2013.04.03
一票の格差と一人別枠方式について考える(1/3) 現行法下で懸念される場当たり的定数是正
衆院選をめぐる一票の格差訴訟で違憲判決が相次いでおり、選挙無効の判決まで出ている。今回は、これを機会に争点となっている「一人別枠方式」について確認するとともに、その「廃止」によって引き起こされる問題について指摘しておきたい。
違憲とされた一人別枠方式
一票の格差は従来から問題となってきたが、近年の訴訟ではそのなかでも、とくに「一人別枠方式」と呼ばれる300選挙区の都道府県配分方式が争点となっている。2011年3月23日の最高裁大法廷判決では、同方式は違憲と判示されている。
この一人別枠方式では、300議席のうちまず47議席を47の都道府県に1議席ずつ分配する。そのうえで、残り253議席を最大剰余式という方式で各都道府県に比例的に分配する(*1)。この計算で分配された定数にもとづき、都道府県内を選挙区に分割する作業を区画審が行うことになる。
(*1)この最大剰余式での分配では、まず人口を253議席で割って議員一人当たり人口pを求める。次にpで各都道府県人口を割り(計算A)、整数の商の議席数を各都道府県に分配する。このとき配分されていない議席が残るが、これを計算Aの際に生じた剰余の大きい順に各都道府県に分配する。
この計算では、47都道府県均等に1議席に割り振る配分と、人口比例による配分とに分かれている。したがって、必然的に人口に比較して多くの議席が人口の少ない県に割り振られることになる。このため、一人別枠方式は一票の格差を生み出すものとして批判され、違憲とされたのである。
衆議院の小選挙区の配分方法を決めているのは、衆議院議員選挙区画定審議会設置法という法律である。上記違憲判決を受けて議論が行われ、2012年11月の解散政局の際にこの区画審設置法も改正され、一人別枠方式は「廃止」となっている。
一人別枠方式「廃止」の実態
ところが、ここで「廃止」となった一人別枠方式は、現在でもまだ生き残っており定数配分の基準となっている。これを解説する前に、改正の前と後との区革新設置法の条文を比較して見ておこう。
改正前
(改定案の作成の基準)
第三条 前条の規定による改定案の作成は、各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口(官報で公示された最近の国勢調査又はこれに準ずる全国的な人口調査の結果による人口をいう。以下同じ。)のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない。
2 前項の改定案の作成に当たっては、各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数は、一に、公職選挙法 (昭和二十五年法律第百号)第四条第一項に規定する衆議院小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とする。
改正後
(改定案の作成の基準)
第三条 前条の規定による改定案の作成は、各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口(官報で公示された最近の国勢調査又はこれに準ずる全国的な人口調査の結果による人口をいう。以下同じ。)のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない。
この改正前の第3条第2項に規定されているのが一人別枠方式の配分方法である。比較して見てのとおり、改正後はこの第2項が削除されており、法文上は一人別枠方式は消えている。
しかし、問題はここからである。この改正は、議員定数を5削減する公職選挙法の改正とセットになったものである。そして、各都道府県への295議席の配分はこの改正法(衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律)の附則別表に規定されている。こちら http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g18001027.htm を確認されたい。
この附則別表に掲げられている都道府県別の定数は、従来の都道府県別定数配分のうち、福井、山梨、徳島、高知、佐賀の県の配分議席数を1ずつ減らしたものである。この従来の定数は、2000年国勢調査を元に配分されたものである。このときの配分は当然のことながら一人別枠方式により行われている。
つまり、条文で廃止されているものの、現行法で規定されている都道府県別定数配分は一人別枠方式による配分を由来としているため、事実上、一人別枠方式は生きていることになる。しかも、13年前の人口にもとづいた配分のなかに、である。
なお、この5県の定数を削減する案はもともと自民党から出ていたものである(*2)。この0増5減案が出てきた2011年5月当時から一人別枠方式が事実上存置されている点、2000年時人口での配分である点を筆者は指摘してきたが、ねじれ国会などの政局のなかでまともに議論されることなく0増5減の法改正は行われてしまっている。しかし、今回の一連の違憲判決のなかでとくに札幌高裁の判断がこの点に触れており、新聞の社説等でも取り上げられている(*3)。
(*2)「自民、衆院定数で試案 小選挙区5減、比例は30減」『読売新聞』2011年5月13日朝刊。
(*3)札幌高判平成25年3月7日 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130313133857.pdf
配分の確認
