2012.11.12

「障害者の性」問題を通して、新しい「性の公共」を考える 

ホワイトハンズ・坂爪真吾氏インタビュー

福祉 #ホワイトハンズ#障害者の性#セックスワーク・サミット#セックス・ヘルパー#射精介助#射精支援ガイドライン#ららあーと

「障害者の性」問題を解決するための非営利組織「ホワイトハンズ」代表の坂爪真吾さん。障害者への射精介助を中心に、現在は全国18都道府県でケアサービスを展開している。事業立ち上げのきっかけや今後の活動などについてお話を伺った。(聞き手/荻上チキ、構成/宮崎直子)

性産業の社会化

荻上 『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』が話題ですね。ホワイトハンズの活動をはじめてから何年目になりますか。

坂爪 2008年からスタートして今年で5年目になります。

荻上 活動内容はどういったことを?

坂爪 「障害者の性に関する尊厳と自立を守る」という理念を掲げて、性的な面でのケアサービスを行っています。自力で射精行為ができない重度の男性身体障害者に対する、射精の介助がメインです。介助方法は、普通の訪問介護と同じ倫理・サービス基準で、スタッフが介護手袋をはめてローションを使って介護します。

荻上 どうして、事業を立ち上げようと考えたのですか?

坂爪 私は元々社会学を勉強していて、大学時代は上野千鶴子ゼミに所属していました。その時の研究テーマが「ジェンダーとセクシュアリティ」。その中で風俗を研究しようと思いついたんですね。

私の出身は新潟県ですが、高校卒業後の浪人時代に、地元のソープで働いている女性と話す機会がありました。「ソープってどんな利用者が来るんですか?」と訊ねたら、70~80歳の年輩の方が多くて、彼らは朝一番に年金を握りしめてやってくるという話を聞いてびっくりしたんです。歳をとっても性欲というのはきちんとあるんだなと。それが風俗に興味をもったきっかけです。

荻上 「性=健常者の若者たちのもの」ではないと認識したきっかけであったと。

坂爪 東京に出てくると、池袋や渋谷などの風俗街で調査をはじめました。研究を進める中で強く疑問に思ったのは、性というのは人間の自尊心の基盤であるにもかかわらず、今の社会の中で、性に関して受けられるサービスは、なぜ風俗しか存在しないのだろうか、ということでした。

性欲と並んで、同じ人間の基本的欲求である「食欲」で例えれば、街中、どこを歩いても、ハンバーガーやコーラだけを売るようなファストフード店しか存在せず、それ以外に食べるものの選択肢が無いので、皆がそれを食べ続けて、心と身体の健康を害している、というような状況です。

「風俗が悪い」という単純な批判的感想ではなく、「風俗以外の選択肢が無いことが悪い」という感想を抱きました。

一般に、「風俗の世界に入ると不幸になる」というイメージがありますが、正確にはそうではなく、「元々、何らかの不幸(借金や心の病、過去の性的トラウマ)を抱えている人が、その不幸を解決する最終手段として風俗の世界に入るものの、結局解決できずに、さらに輪をかけて不幸になってしまう」というのが、実態だと思います。

その意味で、「本来、風俗で働くべきではない人」が、「風俗以外に選択肢が無い」という理由で、悪い意味で簡単に参入できてしまい(参入させられてしまい)、そして、心も身体もボロボロになってしまう、という不毛な構造がある、と感じました。

また、風俗の世界で、プロのサービスであるにもかかわらず、女性の「素人性」や、サービスの「恋人気分」をやたらと売りにする傾向があるのは、「本当は、一般の素人女性と恋愛やセックスをしたい(だけど、それができない)」男性のニーズを満たすためです。

もちろん、風俗の世界の中で、「素人」と称される女性と、いくら「恋人プレイ」をやろうが、利用者の恋愛欲求は、決して根本的に満たされることはありません。

風俗の利用者に関しても、今の社会に「風俗以外の選択肢が無い」がゆえに、「そもそも風俗を利用することでは、決して解決できない問題」を、風俗を利用することで何とか解決しようとしている人が多い、という不毛な構造がある、と感じました。

