てくることが明らかにされています。

また、SMARPPに来ることで他の社会資源にもつながるメリットがあります。例えばSMARPPの参加者には「ダルクなんか行きたくない」と思っている人が多いのですが、実はグループ療法の副司会者はダルクのスタッフだったりします。そこで個人同士で仲良くなって、気づいたらすっかりダルクのプログラムを利用するようになっているんですね。つまり、SMARPPが情報交差点になっているんです。

荻上 薬物を断つことだけがゴールなのではなく、これからも断ち続けていくような向き合い方が必要になってくるわけですね。「ダルクには行きたくない」という反応があるということですが、これはなぜなのでしょうか。

松本 薬物依存症の講習などで、警察官や麻薬取締官などの講師が、「薬物を使うとこんなひどい目に合う」という話ばかりをことさらに強調すると、「ダルクは廃人同様の人が集まる場所だ」という誤解を招いてしまうことがあります。しかし実際はそんなことはありませんし、自らダルクに行くと決意するのは大変素晴らしいことなんです。

「俺は薬をやめない」とムキになっている人のかなりの割合が、実はやめられる自信もないし、どうせやめられる人なんていないだろうと居直ってそう言っているんです。だから、薬物をやめられないでいる人たちに知ってほしいのは、「やめ続けている人がいる」「回復している人がいる」ということです。それが、彼らの希望につながると思います。

荻上 周りの友人や家族のサポートはどうあるべきなのでしょうか。

松本 依存症に特徴的なのは、本人が困るより先に周りが困るということです。それに、犯罪化してしまうことで余計にご家族の反応が極端になってしまいます。そこで僕がお願いしたいのは、各都道府県政令指定都市にある「精神保健福祉センター」の相談窓口をご家族の方にも是非活用してほしいのです。そこで継続的に相談を受けたり、そこから紹介された家族の支援グループにつながることによって、必ず光が見えて来るはずなんですね。

荻上 本人の治療だけではなく、関係性の治療や関係者のバックアップも必要ということですね。

なぜ刑罰は効果がないのか

荻上 さきほど、刑罰は効果がないどころか逆効果だという話をされていました。なぜ効果が出ないのでしょうか。

松本 依存症を罰で回復させるのはなかなか難しいと思います。これは動物実験でも証明されていることです。依存症に一度なると、罰ですら欲求を強める原因になってしまうことさえあるんです。

荻上 しかも日本の刑罰は懲罰主義的ですよね。罰を与えることが目的で、おまけとして治療プログラムが入っているような構成になっているので、他の犯罪でも刑務所の中で回復するのが困難になっている。この点も改善する必要があると思います。

松本 欧米などでは「ドラッグ・コート」という施策が試みられています。これはまず、刑務所に入るか、家に帰って治療プログラムを受けるか本人に選ばせるんです。家に帰る方を選べば、裁判所から支持された治療施設に毎日通うんですね。

抜き打ちの尿検査もありますが、陽性反応が出たとしても通報しません。ただ、あまりひどい場合は週末だけ留置所にいて、また月曜の朝からプログラムに通います。そして数ヶ月間、陰性反応が続いてプログラムもきちんと受け続ければ、無罪判決が出ちゃうんですね。

違法薬物を使って刑務所に入った人の出所後3年以内の再犯率は78%というデータがありますが、ドラッグ・コートで一年半のプログラムを無事終了した場合、再犯率は21%まで低下すると言われています。さらに、刑務所の場合は刑務官の人件費や衣食住の経費などで予算がかさみますが、ドラッグ・コートでは治療費は本人持ちなので税金からの拠出費用が抑えられるんです。

荻上 なるほど。やはり重要なのは治療をいかに継続するかということですね。

松本 そのためには、最終的には法律自体を変えていかなければなりませんが、さしあたっては、今年から始まる「刑の一部執行猶予制度」も活用していきたいものです。これは懲役3年と判決された場合、2年だけ刑務所にいて、残り1年は保護観察所の監督下で地域で治療を受けるというものです。

