参議院選挙と憲法96条改憲論

憲法96条改憲論のフェイドアウト

 

こうした憲法96条の意義への理解が日に日に広まり、各メディアの世論調査では憲法96条改憲反対が多数を占めるようになった。これを受け安倍首相や自民党議員も慎重姿勢に転じた。

 

その態度は、選挙活動においても顕著であった。

 

確かに、2012年4月発表の自民党草案には96条改憲が盛り込まれ、その実現は自民党の公約に含まれている。

 

しかし、選挙期間中、自民党幹部は憲法96条にほとんど言及しなかった。また、各都道府県選挙区の自民党候補者49人のうち、選挙公報で「憲法改正」を訴えた候補はわずか4人であった。

 

しかも、その4人の主張も、集団的自衛権の行使(千葉選挙区・石井準一候補、鴻池よしただ候補)、「時代に即した新憲法の制定」(大阪選挙区・柳本卓治候補)、「占領基本法を廃棄」(京都選挙区・西田昌司候補)といったもので、いずれも、憲法96条を対象とするものではない(なお、余談だが、「占領基本法を廃棄」が日本国憲法の廃棄を意味しているなら、西田候補は公職の候補としての適格を著しく欠いている)。

 

このように、圧倒的多数の自民党候補者は、改憲に消極的であるか、少なくとも優先順位の低い問題だと位置づけたのである。とすれば、今回の選挙結果は、自民党大勝だったとは言え、「過半数」への変更を信任したものではない。選挙が終わった途端に96条改憲を言い出すのは、あまりにもアンフェアである。

 

 

憲法96条改憲論の矛盾と国民不信

 

それにしても、安倍首相は、なぜ、いまになって、憲法96条改憲の主張を蒸し返したのだろうか。筆者は選挙当日のラジオ番組で、安倍首相に「憲法96条の変更を訴えてらっしゃいますが、自民党草案では3分の2の合意を得る自信がないのですか」と伺った。

 

安倍首相の回答は、「違います(3分の2の賛成を得る自信はあります)。3分の1をチョット超える国会議員が反対しただけで、国民の望む改憲ができないのはおかしいということです」というものだった。

 

しかし、「3分の2」の賛成を得られる改憲案を作る自信があるなら、憲法96条を変えなくても、「国民の望む改憲」はできる。それに向けて、正々堂々と議論すればいいだけの話だろう。首相の回答は、端的に矛盾している。

 

その上、「3分の2」の賛成を得るための議論をしたくないというのは、「国民の選んだ」国会議員との議論を軽視することであり、結局は国民の意思の軽視である。数多くの選挙を戦った安倍首相なら、一人の国会議員の背景に、どれだけ多くの投票者がいるのか、国会で一つの議席を得ることがどれだけ大変なことか分かるだろう。そうした、少数政党からの議員のことを軽視するのは、その背後の大勢の有権者の意思を無視することであり、あってはならない。

 

それにもかかわらず、「2分の1」にこだわるというのは、「改憲が本当に必要なときでも、国民は、それに反対する国会議員を選んでしまうはずだ」、あるいは「国民の選んだ議員は、本当に必要な改憲にも反対する不合理な人々だ」と考えていること意味してしまう。これはあまりにも国民を信頼しなさすぎる態度である。

 

「もっと国民を信頼すべきだ」と言ってきた首相ら憲法96条改憲派の人々は、国民を信頼し、国民の選んだ国会議員との議論を尊重すべきであろう。国会議員は単なる人数合わせのお人形ではなく、国会でしっかりとした議論をすることが仕事なのである。

 

こうしてみると、安倍首相は常々「国民の手」を主張しているにもかかわらず、本当に国民意見を政治に反映させたいと思っているのかは疑わしい。結局のところ、自分の主張に沿う人のみを「国民」だと思っている節がある。

 

安倍首相には、自己の憲法96条改憲論の矛盾を自覚し、国民に対する過度の不信を改めていただきたい。そして、これまでの流れ通り、筋の通らない憲法96条改憲論はフェイドアウトさせるべきである。

 

憲法改正が必要と考えるなら、憲法96条の枠内で、正々堂々議論すべきである。

 

サムネイル:「A cry for humanity- Save Troy Davis from execution today」Liam Moloney

http://www.flickr.com/photos/tir_na_nog/6168608153/

 

 

 

 

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