性産業にまつわる、こうした不毛な構造や、「風俗以外の選択肢の欠如」という社会的な問題点をきちんと可視化した上で、誰も不幸にならないような形で、性産業を社会の表舞台に引っ張り出すことができれば、性産業にかかわっている人たち自身を含め、もっと多くの人たちの役に立つことができるんじゃないかと考えました。

もちろん、ソープやヘルスといった、既存の業態やサービスを、そのままの状態で社会の表舞台に出すことは、倫理的にも法律的にも、逆立ちしても不可能だと思うので、きちんと市民権が得られるような形、そこで働く人や、利用する人が、誰も不幸にならないような形に、理念やサービス内容を再構築する必要があります。私は「性産業の社会化」といっていますが、これをテーマに事業を行えば面白そうだなと思ったんですね。

荻上 性産業のフィールドワークをするとその商業形態の特徴を痛感します。労働者への権利保障など、「アタリマエのこと」をやれていない部分というのは多々あるわけですね。

坂爪 荻上さんが『セックスメディア30年史』で触れていた「情報の非対称性」の話にも通じますね。店側はそれなりの情報を持っているけど、働く側の女性、利用する側の男性客は、ほとんど持っていない。風俗産業自体が、その「情報の非対称性」を利用して、事業者側の短期的な利益を最大化することだけが目的になっている世界、働く女性の人権や労働環境、利用する男性の長期的な満足度を全く考えていない世界である、というのは私も実感としてありました。そのあたりを透明化していければいいのかなと思っています。

娯楽ではなくケアとしての性

荻上 事業は具体的にどのように進めていきましたか。

坂爪 はじめは「傾聴サービス」を東京で開始しました。これは、キャバクラからヒントを得たものです。キャバクラは、基本的に、若くて綺麗な女の子と、お酒を飲みながら、楽しく会話ができることを売りにしている業態ですが、この、キャバクラの「売り」である、相手の話を親身になってきく=「傾聴」というコアの部分だけを抽出してサービス化し、さらに、今の社会で最も傾聴を必要としているであろう、高齢者向けサービスとして展開すれば、社会性のあるサービスにできるのではないか、と思いついたんです。

つまり、「性産業の社会化」事業を始める前の試作として、「キャバクラの社会化」をやってみよう、と考えたわけです。

実際にやってみると、高齢者の話を聴く側=リスナーをやりたいという人が殺到して、メディアでも取り上げられました。でも3年ぐらいでうまく回らなくなりました。

荻上 その失敗の本質は本にも書かれていましたね。

坂爪 はい、利用者が全く集まらなかったんです。リスナーを応募してくる人自体が、誰かに話を聞いてほしい人だった。つまり、会話をしたい人にとっては、お金を払って自分の話を聞いてもらうより、お金をもらって誰かの話を聞くほうが、会話もでき、お金ももらえて、一石二鳥です。当事者のニーズを掴むのもなかなか難しいんだなと痛感しました。

荻上 そのときはどうやって人を募集したんですか?

坂爪 ウェブサイトに広告ページを作ったり、地域の公民館でチラシを配ってもらったり、雑誌の取材を受けて記事を書いてもらうといったことを主にやっていました。

荻上 利用料はどれくらい?

坂爪 スタッフと利用業者が話し合って決め、仲介料を払うという形式です。

荻上 なるほど。それから、射精介助の事業に至るまでには、どのような経緯があったのでしょうか。

坂爪 とにかく障害者の性に関する情報を集めようと思って、まずは、このテーマに関する情報サイト作りをはじめました。「障害者の性」や「性の介護」について、文献を集めて情報をアップし、現場にもぐるためにヘルパー2級の資格も取得。訪問介護の会社で半年間アルバイトして、現場のデータを収集しました。

荻上 そのとき集めたデータで、ニーズは確かにあると。

坂爪 ニーズを確信したというよりは、バイト先では夜の8時から朝の6時まで、おむつ交換をしてまわったので、同じ陰部に対するケアであるおむつ交換を応用してやれば、うまく事業を回すことができるんじゃないかという、システム面での気付きがあったというのが一つ、です。