まずはこの施策を成功させることが大事だと思っています。そのためには保護観察が終わった後、地域の支援にシームレスにつながっていく仕組みが必要となります。

脱犯罪化と『ハームリダクション』

荻上 海外で注目されている薬物対策に「ハームリダクション」というものがありますよね。これはどういったものなのでしょうか。

松本 要するに、何をすれば個人の健康のためになるのか、そして社会全体、共同体全体の害が少なくなるのか、という観点から行われている施策です。例えば薬を厳しく取り締まりすぎると、みんな違法に入手した注射器を使って回し打ちをし、HIVなどの感染症が広まってしまう恐れがあります。それなら薬物を使っても良い場所を決めて、そこで清潔な注射器を配給してあげた方が良いんじゃないか。そういった考え方です。

荻上 堅実に、ハーム(Harm:害悪)をリダクション(Reduction:削減)する、というわけですね。国によっては、覚せい剤などの「ハードドラッグ」は規制しつつ、マリファナなどの「ソフトドラッグ」の使用を指定の場所で許可することで、安全性を高めたり、より治療に繋げやすくする試みもあるようですね。

松本 そうした対策は薬物依存症からの回復にも効果的です。ソフトドラッグの使用に関してはきちんと治療者側が管理しつつ、もし本人の欲求が強くなってきたら別の治療法も考える、というやり方もあると思います。

今、ハームリダクションを実施している国は世界中にあります。オランダやオーストラリア、ヨーロッパでは昔からやっていますし、アメリカではやや遅れてはいますが、少しずつその動きが始まっているように感じます。

こうした情勢の中で我々は思うのですが、薬物対策は結局、サイエンスに基づいてやるのか、それともイデオロギーを通すのか、という問題なんです。ハームリダクションの方が共同体全体の害も少なくなるし、個人の健康増進にも効果的だというデータがあるにも関わらず、「薬物使用者には罰を与えるべきだ」というイデオロギーを押し通そうとする。今の日本はそういう状況です。

荻上 まず、薬物依存症を「犯罪」と定義するのではなく、治療が必要な病気なのだという認識にシフトする必要がある。その上で、警察に行くのではなくて、ハームリダクションを実施している場所に最初にアクセスしてもらうことになるわけですね。注射器を配給したり、場所を決めてソフトドラッグの使用を許可したり、内容に関しては様々な議論があると思います。今後はよりライトな施策を提示しながら、コミュニケーションの場を作っていくべきですね。

薬物報道のあり方を問う

荻上 リスナーからこんな質問が来ています。

「アメリカでは映画俳優など、薬物依存から脱却した人たちが多く活躍されていますが、日本の薬物報道は使用した人に責任を全て背負わせるような報道ばかりです。これはなぜなのでしょうか。」

松本 オバマ大統領も若い時は色々な薬物を使ったと言っていますよね。あれは依存症の方にとっては希望だと思います。日本でも、もし昔は薬物を使ったけれど今はやめて活躍されている芸能人の方がいて、その方がカミングアウトしてくれたら、多くの人たちが支援につながるはずだと僕は思います。

荻上 日本の薬物報道の特徴として、本人の心の闇ばかりに注目しがちという点があります。あるいは、「特別な人だから栄光と挫折が薬物の理由になった」というストーリーが喧伝され、疑いなく語られてしまうところがありますよね。そうしたメディアの伝え方にも注意が必要だと思います。

さて、次の質問です。

「今回に限らず、著名人の薬物報道にかなりの時間が割かれるため、かえって薬物の宣伝となり、薬物をやったことがないひとに興味や関心を植え付けることになるのではないでしょうか。自殺報道と同様に、薬物報道も抑制的になった方がいいと思います」

自殺報道については「遺書を報じない」とか、「おどろおどろしBGMをつけない」とか、「自殺を唯一の脱出策として描かない」といったガイドラインがあるわけですが、薬物報道に関してはどうあるべきなのでしょうか。

