自然水系へのEM投入から「環境教育」を考える

「環境教育」は、自然環境保護の大切さを教えるのが目的の1つです。しかし、環境を保護したり、環境悪化を解決したりする方策として、残念ながら迷走した活動がその中で行われてしまうことがあります。

 

本来、自然環境はそこに生息する様々な生物による複雑で絶妙なバランスによって保たれています。例えば、河川の水に含まれる有機物などの栄養分(生物の死骸も含む)を食べる微生物がいて、その微生物を食べるプランクトンなどがいて、それを食べる昆虫や魚などがいて…といった形の食物連鎖が形成されています。

 

そのバランスが保たれていれば水中の酸素量や栄養成分量などは一定の範囲の変動に保たれ、多少の環境変化にも水質は安定していられます。しかし、一度大きく崩れてしまうと、簡単には回復できなくなってしまうのです。

 

また、外来生物の流入により、在来生物の生息が脅かされて減少・絶滅することで、生物全体としての多様性が失われてしまう問題もあります。外国産の生物が国内に入り込む他に、同じ国内でも、ある地域の種が別の地域に新たに入り込むことにより、その地域の固有種が失われてしまう場合もあります。

 

過去に問題となった例としては、その地域の固有種とは異なるホタルやメダカ、ヨシなどが放流や移植されたケースなどがありました。

 

最近では水質浄化を目的として、EM(有用微生物群)という、沖縄で開発された微生物資材(EMは商標登録された製品名)を培養した液やEMで発酵させたボカシ(有機肥料の一種)を土に混ぜ込んで丸めた『EM団子』やEMの培養液である『EM活性液』を大量に河川や海に投入する活動が盛んに宣伝され広められています。EMを自然水系に投入する活動は、一部の小中学校の「環境教育」の中でも行われており、新聞やTVにもその様子が何度も取り上げられています。しかしながら、善意で行われているこうした活動について、本稿も参考にして頂けたらと思います。

 

 

水質悪化のしくみ

 

河川や海などの水質が悪化しているのは、流れ込む生活排水や肥料成分を含む農業排水などの増加によって、有機物を含む汚れが多くなったことが主な原因と考えられます。水中の汚れを分解するのに大きな役割を持つのは微生物です。この微生物にも様々な種類があり、その環境に適している種類が組み合わさって微生物のネットワークが構成されています。

 

こうしたネットワークを構成している在来菌は目に見えないこともあり忘れられがちですが、わざわざ外部から導入しなくても、元々その環境に存在しているのです。

 

微生物が有機物を環境に無害な物質にまで分解するには酸素が必要です。有機物の濃度が高くなり、微生物による有機物の分解に必要な水中の酸素の供給が追いつかなくなると酸素不足となって分解を担当する微生物の活動が落ちてしまいます。

 

そうなると、水質がどんどん変わっていき、それに連鎖して様々な生物のバランスに変化が起きて、これまで生息していた生物の多くが結果として住めなくなっていきます。分解されずに残った有機物が増えると、水を濁らせたり、ヘドロとなって水底に溜まり腐敗臭を発したりと、環境が悪化していきます。

 

 

EM団子は効率的に有機物を分解できるか?

 

自然水系へのEM団子の投入を推進しようとする団体は、EM団子は有用微生物が密集した基地となってヘドロ等を分解すると説明しています。(注1)

 

(注1)『健康生活宣言』vol.23(2014年)

 

つまりEM団子を「微生物基地」と見立てており、これは一種のバイオリアクターであると言えます。バイオリアクターとは生体触媒(酵素など)を利用して物質の合成・分解などの生化学反応を行う装置のことで、目的の酵素を生産する微生物をそのまま利用する場合もあります。私は企業で研究員をしていた時に、微生物を利用したバイオリアクターの開発にも携わっていましたので、こうした分野についてもいくらかの知識があります。

 

結論から言うと、EM団子は、一種のバイオリアクターとして見た「微生物基地」としてはとても非効率的です。

 

EMに含まれる微生物を泥団子に閉じ込めてしまうと、微生物と有機物を含む水やヘドロとの接触面積が少なくなります。団子の中に分解したい物質が出入りしなければ分解反応は効率よく起こりません。工業的にバイオリアクターで使用される「微生物を混ぜ込んで固定化する担体」の多くは、反応させたい物質との接触面積が大きくなるように粒径を小さくするか、もしくは担体内部にも物質の出入りができる小さな穴を適度に設ける(多孔質化)などをして、微生物と反応させたい物質が効率良く接触できるようにする工夫がされています。しかし、泥と一緒に手で固めただけのEM団子は粒径が大きい上にその様な構造はありません。

 

EM団子の表面に出ている微生物が働けば良いという考え方もできますが、表面に付着した微生物は、物理的に固定化されているのではないので周囲の水によって流れていってしまうでしょう。泥団子なので表面が水によって削れたら内部に隠れていた微生物が新たに表面に出てそれが働くと考えても、結局団子自体がどんどん小さくなり崩壊していきます。

 

また、団子に含まれている有機物も流れ出して水質悪化の原因ともなります。EM団子には、目的とする物質の分解効率の他にも、効果の持続性、環境汚染の懸念など、多くの問題点があります。

 

 

「環境教育」のはずが、本末転倒に

 

そもそも、元々その環境に生息していなかった微生物群を、汚れた河川などに投入することで水質改善ができるのでしょうか?

