2012.12.21

安倍政権の今後と日本経済

片岡剛士 応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

政治 #金融政策#失われた20年

12月16日の衆議院選挙では自民党が294議席、公明党が31議席、一方で民主党は57議席という結果になった。自公両党を合わせると325議席となり、参議院で否決された場合の衆議院での法案再可決に必要な議席数である320議席を超え、圧倒的多数を占めることになったわけである。

比例代表選の得票率をみると、自民党の得票率は27.6%と前回(2009年衆院選)の得票率26.7%から微減という結果だったが、民主党の得票率は43.6%から16%と大幅に減少した。以上からは自民党への積極的支持ではなく民主党への積極的不支持が自民党の大勝に影響したと言える。また小選挙区、比例代表ともに6割を割り込むという戦後最低の投票率も選挙結果に影響したのだろう。

民主党への積極的不支持の理由

民主党への積極的不支持はなぜ生じたのだろうか。それは民主党が2009年8月の衆院選の際に打ち出したマニフェストを遵守できず、かつマニフェストに記載されていない改革を積極的に推し進めた事が影響している。

例えばマニフェストの中には子供手当ての実行といった様々な形での所得再分配政策が盛り込まれていたが、所得再分配政策を行うためには財源が必要となる。財源を生み出すためには景気の安定化や経済成長が必須となるが、民主党政権では景気の安定化や経済成長を進めることがうまくできなかった。

もちろん2011年3月の東日本大震災といった予想外の大災害が生じたことは考慮すべきだが、その後の復興需要を活かすこともできず、円高やデフレに対して有効な政策を講じることもできなかった。そして当初想定した事業仕分けで十分な財源を確保できないまま所得再分配政策や復興を進める必要が生じた民主党政権が選択したのは、増税というマニフェストにはなかった政策であった。

経済成長というパイの拡大がないままに、既存のパイの切り分けという形で、ある階層からある階層へと所得の再分配を進めようとすれば、軋轢が生じるのは必定である。ねじれ現象も影響して政策を思うように前に進めることができず、結果今回の自民党大勝につながったというわけだ。

安倍発言と金融政策

積極的な金融緩和を求める安倍発言を受けて、株価は12月19日に1万円突破、ドル円レートは84円台という好反応が続いている。好ましい動きをさらに後押しするためには、本年10月30日の日銀政策決定会合で民主党政府と日本銀行の間で締結した共同文書に、「2%のインフレターゲット」を書き込むことで、脱デフレに対しての明確な姿勢を表明し政府と日銀のアコードとすること、来年3月及び4月の日本銀行副総裁・総裁人事で、「2%のインフレターゲット」を実現するために、積極的な金融緩和策を行う人材を選出することが当面は必要となるだろう。

だが12月20日の政策決定会合の結果は、安倍発言に端を発した株高・円安という流れに

水をさしかねないものである。日本銀行は資産買入れの基金の残高(枠)を10兆円拡大し101兆円とすることを決定した。これは本年末の資産買入れの基金の残高が65兆円であるため、2013年12月末までに36兆円の資金供給を行うことを意味する。さらに本年10月30日の政策決定会合で決定した「貸出増加を支援するための資金供給」の詳細を決定した。これらの政策は従来の日本銀行の政策路線を踏襲したものであり、大きな変化をもたらすことはないだろう。かろうじて「中長期的な物価安定の目途」を次回の政策決定会合で検討すると明言することで含みを残したが、「2%のインフレターゲット」実現までの道のりは未だ遠いことが改めて確認できたということではないか。

「10兆円規模の補正予算」をどうみるか

さて、報道によれば10兆円規模の補正予算を組むといった案が浮上しているようである。バラマキ型の公共事業は、ばらまいたカネが特定産業・特定階層に集中することでそれが国民の最大多数の恩恵につながらないことが最大の問題だ。そして今回の場合は「時間」の問題もネックとなる。補正予算が成立するのは恐らく来年の2月頃と考えられるが、今年度末までに契約を行うことのできる事業がどれほどあるのだろうか。公共事業費は今年度当初予算で約5兆円であり、10兆円という規模を埋めることができるのか疑問である。

確かに公共事業については山梨県の笹子トンネルの天井板崩落事故を契機として、インフラの老朽化問題がクローズアップされている。根本祐二氏(東洋大学教授)が指摘するように、新規投資から既存のインフラの維持補修や更新投資を優先する方針を明確化することや、施設やインフラの特徴に応じた管理方法の検討を進めることが重要である。これらは中長期的な財政再建スケジュールを考慮しつつ、時間をかけて検討すべきである。

このように考えると一時的給付金の形で等しく皆に配る方が、「懐が温まる」という実感も大きく効果的ではないか。つまり特定産業・特定階層にばらまいたカネを集中させるのではなく、皆に一律にばらまくということである。ちなみに報道されている10兆円を総人口で割ると7万8000円程度、4人家族であれば31万2000円だ。