また、その会社の「高齢者の尊厳と自立を守る」という経営理念からも、性のケアを「障害者の性欲処理」ではなく、「障害者の尊厳と自立の保護」という観点から捉える、という新しい視点を得ることができ、とても参考になりました。

障害者専用の風俗店の調査も行いましたが、所在地や代表者氏名は全て非公開であり、利用者も、実際にいるかどうかわからないところが大半でした。

そして、最も疑問に思ったことは、「障害者専用」と銘打っているにもかかわらず、利用対象となる「障害者」の定義や区分を明確にしていない、つまり「誰のための、何を目的としたサービスなのか」が、完全に曖昧になっていたところです。

当然、身体障害と知的障害では、性に対するニーズも、ケアの方法も異なりますし、同じ身体障害という区分の中でも、先天性の障害と、中途障害では、また別のケアが必要です。にもかかわらず、そういった点を明記しているところは全く無く、ただ「障害者であれば誰でもOK」と宣伝しているだけ。つまり、障害者福祉の現場を全く知らない人が、思いつきでやっているだけ、といった状況でした。

そうした様々な先行事例の研究をしていくうちに、障害者にとって、「性的娯楽や、性欲処理のための支援」ではなく、「ケアとしての性的支援」が大事であることに気付き、ホワイトハンズでは、自力での射精行為が困難である、男性重度身体障害者に対象を絞った「射精介助」に焦点を当てたケアサービスをやろうと決めました。

教育プログラムへの導入を

荻上 事業立ち上げから4年が経ちましたが、軌道にのったポイントは何だったのでしょうか。

坂爪 2008年の4月に起業して、最初は新潟市内にこだわっていたのですが、それではまったく人が集まらなかったので、県外の地域にも手を伸ばしてみました。「まず、ケアに対するニーズのある地域(利用希望者とケアスタッフ希望者のいる地域)から始める」というスタンスへの切り替えが転機だったと思います。

荻上 今後さらにサービスを拡大していこうと考えてますか。

坂爪 理想は、射精介助については、射精介助の専門組織から専門スタッフを派遣する、という形ではなく、普段、その利用者を担当しているヘルパーが、毎日のケアの流れの中で、食事介助や入浴介助と同様の、日常のケアの一環として、当たり前にできるようになることを目指しています。

荻上 そうすると、これからはヘルパーに射精介助を教える団体になっていくのか、それともホワイトハンズ自体が射精介助込みの介護サービスを提供していくのか、どちらの方向を目指しているのでしょうか。

坂爪 全ての介助を行うには手間とコストがかかりすぎるので、ホワイトハンズとしては、あくまでも射精介助だけに集中して、ノウハウを教えることも同時並行でやっていきたいな、と考えています。

荻上 長期的には介護施設を作ることも考えていますか。

坂爪 障害者は、統計的に見れば、在宅の方が圧倒的に多いので、施設を作ることは考えていません。介護者の教育課程に、性的支援の理論と方法を教えるカリュキュラムを入れてもらうのが、まず第一段階だと考えます。

加えて、男性重度身体障害者への射精介助は、(精神的な抵抗や、介助者側の性的な経験値・免疫の有無も含めて)、ヘルパーであれば誰でもできるケア(誰もが絶対にしなければいけないケア)、というわけではないので、基本的には、「できる人がやり、できない人はやらなくてもいい」というスタンスで、必要十分である、と考えています。

さらに言えば、「できる人は、できない人に強制したりしない」「できない人は、できる人を批判したり、足を引っ張ったりしない」そうした環境作りも必要です。

性と障害の二重の伝わらなさ

荻上 坂爪さんはご著書の中で、日本社会は性に無理解な「性蒙社会」であると指摘していました。これを克服するためには様々なハードルがありますね。今でも、認められていない権利はたくさんあり、性の権利を主張し浸透させるにも時間がかかります。

坂爪 「セクシュアル・リテラシー」を社会全体で底上げすることが大事ですね。とはいえ、抽象論や社会批判ばかりを唱えていても、現実は何も変わらないので、まずは、私たちを含めた、必要最低限の人や組織が、率先して変わっていくしかない、と考えています。