 

EMを投入することで、一時的に微生物の量が増えて有機物の分解は進むかも知れませんが、元々の汚れの原因が解決していなければ、また有機物の分解に酸素が多く消費されて酸素不足が進み、酸素を必要とする微生物の活性が落ち、有機物の分解継続は難しくなって水質改善は頭打ちになります。さらにEM団子やEM培養液に含まれていた有機物と、EMに含まれていた微生物の死骸も新たな有機物の汚れとして加わります。

 

EM菌には自然界には一般的に起こらない「有用発酵分解」なる作用によって環境負荷を下げると解説されていますが(注1)、酸素を消費せずに有機物をある程度まで分解する微生物は自然界にも存在しています。

 

問題の本質は、有機物等が過剰となっている環境下で様々な働きを持つ微生物が連携しあって水質を元に戻すことが困難な状況になっている事であり、そこに新たな微生物(EM)を入れてもその状況が簡単に変わるとは思えません。

 

実例として、北海道の函館近郊にある大沼の水質改善に取り組んでいる市民団体が試験沼でEM投入の効果を試しましたが、EMを投入し続けても水質の指標は途中から頭打ちとなり期待したほどの効果は出ませんでした。取材に応じて頂いた代表者によると、この団体はEMを直接大沼に投入するのは断念し、2011年からは別の対策方法の検討に切り替えています。(函館新聞による関係記事)(注2)【左記文章の削除について】

 

(注2) 函館新聞:大沼の水質浄化「小さな泡」有効 (2011年10月18日)

 

【左記文章の削除について】私は当該市民団体の会長から、EM投入は(予備実験として)それなりの効果は出ていたけれども、問題の1つとして、この方法だと時間がかかりそうなので、即効性が期待されるマイクロナノバブルによる方法の検討に切り替えたのが理由としてあるとの説明を受けていました。EM投入だと効果がでるのに時間がかかるというのを、「EMを投入し続けても水質の指標は途中から頭打ちとなり期待したほどの効果は出なかった」という意味だと理解しておりました。よって、「実例として、」からの部分を削除いたします。

なお、この記事で「試験沼」としたものは、「大沼の環境を模した実験系」という意味で厳密に使っており、大沼自体へのEM投入とは区別していることを申し添えます。

 

北海道の函館近郊にある大沼の水質改善に取り組んでいる市民団体(大沼水質改善研究会)の事例を紹介します。この研究会の発足時にはEM菌投入が計画されておりましたが、大沼に流れ込む河川への投入を含めて全て計画段階で中止されました。その理由として環境保全の観点から外来微生物の投入は止めるべきであるし、EMを構成する微生物の種類が全て明かされておらず、大沼という開放系で不明な微生物が混ざった微生物資材を使うことで何が起きるか保証ができないとして反対する意見が会員から出され、同研究会で議論された結論として計画を中止してEM菌投入はしない事になりました。この研究会では水質改善として在来の菌を活性化させる方向が望ましいと方針を変え、新たな対策として水中に不足している酸素を供給できる細かい空気を送り込む装置により酸素濃度を高めた水を投入して試験したところ、元々沼に生息していた好気性菌(活動に酸素を必要とする菌)が活性化して水質が有意に改善されました。

 

(一時的にでも)EM投入によって水質が良くなるとしても、環境保全の観点から考えてみると、さらに問題が出てきます。元々その環境にはいなかったEMに含まれる微生物が在来の微生物と混在するのは望ましい状態と言えるでしょうか。

 

もし、在来の微生物がEMとの競合に負けて姿を消してしまえば、本来の環境保全とは言えなくなります。顕微鏡を使わないと目に見えず、普段はその存在に気が付きにくいのですが、微生物達も環境の生態系を構成している立派なメンバーです。

 

元々その環境に住んでいた在来の微生物の復活についても気にかけることは大切でしょう(微生物を増やすのにEMを入れてしまえば良いと考えるのは、魚を増やすのに外来魚を入れたら良いと考えるのと、あまり差はないかもしれません)。人の肉眼で見える範囲だけが生態系ではありません。

 

外来微生物であるEMを投入して解決しようとするのは、本来そこにあった複雑な生態系の事を忘れた安易な考え方であると思います。環境の回復には、まず根本的な原因となっている河川等に流入する汚水を減らす必要があります。一旦、生態系のバランスが崩れてしまうと、元の環境に戻すのは本当に大変なのです。

 

環境教育はこうしたことをきちんと教え、「EMを投入すれば水が綺麗になって万事解決!」の様な、安易な解決策の提示で終わってはいけないと考えます。○○さえあれば、自然環境が汚れても挽回できるという短絡思考になってしまえば、環境を汚さない様に気を付ける気持ちが薄らいで本末転倒になってしまうからです。【次ページにつづく】

 

 

 

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