さらに言えば、一時的に給付金を配る事は、景気の下支え効果のみならず、積極的な金融政策によってデフレからインフレへと転換する過程で生じうる一時的な実質賃金の下落を抑制することにもつながるだろう。つまりデフレからインフレへと転換する過程で名目賃金が上昇するのは、総需要が増加して労働需要が高まり失業率が低下した段階である。失業率が低下するまでは物価の上昇に名目賃金の上昇が追いつかない時期が存在する可能性が高い。そうした可能性がありえるのならば、下支えとして給付金を配れば良いのではないかということだ。

なお日本経済が「失われた20年」に突入する前のインフレが進んだ時期である1970年代や80年代の名目賃金(現金給与総額)と物価(消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合))の推移を見ると、名目賃金の伸びがインフレ率を上回っている。つまり名目賃金の伸びからインフレ率を差し引いた実質賃金はインフレが進んだ時期では上昇していた。

逆にデフレが始まった1998年以降は名目賃金の低下がインフレ率の低下を上回っている。つまり実質賃金は低下している。一時的に実質賃金が下落するリスクがあるからといってデフレからインフレに転換することが問題だということにはならない。安定的なインフレが持続することと実質賃金の上昇は両立することを改めて確認しておきたい。

消費税増税と今後の日本経済

今後の日本経済については、2013年前半には景気の落ち込みは一服して極めて緩やかながら再び回復に転じていくと予想される。これは中国の成長率が本年前半から行っている財政・金融政策の効果も相まって下げ止まる気配が濃厚であり、尖閣問題に伴う対中輸出の減少が回復すると見込まれること、さらに米国経済が「財政の崖」の悪影響をフルにこうむる公算が低いといった外的要因の好転や、復興投資の影響が2013年前半まで残る中で、2014年4月の消費税増税を見据えた駆け込み需要が2013年後半に生じると考えられるためである。積極的な金融政策は以上の好材料を後押しする大きな力となるだろう。

ただし懸念もある。それは消費税増税のタイミングについてだ。おそらく「10兆円規模の補正予算」と2014年4月の消費税増税という二つの事実は互いに無縁ではないのだろう。財務省が消費税増税を予定通り実行することを優先するのならば、統計発表のタイムラグを考慮すれば2013年4-6月期のGDPの動向が消費税増税を予定通り実行すべきか否かの判断材料となる。

来年2月に補正予算が成立すれば、数ヶ月後、つまり2013年4-6月期のGDPに補正予算の効果が出てくることになるだろう。ESPフォーキャスト調査(2012年12月7日)によれば、2013年4-6月期の実質GDP成長率の予測値は前期比年率1.6%となっている。これに補正予算の効果が加われば前期比年率2%成長も夢ではない。筆者の見立てが正しいとすれば、補正予算10兆円を行うことで消費税増税のための理屈は整ったということになるわけだ。

ただし消費税増税の影響を考える際には、2013年後半の駆け込み需要によるプラス効果と、駆け込み需要を除く経済状況が消費税増税による負の影響に耐えられるものであるかどうかを検討する必要がある。駆け込み需要に関しては、2014年4月の場合は段階的な増税が続く中で消費税増税が行われるという事実、本年においてもエコカー減税といった形で既に消費需要の先食い政策を実行しているために、駆け込み効果が大きく見込めるとは言い難いといった事実を考慮する必要がある。

一方で駆け込み効果をより高めると考えられる要因もある。それは2014年4月に引き続き、2015年10月に再度消費税引き上げが予定されていることだ。ただしデフレや円高が進む中で当初期待された復興投資が広範かつ大きな影響を及ぼさなかったという点を考慮に入れれば、駆け込み需要に基づくプラス効果はあまり期待できず、マイナス効果の方が大きいと筆者は考える。

今回消費税増税を強行したことが結局日本経済を冷やしデフレ脱却を遠のかせてしまうとすれば、恐らく今後消費税増税を行うことは絶望的となるだろう。むしろ現段階ではデフレからの完全脱却を優先して、名目GDP成長率4%、実質GDP成長率2%といった状況が確認できるまで消費税増税には踏み込まない方が賢明ではないだろうか。

デフレと経済停滞については様々な議論がある。もちろん人口減少が進む中にあっては、成長力(潜在成長率)を高めていくための成長政策も必要だろう。ただし物事には順序がある。まずデフレから完全脱却することでデフレに基づく経済停滞の要因を除去することができれば、当面はデフレからマイルドなインフレに移行することで生じる経済への好影響を享受することが可能となる。そのような果実を手にすることに目先どれだけ注力することができるかが、安倍政権と日本経済の今後を占う重要な鍵となるだろう。

プロフィール

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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