松本 例えば、子どものころに虐待を受けた経験から自分を大事にできない子などは、「薬物は危ない」と言われると余計に引き寄せられてしまう傾向があります。

あるいは、『警察24時』などのテレビ番組で白い粉が映るシーンがあったりしますよね。覚せい剤依存の人たちはみんなあれをみて欲求が入っているんです。渇望を思い出してしまうんですね。だからその辺りは報道する側も意識してほしいと思います。

荻上 自殺報道の場合、対策として相談窓口の電話番号などを同時に放送することをガイドラインとしていますよね。薬物においても同じで、もし『警察24時』の放送中に相談先を取り上げるだけでも変わると思います。

精神科医の薬物依存症に対する忌避感

荻上 次のメールをご紹介します。

「薬物依存に関して取り上げていただきたいトピックがあります。一つは、薬物依存症になる背景に未治療の精神疾患、うつ病、PTSD、双極性障害、不安障害などがある場合が非常に多いのにもかかわらず、見過ごされがちであること。

二つ目が、精神科医などメンタルヘルスの専門家にも薬物依存症に対する忌避感があり、適切な治療を受けられる医療機関や関連施設が少ないこと。

三つ目が、同時に医療従事者が依存症治療に関してトレーニングできる場が少ないこと。この三点です。」

松本 全くご指摘の通りです。実は薬物を使った人が全員依存症になっているわけではありません。依存症になって病院にやって来るのは、薬物を使用し始めて十数年経っている場合が多いんです。

しかし、もともとメンタルヘルスの問題を抱えている人は、それよりもはるかに短期間で薬物にハマってしまうことが非常に多い。メンタルヘルスの問題を抱えているということは、それ自体が薬物依存症のリスク要因といってもよいでしょう。また、専門家の忌避的な感情、トレーニングする場所の少なさ、スキルの乏しさは、ずっと我が国の精神科医療の問題点です。

荻上 薬物乱用の問題と薬物流通の問題を分ける、という話はまず大前提として、流通の段階で防ぐだけではなく、メンタルヘルスなども考慮した摂取の予防も必要になってくるわけですね。しかし、精神科医の方々でも当事者たちを避けてしまうのはなぜなのですか。

松本 やはり、一つは犯罪だという認識があるからです。アルコール依存症は病気かもしれないけど、薬物は犯罪だという意識がある。それから診療報酬の議論でも、薬物依存症に対する特別な加算をしようとすると、なぜ犯罪に対して税金を使うのか、という議論もしばしば出てきます。しかし、社会安全を維持するためには、公衆衛生的なアプローチという意味で僕は医療が必要だと思っています。

荻上 また、有名人の逮捕劇は警察からのリークで報じられることがあります。つまり、警察の犯罪報道を担当する部署が報道にあたるため、社会問題としての報じ方に精通していない人が記事を書く場合もあるわけです。

となると、始めのうちは極端な犯罪報道として取り上げられ、時間が経ってようやく社会問題として報じられる、というタイムラグがどうしても生じてしまう。今後、こうしたメディアの問題を改善しつつ、制度的に薬物に対する理解を進めていくにはどういった設計が必要になるでしょうか。

松本 まずは薬物対策の施策を作る人たちには現状の認識を深めていただきたいですね。そして「刑の一部執行猶予制度」の施行を前にして、国としてはどのように薬物問題に取り組むつもりなのか、問いかけたいです。

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プロフィール

松本俊彦精神科医

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部 部長。平成5年佐賀医科大学医学部卒業後、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部附属病院精神科などを経て、平成22年より現職。医学博士、精神科専門医、精神保健指定医、精神保健判定医。近著に『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版, 2014)、『アルコールとうつ、自殺――「死のトライアングル」を防ぐために』(岩波書店, 2014)、『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』(講談社,2015)、『もしも「死にたい」と言われたら――自殺リスクの評価と対応』(中外医学社, 2015)など。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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