荻上 性に対する偏見と同時に、障害者に対する思い込みもまだまだ強くあります。昔ながらの偏見がまだ残っている。「性」と「障害」の二重の伝わらなさがあると思います。

坂爪 私は障害学会で何度か発表していますが、研究者の中からも、意外と外在的な批判が多いです。女性に対するケアは入れるのか入れないのか、あるいは、射精だけが障害者のQOLを上げるものではない、とか。もちろんそれらにも一理ありますが、できれば内在的な視点から批判をして頂けると嬉しいな、と思います。

荻上 僕は、1点の現状をなんとか2点、3点にしようと模索している活動を、「100点じゃない」と叩くような議論は、あまり好きではないですね。

坂爪 性をエロから切り離すのは本質的に不可能だという当事者からの批判があって、確かに、それはその通りだと思いました。ただ、「本質的に」切り離すことは不可能でも、介護福祉という立場から、性的な面でのケアを実施するためには、「形式的に」切り離すことは十分可能であるし、やっていかなければいけない、と考えています。

また、射精介助を性教育のケアとして提供するのは、どこか無理があるんじゃないのか、という意見もありました。その点は、難しいところですね。

荻上 実際に現場で悩みを聞いたりしますか。

坂爪 ケアが終ったあとには、担当ケアスタッフから、ケアの内容を報告してもらっていますが、言語障害をもっている利用者の方が多いので、コミュニケーションがなかなかとりにくい、という悩み相談を受けることはあります。また、性的な面でのケアということもあって、どのタイミングで、どういった内容の声がけをしていいか、どこまで性的な話をすればいいのか、という点に悩んでしまう、という相談は、比較的よく受けます。

新しい「性の公共」を求めて

荻上 ホワイトハンズでは射精介助の他にも、いろいろやられていますね。

坂爪 現時点でやっているのは、射精介助の他に、介護職向けの性のケアの体験実習、知的・発達障害児者のための「射精支援ガイドライン」の編集、臨床性護士を育成するためのオンライン講座、風俗産業のこれからを議論する「セックスワーク・サミット」、バリアフリーのヌードデッサン会「ららあーと」など(http://www.whitehands.jp/menu.html)。障害者の射精支援に関しては、射精介助や方法の伝授のほかに、中途障害者の射精に関するリハビリにも力を入れていきたいです。

バリアフリーのヌードデッサン会「ららあーと」は、自閉症などの発達障害の人や、統合失調症などの精神障害を抱えた方たちに好評です。女性の裸を描くことで精神的に落ち着いたとか、対人恐怖症が消えたという報告も結構あります。

芸術の世界におけるデッサンというかたちで性的欲求を昇華することが、福祉の世界にも応用可能な問題解決策になりうるんじゃないかと。女性障害者の性のケアに関しても新たな取り組みを考案中です。

前述の通り、今の社会は、性に関するサービスを利用する際、「風俗以外の選択肢がほとんど無い」という非常に貧しい状況ですが、今後、社会性のあるサービスやプログラムを多数開発・普及させていくことを通して、こうした状況を少しでも改善していければ、と考えています。私たちは、これを、新しい「性の公共」をつくる活動、と位置付けています。

性にまつわる言葉の問題に関して、例えば「性教育」という言葉は、歴史的・政治的に色々なイメージがまとわりついてしまっているため、新書の中でも、なるべく「性教育」以外の言葉=「セクシュアル・リテラシー」などの言葉を使って伝えるように工夫しました。

性に関する、(俗語ではない)公の場できちんと流通させられるような新しい語彙をどんどん増やして、少しでもいいイメージで、新しい「性の公共」をつくる、という活動を、一歩ずつ前進させていきたいですね。

荻上 これからのご活躍に期待しています。本日はありがとうございました。

(2012年7月3日 新宿にて)

プロフィール

坂爪真吾ホワイトハンズ代表

1981年新潟県生まれ。東京大学文学部在学中に、性風俗産業の研究を行う過程で、「関わった人全員が、もれなく不幸になる」性風俗産業の問題を知る。同大卒業後、性に関するサービスを、「関わった人全員が、もれなく幸せになる」ものにするために起業。2008年、「障害者の性」問題を解決するための非営利組織・ホワイトハンズを設立した。現在は全国18都道府県でケアサービスを提供している。

この執筆者の記事