この0増5減について簡単に一覧で確認しておこう。表には3つの数字を示している。左が2003年から昨年末の総選挙までの都道府県別の配分、真ん中が問題の0増5減後の配分、右が295議席を2010年国勢調査の人口をもとに一人別枠方式で配分したものである。
現行法では福井、山梨、徳島、高知、佐賀の5県が議席を減らされている。そのことは、左と真ん中の列のあいだに記入した「差」を見ればわかる。一方、2010年国勢調査をもとに一人別枠方式で295議席を割り振った場合と現行法の「差」を見ると、この5県のうち3県(福井、山梨、佐賀)でプラスとなっている。
言い換えれば、現行法では、減らさなくてもよかった県について定数を削減しているのである。さらには、東京は本来増えるべきであったが増やしておらず、神奈川と大阪は人口が逆転したにもかかわらず定数は大阪のほうが多いままという逆転現象も生じている。一人別枠方式で配分しなおしたものと比較しても不合理な点が目につく議席配分を、現行法の附則の規定では行っているのである。
場当たり的定数是正の問題点
さて、改正後の現行区画審設置法がもたらす問題はこれだけではない。先に見たように、改正後の区画審設置法では第3条第2項が丸々削られているが、ここに規定されていたのは一人別枠方式だけではない。区画審が、どのような基準にもとづいて定数を配分すべきか、ということが規定されていたのであり、その方式が一人別枠方式だったのである。したがって、区画審法第3条第2項の削除によって、定数配分の具体的な基準がなくなり、2倍以内という一票の格差の上限以外の数値的基準がなくなったと言える。
この意味は非常に大きい。2倍という上限さえ満たしていれば、どのような配分でも法律上は許されることになったわけである。じつは、裁判所によって否定された一人別枠方式という議席配分方法は、各都道府県への配分を自動化することで、こうした政治の恣意を一定程度排除する機能を持っていたものである(*4)。区画審は独立した機関となってはいるが、当然のことながらその実務は官僚が執り行い、人選には政治が介入する。
(*4)こうした基準の明確さ、定数配分の自動化の重要性については、他の記事ですでに指摘している。また、並立制下で区割りをアウトソースしたことによる効果については、別稿で論じているのでそちらも参照されたい。菅原琢「都道府県議選・参院選挙区の定数不均衡について考える」SYNODOS(2010年11月24日)https://synodos.jp/politics/2317
政治が定数配分や区画策定に影響を与えることの弊害は議論する必要はないだろう。ただ、なかには「2倍という基準が守られればよいのではないか」と考える人もいるかもしれない。しかし、この2という数値目標が一人歩きすると、むしろ定数不均衡が放置される状況を生む可能性が高い。このことは、かつての衆院中選挙区時代の「場当たり的定数是正」を見れば明らかである。
図は、戦後の衆院中選挙区で定数是正が行われた際に、各選挙区の一票の格差(議員一人当たり有権者数が最低の選挙区に対する各選挙区の議員一人当たり人口の倍率)がどのように変動したのかを示している。横軸が定数是正前、縦軸が定数是正後である。
この図を見ると、定数が増えた〇印の選挙区は、定数是正後にはたしかに一票の格差が低下していることがわかる。たとえば第2回定数是正のグラフで見ると、4倍以上達していた選挙区がいくつもあったが、それがすべて3.5倍以内に収まっている。しかし、是正後の一票の格差も、全体のなかではかなり高い値であることには変わりない。他の回の定数是正を見ても、定数増となったすべての選挙区が是正後も2倍以上の格差となっている。逆に、定数減となった選挙区で一票の格差が2倍以上となったところはない。
中選挙区時代の定数是正は、このように最低限の選挙区のみ動かして倍率を下げることを目的としたものとなっていたのである。この事実から考えると、一票の格差最大値に着目する定数是正は、定数不均衡を抜本的に解決せず、議員一人当たり人口が最多と最少の一部の地域だけ調整して一定値に収めるような安直な「是正」に終始する可能性が高い。
たとえばある県への配分が1.9倍の状態であったとしても、2倍以内という基準の範囲内であるため是正されず、3議席増やすべきところを1議席増に留めるなどということが起こるだろう。時間が経つにつれ、議員一人当たり人口の最大と最小の近辺に多くの都道府県が集まることになる。
区画審設置法から第3条第2項を削除したことは、一人別枠方式という基準を廃止しただけでなく、基準の設定そのものを廃止し、政治の恣意が紛れ込む余地を生んだという点で、非常に重い意味を持つものなのである。
次回予告
一口に比例配分と言っても簡単ではなく、多様な方式が存在している。そのうちの5つをピックアップして紹介し、実際に配分を行い、グラフを用いて比較する。
参考図書
小選挙区制を導入しているアメリカ、イギリス、カナダなど各国の「区割り」や定数の配分方法について、その基準や具体的手続きなどを詳述した研究書である。恣意的な選挙区割りが作成される「ゲリマンダリング」についても一章を割いている。事例が理解しやすくなるよう、地図を多く掲載している。
プロフィール
菅原琢
1976年東京都生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授(日本政治分析分野)。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程、同博士課程修了。博士(法学)。著書に『世論の曲解―なぜ自民党は大敗したのか』(光文社新書)、共著に『平成史』(河出ブックス)、『「政治主導」の教訓―政権交代は何をもたらしたのか』(勁草書房)など。